しかし、60年代も後半に入ると、ロサンゼルスのポップ・シーンの幅も広がり、自分では作曲をしないタイプのパフォーマーも増えて来ます。こうして職業作曲家に対する需要が高まり、ランディ・ニューマン、ハリー・ニルソン、ジミー・ウェッブといった人達に注目が集まるようになりました。ここで紹介するロジャー・ニコルズもそんな時期に登場したソングライターのひとりです。
1965年頃にリバティ・レコードと契約するチャンスを得たトリオですが、ここで当時リバティの社員だったトミー・リプーマに気に入られます。リプーマがリバティを辞めてA&Mに移ったことに伴い、ニコルズらも同社に移籍。しかし、肝心のリプーマが多忙であったことからなかなかレコーディングの機会は訪れませんでした。その間、ニコルズはリプーマがプロデュースを担当するクロディーヌ・ロンジェやサンドパイパーズの作品を手伝いながら、音楽的な鍛錬を積んでいきます。
『Pet Sounds』で知られるトニー・アッシャーを作詞家に迎えた『Roger Nichols & The Small Circle Of Friends』がようやく発表されたのは1968年のことでした。後述のように、この作品は30年近く経ってから日本で大人気を呼び、“ソフト・ロックの聖典”として崇められることになるのですが、当時はまったく注目を集めることはなく、グループはそのまま解散してしまいます。
しかし、ニコルズの書く微妙な浮遊感を感じさせるメロディーに、ウィリアムズの書く平凡な感情をきめ細かに綴った歌詞はじつに見事にマッチしています。この二人は、それぞれ単独で、あるいは別のパートナーと組んでも印象的な仕事を残していますが、この二人が一緒に書いた作品は、それらを上回る輝きを勝ち得ています。
当初この二人の作品を歌ったのは、クローディヌ・ロンジェやハーパーズ・ビザールなど、いわば内輪の人々ばかりでしたが、1970年の「We've Only Just Begun」から状況は大いに変わることになります。この曲は銀行のCMに使う為に書かれたもので、CMではウィリアムズ自身が歌っていました。このCMを見たリチャード・カーペンターがこの曲をたいそう気に入り、カーペンターズでカヴァーしたところたちまちの大ヒット。ロジャー・ニコルズとポール・ウィリアムズはいちやく時の人となりました。
その後、このコンビは「Rainy Days And Mondays」「I Won't Last A Day Without You」などのカーペンターズの主要レパートリーを提供した他、スリー・ドッグ・ナイトに「Out In The Country」を提供するなど、人気作曲チームのひとつとして活動することになるのですが、その期間は長くは続きませんでした。
やがてロサンゼルスの音楽界に復帰するニコルズですが、ポップ・ミュージシャンへの楽曲提供はほとんどせず、テレビや演劇の音楽制作を活動の中心に据えた為、私たち日本人には彼の名前を目にする機会は殆どありませんでした。ところが、1980年代に日本で人気を集めた“渋谷系”の音楽家たちが自分達のルーツとして『Roger Nichols & The Small Circle Of Friends』を挙げたことから、日本では発売すらされていなかったこのアルバムが若者たちの注目を集め、世界初のCD化が実現するまでの事態が起きました。
こうした新しいファン層はニコルズの新作を熱望し、1995年には日本のレコード会社の企画で27年ぶりの2作目となる『Be Gentle With My Heart』が発売されます。ここには1作目に見られた万華鏡のようなマジカルな感覚はありませんが、しっとりと落ち着いた大人のポップスを聴かせてくれました。この作品ではポール・ウィリアムズが1曲だけヴォーカリストとして参加。かつての反目を音楽が洗い流してくれた素晴らしい瞬間を耳にすることができます。
(佐々木実)
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