1963年にリプリーズの株を全額取得したことにより、ワーナー・ブラザーズとリプリーズの経営は徐々に一体化していきます。リプリーズのトップだったモー・オースティンが次第に両社の経営の実験を握ることによってこの傾向は加速します。
そんな時期にモー・オースティンの寵愛を受けたレニー・ワロンカーというプロデューサーは、ハーバーズ・ビザールやボー・ブラメルズらの作品を通じてバーバンク・サウンドと呼ばれることになるサウンドを提示しました。バーバンク・サウンドはロック以前のアメリカの様々な音楽の要素を取り入れたノスタルジックな要素を持ちながらも、それらの要素を実験性の高い手法で提示する独自性を持った音楽でした。
レニー・ワロンカーと共にバーバンク・サウンドのスタッフとして関わっていたのが、ランディ・ニューマン、ヴァン・ダイク・パークス、ライ・クーダーといった才能溢れる若者たちでした。やがて彼らもソロ・アーティストとしてアルバムを発表するようになり、バーバンク・サウンドは更に充実していきます。そして、1970年頃にはラス・タイトルマンやテッド・テンプルマンといった新たなスタッフも迎え、バーバンク・サウンドはその最盛期を迎えます。
一方でワーナー/リプリーズはニール・ヤング、ジェイムズ・テイラー、ジョニ・ミッチェルといったソロ・シンガーを輩出し、シンガー・ソングライターの時代を演出しました。
1968年から70年にかけて、キニー(後のワーナー・コミュニケーションズ)という駐車場や葬儀社を経営していた会社がワーナーとアトランティック・レコードとエレクトラ・レコードを買収します。キニーはこの3つのレーベルをWEAグループと名づけ、協調しながらも競争しあう経営手法を取りました。その後の資本関係の変遷の中で、このグループは現在ではタイム・ワーナー(旧ワーナー・コミュニケーションズ)からは離れ、ワーナー・ミュージック・グループとして独立しています。
キャピトルは50年代にはナット・キング・コールやフランク・シナトラを抱え、先行するコロンビア、RCA、デッカに追い着いてメジャー・レーベルの仲間入りを果たします。また、この時期にはカントリーに力を入れ、本場のナッシュヴィルに対抗した西海岸産のカントリーを隆盛させました。この音楽シーンは、60年代後半のカントリー・ロックの下地となったと言えるでしょう。
60年代にはビーチボーイズやディック・デイルと契約し、サーフィン/ホット・ロッド・サウンドの中心的なレーベルとなります。尚、1955年にキャピトルはイギリスのEMIの子会社となっていた為、EMI作品のアメリカでの配給権を持っていました。この為、60年代にはビーチボーイズとビートルズのおかげでたいそう儲かったことと思います。
60年代末期には、リンダ・ロンシュタットやハーツ&フラワーズをデビューさせ、カントリーについてのノウハウとロックについてのノウハウをうまく活かした展開を見せています。
尚、親会社であるEMIが1979年にリバティを買収した為、現在リバティ/インペリアルの音源はアメリカではキャピトルからCD化されています。
ただ、USデッカは元々ニューヨークの会社であり、ロサンゼルスのロック・シーンとの関わりはリック・ネルソンがインペリアルから移籍した程度しか思いつきません。むしろこのサイトの読者にとって重要度が高いのは1979年にMCAに買収されたABCレコードの方でしょう。ABCもニューヨークの会社なのですが、ダンヒルやブルーサムといったロサンゼルスのレーベルを次々に買収し、同地での足場を築きました。
ダンヒルはルー・アドラーが1965年に興した会社で、バリー・マクガイア、ママス&パパス、グラスルーツ、スリー・ドッグ・ナイトといったアーティストを輩出し、フォーク・ロック時代に大きな足跡を残しました。ブルーサムは1968年にボブ・クラスノウ、トミー・リプーマ、ドン・グレアムの3人によって設立されたレーベルで、デイヴ・メイスン、キャプテン・ビーフハート、ニック・デカロなどを擁しました。
ABCは1966年にダンヒルを、1974年にブルーサムを買収したばかりではなく、1970年代には自社の作品もロサンゼルスでの制作が中心となり、ジェイムズ・ギャング、スティーリー・ダン、後期ポコなどが所属していました。1979年にABCを買収したMCAはアーヴィン・エイゾフを社長に迎えた為、グレン・フライ、ティモシー・シュミットなどが同社に移籍しました。
その後、チェスやゲフィンなどを傘下に収めたMCAは1996年にユニヴァーサル・ミュージック・グループに改名し、1998年にはポリグラムと合併して世界最大のレコード会社となりました。
60年代後半には同社に入社したトミー・リプーマとワーナーのレニー・ワロンカーとの友情を活かして、バーバンク・サウンドにも通じるノスタルジックでかつきらびやかなポップスを作り上げました。主なミュージシャンとしてサンドパイパーズ、クロディーヌ・ロンジェ、ロジャー・ニコルスといったあたりを挙げることができます。この流れは後に“ソフト・ロック”と呼ばれるようになります。
ソフト・ロック路線と、フィル・スペクター以来のL.A.ポップスの融合として同社が満を持して世に送り出したのがカーペンターズです。カーペンターズは1969年にデビューし、当時スランプに陥っていたビーチボーイズのスタッフをそっくりそのまま受け継ぐような形で、カリフォルニア・ポップスの伝統を守りました。
また、カーペンターズのデビューと前後して、A&Mはカントリー・ロックやL.A.スワンプなどの泥臭いサウンドにも興味を示し、フライング・ブリトー・ブラザーズ、ディラード&クラーク、マーク・ベノ、リタ・クーリッジらを輩出しました。
A&Mは1990年にポリグラムに買収され、94年にはハーブ・アルバートとジェリー・モスは同社を離れました。現在では世界最大のレコード会社であるユニヴァーサルの一部門ということになります。
一方のインペリアルは1947年にルー・シャッドによって興されたレーベルで、当初はリズム&ブルースを専門に扱っていました。ファッツ・ドミノやTボーン・ウォーカーが中心的なアーティストでした。1958年にリッキー・ネルソンとの契約したことによってインペリアルは一気に大会社になりましたが、63年にネルソンがデッカに移籍したことによって急激に業績が悪化し、翌年リバティーに売却されました。売却後もレーベル活動はしばらく続いており、ジョニー・リヴァースを輩出しています。
リバティーは1968年にユナイテッド・アーティスツと合併。1972年頃にはレーベル名がユナイテッド・アーティスツに統一され、リバティーという名前は消えました。この時期のアーティストとしては、ニッティ・グリティ・ダート・バンドやカントリー・ガゼットなど、カントリー・ロック系のバンドが目立ちます。
60年代にはサザン・ソウルの名門レーベルとして知られていたニューヨークのアトランティックは、1967年のキング牧師暗殺を契機とした南部における黒人と白人の関係悪化から、サザン・ソウルのレコード制作に困難を抱えることになります。そこで、路線を変えてブリティッシュ・ロックとロサンゼルスのロックに注力するようになります。同社が輩出したロサンゼルスのアーティストがCSN&Yです。
CSN&Yをアトランティックに売り込んだのがマネージャーのデヴィッド・ゲフィンでした。やがてアトランティックは急スピードで盛り上がるロサンゼルスのロックの動きをニューヨークから支えるのは困難と判断し、ゲフィンに出資してレコード会社を設立させます。これがアサイラム・レコードです。同社はジャクソン・ブラウン、イーグルス、J.D.サウザー、リンダ・ロンシュタット、ジョニ・ミッチェルといったアーティストたちを次々と世に送り出し、ウエストコースト・ロックを完成させました。
アサイラムは1970年代中盤にWEAグループの一員であるエレクトラ・レコードと対等合併します。合併後も実質的には別々に活動しているのですが、1980年代中盤にレーベル名が「エレクトラ」に統一されました。これによって、「アサイラム」の名称は残念ながらロックのレーベルとしてはこの世から消えてしまいました(その後、カントリーのレーベル名として使われていたこともありますが、最近ではワーナー・ミュージック・グループ内の独立レーベルとのタイアップを行う部署の名前となっています)。遅ればせながら、ウエストコースト・ロックの終焉を象徴する出来事でした。
尚、アサイラムの創設者であるデヴィッド・ゲフィンは1975年にアサイラムから離れ、短期間ワーナーで映画の仕事に関わった後、自らの名を冠したゲフィン・レコードを創設しています。
コロンビアは1888年創業の古い会社です。エジソン蓄音機の販売会社からレコード会社へと転進したコロンビアは常にアメリカのレコード業界においてトップクラスの地位を占め続けていました。同社がレコード産業に果たしたもっとも大きな役割は、1948年にLPというフォーマットを開発したことでしょう。
コロンビアは1928年にラジオ会社CBSを設立しますが、経営がうまくいかなかった為にすぐに売却してしまいます。その後CBSが飛躍し、1938年にかつての親会社であるコロンビアを買収しました。1953年にCBSはもうひとつのレコード会社としてエピックを設立します。コロンビアとエピックはCBSレコーズ・グループとして共同でビジネスを行うようになりました。
コロンビアは元々ロックには余り興味を持っていない会社でした。しかし、1962年にコロンビアの西海岸支社に入社したテリー・メルチャーは、本社の目の届かないのをいいことに、サーフィン/ホット・ロッドの作品を量産し、更にはバーズをデビューさせてフォーク・ロックの幕開けを演出します。
ニューヨークの本社の側も、同社がフォーク・ミュージシャンとして抱えていたボブ・ディランがロックに転向したのを機に、ようやくロックに目を向けるようになります。特に同社内でディランと親しかった役員のクライヴ・デイヴィスが1967年に社長になると、ジャニス・ジョプリンやブラッド・スウェット&ティアーズなど多くのロック・アーティストと契約を交わします。
この時期にロサンゼルスでは、ゲイリー・アッシャーらによるソフト・ロック作品や、ブラス・ロックの雄シカゴを輩出しています。また、エピックからはポコが登場しました。
CBSレコーズ・グループは1988年にソニーによって買収され、ソニー・ミュージック・エンタテイメントと改名しています。更に2004年にはBMGと合併し、ソニーBMGミュージック・エンタテイメントという名前になっています。
(佐々木実)
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