まず、アサイラムから世に出ていったアーティスト達。今の目で見ると相当メジ ャーな人も多いように見えますが、アサイラムが船出した時点では、新人とか、そ れに近い業界バツイチ君が多いんですよ。たとえばイーグルスのグレン・フライ はJ.D.サウザーと結成したデュオチームで一度デビューしたけれど結局売れなか った人ですし、ジャクソン・ブラウンもネッド・ドヒニーも一度エレクトラから デビュー寸前までいきながら果たせませんでした。すでにキャピトルから何枚も アルバムを出していたリンダ・ロンシュタットにしても、カントリー歌手という イメージから脱皮してグラミー賞の常連になるのは、アサイラムに移籍してから なわけです。
そんな会社が何年か経つとロサンゼルスでもっとも重要なレコード会社の一つになったので すから、それぞれのアーティストの才能はもちろんですが、経営者であったゲフィ ンの眼力と手腕にも、驚くべきものがあります。しかも今の年齢から逆算すると、 この時期ゲフィンはまだ30歳前後のはず。彼のレーベルのアーティストと大差な いといえる年齢だったのですから、これはもう驚くべきなんていうのでは生易し いかもしれません。
ところで、当時のアサイラムのレーベルデザインは、白い雲の浮かぶ青空を基調と したものでした。1995年になって発売された Microsoft Windows 95のパッケージ は、これとそっくりのデザインです。違いといえば、派手な窓のロゴのかわりに、 古びた扉の絵があしらわれていたことでしょうか。このドアの絵はアサイラムの シンボルマークだったみたいです。で、レーベル名の "Asylum"。昔話になります が、この単語が何を意味するのか知りたくて辞書をひいたことがあります。古い 辞書には、病院とか精神病院とかいった意味が書いてありました。カリフォルニ アの青い空と重い扉、そして病院。高校生だった僕にはあまりに不思議な組み合 わせでした。「病院」なんて名前のレコード会社ってのは変ですよね。
そんなことも忘れて大人になった僕ですが、最近本当に偶然に知ったのですが、ア サイラムasylumって英語は アジールasylから来ているということなんです。ア ジールって、うまくはまる日本語がありませんけど、いつの時代も世の中のならず 者たちがあこがれる、自由とその果ての死が支配する領域のことです。たとえば 江戸時代の日本ならば「駆け込み寺」なんてのがありましたが、似たものはどの 時代のどの社会にも存在するといわれます。もしかしたらアサイラムというレー ベル名に込められた気持ちっていうのは、この辺のことかも知れません。だとす れば、あの青空と暗い扉の組み合わせも、今ではなんとなく納得できるような気が するのです、自由や解放、そして死の象徴として。
今回の新レーベル立ち上げにあたって彼が集めたアーティストは、前回とは違い、 最初から超大物ばかりでした。アサイラム時代から付き合いのあるドン・ヘンリー、ジョニ・ミッチェルが移籍してきたのは意外ではないとしても、ドナ・サマー、エルトン・ジョン... といった顔ぶれは、今となっては若干インパクトが減っ た印象がありますが、当時本当に勢いのあったスーパースターが目白押しで、なん だか売れてる人はみんなゲフィンに次々に移籍してしまうみたいな雰囲気さえあ ったんです。ゲフィンを強引な人物とする評判もあるようですが、彼らにしても 金だけでなびくような人たちとは考えにくく、アーティストの側にも彼に対する 支持があったことをうかがわせます。
誕生したばかりのゲフィン・レコーズのアーティストは他にも多士済々で、ジョン・ウェットンらが新たに結成したエイジアなんていうスーパーグループもあり ました。口の悪い人はロック界のうなずきカルテットなんて呼んでましたが、彼 らも一種バツイチ再出発組と言えるかも。でも立ち上げ時のゲフィン・レコーズ 最大の看板は、何といっても全世界注目の中で現役復帰したジョン・レノン、こ の人に尽きるでしょう。
さてその後、大挙して移籍してきたスーパースター達も今では大半が他の場所に 移ってしまいました。中にはニール・ヤングのように歌詞の中でレコード会社の 連中に悪態をついて去っていった人もいます。ではそれでゲフィン・レコーズが 落ち目になったかというと、これがNOなんですね。つまり、ガンズ・アンド・ロー ゼズとかニルヴァーナとかいった重要な新人バンドが育ち、ゲフィン・レコーズ 自体も重要なレコード会社であり続けています。イメージとしてロック色が強い ようですが、パット・メセニーの配給元がゲフィンだというのも不思議な気のす る事実です。
ところでこうしてみてみると、ゲフィンって人は必ずしもいわゆるアサイラム系 の音楽にこだわってる人じゃなさそうに思えますね。アーティスト肌というより は、アーティストの才能を見抜く能力と実務能力をあわせ持つ切れ者ビジネスマ ン、って感じでしょうか。またゲフィン・レコーズが軌道に乗るや彼は音楽以外 の分野にも進出するようにもなります。制作した映画作品としては「卒業白書」 「インタビュー・ウィズ・ヴァンパイア」などがヒットしました。ゲフィン・レ ーベルを1990年にメジャー資本であるMCAに譲渡して得た資産が、背景になってい ると思われます。
彼が選んだ次の事業は、アンブリン・エンタテインメントのスティーブン・スピ ルバーグとゲフィン・レコーズのデヴィッド・ゲフィンと共同で新しいスタジオ を設立する、という、遥かに衝撃的なものでした。設立されるスタジオの名前は、 彼らの頭文字を集めて DreamWorks SKGと名づけられました。
得意の分野は違うけれど、スピルバーグもカッツェンバーグも今のハリウッドで 最も客を呼べる映画人だということは、実績が何より雄弁に証明しています。も う一人のゲフィンは、イーグルスやガンズを世に送り、二つのレコード会社を育て 上げた、レコード業界最大の成功者と目されている人物。劇映画のスピルバーグ、 アニメのカッツェンバーグ、音楽のゲフィンという各分野の強者連合が成立すれ ば、それはまさにエンタテインメントのドリームチームの誕生を意味し、彼らの 出方次第で今までの業界地図は一変しかねず、既存のメジャー資本は彼らの動き に敏感にならざるを得ません。特にスピルバーグ作品の多くを配給し系列下には ゲフィン・レコーズを抱えるMCAあたりはなおさらです。
しかし衝撃の発表からすでに2年近く経とうとしていますが、今までのところ恐れ られていたような激動は、まだ訪れていないようです。すでにTVシリーズなどが 制作されているようですが、SKG自体が映画や音楽の業界でメジャー資本に成り上 がるなんて意図は、あんまり感じられないですね。そのつもりならいくらでも露 骨な手を打てたはずなのに。むしろMCAとは協調しつつ、一方でシリコングラフ ィックスやマイクロソフト、セガといった別業種の大企業と戦略的な同盟を結ん でいることを見ると、彼らの野望は単なる映画・音楽産業ではないのではと思え ます。
まぁ正直な話、今まで好きなようにやってきた人たちが三人集まって本当に協調 できるのかって疑問もあるし、結果的に思惑と札束とが動くだけに終わるんじゃ ないかって気がしないでもない。でも、彼らはすでに十分に成功して、単に金や事 業欲だけのためだけに動く必要もないってのもまた事実なわけで、ここしばらく 彼らの動きには注目したいと思います。彼らの事業の成果はもちろん、彼らの送 り出す作品が、昔のそれと同様に人の心に届くかどうかについても。
一方で、彼の手を借りて芸能界に出ていった若者たちがいました。その一部は今 でもこの業界で生きる有名無名のミュージシャンたちです。彼らとゲフィンの人 生がいま一度交錯することはまずないとしても、個人的にはそのどちらにも注目 していたいと思っています。
(前田一郎)
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