巻頭言
宝が池だより4
神田 浩史
本当に爆撃が始まってしまいました。一方的に攻撃する様は、”戦争”などという行為ではありません。単なる殺戮行為。これを正当化しようなどと演説をぶつ戦争中毒の言には怒りを通り越して虚しくなってしまいます。何よりも情けないのはここにきて居丈高に戦争中毒を正当化する発言を繰り返す日本の首相や外相。まるで戦争中毒にてなづけられて、声色まで作られてしまった犬のよう。もっとも、犬には失礼な話ながら。
水フォーラムが始まって5日め。初めて分科会に出席しました。ここまで何やっていた?と思われるかも知れませんが、連日、NGO関係者と日本政府や水フォーラム事務局との調整に走り回っていました。日本政府の関係者に、従来にも増してNGOとの対話を重視しようという姿勢が生まれてきたことは、水フォーラムの一つの成果と言えるのかも知れませんが、まだまだ政府関係者は慎重なため、NGO側からは考えられないほどの調整が必要になってきます。ODA政策を巡るNGOと外務省との定期協議でも、公開にするのに何年もの年月を費やしたことを考えると、今回の調整くらい大したことではないのかも知れませんが。
「流域単位の住民主体の水資源管理」。市民ネット主催のこの分科会は大津で開かれました。霞ヶ浦と多摩川の事例を皮切りに、インド、タイ、バングラデシュ、中国、タンザニアと、短い時間ながらも内容の濃い事例報告が続きます。最後の報告者として、わずか5分でしたが、昨年、怒涛のように続けた桂川の事例を引き合いに、ローカルな試みとグローバルな繋がり双方を考えていく必要性を訴えさせてもらいました。
どこにも宣伝する間もなかったのに、50部用意した資料が出尽くしてしまう盛況ぶり。バングラデシュから来たハクさんから「本来、これがフォーラムなんだよ。市民同士、NGO同士でやるべきなんだよ。」という発言も出て、”参加”をキーワードに熱い議論が続きました。もっとも、盛況だったおかげで、息苦しいは熱いはで、部屋の環境は最悪。琵琶湖を横目に、カーテンをしめきったホテルの一室でやるよりも、せめて湖岸で車座ででもできたら、と思わされた分科会でした。
短時間の交流、議論ながら、世界中に多くの仲間が居る、と改めて実感できた3時間あまり。水フォーラムはあくまでも通過点。グローバルな繋がりを、いかにローカルな課題解決へと活かしていくのか、いけるのか。課せられた課題は大きいものがあります。
セッション報告
【官民の連携(PPP)クロージング】(3月19日 18:30〜20:00)
佐久間智子 (JACSES)
18日と19日の2日間、大阪会場を舞台に「官民の連携(PPP)」をめぐる熱い議論が繰り広げられた。焦点となったのは、水供給施設の整備・運営に民間資本を導入すべきか否かという問題である。このテーマの共同コーディネーターであった世界水会議(WWC)とカナダ人評議会の主張は、一貫して平行線のままクロージングを迎えることとなった。
18分も遅れて開始されたクロージングで、WWC副会長のコスグローブ氏は開口一番、コンセンサス不在により、PPPセッションからはWWCとカナダ人評議会のそれぞれから別々に声明文が出されることになったと報告した。この異例の事態を裏付けるように、カナダ人評議会側の総括は、WWCの見解と市民側の見解の決定的な違いを強調し、続くパネル討論でも市民側の3名から同様の主張が繰り返された。
カレン・コーク(ポラリス・インスティテュート)の2日間の総括によると、市民側は、アカウンタビリティ(説明責任)、透明性、強い規制、住民参加などを不可欠な要素としている点で、WWCの主張に近いように見えるが、実際には、世界各国における民営化の実経験に基づき、「抜本的に改革された公共機関」による水サービスが「正統性」と「民主主義」を実現し得る、民営化の真の代替案であると主張している点で、全く違っているという。
パネル討議では、トニー・クラーク(ポラリス・インスティテュート)が、企業は株主への利益還元を本質としており、公共サービスの提供者には適していないとして、PPPではなく「官と官」「官と地域社会(コミュニティ)」の連携を推進すべきだと主張した。マリア・ダシルバ(FOEウルグアイ)は、南米の国々では民営化が水質悪化をもたらし、また料金アップが多くの人々を水のアクセスから遠ざけていると報告した。トニー・チュハン(IBON財団)は、今回のセッションで公営水道が十分に機能している多くの事例を知ったとして、説明責任を果たし、住民参加を保障する「真に民主的な政府」が公共サービスの主体であるべきだと結論付けた。
一方でWWC側の総括およびパネリスト発言は、基本的に公営水道の多くに問題があり、PPPが主要な解決策であるとの姿勢は維持しつつも、市民側の主張におもねる内容のものも多かった。たとえば、一口にモデルといっても公営水道からさまざまな形態の民営化に至るまで多様な形が存在しており、官と民の連携もひとつの選択肢である(マーク・パスコー:国際水協会)、PPPは解決策のひとつに過ぎず、また事業者の選択は慎重かつ撤回可能であるべき(ピエール・ヴァン・ドゥ・ヴィヴェール:Institute de la Gestion Deleguee)、関係者の参加を促進し、実践の中から徐々に学んでいく姿勢が重要(ダン・ヴェルヘージ:オランダ水パートナーシップ)などの発言があげられる。しかし一方でこうした発言は、よりソフトなアプローチをまとった洗練されたPPP推進論議の一部である点であるということは注意が必要だ。
セッションの最後に、モード・バーロウ(カナダ人評議会共同議長)とコスグローブ氏がそれぞれの声明文を読みあげた。カナダ人評議会の声明文は、営利目的でコスト回収を主眼とした民間企業による水供給が、北の政府や国際金融機関(IFIs)による公的資金の投入によって促進されており、その動きが水の商品化と、水の一部企業による独占を進めているとして、水供給におけるPPPに反対を表明した。一方で、WWCの声明文は、水資源は、政府が管理すべき公共財であり、水へのアクセスは人権であると認識しつつも、「効率的かつ技術的に適正な事業者」として公営企業や住民運営のシステムとともに、「民間サービス事業者の参入」を促し、「連帯メカニズムによる全人口へのアクセス確保」を大義名分に「コスト回収」を主張している。
WWCが防御と譲歩に終始した2日間、市民側は「企業による水支配」へとつながるPPPの論議に100%の「ノー」を突きつけ、コークの言葉を借りれば「捏造されたコンセンサスに異議を申し立てた」。しかしここでの不一致が閣僚宣言の内容に誠実に反映されるのかどうか、予断は許されない状況だ。
【メコン川流域における内陸水運戦略】(主催:メコン河委員会)
メコン・ウォッチ 福田健治
東南アジアの大陸部を流れるメコン河は、豊かな自然資源と、それに依存する6000万人を越える人々の生命の源である。この河は同時に「開発」の可能性、とりわけその流域における水力発電開発の功罪について多くの議論を呼んできた。
近年メコン河開発で新たな注目を浴びているのが水運である。メコン河は全長4800キロメートルを流れる国際河川であるにも関わらず、ライン川などヨーロッパの国際河川と比較すると水運はまだ未発達だ。河口に位置するベトナムやカンボジアでの海からの水運をのぞくと、これまでメコン河の水運業は大きな注目を浴びず、150トン級以下の小規模な船舶によって細々と行われてきた。この理由の一つは、特に上流〜中流域に岩盤や浅瀬などの障害物が多いことが挙げられる。またラオス・カンボジア国境付近にコーンの滝があり、これを超えての航行が不可能なことも大きい。
ところが2000年に上流4カ国(中国・ビルマ・タイ・ラオス)間で自由航行協定が結ばれてから、メコン河の運輸路としての役割がクローズアップされ始めた。このセッションでは、下流4カ国(タイ・ラオス・カンボジア・ベトナム)によって1995年に設立されたメコン河委員会が、新たな「水運戦略」を制定する一環として、メコン河の水運について各国政府を交えた幅広い意見交換が行われた。
特筆すべき点は次の二つだ。一つは、メコン河の流域全体を視野に入れた議論が多かったことだ。主催者であるメコン河委員会は「下流域」の水運に焦点を当てた戦略を作成中であり、プレゼンテーションもベトナム・カンボジア間の水運に関する話題が多かった。一方参加者からは、上流ダムの影響や上流航行の増大など、上流から下流までをひとまとまりの流域として捉えてのコメントがほとんどだった。メコン河上流域の開発が活発になる中、中下流国4カ国だけをメンバーに持ち中国・ビルマが参加していないメコン河委員会が、現在のメコン河開発を議論するフォーラムとしては機能不全を起こしていることが、図らずとも明らかになった格好だ。
NGO参加者からは、大規模な船舶による商業航行拡大による地域住民への影響について強い懸念が出された。船舶からの油漏れによる直接の水質汚濁のほか、大規模船舶が行き交うことによってこれまで流域の住民が漁業や移動のために利用してきた小規模な船舶やボートが、川から締め出されてしまう危険性が指摘された。
特に中国国内で建設が続いている一連のダムと航行拡大の関係については、活発な議論が行われた。本流開発を事実上凍結しているメコン河委員会のメンバーでない中国は、すでに2つのダムをメコン河本流に建設し、3つ目のダムになる小湾ダムの建設に着手している。メコン河委員会や中国政府からのパネリストは、こうしたダムが放水量を調節することで、ほぼ年間を通じて船舶の航行が可能になり、現在は困難な乾季の水運を活性化させると主張した。一方参加者からは、人工的な水量変化が生態系や人々の暮らしに与える影響について不安視する声が出された。実際に、現在上流で行われている河床爆破プロジェクトでは、爆破の際に工事作業のために水位が突然下がり、北タイの漁民は様々な問題に直面している。
セッションでは、水運のバラ色の未来のみならず、環境や社会への影響、道路や鉄道など他の運輸手段との役割分担など、様々な視点が提供された。ところが、セッションの最後に主催者側が読み上げたセッション報告書は、「水運は環境にやさしい」とする一方で、議論で触れられた懸念点はほとんど盛り込まれなかった。「オープンな会議」とは、参加して意見を言うのは自由だが、報告書類には反映されないという意味に違いない。
【CEO Panel】 (3月19日 大阪国際会議場メインホール 10:00〜12:45)
森川まり(Research for People and the Planet)
CEO(最高責任者) パネルは、2000年にオランダのハーグで開かれた第二回世界水会議において結成されたものである。今回のCEO パネルの発表は、この3年間の活動の報告に基づき、「統合的水資源管理」「水問題への意識の高揚」「良い治水のための水の価値高揚」「持続可能な水の供給と衛生設備のための資金調達」「農林業における持続可能な水資源の利用」という5つの課題を選択し、活動を行ってきた。
日本の企業からは、荏原、王子製紙、島津製作所、東レが、海外からは、ハイネケン、ヌオン、スエズ、ラボバンク、ロイヤルハスコニング、サッピ、テームズウォーター、ユニリーバ、ビベンディウォーターの企業トップたちが参加した。また企業外の参加者としてプロジェクトに参加したIUCN(国際自然保護連合)、MIGA(多国間投資保証機関), WWF(世界自然保護基金)、WHO(世界保健機関)、国連本部からの代表も演台に上がった。
まず産業界とNGOや他の利害関係者とのパートナーシップを強調したユニリーバ会長の基調講演の後、参加者の簡単な自己紹介に続いて5つのプロジェクトグループに分かれての10分程ずつの発表が行われた。総合的水資源管理班からは、総合的水管理プロジェクトに際して考慮されるためのチェックポイントの作成、それにもと図いたケーススタディの発表があった。水問題への意識の高揚班は、ユネスコと共同開発した水に関する教育プログラムを紹介した。良い治水のための水の価値高揚班は、よりよい治水のためには、水の価値高揚が欠かせないと締めくくった。持続可能な水の供給と衛生設備のための資金調達班からは、水供給と衛生設備への投資を倍にする必要性が指摘されたが、同時に、それを実現する難しさが強調された。農林業における持続可能な水資源の利用班からは、各企業が行ったプロジェクトとそれに関するケーススタディーの報告があった。
それぞれの企業トップたちは自分たちのプロジェクトについて熱っぽく語ったが、これらのプロジェクトの成果や研究結果の発表と言うよりは、ほとんど企業PRといった感が強く、内容の薄い、メッセージの無い発表であったように思う。500人以上は入ろうかと言う大阪会場のメインホールの90%は、スーツに身を包んだ産業界からの聴衆で埋まっていたが、質疑応答の際に手をあげたのは、全てNGOや先住民の代表者たちであった。主なコメントとしては、企業幹部自身こそ水問題の意識を高揚すべきであるとか、演台の上の発表者全員が男性であったことを指摘して、これが本当の全ての利害関係者を取り込む努力と言えるのかといった提議、なぜ報告では成功例やよい側面ばかりが強調されて問題点の提議がされていないのかと言う意見、またこのセッションでスペイン語の同時通訳が無かったことを例にあげ、これだから南アメリカでは住民への相談なしにプロジェクトが進められているのだといった指摘等があった。しかしその他ほとんどのコメントは、スエズ、ビベンディ等の水インフラ建設企業に対する抗議が大半を占め、このセッションの報告内容とは関係の無いものに終始した。
企業側からはNGOや地域住民とのパートナーシップを強調した“Happy Talk”、そして会場からは、まさにそのパートナーシップが実行されていないことに対する抗議と、全くミーティングポイントを見出せないすれ違いの議論にみちあふれたセッションであったことは、非常に残念である。企業幹部と住民が一堂に会せる貴重な場ではあったが、その機会が、両者ともまったく生かせないままに終った感が強い。この会場での状況は、実はまさに住民、利害関係者の声が、企業に無視されている現状の縮図であったように思われた。
NGOからのメッセージ