「大型ダムについての議論」(主催:国際河川ネットワーク(IRN)、FoE Japan)
大庭まり子(世界水フォーラム市民ネットワーク)
250名収容の会場は、立ち見がでるほど熱気があふれていた。ダム反対派としてIRNのパトリック氏、サンロケダム問題に地元で取り組むジョアン氏が、推進派として2名がプレゼンテーションを行ったあと、ブラックジョークを交えながらの質疑応答。時間を延長せざるを得ないほど多くの人が主張を展開した。
大型ダムに反対するNGOの主催する分科会でありながら、聴衆の過半数がダム建設に関わってきた各国の水関連の省庁や公団、研究者などであることは、質問や異議がパトリック氏に集中したことや、会場内でしばしばわき起こる推進派への拍手の大きさなどから明らかだった。
移転住民の数や水質悪化などデータの根拠が不明といった意見や、地球温暖化効果ガスの算定方法についてなど技術的な議論もあった。大型ダム建設による環境や社会への負荷についても、受益地などを含めて流域全体でコストをみれば、プラスであると推進派。また、移転者は数ではなく、どれだけ十分な補償が行われたかで考えるべきであるとの意見もあった。
これに対し、ダム反対派からの一度失った環境、社会は二度と取り戻せないというコストはどう考えるのか、という主張にも拍手がわいた。特に難しい問題だとされたのは、「説明責任(accountability)」「参加(participation)」という点についてであった。パトリック氏はトルコのアルトヴィン・ダム建設に際して、トルコ語の話せないクルド人は計画に際して黙殺され、そもそも紛争地帯であったために主張することもできずに土地から追いだされた、と主張。それに対し、「次はトルコの方でない人を」と言ってファシリテーターが笑いをとるほど多く参加していたトルコのダム建設の関係者からは、クルド人などそもそもいない、あなたは実際に現場に行ったことがあるのか、その地域は水力発電のおかげで経済発展することができたのだと口調をあわせた。
パトリック氏は、住民は日常苦しめられていてダムで利益を得た人々のように国際会議に集まることはできないから、代わりに参加して代弁するのがNGOなのだと彼らに反駁した。
世界ダム委員会(WCD)の報告書にあるような、住民の合意の必要性や大型ダムの環境や社会へのインパクトについては、皆が合意しているようであった。また、人口増加の中で水資源、電力の需要が伸びていることも事実として認識されている。「No
Dam, No Cost」ではなく、「Some Dam, Some Cost」つまり、ダムの全てが良いとか悪いという議論ではない、ということである。しかし、環境負荷の少ないダム建設については議論がほとんどかわされず、これからの課題として残った。
推進派は、「ダムで自分達は恩恵を受けているではないか?ダムの代わりに何をするのか?ダムを造らなければ貧困をどうやって解決するのか」と主張する。それに対し「ダムでなくても解決可能である」とパトリック氏。例として紹介されたインドのマイクロ電力プロジェクトでは、雨水を利用しての電力、潅漑用水の供給に成功しており、そのコストはダム建設の360分の1のコストであるという。コミュニティレベルでの小規模・分散型での成功例には、だれも文句が言えないだろう。実際にプロジェクトに関わる民族衣装を纏ったインドの方が紹介されて立たれたときの誇らしい笑顔は、大型ダムの賛否を巡る議論の中でもとりわけ印象的であった。世界を飛び回る会議参加者の机上とも言える議論の中で、ローカルで代替技術を実践している方の力強さをあらためて感じた。
先住民の水に対するビジョンと権利:より良い水管理への新しい手法
(3月17日14:00−17:00 京都国際会館 Room B1)/ 森川まり
「水と文化多様性」の分科会第6セッションとして行なわれたこのセッションでは、水に関する問題に対し持続的な解決策を見つけるため、さまざまな民族が育んできた多様な水との関わり、また水と人との文化的、感情的、精神的相互関係を理解することが不可欠であると言う前提に基づき、世界各地の先住民の人々、各分野の専門家からそれぞれの経験をもとにした発表、ディスカッションが行われた。
参加者間の対話、意見交換を通じて、今後の水資源管理・開発の戦略、またアクションプランに文化的側面を反映させ、水問題における文化多様性際の大切さ、そしてそれぞれの文化で歴史的に培われてきた水資源管理の手法に対する理解を深めることが、この一連の分科会の目標である。
この第6セッションでは、7人の先住民族の代表者が、それぞれの地域で抱える問題とそれに対する取り組みについて発表を行い、それに続いて参加者との質疑応答が行われた。まずエクアドルのイザ氏は、アンデス文化が水に対して抱いている畏敬の念、そしてそれに基づく持続的水資源管理の手法を紹介した後、森林伐採等により先住民族の土地に対する権利が剥奪された結果、たくさんの先住民が汚染されていない飲み水のアクセスを失ってしまった現状に言及した。
続いてボリビアからのソロン氏が、現時点ではこの水フォーラムの閣僚宣言の草稿に「先住民」と言う言葉が入っていないことに触れ、先住民がこれまで水に関するさまざまな決定に際して、常に事後報告しか受けてこなかったことを指摘した。それを受けてボリビアのブタマンテ氏は、このような現状に立ち向かうため発足させたWALIR (Water Laws, Water Policy、Indigenous Water Rights) という団体の取り組みについての説明を行い、先住民のシステムを見直し、立法府に働きかけると言う前向きな取り組みの事例を挙げ、先住民のエンパワーメントを呼びかけた。
エクアドルのパウリネール氏により、先住民にも「平等」な権利が認められるべきであるが、また同時に、先住民の文化感の「違い」をもまた認められるべきであると言う指摘がなされた。ニジェールのアグカト氏は、先進諸国が水の無駄遣いを続ける中で、先住民である遊牧民は深刻な水不足・飢餓に直面していると言う発表を行った。クムバネ氏は、先住民の権利、民主主義の復活と、法的には先住民の立場が認められるようになったにもかかわらず、長期間の搾取による住民の無気力感、無力感により、先住民がその権利を施行できていない南アフリカの現状を報告した。最後にグアテマラからのノラト氏は、マヤの人々の知恵により、西欧文明流入後500年にわたり、グアテマラの森林が守られてきたこと、そして先住民の声が、徐々に自然資源管理に反映されてきていると言うポジティブなコメントで、最後の発表をまとめた。
何人もの先住民代表が、水の民営化への危惧をあらわにした。民族、そして文化の多様性と、民営化という多国籍企業による画一的な管理方法は、まったく相容れないものであると言うのが、会場の一致した意見であった。また、全体として、先住民主体のアプローチの成功例よりも、先住民の抱える問題点の指摘が大部分を占めていたように感じられる。先住民の知恵を生かすべきであるということ、もしくはどう生かせるかと言うことまでわかっていても、実現に至っていない、また実行できる基盤が無いというフラストレーションが顕著になったセッションであった。
分科会:水と気候変動 クロージングに参加して
〜気候変動問題・先進国の責任は重い〜
平岡俊一(気候ネットワーク・地域温暖化防止研究会コーディネーター)
17日夕、分科会「水と気候変動」のクロージングが行われた。ここでは、2日間にわたる分科会での議論が報告され、それらを総括する形で閣僚級会合に対する声明が採択された。各分科会からは主に「気候変動が要因になって、ここ数年、嵐、洪水、渇水など水に関する異常現象を頻発していることは間違いない、その影響を真っ先に受けているのは途上国である」といった報告がなされた。
この問題に対処するために、国や専門分野を超えた幅広い横断的な協力体制、観測システム、水資源需要管理システムの構築の必要性が指摘された。また、気候変動によって起こる災害に対して、復旧に力を入れることも大事だが、災害自体を予防する取り組みの重要性も非常に大きい、といった報告もなされた。
気候変動による被害を受けつつある現場の声として、小島嶼国の分科会からは、既に渇水、高潮、洪水等の被害を受けていること、それらの問題が国際的にまだ十分理解されていないこと、などが述べられ、小島嶼国にとっては非常に緊急性の高い問題であるとして、昨日の分科会において太平洋・カリブ海地域の小島嶼国の合同行動計画に関する覚書が交わされたことが報告された。さらに今後、この計画にもとづいた取り組みを進めていくためには、先進国をはじめとする国際的な支援が不可欠であることが指摘された。
今回数多くの分科会が設けられ報告の数も非常に多かったが、それらを聞くと、各分科会で議論された内容、出された結論には、共通する部分が非常に多いという印象を受けた。具体的には、前述したような事項以外にも、地域レベルでのコミュニティによる取り組みの重要性、地域の取り組みを国レベルでの取り組みに反映させていくための市民、NGO、企業等の多様な主体の参加と、参加を確保するための教育、普及啓発の重要性、といったものである。
そういった一連の報告の中で印象的だったのは、「気候変動問題は先進国にとって、過去の植民地や奴隷制の問題をも超えうるほどの大きな課題、未来への問いかけとなっている。今だこの問題に取り組むのを拒否しようとしている先進国の指導者もいるが、それは決して許されうるものではない」という指摘である。その他の報告者からも、何よりも気候変動自体を防止するための取り組みを今すぐ始めることが大事である、気候変動問題は市民一人ひとりの問題として捉えなければならない、など気候変動を防止するための取り組みの重要性を指摘する声が多く挙げられた。
一連の報告の後、分科会の総括が行われ、今回の議論が水と気候変動に関する取り組みの第一歩であり、今後、水と気候変動を結びつけながら、大規模な資源を投入しつつ取り組んでいく必要性がある、と締めくくられ分科会は幕を閉じた。
分科会の中で報告者からは、議論の時間が少なすぎた、参加者が少ない、などといった分科会自体に関する課題が指摘された。確かに、会場の参加者はそれほど多くなく、また一般の市民、NGO関係者と思われる参加者がほとんどいなかったことが非常に気になった。このクロージング分科会に参加して、一刻も早く実効性のある対策を行う必要性を痛感した。そして、その取り組みにおいては、報告でも多く指摘されていたが、地域・コミュニティ主導による取り組み、市民・NGOをはじめとする幅広い主体の参加、が不可欠であることを再確認することができた。分科会でのこれらの報告と「水と気候変動」声明(案)にある「予防原則」の必要性に照らしてみると、気候変動問題と水問題の解決にむけた政策の統合や、「京都議定書」を一層強化した温暖化対策の促進が不可欠であると言える。
NGOからのメッセージ
洪水と干ばつを生きる人々〜私たちとの関わりを考える〜
船田クラーセンさやか (モザンビーク支援ネットワーク)