《JR西日本脱線転覆事故は刑事事件に発展するか?(下)》
■新聞が同じことをいっせいに書きたてた
事故から三ヶ月が過ぎ、今月末にはいよいよ国土交通省事故調査委員会の中間
報告が出るという。そして、その中間報告の土台となるデータの一部が「公表さ
れた」と各紙が報じたのは、今月4日から5日にかけてだった。
新聞報道によれば、事故を起こした電車は制限速度70キロのカーブに115
キロの猛スピードで進入し、曲線に入ってから30メートル進んだところで、ど
ういうわけか通常ブレーキをかけたことになっている。運転士がかけたのは非常
ブレーキではなく、通常ブレーキだったというのだ。普通、こういうことは考え
られない。こうした情報をもとに考えれば、運転士がそのとき正常な精神状態に
なく、暴走を認識できていなかったという疑いが濃くなってくる。あるいは、運
転士は意識的に115キロのスピードでカーブに突っ込み、そのまま無事にカー
ブを通り抜けられると、脱線の直前まで信じて運転していた可能性も絶無ではな
い。どちらにせよ、「異常な運転」と総括されることになるだろう。
■リークの疑い
「公表された」データの中身はいったん置くとして、この公表のされ方には強
い疑問が残る。月末には中間報告が出る予定なのに、なぜ事前に、そしていっせ
いにそうした情報がもたらされたのか。各紙は揃って「事故調査委員会の調べで
分かった」とか「データが一部公表された」と書いているのだが、早い話、これ
は一種のリークと言わざるを得ない。リークであれば、情報を握っている側が一
定の目的を持って行う「情報漏洩」に他ならないのだから、その意図を想像して
みたくなるというものだ。もし、事故原因の大半を「高見運転士の異常な運転」
に帰着させたとき、見えなくなってしまう何かがないだろうか。
■JR西日本の罪と罰
前号で記したように、福知山線の現場カーブについて、JR西日本は、電車の
スピードを制御する手だてを持っていながら、実際には制御していなかった。誤
解の無いように断っておくが、自動列車停止装置の新型であるATS−P型が導
入直前であったことを言っているのではない。既に福知山線に導入されていた旧
型のATS−SW型を上手く使えば、電車のスピード超過を物理的に阻止するこ
とができたのに、そうしていなかったことを指しているのだ(詳しくは前号を参
照のこと)。
問題は、現場付近でのスピード超過が常態化していることを会社が知っていた
かどうか、さらに、黙認したのかどうかという点だ。
鉄道は「労働集約型産業」から「装置産業」へ脱皮する必要がある――こんな
ことが言われるようになったのは、はるか43年前の三河島列車多重衝突事故(後
註)がきっかけだった。その後の鉄道には、運転士がたとえ意識を失ったとして
も、乗客が死傷することがないような仕組みを用意すること、究極的にはこれが
求められていたと言うこともできる。その意味で、JR西日本の福知山線事故現
場は、「装置産業」にふさわしい安全対策が施されていたとは到底言えないものだ
った。だが、そのことが今回の事故原因とまで言えるのかどうか。そこにこの事
故の立件を巡る議論の焦点がある。
事故原因に関する議論をどこに収斂させるかということは、JR西日本の責任
をどの範囲で問うていくかに関わってくる。有り体に言えば、誰を逮捕するかが
変わってくるだろう。もしも、「異常な運転」がクローズアップされれば、運転士
の個人的資質、懲罰的な「日勤教育」を含む人事管理、その限りでの企業体質が
問われることになるだろう。しかし、「常態化していた速度超過の黙認」というこ
とが明らかになった場合、鉄道会社としてのJR西日本に加えられる法的非難は、
比較にならないほど大きなものになるだろう。
■事故調査委員会から警察へ
事故調査委員会自身によると思われる今回のリークについて、今の段階で考え
られることを記した。真の意図は不分明なままだが、中間報告とその後の最終報
告を待って、再び議論の材料としたい。「立件に執念を燃やしている」と言われる
兵庫県警も、その報告書を今か今かと待っていることだろう。
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(註)
日本の鉄道事故史上最悪の事故といわれる三河島列車多重衝突事故は、今も鉄
道関係者の心中に深く刺さったままの棘のような存在だ。だから、7月13日早
朝(現地時間)、パキスタン南部のシンド州で三本の列車が衝突する事故があり、
150人以上の犠牲者をだしたとの報を聞いて、三河島事故の悪夢を思い起こさ
なかった日本の鉄道関係者はいないだろう。二つの事故は非常によく似ている。
今から43年前の昭和37年5月3日、常磐線三河島駅構内で、赤信号を無視
して脱線した貨物列車が、平行する上下二本の列車を次々と巻き込
み、死者160人を超える大惨事となった。この事故がきっかけとなり、自動列
車停止装置(ATS)が計画を前倒しして当時の国鉄全線に設置されることが決
まったほど、事故のインパクトは大きかった。
パキスタンの今回の事故原因はまだはっきりしない。だが、伝えられていると
ころによると、故障で駅構内に停車していた急行列車に、後続のやはり急行列車
が突っ込み、脱線して反対側の線路にはみ出したところ、もう一本の列車が衝突
したという。追突した急行の運転士は死亡してしまったが、事故の直接的な原因
は、この運転士による場内信号機(駅構内に進入して良いか否かを指示する信号
機)の見落としか無視の可能性が高い。もちろん、信号機そのものの故障もあり
得ないことではないが、そのような報道は今のところまだ無い。ATSはおそら
く未設置だったのだろうが、その点についての具体的な情報は入ってきていない。
今回のパキスタンでの事故は、三河島事故とは43年の時間を隔てているだけ
でなく、そもそも鉄道事情の大きく異なる遠い国での列車事故ではある。だが、
いずれも三本の列車が絡む駅構内での多重事故であること、犠牲者数がほぼ同じ
であること、運転士による赤信号の見落としが原因として有力であることなど、
共通点が多い。今回、最初の衝突で救助に駆けつけた近隣住民の中に二度目の衝
突で犠牲になった人がでているが、三河島事故の際にも、最初の衝突で列車外に
避難していた乗客が二度目の衝突で犠牲になったことを思い出させる。事故の衝
撃の凄まじさを物語るとともに、多重事故特有の悲劇がまた起こってしまったと
の感が強い。
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■編集後記
「事故調査委員会とリーク」ということであれば、筆者にはどうしても書いて
おかなければならないことが一つあります。丁度、この8月12日で事故から2
0年を迎える「日航ジャンボ機御巣鷹事故」について、事故原因を巡る取材中に
遭遇したある出来事のことです。12日に間に合わせる自信はありませんが、次
号ではこのことについて触れる予定です。
JR西日本の「安全性向上計画」について書くつもりでしたが、今回はその余
幅がありませんでした。また日を改めてお届けします。
■お知らせ
7月13日に、田原総一朗責任編集『オフレコ!』(アスコム刊)というムック
が出版されました。田原さんによる貴重なインタビューが満載されています(讀
賣新聞の渡邉恒雄氏の部分は特に秀逸)が、その中に収められている「いのちの
食べ方」という漫画は、作者の山田玲司氏が私を取材し描いてくださったもの(私
に対する取材記の形)で、BSE(狂牛病)をテーマにした珍しい漫画になって
います。かなり売れているようですが、まだ書店に積んであると思いますので、
よろしければお手にとってご覧ください。私の顔については、「似ている」という
人と「似ていない」という人が半々です。
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