《JR西日本脱線転覆事故は刑事事件に発展するか?(上)》
■運転再開と刑事事件の「芽」
107人もの犠牲者を出したJR西日本・福知山線の脱線転覆事故から55日、不
通となっていた宝塚−尼崎区間の運転が再開された。ただし、当面は、批判を受けて
修正した暫定ダイヤでの運行となる。この暫定ダイヤは、駅間の運転時分や駅での停
車時分を長くし、全体に余裕を持たせたものになっている。とくに事故現場となった
カーブ付近については、制限時速が70キロから60キロに、また手前の直線も12
0キロから95キロに引き下げられたが、その理由について同社幹部は「線区の状況
からではなく、被害者やお客さまの納得を得られるよう、社内でいろいろ検討して決
めた」(14日、徳岡研三専務の記者会見)としている。飽くまで、被害者・遺族や利
用者の感情に対する配慮の結果であり、事故前に設定されていた制限速度に問題があ
ったわけではないということになる。そして、暫定ダイヤはいつか通常ダイヤに戻さ
れる。
徳岡専務のこの説明は基本的に正しい。事故は、速度制限の仕方が甘かったから起
こったのではなく、電車がその制限速度を超えてカーブに進入することを防げなかっ
たことが要因であり、電車の暴走を物理的に制止するのに必要な仕掛けを現場付近に
設置していなかったために起こったのだ。言うまでもないことだが、暫定ダイヤに関
するJR西日本側の説明が正しいからといって、彼らの責任が減殺されるわけではな
い。
だとすれば、JR西日本が「電車の暴走を物理的に制止する仕掛け」を設置しなか
ったのはなぜだったのか、はたして現場付近の安全性を向上させるための努力をして
いたのかどうか。ここに、刑事事件の「芽」がある。ところが、多くのマスコミは、
肝心の「電車の暴走を物理的に制止する仕掛け」、つまりATS(列車自動停止装置)
の何がどのように問題なのか、未だにキチンと把握していないように見受けられる。
■SW型とP型
事故直後にATS(列車自動停止装置)問題を指摘されるや否や、JR西日本は「6
月には福知山線に新型のATS−Pを設置完了する計画だった」と釈明した。同社の
ATSには、旧型のATS−SW(以下、SW型)と新型のATS−P(以下、P型)
がある。二つは線区によって使い分けられており、福知山線は新型への移行直前だっ
たというわけだ。だが、JR西日本がそのような発表を行った真の意図は、「新型が導
入済みであれば事故は防げた」というメッセージをマスコミに流して、責任逃れを図
ろうとしたからではないかと私は疑っている。案の定、この情報が、今に至るまで各
マスコミを混乱に陥れている。
ATSの歴史は古く、1962年の常磐線三河島事故を教訓に、当時の国鉄全線に
設置が決まった。当初は列車同士の追突や正面衝突を防ぐ目的から、信号を守らせる
ための警報を運転士に知らせる機能が主だった。SW型(S型の西日本バージョン)
は、列車が停止信号を通り過ぎる危険が生じると基本的には自動的に非常ブレーキを
かけて列車を止めてしまうのに対し、P型は、同じことを通常ブレーキを自動的に作
動させて行い、あらかじめ設定された減速パターンに沿って列車をコントロールする、
より高度なシステムだ。パターンの頭文字のPを取ってP型といわれる。SW型より
も遙かに費用がかかるが、スムースな運行管理によってダイヤを可能な限り守ろうと
する限り、一々列車を停止させてしまう旧型に対して新型の方が優れているといわれ
るのは、そのような機能の違いがあるからだ。
■ATSに関する議論は位相がずれている
JR西日本の言い分はこうだ。今回の事故は、P型設置率の低い同社が順次設置を
進めていた矢先の事故だったのであり、事故発生があと数ヶ月遅ければ107人の命
は助かっていたと。しかし、これは巧妙な「言い訳」に過ぎなかった。以下、その理
由を二点に絞って述べる。
第一に、「P型の導入」は、直ちに全線にわたって列車のスピードをコントロール
することにはつながらない。実は、P型には「全線型」とコスト重視の「拠点型」の
二種類があり、当初JR西日本が福知山線に導入しようと計画していたのは後者だっ
た。つまり、駅周辺の重要箇所は制御するが、その他の部分は「必要に応じて」地上
子(レールの間に設置されるテーブル状の機器)を設置するだけなのだ。「P型を導入
する」といっても、現場付近に地上子を置くとは限らないということだ。もしも現場
に地上子設置の計画がなかったとすれば、カーブに進入する列車のスピードを制御す
ることはできず、今回の事故は防げなかった可能性が高い。はたしてJR西日本に事
故現場付近で列車のスピードを制御する意図があったのかなかったのか、真実を明ら
かにしてくれるのは当初のP型設置計画の詳細のみだが、同社は公表を拒んでいる。
(因みに、今回、運転再開のために設置されたP型は、「拠点型」には変わらないが、
現場付近も当然コントロールの対象になっている。)
第二に、福知山線にも既に導入されていた旧型のSW型では、本当に今回の事故は
防げなかったのだろうか。SW型の地上子は、前方の信号機が青だった場合、上を通
過した列車に対して何の指示も出さないものと考えられている。実際に、現場付近に
設置されていたものはそのような地上子だった。しかし、だからといって、「SW型だ
から事故が防げなかった」ということにはならないのだ。SW型には、「速度照査機能」
を持つ地上子が新たに開発されており、二つの地上子の上を通過するタイミングのズ
レから列車のスピードを検知し、決められた速度(制限速度)を超過した場合には非
常ブレーキを掛け、停止させることができる。しかもJR西日本は、別の路線(北陸
線や京都線などの十数カ所)では、SW型のこの地上子を使って、カーブ手前で列車
のスピードオーバーを阻止するようにしているのだ。同じことを福知山線の事故現場
付近でもやっていれば、今回の事故は起こらなかった可能性が高い。福知山線の事故
列車は、制限速度70キロのカーブに、実に120キロのスピードで進入したようだ。
そんな列車が近づいてきたとき、SW型の速度照査機能付き地上子であればたちまち
速度超過を検出し、カーブのずっと手前で非常ブレーキをかけさせていたはずだから
だ。
■スピードオーバーを黙認した?
こうしてみてくると、SW型にせよP型にせよ、設置者、つまりJR西日本が個々
のカーブについて判断し、脱線転覆の危険を回避するためにATSによる速度制限を
するかしないかを決めていることが分かるだろう。残念ながら、事故が起こった尼崎
の現場についてJR西日本は、旧型ATSの周知の機能も活用せず、また新型ATS
の導入に当たっても現場を速度制御の対象としていなかった可能性がある。そこには
どんな理由が考えられるのか。現場付近では「恒常的に速度超過だった」という運転
士たちの証言もある。もしも、列車の尼崎到着時刻を厳守させるためには「速度超過」
もやむを得ないとJR西日本が考えていたのだとしたら、事故原因を巡る議論は、全
く異なった次元に突入することになるだろう。国土交通省に対して提出し認可を受け
たダイヤ、その一要素である制限速度について、運転士による速度超過を「黙認」し
ていたとすれば、この事故は事件としての性格を一層強く帯びるようになる。いよい
よ、運行管理やダイヤづくりに責任のある同社幹部が、刑事責任を問われる局面が訪
れるものと思われる。
■編集後記
この事故については、5月1日と29日の二回、テレビ朝日・朝日放送系の「サン
デープロジェクト」という番組で取材の報告をしました。その論点を整理し、その後
の情報も付け加えて今回の記事を書きました。さらに、JR西日本が5月31日に発
表した「安全性向上計画」について、次号で分析記事を書きたいと思っています。
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