【「OIE/BSEコード改正に関する専門家会合」傍聴報告】

 アメリカ産牛肉の輸入再開問題に関連して、大きな動きがありました。

「アメリカの牛肉は本当に安全なのだろうか」と不安を募らせている人から、「早
く吉野家の牛丼が食いたい」と思っている人まで、牛肉輸入再開問題は広い関心の的
となっています。しかし、関心の内容如何に関わらず、これからしばらくの間、OI
Eという聞き慣れない国際機関の動向が注目の的になるかもしれません。

■OIE年次総会

  5月末にパリで開かれる国際獣疫事務局(OIE)の年次総会。この総会に提出さ
れる「BSEコード改正案」について、国内の専門家たちに意見を聞く会合が開かれ
ました。後述するように、著しい基準緩和傾向をもつこの改正案が通れば、アメリカ
がそれを「国際基準」として振りかざしながら、「牛肉輸入再開」の対日圧力を強めて
くることは明らかです。議論されるのは飽くまで「安全基準」ですが、日本にとって
は、極めて具体的な問題とリンクした、大変重要な国際会議になりそうです。

  例によってこの専門家会合を傍聴しましたが、既に新聞各紙が報じているように、
国際安全基準の大幅緩和となる今回の改正提案に対し、専門家からは厳しい批判が相
次ぎました。18日に予定されている消費者などとの意見交換会を経て、農水・厚労
の両当局は、いくつもの注文を用意してOIE総会に臨むことになりそうです。

■BSEコードの改訂

  今回、提案されている基準の変更点は四つあります。一つ目は、「無条件物品の変
更(と追加)」、いきなり強烈なパンチという感じです。「無条件物品」、つまり「BS
Eに関連したいかなる条件も要求すべきでない」物品としては、これまでも牛乳・乳
製品などがあげられていました。今回そこに「骨なし骨格筋肉及び血液・血液製品」
を加えようというのです(と畜の際に牛が暴れないよう脳と脊髄を破壊する工程、い
わゆるピッシングをしていないことが条件)。日本の農水省なども、全頭検査開始前ま
では「感染牛のものといえども肉は安全だ」と言っていましたから、驚くには当たら
ないのかもしれません。しかし、感染牛の末梢神経や副腎などからも感染性プリオン
が発見されている今日、これを牛肉貿易の「国際基準」に書き込もうというのは正気
の沙汰とは思えません。こんなことが通れば、今まで長い時間を費やして続けられて
きた「20ヶ月齢以下の牛の検査除外」に関する科学的な検討などは、全く無意味に
なってしまいます。これでは、科学と経験を無視した「無謀な国際基準」と言わなけ
ればなりません。

  二つ目は、「カテゴリーの簡素化」。これもかなり露骨な提案です。これまでOIE
が規定する国別のBSEステータスは、清浄国・暫定清浄国・最小リスク国・中リス
ク国・高リスク国の五段階でした。今回それを三つに簡素化し、(一)「物品特異的な
リスク低減措置を実施しなくても無視できるリスク」と(二)「物品特異的なリスク低
減措置を実施すれば無視できるリスク」(三)「不明なリスク」にしようというのです。
ややこしい表現ですが、私が気になったのは次の一点。(一)と(二)のそれぞれに、
感染牛の「発生なし」「輸入牛のみで発生」「国内発生あり」の場合が想定されており、
「輸入牛のみで発生」の場合には、その感染牛さえ処分してあればよいとされている
点でした。もちろん、飼料規制が有効になされていることなども条件になっています
が、アメリカのように大量のカナダ牛を輸入してきたようなところで、発生がカナダ
牛のみだからこの条件に該当するのだということになれば、実態を無視した区分設定
になるのではないか、心配です。何より、実際には(二)の範囲にほとんどの国が
入ってしまい、そもそもカテゴライズとして意味があるのだろうか、甚だ疑問に思い
ました。「汚れてしまった」国々が、互いに傷を舐め合うようにして牛肉貿易を再開す
るための「分類」、というような印象です。

  三つ目は、「特定危険部位(SRM)の変更」です。ポイントは、前回の改正で「回
腸遠位部」から「腸全体」にSRMの範囲が広げられていたのを、元に戻そうという
ことです。もともと科学的な根拠があって「腸全体」をSRMに指定したわけではあ
りませんでした。ヨーロッパの食習慣の中では腸は価値が低いのだそうで、その腸を
全体としてSRMに指定し、そのことによって食肉処理作業を単純化しようとしただ
けのことだったのでしょう。この間、日本を含む数ヶ国からの抗議を受け、規定を元
に戻すことになった模様です。こんなことをやっていれば、基準を作る際の「真剣さ」
について、OIE自体が疑問を持たれても仕方がないでしょう。今回の変更そのもの
に歓迎ですが、こうした経緯はOIEにとって名誉なことではないでしょう。

  四つ目は、「サーベランス基準の変更」。ここにも重大問題が含まれています。サー
ベランスをきちんとやっていると判断してもらうことはその国のステータスに関わる
ので大変重要です。そのためには、決められたポイントを満たすことが必要になるの
ですが、「症状牛」なる分類の牛を検査すると点数が高く、通常のと畜に廻るような「健
康牛」(外見上は疑わしくない牛)などは極めて低い点数しか割り当てられていない。
日本のような全頭検査をやっても点数はあまり稼げないのです。逆に、何かしらの「症
状」がでている牛を調べたのだと強弁すれば、その国はサーベランスについて合格点
をもらえてしまうのではないか(私見では、年間10万頭も出ているアメリカの「ダ
ウナー牛」などを「症状牛」にしてしまう可能性があるかもしれないと思いました)。
専門家の議論でもそのような批判がなされていました(この批判を最も熱心に展開し
ていたのは、プリオン専門調査会の座長である吉川東大教授でした)。寂しい話ですが、
全頭検査を通して日本で発見されてきた「症状のない陽性牛」の問題が、このOIE
の場では全く考慮されていないということが図らずも分かってしまいました。

■日本の対応

  総じて、OIEの総会にかけられるBSEコードの改正案は、非常に問題の多いも
のと専門家は受け取ったようでした。もちろん、まだ提案通りに改正されると決まっ
たわけではなく、3年半に及ぶ全頭検査で分かってきた貴重なデータなどを具体的に
示し、改正案の問題点を加盟各国に訴えていくことになりそうです。

  会議終了後、日本におけるBSE問題の第一人者であり、OIEの委員を務めたこ
ともある山内一也東大名誉教授がこんなことを語っておられました。OIE70数年
の歴史の中で、食品の安全をテーマにするようになったのは、「たかだかここ三年のこ
と」なのだそうです。家畜の病気が国境を越えて拡がらないようにすることを使命と
して誕生した国際機関が、現代のBSE問題という典型的な「食の安全」の問題につ
いて「国際基準」を云々する場として相応しいのか、そうした疑問も浮かんできまし
た。ましてや今BSE問題は、「食の安全・安心」を越え、人から人への感染を心配し
なければならない「公衆衛生」のテーマともなっています。この組織の意義と作られ
る基準については、その有効性の範囲を限定して考える視点が不可欠のように思いま
した。

  OIEの動向の背景となっているのがヨーロッパの意思なのかアメリカの意思な
のか、あるいはそれ以外のものであるのか、今の私にははっきりした答えを出すこと
ができません。しかし、対日牛肉輸出を遮二無二再開しようとするアメリカのブッシ
ュ政権にとって、その実現シナリオの中に重要な役割を与えられているものの一つが、
このOIE年次総会だということは想像がつきます。日本がこのOIEに要求する事
柄は飽くまで「科学」に基づくものでなければなりませんが、そこは政治的経済的な
利害をめぐる激しい国家間の争いの場であり、日本国民のために「食の安全・安心」
を貫くことは決して簡単ではない。そのことを、今改めて認識する必要がありそうで
す。

■編集後記(補論)

 この日の会合でビックリすることがありました。上に書いたように、日本では感染
牛の末梢神経や副腎からも感染性のプリオンが発見されていることが公になっていま
す(11頭目の感染牛。北海道標茶町の農場で死亡し、「死亡牛」として検査された)。
これについては、今のところ、脳や脊髄など感染性プリオンが溜まりやすいところか
ら先に溜まりはじめると信じられており、末梢神経からも発見されるのは感染が相当
に進んだ状態だと理解されていますが、実はその点についての科学的な証明は何もな
い。だから、もしも末梢神経から感染性プリオンが溜まり始めることがあった場合、
BSEの全頭検査が脳の一部(延髄の閂部)だけを見て陽性か否かを判断している以
上、検査によって陽性牛を見つけることは困難になる。そうなると、牛肉自体が「特
定危険部位」となって、牛肉が食べられなくなることも理屈としてはあり得るのです。
世界最先端のプリオン学者たちが「科学的にはよく分からない」と言っていることの
中には、このように危険な内容も入っているわけです。

 で、この日の会合ですが、末梢神経から感染性プリオンが発見されている例は、「1
1頭目」だけではないということが専門家の口をついてでてきたのです。神奈川で見
つかった二頭の牛(「5頭目」と「10頭目」)からは、同じように末梢神経からの感
染性プリオンが検出されているが、これまで公にされてこなかったというのです。私
は正直、腰が抜けそうになりましたが、会合に参加している他の専門家の中に驚いて
いる様子の人は一人もおらず、その後の議論の状況からも、「みんな知っている」こと
のようでした。

  *なぜ「神奈川」なのかということについては、検体の問題などがありそうなので
  すが、別の機会に書くことにします。

  しかし、それだけではありません。ある専門家に「末梢神経から感染性プリオンが
見つかったのは三頭なんですね」と確認したところ、その答えはさらに驚くべきもの
でした。「いや、本当は他にももっとでているはずだ」と。そのことについても、どう
やら専門家の間では一種の「合意」がある模様でした。そうした事実の裏付けがある
からこそ、専門家たちは、「フードチェーンから感染牛を完全に排除する」ことを追及
していたのだと思い当たりました。「感染牛のものといえども肉は安全だ」などとは、
到底言えないのです。最後に、かつて専門家のお一人がこんなことを発言していまし
たので、紹介して今号を閉じることにします。

  「今後、(検査の)感度を上げていったら、ありとあらゆる臓器で陽性になるはず
でしょう」「BSEの牛に関して、BSEを発症した場合は、ありとあらゆる臓器が危
ないんだということは、恐らく皆さんのコンセンサスだと思うんです。」「潜伏期間中
に(異常なプリオンが)そこにたまるのか。たまるのであれば、私はSRMに指定し
なければいけない臓器だと思うんです。末梢神経をSRMに指定したら、もう牛は食
べられません。それは筋肉で検出できないというのは量的な問題だとわかっているか
ら、末梢神経のない筋肉なんてないですから」

  *第16回食品安全委員会プリオン専門調査会(平成16年11月16日)議事録
  33ページ。北本委員の発言から。
http://www.fsc.go.jp/senmon/prion/p-dai16/161116_dai16kai_prion_gijiroku.pdf

  *私も投稿したことのある「笹山登生の掲示板」にこの問題で最も早くネット上に
  登場した傍聴の記録とまとめが掲載されています。「まりちゃん」による投稿[1
  028]を参照してください。http://www.sasayama.or.jp/saboard/b_board.cgi

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