《プリオン専門調査会報告書の両義性》
28日に開かれた第22回食品安全委員会プリオン専門調査会を傍聴しました。新
聞各紙がトップ扱いで報じているように、その結論は、2001年10月以来続けら
れてきた全頭検査体制の見直しを事実上容認するものとなりました。記者会見に臨ん
だ座長の吉川氏は「正直、ホッとした」などと頓珍漢な感想を述べていましたが、現
実は、外圧によって「食の安全」を脅かされるという、ウラ悲しいニッポンの実情を
見せつけられた瞬間に他なりませんでした。
れっきとしたBSE汚染国であるアメリカから牛肉が無検査で入ってくるまでに
は、まだ様々な段階を踏むことにはなります。しかし、この日の決定は、輸入再開の
方向へ大きなステップを踏み出したものと考えざるを得ません。ただ、それでも、今
回の報告書自体は両義性を持ったものと考えられ、安直な輸入再開に待ったをかける
内容が含まれていたことは重要です。
具体的に中身を見ていきましょう。報告書の内容は、「結論」と書かれた部分に要約
されます。その第一項目目に、20ヶ月齢以下の牛をと畜場でのBSE検査から除外
しても「ヒトに対する食品健康影響(リスク)は、非常に低いレベルの増加にとどま
るものと判断される」という文章が書き込まれました。これが全頭検査体制の撤回を
「科学的に」承認したものとして、今後行政当局による管理措置の変更にお墨付きを
与えることになります。
しかし、報告書の要点はもう一つありました。「結論」のあとに、「終わりに」とい
う項目が置かれ、そこには「結論」を否定しかねない二つの「批判的意見」のことが
記されていたのです。一つは、輸入飼料対策や特定危険部位(SRM)除去について
の対策強化などが課題として残っており、「月齢見直しはこれらの一連の対策の実効性
が確認された後に行うのが、合理的な判断である」と断じています。つまり、時期尚
早だという意見。もう一つは、「若齢牛の検査除外」と同時に「検査感度を改良するた
めの技術開発促進」についても諮問がなされているという、諮問自体の矛盾を指摘し
たものでした。つまり、たとえ検査感度を向上させても、全頭検査を止めてしまえば、
若い牛から検出できるかどうか、評価がそもそも不可能になってしまうではないか、
というものだったのです。
はたして、「2つの意見」は少数意見だったのでしょうか。この日配られた案文に
対して、専門委員の一人から強い不満が表明されました。案文には「2つの批判的意
見があったことを留意すべきである」となっていたのです。委員は、これではまるで
ひどくマイナーな意見であったかのようではないかと抗議。他の委員のなかからも賛
同の声があがり、マイナーな意見どころか、「むしろ大勢を占めたのではないか」とい
う発言もありました。最終的には「2つの批判的意見に留意すべきである」と微妙な
修正が施されることになりましたが、どうも腑に落ちない思いの私は、終了後の記者
会見でこの点について座長に質問しました。少々不正確ですが、こんな感じのやりと
りがありました。
内田 「終わりに」の2つの批判的意見は、結局、専門委員の大勢を占めたというこ
とでいいんですね。
座長 (少し考えて、、、)いや、多数決を取ったわけではないですから、、、。まあ、
ロジックとしてそういうことも言えるだろうということで。大勢ではないと
思いますよ。
どうもこの座長の用語法は混乱することが多くて困ります。多数決を取っていない
のなら、「大勢ではない」と言うこともできないはず。議事録を素直に見れば、専門委
員の中でこの意見に反対する人がいるとは到底思えない。それに、「ロジック」(=理
屈)はむしろ「月齢による形式的な線引き」を容認した「結論」の方であって、逆に
「終わりに」の中には単純なロジックを越えた具体的な提言が含まれている。国民全
体の「食の安全」を司る唯一の行政組織である食品安全委員会には、あれこれの省庁
からの諮問に応えるだけでなく、積極的に安全に資するような提言をすることが期待
されているはずで、その積極性はこれら「2つの批判的意見」にこそ体現されている
と言えるのではないか。傍聴と記者会見を終え、私にはそのように思われてなりませ
んでした。
なお、この問題の解説のため、29日にTBSラジオ「ストリーム」に生出演しま
したが、時間が足りず充分な話ができませんでした。リスナーにはご迷惑をかけてし
まいました。引き続き、31日(今日です!)にはJ−WAVE「JAM THE W
ORLD」の「カッティングエッジ」のコーナーに電話出演する予定です。夜8時2
0分頃から10分間ほどですが、お聴きになれる方は是非どうぞ。
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(補論)
■プリオン専門調査会最終報告書の「政治性」と「科学性」
〜「中間とりまとめ」という罠〜
今回の報告書は、農水・厚労両大臣からの諮問に答える形を取っている。そしてそ
の諮問は、同じプリオン専門調査会の議論をもとに昨年9月に出された食品安全委員
会の「中間とりまとめ」をもとに内容が決められたものとされる。「20ヶ月齢以下の
感染牛を発見するのは困難」ということを委員会が最初に言ってしまい、「そうである
ならばBSE検査から除外していいですね」という質問が政府からなされ、改めて「結
構ですよ」と食品安全委員会が応じるというスタイルを取っている。まるで予定調和
のような形式的議論のやりとりが続いただけのように見えるが、そうではない。そこ
には、「政治」と「科学」がない交ぜにされた複雑な過程があった。もちろん、最後に
勝ったのは「政治」的な意思だった。
本メルマガの第十五号(昨年11月29日付)で詳しく報じたこの「中間とりまと
め」をめぐる問題は、今回の報告書の中にも反映され、記録されることになった。一
言で言えば、科学者としての立場を蔑ろにされた専門委員たちの逆襲が実った形だ。
しかし、報告書の字面から真相を読みとるのは簡単ではない。まず、報告書中の以下
の部分を読んでみて欲しい。焦点は、「BSE検査月齢の見直し」、つまり、「20カ月
齢以下の牛は検査しないでもよいとすること」だ。括弧内は内田が補った。
「山内委員から、BSE検査月齢の線引きは科学的根拠に欠けるとして(「中間とりま
とめ」の)結論では勧告しなかったにもかかわらず、(農水・厚労両省が)月齢見直し
を諮問した目的についての質問があった。これに対して、厚生労働省は「中間とりま
とめ」の結論部分の文言にもとづいて、科学的合理性を確保するためであると回答し
た。」(「審議開始に至るまでの主な議論」より)
つまり、「中間とりまとめ」に至る議論では、BSE検査の有効性を月齢によって線
引きするやり方自体が「科学的根拠に欠けるもの」として排除されていたことになる。
にもかかわらず、その点について諮問してきた両省はいったい何を考えているのかと
山内氏は訝っていたのだ。
「20カ月齢以下」云々の問題は、もともとプリオン専門調査会が取り組んでいた
「BSE対策全般に対する検証」という包括的な検証作業の中に、食品安全委員会及
び小泉政権(それにブッシュ政権)の意思によって滑り込まされたテーマだった。と
ころが議論を進めるうちに、「月齢による線引き」という発想自体が拒否されていった。
少なくとも、専門委員たちはそう考えていた。ところが、その思いはいとも簡単に裏
切られることになった。
案文の検討作業の中で、いったんは削除したつもりだった「20ヶ月齢以下の感染
牛を現在の検出感度の検査法によって発見することは困難である」という非科学的な
文章が生き残ってしまい、大きな政治的な意味が生じてしまったのだ。今回の最終報
告書の中から、上記引用部分に続く、次の文章を見て欲しい。
「この結論部分の文言は、座長一任後に修正されたものであった。この文言に関連し
て、金子座長代理から科学者と行政の立脚点の相違により異なる受け止め方がなされ
たこと、「中間とりまとめ」の作成作業を少し急ぎすぎた感のあったこと指摘する総括
的発言があり、吉川座長からは、この総括を評価する発言があった。」
なんとも奥歯に物の挟まったような言い方だが、実際はこういうことだった。
問題の非科学的なフレーズ、「20ヶ月齢以下の感染牛を現在の検出感度の検査法
によって発見することは困難である」は、当初、本文の中一ヶ所と結論の一ヶ所、合
計二ヶ所に入っていた。議論の末、結論部分については削除することが決まったのだ
が、本文の方は専門委員たちの見落としによってそのままになっていた。結論の部分
さえキチンとしていれば良いだろうという油断が見落としにつながったのかもしれな
かった。
ところが座長一任後、座長、座長代理、食品安全委員会評価課長とで最終的な文章
を作る際、「事務局が暴走して、削除したはずの文言を結論部分に勝手に復活させた」
(某委員の証言)という。座長と座長代理はそれを撤回させたのだが、その代わり、
本文の方はそのままでよいということになった。ここにある種の妥協が成立し、座長
らはメンツを保ち、事務局側は、政治的に利用しうる文言を本文中に確保し、狙い通
りの報告書を作り上げることができたことになる。たとえ結論から肝心の一文が削除
されたとしても、事務局側は満足した。「名を捨てて実を取った」のだ。
こうした経緯について、専門委員たちにできる最後の抵抗は、事実を報告書の中に
記しておくことだった。だが、残念なことに、その内容は普通の人が読んだだけでは
判らない。
今回の長い審議の過程で専門委員たちが何度となく口にした一つの言葉があった。
「数字の一人歩き」だ。日本での変異型ヤコブ病患者発生数が「0.1〜0.9」と予測さ
れるという甘い評価についての心配だった。今回、食品安全委員会プリオン専門調査
会の報告書はこうしてひねり出されたが、これから本当に心配しなければならないの
は、この矛盾だらけの報告書自体の「一人歩き」なのかもしれない。
■編集後記
アメリカ産牛肉の輸入再開に関する諮問がどんな内容になるのか、今度はその文言
についても早い時期から詳細に検討を加えていくことが必要になりそうです。今のと
ころ座長も、「多面的なデータが必要」として、長い期間の検討を覚悟していると語っ
ていますが、諮問内容によってはそれが許されない可能性もでてきます。本当に、「目
が離せない」ですね。
5月に開かれる国際獣疫事務局(OIE)総会での議論ももちろん注目です。「骨な
し牛肉にはあらゆる貿易制限を課すべきではない」などと決められたら、これまでの
食品安全委員会の議論などは木っ端微塵になってしまう。本当に大変な状態になって
きました。
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