━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■■
■■ 内田誠のニュース&コラム「遠きより」 
■■                       2005/02/06【016号】
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
 《第十六号発行にあたって》
 衝撃的なニュースが飛び込んできました。既にご承知の方も多いと思いますが、つ
いに国内初の変異型クロイツフェルト・ヤコブ病(vCJD。以下、変異型ヤコブ病)
患者が確認されました。BSE(「狂牛病」)感染牛の脳や脊髄を食べることで感染す
ると考えられているこの病気の患者が、この国でも確認されたのです。今回は、この
事実の重さと与える影響の大きさについてお伝えしたいと思います。
 順序が逆になりましたが、先月の23日と30日、2週連続で出演しましたテレビ
朝日「サンデープロジェクト」の特集コーナー、「総力追跡“食肉のドン”50億円の
犯罪全容」と「“食肉のドン”権力の謎…華麗な政界人脈」、大勢の方々にご覧頂きま
した。改めて、厚くお礼を申し上げます。特に、23日放送分については各方面から
高い評価を頂いており、ディレクター諸氏共々、4年越しの取材が報われた気持ちで
す。
  残念ながら、スタジオ出演者の一部から同和地区出身者一般に対する「差別発言」
と受け取られかねない発言がありました。既にお詫びのコメントが放送されています
が、お気を悪くされた方には大変申し訳なく、また、私を含めて放送に携わったもの
の、準備の至らなさを反省させられることにもなりました。「同和」に絡むテーマは確
かに扱いやすくはありませんが、これに怯むことなく、今後も取材に取り組んでいき
たいと思っています。
さて、変異型ヤコブ病です。
──────────────────────────────────────
■国内第一号の変異型ヤコブ病患者確認の衝撃

 ▼患者のプロフィール
  基本的な情報を整理しよう。
国内初の変異型ヤコブ病患者と確認されたのは、昨年12月に51歳で死亡した日
本人男性。89年(平成元年)に一ヶ月ほどイギリスに滞在していた。12年後の2
001(平成13)年12月にイライラや歩行困難などの初期症状が現れ、さらに3
年後の2004(平成16)年12月、つまり昨年暮れに死亡した。亡くなるまでの
一年間は、ほぼ「無動」の状態にあったという。発症後に変異型ヤコブ病が疑われて
いたが、孤発性に特有の脳波が観察されていたために「変異型」が否定され、「孤発性」
と診断されていた。ところが死亡後の脳組織検査により、変異型ヤコブ病の特徴が見
つかり、厚生省のCJD等委員会が確認、一昨日の4日、歴史的な発表となった。

  脳に異常プリオンが溜まって起こるヤコブ病は、この「変異型」であろうが「孤発
型」であろうが、現在のところ不治の病である。脳がスポンジ状に変質し、運動障害
や認知症(痴呆の言い換え)などの神経症状を経て、やがて死に至る。「孤発型」が概
ね60歳以上がかかる病気とされているのに対し、BSE(牛スポンジ状脳症=「狂
牛病」)が人に感染したものと考えられる「変異型」では若い人の罹患者が多い。96
年に初めて確認された変異型ヤコブ病の患者数は、これまでに世界で167人。その
うち153人はイギリスで確認され、残る患者たちのうち、ヨーロッパ以外の患者の
場合、全員に数年のイギリス滞在歴があった。

*「孤発型」は世界中で100万人に一人の割合で見られ、原因は不明とさ
れる。

▼わずか一ヶ月のイギリス滞在で
  患者にイギリス滞在歴があったことに、日本の食品安全当局はホッと胸をなで下ろ
したことだろう。だが、感染が日本国内で起こっていた可能性を100%否定できる
わけではない。これまでに発見された感染牛は14頭(イギリスは18万頭以上)に
過ぎないが、日本もまた立派なBSE汚染国だからだ。また、仮にイギリス滞在中の
感染だったとしても、わずか一ヶ月の間に感染が起こったことになり、人々の不安の
タネになりそうだ。
実験では、感染牛の脳を1ミリグラム食べさせれば、BSEは牛から牛に感染しう
ることが分かっている。確かに、種の壁を越えて牛から人にうつる可能性はずっと低
いはずだ。だが今回のケースは、やはり、この感染物質はわずかな量で人間に入り込
むのではないかという合理的な疑いを生じさせる。もしも、この男性がイギリス滞在
中、毎日大量に牛の脳を食べていた証拠でもでてこない限り、こうした不安は拡がっ
ていく。簡単に言えば、「一口でアウト」という恐ろしい印象が人々の心を捉えていく
ことだろう。

  ところで、日本人はイギリス人に比べ、BSEの異常プリオンに犯されやすい人が
多いことが分かっている。それは、体内でプリオンを合成する遺伝子に三つの型があ
り(コドン129という部分がメチオニンだけでできているかバリンだけでできてい
るか、双方一つずつでできているかによって三つに分類される)、感染・発症しやすい
とされる「メチオニン/メチオニン型」がイギリス人では人口の40%なのに対し、
日本人では90%にも及ぶと推定されているからだ。したがって、日本人全体として
は潜在的にこの病気に対する感受性が高いことになる。今回の患者確認は、そうした
不安にも改めて火を点けることになるだろう。

*イギリスでは、1万2千名以上の虫垂や扁桃組織の調査から異常プリオン
の感染率を推定する研究が行われ、感染者の数を3800名と推計してい
る。仮に事実だとしても、これらの感染者の総てが変異型ヤコブ病を発症
するわけではないが、輸血による感染の拡大を阻止すべく、対応を迫られ
ている。イギリス滞在一ヶ月で感染・発症した今回の例から考えて、国内
にまだ他の感染者がいる可能性があり、日本でもイギリス同様の対応をと
る必要がでてくるだろう。

*イギリスの変異型ヤコブ病患者は、全員「メチオニン/メチオニン型」。

 ▼乱反射する「衝撃」、そして全頭検査の意義
 どこで感染したかは別として、日本人の変異型ヤコブ病患者が確認されたことの影
響は小さくない。
 心配されるのは、国内の食肉産業全体に対する否定的な影響だ。牛肉そのものへの
マイナスの印象は必ず、市場に悪い影響となって跳ね返ってくるだろう。その悪影響
が極力小さくなることを祈る他はない。
私たちは、2001年10月以来、国内で屠畜される総ての牛にBSE検査を義務
付け、現在の検査水準で検出しうる総ての感染牛をフード・チェーンから排除するこ
とに成功してきた。このことの意義をもう一度確認し、国産牛肉に不当な風評被害が
及ばないようにしなければならない。過去はともかく、今、日本国内で国産牛肉を食
べることから変異型ヤコブ病に感染する可能性はゼロに等しい。

*日本のBSE検査体制は世界最高水準を実現している。プリオンの発見で
ノーベル賞を受賞したプルシナー博士(カリフォルニア大学サンフランシ
スコ校教授)も、「日本の行っているような全頭検査だけが牛肉の安全性を
確保し、消費者の信頼を得る方法だ」と絶賛している。

*北海道の高橋はるみ知事は4日の記者会見で、「潜伏期間などから考えて
(感染は)全頭検査開始前だろう。道としては今の検査体制に自信を持っ
ており、今後も万全を期す」と発言している。仮に国の全頭検査体制が縮
小されても、道府県のなかには全頭検査体制を独自に継続すると表明して
いるところが多い。こうした反応はある意味当然だが、それにしても素速
い。

▼いよいよ遠ざかる輸入再開
  最も大きな影響を被るのは、アメリカ産牛肉の輸入再開問題だろう。政府・食品安
全当局が目論んでいたなし崩し的な「輸入再開」の企てに対し、一層の批判が集まる
ことは必至だ。平たくいえば、アメリカから輸入される牛肉に全頭検査を求める声は
さらに強くなるだろう。
  前号でお伝えしたように、食品安全委員会では、国内措置の見直しという形で全頭
検査体制を崩し、20ヶ月以下の牛を検査から除外するための議論が始まっている。
しかし、あまりにも露骨な政治的介入を嫌った専門家たちの反撃に遭い、この試みは
暗礁に乗り上げた形になっている。先月開かれた「プリオン専門調査会」でも、政府
の意志を代弁して座長が出してきた「試案」に対し、委員の中から「内容に独断と誤
り」が見られ、「何かある種の意図のようなものを感じる」とか、「白紙から作り直し
た方がよいのでは」というような激しい批判が寄せられていたことが明らかになった。
今回の患者確認で、政府にはいよいよ、食品安全委員会(プリオン専門調査会)のお
墨付きをうることが難しくなっていくだろうと思われる。

  他方、政府は今、2期目に入ったブッシュ政権のジョハンズ新農務長官が「牛肉輸
出再開が最優先課題」と言明、就任早々駐米日本大使を呼びつけて「輸入再開期日の
明確化」を求めたり、さらに訪日と直談判までチラつかせたりしていることに、神経
を尖らせている。これまでのところは「貿易再開には食品安全委員会の決定など国内
手続きが必要で、しばらく時間がかかる」とかわしている恰好だが、苛立つアメリカ
政府の圧力が今後も強まることは間違いない。政府は、アメリカの圧力に負けて強引
な「政治決着」を行った場合に起こるかもしれない消費者の批判がどの程度のものに
なるのか、量りかねている様子だ。残念なことだが、そこに、国内の反対論を利用し
て輸入食品の安全性を高めようとか、ひいては食の安全・安心を拡大しようというよ
うなしたたかさは見えてこない。
  吉野家ディーアンドシーを始め、「輸入再開」を熱望する外食産業は、まるでアメ
リカの代理人であるかのような主張を繰り広げているが、実際に日本国内での感染例
がでてきてしまったことは彼らにとって大きな痛手となったことだろう。「日本人から
は、いまだに一人の感染者もでていないじゃないですか」というのが彼らの常套句だ
ったが、もはやそんなことは言えなくなってしまったからだ。

*吉野家ディーアンドシーのホームページには「米国産牛肉全面的早期輸
入再開を求める会」なる組織のバナーが貼られており、吉野家自身も参
加して「百万人署名運動」が行われている。しかし「全頭からSRM (特
定危険部位)を除去し、30ヶ月齢未満の若い牛に限定する輸入条件で、
アメリカ産牛肉の全面的輸入再開を求める」という内容には驚きを禁じ
得ない。なるほど、現在政府が進めている「20ヶ月以下の牛に限定し
て輸入再開」という方針では必要な牛肉が確保できないのは事実だ。だ
が、そうであるなら、なぜアメリカ政府に対して、対日輸出分について
の全頭検査を要求しないのか、理解に苦しむ。
  なお、署名運動賛同者のなかに、松屋フーズの名はあるが、すき家(ゼ
ンショー)の名はない。

*2月11日、吉野家は全店で一日だけの「牛丼〈限定〉復活」キャンペ
ーンを行うという。販売を停止してから丸一年、「輸入解禁」へのプレッ
シャーを高める効果的な宣伝として計算されていたのだろう。コストを
かけて「一日分」のアメリカ産牛肉を冷凍保存しておき、同社なりにタ
イミングを計っての「〈限定〉復活」となるはずだったが、国内での変異
型ヤコブ病患者発生のニュースは、最悪のタイミングとなった。

▼厚生科学審議会クロイツフェルト・ヤコブ病等委員会 北本哲之委員長
  国内初の変異型ヤコブ病患者確認のニュースをテレビで見た方なら、きっと覚えて
おられることだろう。グレーのジャケットに濃いオレンジ色のシャツ、赤と黒のスト
ライプのネクタイ、ロマンスグレーだがおかっぱ頭の童顔、眦(まなじり)を決して、
少し訛の残る言葉を絞り出すかのように記者会見に臨んでいた人物、それが、北本哲
之東北大学教授だ。
  北本教授は、BSEの牛やヤコブ病患者の確定診断に不可欠な、脳についての免疫
組織化学検査を世界で始めて確立した第一線の研究者で、その成果は日本がこの分野
で世界の最先端を走っているとされる所以の一つとなっている。この北本教授の存在
を私が最初に知ったのは、実は食品安全委員会プリオン専門調査会だった。アメリカ
産牛肉の輸入再開問題にかかわって、科学者を政治的に利用しようとする露骨な動き
に対し、専門委員の一人として最も鋭敏に反対しているのが、他ならぬこの北本教授
だった。
  北本教授の内心を読み解くことはできないが、会見場での決然とした風貌を眼にし
て私が感じたのは、政治や行政の論理に振り回されることによって、万が一にも変異
型ヤコブ病の犠牲者を増やしてはならないという、科学者の決意のようなものだ。次
のプリオン専門調査会は、この一号患者の問題をどう反映していくのだろうか。
───────────────────────────────────────
■編集後記
  サンデープロジェクトの放送が一段落してホッとしたのも束の間、変異型ヤコブ病
患者確認の報には驚かされました。BSE関連分野で、「ない」といわれていたものが
実は「あった」ということは特に珍しくありません。それでも、人間の感染例の話は
特別です。亡くなった患者さんのプロフィール、イギリスでどんな生活をされていた
のか、なかでも食生活はどうだったのか、是非知りたいところです。
 ──────────────────────────────────────

■内田誠の書籍のご案内
  ※インターネットでのご注文は以下のサイトを参考に。
http://www.bk1.co.jp/cgi-bin/srch/srch_detail.cgi/3f4abf61367c50104747?aid=&bibid=02366824&volno=0000

http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4845108240/qid=1064666982/sr=1-3/ref=sr_1_2_3/250-8224513-9655464

http://www.jbook.co.jp/product.asp?product=2316778

■■──────────────────────────────────────
発行者:内田 誠 ((有)内田誠事務所)
────────────────────────────────────────
●ご意見・ご感想、是非お寄せ下さい。    bse20010910@hotmail.com
 -------------------------------------------------------------------------

─────────────────────────────────────■■
メルマガトップへ
サイトトップへ