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■■ 内田誠のニュース&コラム「遠きより」 
■■                       2004/09/19【012号】
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《第十二号発行に当たって》
 またまたご無沙汰してしまいました。
アメリカ産牛肉の輸入再開問題に関連して、大きな動きがありました。内閣府・食
品安全委員会は、内部の専門部会であるプリオン専門調査会がまとめた報告書(「中間
取りまとめ」)を正式に了承し、「若い牛」のBSE検査を取りやめても人間に対する
BSEのリスクは変わらない(高まらない)としたのです。気の早いマスコミ各社は、
これをもって政府は「現在の全頭検査から、20ヶ月齢以下の牛を除外する方向で検
討に入る」とし、その結果として年内にも輸入再開が行われる見通しだと報じていま
す。ただし、実際の展開はそう簡単ではなく、21日に予定されている日米首脳会談
の主要テーマになるという観測も出てきました(その点について、ベネマン農務長官
による否定的な発言も伝わっています)。アメリカは相変わらず「24ヶ月齢以下を検
査なしで輸入せよ」と公式に言い続けており、溝は埋まっていません。どちらにせよ、
「全頭検査体制の維持」を強く主張してきた消費者団体などは、食品安全委員会の動
きを「食の安全・安心」の後退だとして、反発していくものと見られます。
 今回の「中間とりまとめ」には、その内容もさることながら、決定の過程に重大な
問題が含まれていると思われます。今日は、その点を中心にお伝えします。


■食品安全委員会における「政治」と「科学」
  〜「科学的知見に基づき客観的かつ中立公正に評価を行う機関」への疑問〜

▼吉川座長の偽りの安堵感
 9月6日、報告書の採択を終えて記者会見したプリオン専門調査会座長、吉川泰弘
東大教授の顔は、いつになく晴れ晴れとした表情に包まれていた。これまで苦しめら
れてきた「板挟み」の状態を抜け出せたと感じていたのだろう。座長が「板挟み」に
なっていたのは、「アメリカ産牛肉輸入再開の地ならし」という事務局サイドの「政治
的な要求」と、自らもそこに身を置く「科学者の立場」との間で、だった。科学者と
しての誇りを失わないまま、当局の要求にも応えるという、いわば離れ業が必要だっ
た。だが、安堵感にも似た吉川座長の表情を見ながら、私は「そう簡単ではないだろ
う」とつぶやかざるをえなかった。

  座長の顔に浮かんだ安堵感とは裏腹に、この日の会合は、さながら「科学」と「政
治」の激しい対立の場となっていた。事務局が提出した案文の「結論」部分に、「20
ヶ月齢以下の牛からBSEを検出するのは困難だ」という一文が、なんの前触れもな
く書き加えられていたのだ。科学者たちは強く反発。一文は「科学的な裏付けのない
表現」として削除され、事務局の企みは退けられた。しかし、報告書の別の部分には、
事務局が「結論」のなかに潜り込ませようとしたのと全く同じ、「20ヶ月齢以下の牛
からBSEを検出するのは困難だ」という文章がそのまま書き込んであった(「リスク
評価」のなかに置かれた「迅速検査により検出可能な月齢」という小項目)。まるで陽
動作戦のようだった。そして、最終的な文面は、座長と事務局に一任された。科学者
たちは「体面を保った」と感じたようだったが、事務局と座長の勝ちだった。

▼「合わせ技」一本?
  座長にひとときの安堵感をもたらした報告書の勘所(かんどころ)は、二つの命題
に集約される。「検出限界以下の牛を検査対象から除外してもリスクは変わらない」と
いうことと、「20ヶ月齢以下の牛からBSEを検出するのは困難だ」ということ、こ
の二つだ。これら二つの命題を書き込むことさえできれば、行政当局は報告書に満足
するだろう。そして当局は、「若い牛」=「20ヶ月齢以下の牛」と判断し、国内にお
いても「20ヶ月齢以下の牛」を検査対象から外すことができる。さらにその条件は
輸入牛肉にも当てはめられ、アメリカ産牛肉の輸入再開に道筋が付けられるだろうと
いう計算だ。アメリカ産の輸入肉のうち、「20ヶ月齢以下の牛」は8割に達すると言
われているから、これで問題は解決するはずだった。

  上記の「二つの命題」について少し検討しよう。まず、「検出限界以下の牛を検査
対象から除外」しても人間が変異型クロイツフェルト・ヤコブ病に感染するリスクは
変わらないということについて。こう言われたら、「なるほど」と納得してしまいそう
だが、実はこの命題は何も言っていないに等しい。なぜなら、この命題の核心部分は
「検出限界以下の牛からはBSEは検出されない」というトートロジー(同義反復)
に過ぎないからだ。「BSEが検出」できない程度にしか異常プリオンが蓄積していな
い牛を、「検出限界以下の牛」と定義したのだから、その牛を検査から除外してもリス
クが増えないのは当たり前だ。肝心なのは、牛の年齢で見た場合、どこに検出限界が
あるのかだが、ここには示されていない。

  そこで重要になるのが二つ目の、「20ヶ月齢以下の牛からBSEを検出するのは
困難」という命題だ。この命題が正しいのであれば、なるほど、20ヶ月齢以下の牛
を検査対象から除外しても事態は変わらないということになりそうだ。だが、プリオ
ン専門調査会の委員たちが指摘したように、これは科学的な意味での「検出限界」を
示したものではない。はっきり言えるのは、日本で21ヶ月齢と23ヶ月齢(イギリ
スでは20ヶ月齢の牛から検出した例がある)の牛からBSEを検出したという経験
的な事実だけだ。19ヶ月齢や18ヶ月齢の、より若い牛から検出されてこなかった
のは、ただの偶然なのかもしれないのだ。委員たちは、そうした経験的な事実を書き
込むことを要求した。そして、「結論」部分からはこの命題を削除させたのだが、報告
書の他の部分に同様の記述が残ってしまったことは上述した通りだ。

  繰り返すが、20ヶ月齢未満の牛からBSEが検出できないことの科学的な説明は
一切無い。そもそも検査精度が向上すれば、検出限界はどんどん下に向かって拡がっ
ていくはずのものだし、実際に、新しい検査方法が実用化されつつある。つまり、「二
つの命題」は、「合わせ技」にもなっていないというのが、本当のところなのだ。こう
した詐欺的な報告書をもとに、アメリカとの間で、牛肉輸入再開条件に関する交渉が
本格化しようとしている。

▼全頭検査の意味
  念のために付け加えれば、「全頭検査」は、その時々の検査方法を用いた最大限の
努力をする点に価値があるのであって、感染牛を実際に一頭残らず排除できるかどう
かは別問題だ。食用にする牛を一頭残らず検査の網にかけること自体に意味がある。
消費者は、「現状でできる限りのことをしてくれている」という点に信頼感を抱き、牛
肉市場は回復してきた。「全頭検査」を止めれば、市場には「検査済み」と「未検査」
の二種類の牛肉が出回ることになり、また再びBSEの危険を消費者が強く意識する
事態となれば、市場はたちまちシュリンクする危険をはらんでいる。そこでは「未検
査」を「検査済み」と偽る業者が跋扈し、もともとアメリカ人のように大量には牛肉
を食べない我々は牛肉を避けるようになり、再び、社会的な混乱が生じることになる
かもしれない。

▼アメリカの影
  ところで、年内の輸入再開を目指すアメリカ側のシナリオは、私の知る限り、今年
の2月の段階で既に描かれていた。「7月の参議院選挙が終わるまでは日本の官僚は絶
対に妥協してこない。だから、「全頭検査」では完全に感染牛を排除できないこと(だ
から「全頭検査」に頼る日本は「非科学的」だ、と彼らは論難する−−筆者註)を選
挙後に責め立てて、輸入再開を納得させよう」ということだった。産・官・学の合同
が当たり前になっているアメリカでは、肉牛生産者・流通業者のシンポジウムに農務
省の当局者やジャーナリスト、研究者が参加し、そうした「作戦会議」が繰り広げら
れていた。彼らには、日本の要求に従って輸出分の牛にBSE検査を行うという考え
は、最初から最後まで、微塵もなく、「どうすれば検査無しで輸出を再開できるか」し
か考えていなかった。アメリカサイドは夏までの決着を見込んでいたようだったが、
その点では若干のズレを生じたものの、最終的な「年内再開」に向け、シナリオは順
調に現実化しつつあるように見えなくもない。

  しかし、アメリカの要求は、食品安全委員会が誘導しようとしている結論よりも、
さらに自国畜産業に有利な条件を押しつけようとしていることが見えてきた。最近に
なって、アメリカ側は、肉質によって「20ヶ月齢以下」と判断するよう、非公式協
議の場で要求してきたという。トレーサビリティシステムを持たないアメリカには、
「20ヶ月齢以下」を保証する手段がないのだ。こうなると、そもそも日本側が行い
うる、月齢を基準とした検査体制の見直しという「地ならし」にどんな意味があるの
か、吉川座長や食品安全委員会事務局でなくても、徒労感を覚えざるをえない。この
ようなアメリカのやり方に屈するのでは、いよいよ、小泉政権の正統性にも大きな疑
問符が付けられることになるだろう。

▼「全頭検査」見直しの軌道
 食品安全委員会によれば、全頭検査体制を変更する(これを「管理措置の変更」と
いう)ためには、改めて食品安全委員会に諮問が行われ、それに対して委員会として
ゴーサインを出す必要があるという。その過程では、制度変更の趣旨を周知するため
に、「リスク・コミュニケーション」という手続きが行われ、各地で開かれる公聴会式
のイベントによって、国民=消費者の意見を聞くことになる。この「リスク・コミュ
ニケーション」は、今回の「中間とりまとめ」を作る際にも行われたもので、私は食
品安全委員会の「政治性」を象徴するものと考えているが、次回、詳しく述べること
にする。
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■編集後記
 いよいよ事態が大きく動いてきていますが、マスコミの採り上げ方は非常に消極的
です。上っ面を眺めていたのでは分からない重要な問題が隠されているのに、その点
に切り込む報道は、ほとんどありません。管見に依れば、毎日新聞がこの間の経緯を
最も丁寧に報道していたように思います。
 さて、ハンナングループによる巨額補助金詐欺事件も進展しています。浅田満被告
に対する公判も三回を数え、農水省の担当部長に対する証人尋問も既に行われました。
10月4日には、部長の下で該当事業を取り仕切った官僚が証人台に立つ、いわばク
ライマックスを迎えます。事件の経緯や浅田満被告の人物像などに迫るテレビ番組を
準備中なのですが、諸般の事情により、放送がいつになるか、検討もつきません。分
かり次第、このメルマガを含めた様々な手段でお知らせするつもりです。
 前回の配信との間に、また長い期間があいてしまったこと、重ねてお詫びします。
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