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■■ 内田誠のニュース&コラム「遠きより」 
■■                       2004/04/12【010号】
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《第十号発行に当たって》
  申し訳ありません。「ラムズフェルドの微笑み」、次回以降になります。予定では三
回で終了のはずでしたが、どうもさらにあと二回、つまり合計四回のお届けになりそ
うです。
 かなり以前、「久米宏」をテーマに書くと予告したことがありました。もっと前にお
届けするつもりでおりましたが、「報道ステーション」という後継番組が始まり、この
番組の感想の形で書くのが相応しいということに気が付きました。新番組にはかなり
批判的な書き方になってしまいましたが、「茶の間からの批判」の延長として読んで
いただければ幸いです。
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■久米宏の影に怯える「報道ステーション」

▼4月5日月曜日の夜、テレビの画面には何とも言えない緊張感が漂っていた。
テレビ朝日の看板報道番組であったニュースステーションが18年半の放送を終えて
一週間、後継番組である「報道ステーション」が始まったのだ。

 私には、ニュースステーションの終了ということに一つの感慨があった。85年1
0月7日夜、この番組の放送開始とともに、私のメディアでの仕事が始まったからだ。
一般公募で選ばれた十人のリポーターの一人として、私はその日、まだ四十歳だった
久米宏の後方で、わずかに横顔がチラッと映っただけの、記念すべき第一回番組出演
を果たした。その日から二年間、ニュースステーションのリポーターとしての生活は、
今に至る私の仕事人生にとって、極めて重い意味を持っている。あの二年間がなかっ
たら、今私はジャーナリストとして仕事をしていなかっただろう。

民放初の大型報道番組として文字通り「鳴り物入り」でスタートしたニュースステ
ーションとは違い、「報道ステーション」の門出はそれほど幸せなものではなかったよ
うだ。その最大の原因は、久米とテレビ朝日の間に生じた、番組終了をめぐる様々な
軋轢にある。なかでも、番組名の問題は、久米宏が降板を表明した記者会見の場で明
るみに出た。

▼久米宏降板後も「ニュースステーション」を放送したいと考えていたテレビ朝日
は、「ニュースステーションは自分の降板とともに終了するはず」という久米の強い反
対に遭遇し、結局、「報道ステーション」という、何とも苦しいネーミングを採用せざ
るを得なかった。その意味で、「報道ステーション」の画面には、まだ久米宏の影が映
っていたと言うこともできるだろう。だが、「久米宏の影」はそれだけではなかった。

「報道ステーション」を視て、何となく寒々しい雰囲気を感じた人が多いのではな
いだろうか。六本木ヒルズのテレビ朝日新社屋一階には、ガランとしたアトリウムが
あり、実はそのアトリウムが「報道ステーション」の「スタジオ」として使われてい
る。「一つの演出」と感じられたかもしれないが、そうではなかったようだ。もともと
ニュースステーションはスタジオセットに金をかけることで知られていた。番組開始
当初、それは1500万円だったが、終了時には8000万円を超えていたと聞く。
そのスタジオ遺産をテレビ朝日はそのまま使う気でいたのだろう。ところが、なぜか
テレビ朝日は新しいセットを作らざるを得なくなり、と同時に、放送開始にセットが
間に合わないという珍事に見舞われた。その理由は、番組名同様、久米側がその使用
に難色を示したからだと伝えられている。そうであれば、アトリウムからの放送は演
出ではなく、苦肉の策だったことになる。

苦肉の策が成功することも絶対ないわけではない。だが、この日以降続いている「ア
トリウム放送」には決定的な問題が含まれていた。音声である。本物のスタジオの場
合、総ての音声は、音声担当の技術スタッフによってコントロールされ、視聴者には
心地よい音として届けられる仕組みができあがっている。ところがアトリウムではそ
れは不可能だ。様々な努力がなされたのだろうが、スピーカーから出てきた声はテレ
ビの音声としてはあまりに固く、また痩せた印象の音だった。広いアトリウムのあち
こちから返ってくる残響の処理さえままならないようで、気の毒な音声担当の歯噛み
が聞こえてくるようだ。話の内容以前の問題として、不十分な音声しか届けられない
ということは、古館と他の出演者にとって、大きなハンディキャップとなっている。

番組名にせよスタジオにせよ、久米宏がその継続使用を拒否するどのような根拠を
持っていたのか、残念ながら分からない。だが、遙か以前から降板を申し入れてきた
久米宏に対し、その都度拝み倒して続投させてきたテレビ朝日側には、そうされても
仕方のない弱みがあったのではないか、そんな可能性もあるだろう。

▼放送初日の開口一番、古館は意表を突くように「申し訳ありません」と詫びた。
自分はスポーツやバラエティをやってきたのでニュースキャスターではない、これか
らニュースキャスターになります、ということだった。だが、このあまりに不自然な
コメントで謝った相手は誰だったのか。視聴者と考えるのが普通だろうが、私にはそ
の相手が久米宏だったような気がしてならなかった。

この日の放送終了まで、古館は一貫して無理を承知でハイテンションを保つという
ことを心がけていたように思えた。それは久米宏の影を振り払い、その場の主人であ
るキャスターとしてやがては君臨していこうという、それ自体は至極まっとうな意思
表明だったのかもしれない。だが残念ながら、その目論見は成功しなかった。結果は、
気の毒にも不利な条件の下で、古館の出演者としての技量が逆効果につながってしま
ったように思えた。わざとらしい「おちゃらけ」、無理な「タメグチ」、虚勢、無駄に
挑戦的なニュアンス、したり顔、意図的な眉間のしわ、強引で浅薄な「批判」、決めつ
け。そして、こちらの方がより決定的だが、響かない、体の上の方から絞り出されて
くるような、苦しそうな声。

古館は恐ろしく勘の良いテレビ出演者だ。だが、この日の古館は、ニュースと自分
との距離をいささか性急に縮めようとしすぎていたのだろう。その結果、報じられる
事柄に対する謙虚さが言葉のイントネーションの中から消えてしまい、まるで「何も
知らない奴が偉そうにしゃべっている」図となってしまった。典型的な実例が、イラ
ク関係のニュースの中にあった。古館が「シーア派が、、、」と口にするとき、そこに表
現されていたのはイラクのイスラム教シーア派にまつわる様々な出来事や情報の塊と
しての「シーア派」ではなく、プロレスのタッグマッチで、赤コーナーか青コーナー
のいずれかに陣取る悪役集団の呼称のようだった。プロレスの当事者も必死ではある
だろうが、イラクの地で権力を求め、本当に命を懸けて戦っている集団とはわけが違
う。誤解のないように付け加えるが、実際に古館が何も知らないと言っているのでは
ない。そのように聞こえる表現になってしまっているということなのだ。だが、それ
は表現者としては致命的なことでもあるだろう。

ニュースを表現する人には、底に一種の諦観を沈めた上に淡々とした言葉を紡いで
いくような語り方が求められると私は思う。ニュースは既に起こってしまったことだ
からだ。取り返しのつかないことを、しかし、同時に多くの人々の将来にとって重要
なこととして、キチンと伝えるのがニュースの役割だ。そして、悲憤慷慨するのは視
聴者であって、伝え手ではないだろう。この日の古館には、「一体、何に興奮している
のか?」という疑問を禁じ得なかった。

▼番組後半、画面上にはイラクで殺害された二人の外交官が乗っていたのと同じ型
の自動車が登場した。車体の左側面には銃弾のあとを示す印がついている。その映像
を見た途端、私にはそれ以上の視聴が耐えられなくなり、チャンネルを換えた。他に
もそのような表現手法で、同じニュースを流した局があったかもしれないが、こうし
たことが許容されるためには、それまでにキャスターへの信頼が醸成されていること
が是非とも必要だと思われた。そのクルマは二人の外交官と一人の運転手の柩となっ
たクルマである。ニュースのニュアンスをコントロールしきれていない司会者にそう
したものを「紹介」させる、そのような演出に私は我慢がならなかった。時折、キャ
スターには、スタジオに再現された現場の模型や地図、フリップ、現物などを「転が
す」、あるいはそうしたもので「遊ぶ」ことが求められる。だが、これではただの悪趣
味ではないかと思ったのだ。古館には、棺を前にして、もっと死と死者に対する畏怖
の感情を自然に表してもらいたかった。

▼今回は、とりあえず、第一回目に対する感想だけを記すつもりでいた。だが、こ
のメルマガを公表するのに時間がかかり、もう一度「報道ステーション」を見る機会
ができた。それは、4月8日、イラクでの日本人人質事件を受けての放送だった。大
阪のホテルでたまたまテレビを付けたとき、そこには中東問題の専門家と席を並べ、
苦悶の表情を顔いっぱいに作りながらカメラ目線で語りかける古館がいた。古館は、
「私たち、報道に携わるものにとって、、、」と語りだした。次の瞬間、私はチャンネル
を換えた。わずか数日前、自分はまだニュースキャスターではないと口にした人物が、
こんな言葉を発するのは不穏当というものだろう。なぜ、報道に携わってこなかった
自分が、たまたま今、ニュース番組のキャスター席に座っているのだという前提でも
のが言えないのか。これでまたしばらく、この番組を見ることはないかもしれない。

▼日本のマスコミの歴史の中に特異な位置を占めるニュースステーション。その後
継番組としてスタートした報道ステーションが、本当に充実した番組となる日は、い
つやってくるのだろうか。私が心配してもなんにもならないけど、そうせずにはいら
れない。

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■編集後記
 イラクの邦人人質事件は、「二十四時間以内に解放」という報道があったのに、
まだ二転三転しているようです。一刻も早い解放を願います。しかし、そもそも、
犯行グループの目的がよく分からない事件でしたので、全容解明が待ち遠しい気が
します。「政治目的」ではなく、「金」でしょうか、、、。
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発行者:内田 誠 ((有)内田誠事務所)
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