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■■ 内田誠のニュース&コラム「遠きより」 
■■                       2003/12/31【007号】
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《第七号発行に当たって》
 今年のクリスマスイブは、アメリカで初の狂牛病感染牛が確認された、特別な日と
なりました。日本でもこのところ八頭目や九頭目の発見が相次いでいましたが、アメ
リカでの第一号発見は、それらとは比べものにならないほど大きな事件です。数日前
から、「あの牛はカナダ生まれだ」という「情報」がアメリカの農務当局によって出さ
れているようですが、私の感想は「ああ、その手があったか」という感じです。カナ
ダのせいにして、なんとか牛肉禁輸措置を解除してもらいたいというのがホンネでし
ょう。問題の牛がカナダ生まれかどうかは不明ですが、畜産の分野ではアメリカとカ
ナダはほぼ一体だということが重要なのです。つまり、カナダで狂牛病が発生した今
年5月、既にアメリカも疑われていたのです。
そんなわけで、今回は緊急にこのテーマでお送りします。なお、25日の夜、関東
地方で聴けるFMのJ−WAVEで少々の解説をすることがありました。その時の話
と一部重複することをお許し下さい。なお、前回配信して好評を頂いた第6号「ラム
ズフェルドの微笑み」の続編は、来年の配信になります。申し訳ありませんが少々お
待ち下さい。
  なお、拙著『狂牛病は終わらない』(旬報社2003/10/1刊)についての書評が、読
売新聞の12月21日付に載りました。以下のサイトでご覧になれますので、よろし
かったら覗いてみてください。
http://www.yomiuri.co.jp/bookstand/syohyou/20031221ii08.htm
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■ アメリカBSE一頭目発見の衝撃■

▼世界には二種類の国しかない
 「そういう言い方が可能かもしれませんね」と厚生労働省の食品安全担当部局のあ
る官僚は低い声で応え、珍しく私の言葉を否定しなかった。私が「世界には二種類の
国しかない。BSEが既に発見された国と、まだ発見されていない国だ」と言ったと
きのことだった。

  およそ牛を飼育している国であれば、自分の国に狂牛病が上陸しているという前提
で行動する必要があるのではないか――このことは、今回のアメリカが陥った事態、
そしてアメリカ産牛肉の最大輸出先である日本の慌てぶりを見ればいよいよ明らかだ。
アメリカは一頭の雌牛のために、畜産の10パーセント分の売り先をほぼ一瞬にして
失ってしまった。記者会見で農務省の女性長官が「テロではない」とわざわざ断った
のには失笑を禁じ得なかったが、その懸念も分からないではない。

  そのベネマン長官がどんなに「肉は安全だ」とか「クリスマスには家族でビーフを
食べる」などと宣伝に努めても、消費者の牛肉離れは既に始まっていて、オーガニッ
クビーフの需要が高まり、スペアリブの店は牛肉の提供を中止し、デニーズでは大豆
ハンバーグが人気になったりしている。アメリカ国内は、既に一種のパニック状態に
陥っている。

  とにかく、「BSE清浄国」という概念はとっくの前にお払い箱にした方がよかっ
たのだ。クリスマスイブまでのアメリカも単なる「BSE未発見国」に過ぎなかった。
そして、BSEが既に上陸しているかもしれないのなら、万が一にも人々に異常プリ
オンが悪さをしないよう、打つべき対策を着実に実行していくこと、このことが強く
求められていた。食用に供する牛の脳は、日本がそうしているように、総てBSE検
査にかけるというのが正しいと、私は信じる。ましてや、BSE牛がまだ見つかって
いないからといって、「脳だろうと脊髄だろうと自由に食べろ」というのでは、なん
の工夫もないではないか。

▼輸入再開をめぐる駆け引き
  アメリカンビーフのお得意さんだった各国、なかでも最大輸出先である日本との交
渉は早くも開始されているが、輸入再開の条件としての「全頭検査」は、年間360
0万頭もの屠畜を行っているアメリカが簡単に飲めるものではなかろう。日本政府は
今のところ「全頭検査は必須」との立場を崩していないが、なんでもアメリカ追随の
悪い癖が頭をもたげれば、やがて何らかの「騙し」をかませたうえで、輸入再開を決
定するのではないかと心配される。「輸出分については総て検査の上、出荷させる」
という条件は既にアメリカに拒否されてしまったから、あとはどんな手が残っている
のか。

 しかし、冒頭の官僚とのやりとりに見られるように、厚生労働省もこの事態に対処
すべく、腹を括ったということだろう。何しろ、日本人が食べる牛肉の6割が輸入品
であり、その半分ほどの24万トンがアメリカからのものなのだ。そのアメリカの牛
肉が「御禁制の品」となる。

▼真相は闇の中
  基本的な情報を整理しておく。ただし、これを書いている12月31日の時点でも
情報は二転三転しており、何が本当かは分からない。

 まず、12月9日、アメリカ・ワシントン州マブトンの農場で飼育されていた雌の
乳牛で、産後歩行困難の症状を呈した一頭が食肉処理された。肉がオレゴン州などの
業者に引き取られていく一方、サンプルがアイオワ州エームズの施設で検査され、2
2日に陽性確認。翌日の再検査でも陽性となり、24日、農務省ベネマン長官によっ
て公表された。

 アメリカでは年間3600万頭ほどの牛が屠畜、食肉処理されているが、神経症状
を呈した牛のなかから2万頭だけをBSE検査にかけている。それも、二年前までは
僅か2000頭しか調べていなかったことからすれば「前進」ではあったのだろうが、
2万頭でも全体の0.05パーセントしか調べていないのだから、今回感染牛が見つ
かったことは奇跡に近い。いや、これが奇跡でないのだとしたら、アメリカにはウジ
ャウジャ感染牛がいるということになるだろう。

▼「カナダ生まれの6歳」、本当に?
 この牛のプロフィールは実にあやふやだ。当初、農務省は「4歳」と言い続けてき
た。産んだ子牛が3頭という説明はこの「4歳説」と符合する。ところがごく最近、
年齢についての説明が変わってしまった。6歳半だというのだ。しかも現在アメリカ
政府は、この牛がカナダ生まれだと主張している。対するカナダ政府は、「早計だ」と
批判。5月にカナダのアルバータ州で発見されたBSE感染牛(カナダ第一号となっ
た)について当初、「アメリカ生まれ」とカナダ政府が発表したことへの、いわば「し
っぺ返し」の様相を呈している。

  問題の牛がカナダ生まれの6歳半ということは、97年8月にアメリカとカナダで
同時に牛への肉骨粉の給餌が禁止されたときよりも前に、この牛が生まれたことにな
る。これはアメリカ政府にとって二重に都合がよい。

  第一に、カナダ生まれであれば、それは「カナダのBSE牛であって、アメリカは
清浄国だ」と強弁できるかもしれない。となれば、例えば日本や韓国への輸出再開の
条件として、「カナダ生まれの牛は出さない」ことを約束するだけでよいかもしれない。
5月のカナダでの発生を受けて、アメリカは既にカナダからの生きた牛の輸入をスト
ップしている。肉については8月に輸入解禁したが、日本はカナダ産の牛肉がアメリ
カ経由で入ってこないよう、アメリカ国内で食肉処理されたものであることを証明す
る「輸出証明書」を義務付けた経緯がある。併せて「乳牛の肉を出さない」(これまで
も出していないはずだが)とでも約束しておけば、あとは何もしないで良いかもしれ
ないのだ。そんなことで大丈夫なのか?

 第二に、97年8月の肉骨粉給餌禁止前に感染していた可能性を暗示することで、
この牛の感染には、アメリカ農務当局の責任はないと主張することができる。この効
果は絶大だ。97年8月の禁止法令によってアメリカの牛は完全に安全になっていた
という印象をふりまくことができるからだ。さらに、上記の「アメリカはまだ清浄国」
という主張と併せると、禁止以前もアメリカでは「BSE発生につながるような肉骨
粉給餌はなかった」というストーリーができあがってしまいそうだ。

  だが、気の毒なことに、こうしたアメリカの目論見は成功しそうにない。第一につ
いては、そもそも牛のプロフィールをキチンと把握するトレーサビリティが、アメリ
カにはまるでできていない(カナダも同様)ことが、誰の目にも明らかになってしま
ったということがある。4歳なのか6歳なのか。また、カナダ生まれという主張にし
ても、同時に輸入された81頭のうち、行方が分かっている牛はただの一頭もいない。
そもそも81頭という数字もあやふやだ。もちろん、カナダ政府も同意していない。

 第二の点についても、禁止法令に実効性が薄かったことは、農務当局が認めている。
牛の肉骨粉を牛に喰わせることだけを禁止するこの法律は、最初の年に75パーセン
トの食肉関連会社しか守らなかった。しかも、牛の肉骨粉自体は「豚鶏用」として出
回っていたのだから、それが牛の口に入る可能性はいくらでもあっただろう。

▼肉骨粉大国、その名はアメリカ
  実はアメリカこそ、肉骨粉の本場だったのだ。イギリスでBSEが見つかったのは
86年。アメリカは90年頃までイギリスやアイルランドから生きた牛を輸入してい
た。しかも、国内で、脳や脊髄など特定危険部位を除かず、不十分な熱処理しかして
いない危険な肉骨粉を牛にガンガン喰わせていた。牛に肉骨粉を喰わせる畜産の方法
を開発したのはイギリスと言われているが、それを大きく発展させたのはアメリカ。
バイパスタンパク理論などの「教科書」も、アメリカのコーネル大学の研究チームが
精緻な栄養学を構築することで、体系化されたと言われている。

 まだある。アメリカで多数見つかっているシカやヘラジカのプリオン病はいったい
何が原因なのだろうか。二歳半までに殺されてしまう肉牛では症状も感染の兆候も発
見される可能性は低いだろうが、農場周辺で牛の餌を失敬して長年暮らしている大型
ほ乳類にとって、異常プリオンが蓄積する条件は十分ある。もちろん、その牛の餌に
感染源を含む肉骨粉が入っていることが必要だが。

▼試される日本政府
  そろそろ、まとめに入ろう。アメリカとカナダの畜産が一体化していることを前提
とすれば、北米大陸は、全体として既にBSEに深く汚染された地域である可能性が
高い。このことが、年間24万トンの牛肉を輸入している日本と、その日本で暮らす
消費者にどんな意味があるかと言えば、それは国内の牛肉と全く同等のBSE検査を
経たものでない限り、食用に供するべきではないということしか、あり得ない。

 あとは、日本の政府、農水省や厚生労働省、さらに食品安全委員会が、国民の「食
の安全・安心」を本当に守る気がある人々で構成されていることを祈るしかないだろ
う。もっとも、この点でさえアメリカに断固たる態度がとれないのであれば、消費者
は自己防衛に走るしかない。その結果は、日本の食肉関連産業に大きな傷跡として残
ることだろう。来年1月19日から始まる通常国会での議論が注目される。

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■編集後記
 今年最後の配信となりました。皮肉なことに、他のテーマで色々書いているうちに、
狂牛病については国内九頭目を飛ばして、アメリカの一頭目について書かざるを得な
い状況になりました。輸入量の大きさ、特にアメリカ産牛肉の比重の大きさを考えれ
ば、大問題であることは間違いありません。ただ、九頭目については実は非常に知的
好奇心をかき立てられる問題が残っています。それはまたおいおいということでお許
しください。
 さて、2003年も暮れようとしています。私は初めて本格的な書物を公刊すると
同時にこのメルマガを創刊するという、記念すべき年となりました。また、個人的に
は、様々な不安が世の中を覆う中で、キチンと生活していくことの重みをヒシヒシと
感じた年でした。その意味で、マスコミの表面からいったん消えた狂牛病の問題が戻
ってきたことには、大きな意味があると感じています。生活を「食」の面から考え直
し、そして立て直すこと。こうしたことをこれからも自分のテーマの一つとしていき
たいと思います。読者の皆様にとって今年はどんな一年だったでしょうか。来年が皆
様にとって良い年でありますように。
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■内田誠の書籍のご案内
 冒頭にも記しましたが、『狂牛病は終わらない』(旬報社2003/10/1刊)についての
書評が、読売新聞の12月21日付に載りました。以下のサイトでご覧になれますの
で、よろしかったら覗いてみてください。
http://www.yomiuri.co.jp/bookstand/syohyou/20031221ii08.htm

 ※インターネットでのご注文は以下のサイトを参考に。
http://www.bk1.co.jp/cgi-bin/srch/srch_detail.cgi/3f4abf61367c50104747?aid=&bibid=02366824&volno=0000

http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4845108240/qid=1064666982/sr=1-3/ref=sr_1_2_3/250-8224513-9655464

http://www.jbook.co.jp/product.asp?product=2316778


*アマゾンとbk1では、表紙カバーの映像を見ることができます。背広を着た牛のキ
ャラクターが描かれていますが、これは気鋭の若手デザイナー、坂野公一氏に委嘱
して創ってもらったものです。是非、ご覧になって下さい。


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