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■■ 内田誠のニュース&コラム「遠きより」
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2003/09/30Vol.001【創刊号】
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《創刊のご挨拶》
第一号をお届けするのが遅れて申し訳ありませんでした。ノンジャンルでお届け
する本誌ですが、創刊準備号を見ていただいた方には、二回続けて「牛」関連で
す。
しかも、長くて恐縮です。なお、今回は、当事者に対する取材が十分なレベルに
達していない面があるので、「取材メモ」の形です。ご了承下さい。
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■BSEがもたらす業界再編の方向を監視せよ!■
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意外な展開
BSEが日本の畜産・酪農に大打撃を与えたことは疑いない。しかし、農家に
よっては、また企業によっては、さしたる影響を受けなかったところ、さらには逆に儲
けたところまである。このことは意外に知られていない。食肉企業の場合、大手ほど、
傷は浅かった。牛肉が売れない分、豚肉や鶏肉が売れたのが大きな要因だ。しかし、
全く別の理由で、大儲けをしそうな企業がある。その代表の名は、日本ハム株式会
社。BSEは、この国の畜産業界に押し寄せていた大きな変化の波を加速させ、その結
果として、いくつかの企業に「濡れ手で粟」のボロ儲けを可能にさせる、新たな構図
が生まれている。
▼あの日ハムが?
国産牛肉に対する市場の信頼を回復しようと取り組まれた国の「牛肉在庫保管・
処分事業」。その中で、雪印食品を始めとする名だたる食肉企業が「牛肉偽装」
に手を染め、公費をかすめ取ろうとしたことが発覚したのは記憶に新しい。業界ナン
バーワンの日本ハムも、昨年八月、その子会社を舞台とした牛肉偽装事件で、グルー
プとして悪徳企業の列にその名を連ねた。スーパーなどの店頭からは日本ハム製品
がいっせいに撤去され、創業者である大社義規会長以下、代表取締役全員の辞任と
息子の大社啓二社長の専務降格など、経営陣の刷新も余儀なくされた。その日本
ハムが、これからBSEで大儲けをすると言っても、にわかには信じてもらえない
だろう。
▼BSE太り
そのカラクリの一端を、実際に肉牛を生産しているある畜産農家が説明してくれ
た。およそ二千頭の肉牛を飼育するその農家は、照れくさそうに、「焼け太りっ
ていうか、BSE太りだな」と話し始めたが、これは日ハムのことではなく、自分のこ
とだった。彼はこれからBSEで一儲けすることになるというのだ。それによれば、な
るほど当初は肉値が暴落し、出荷する牛の値段も三分の一となって、大きな損害を被っ
た。しかし、同時に、「もと牛」つまり農家が仕入れる子牛の値段も暴落したので、
二束三文で何頭もの子牛を仕入れることができたのだ。肉の値段は高ければ高いほど儲
かるが同時に、子牛の仕入れ値は安ければ安いほど、儲けの幅が大きくなる。そし
て、「自分も儲けるが、大きな資金を動かす日本ハムの儲けかたとは、比べものにな
らない」と言う。
▼才覚
子牛の値段は、一昨年十二月から昨年三月にかけて底値を打った。畜産統計に
よれば、生後八ヶ月のホルスタインのオスで九月に十五万円していたものが、十
二月には五万円、三月には二万一千円に落ちている。実際には一頭一万円で買った
人もいれば、生後間もない「濡れ子」と称される子牛を、八頭一万五千円で買い
たたいた例もある。北海道では一頭十円でも引き取り手のないケースがあった。文字
通り「タダ同然」だったのだ。
タダ同然で仕入れた子牛が出荷の適期を迎え、回復した市況のもとで、大変な利
益をもたらしてくれる。この農家は、差し引き一億円の収入増を見込んでいると
正直に教えてくれた。また、別のある農家は、安い子牛を大量に買って規模を拡大す
るため、新しい牛舎まで建ててしまったと話す。多くの畜産農家がひたすら国からの
補償に頼ろうとしていたときに、機を見るに敏なこれらの農家は、積極果敢に経営拡
大を行っていた。そして日本ハムは、同じことをもっと大規模に行ったのだという。
しかしこちらの方は、たくましい農家の挑戦話とは少し趣が違うようだ。そもそも、日本
ハムが買った子牛は誰が、どこで育てているのか。キーワードは「預託」だ。
▼畜産の下請け
「預託」という言葉を聞くと、以前、出資法違反かと問題になった「和牛オー
ナー商法」が思い浮かぶ。畜産とは縁のないような一般の人々に一口百万円の出資を募
り、牧場側がそれを元手に和牛を買う。牛は農家に預けて飼育させ、肉を売って
出資者に高い配当を支払うというものだ。それに対して、日本ハムなどの食肉企業
が行っている肉牛の預託には一般人は絡まない。企業が自らの資金で子牛を買い付
け、その子牛を畜産農家に預け、育てさせる。出荷の時期が来れば、その牛は企
業が引き取って屠畜し、市場の内外で売却する。農家に対しては肥育期間に応じた
手間賃、一日一頭百円から百五十円が支払われる。一種の下請だと考えれば分かり
やすい。農家の側からすれば、用意された餌をやり、牛を太らせるだけで、頭数
と日数に応じた手間賃が入る。預託料の額は低いけれども、肉値市況の上がり下がり
に一喜一憂しなくて済む。こうしたシステムで肉牛生産を手がける企業は少なくな
いが、日本ハムの預託する肉牛の数は以前からトップクラスで、どんなに少なく見
積もっても、二万頭以上はいると言われてきた。
▼預託の算盤勘定
北海道で、日本ハムから預託の誘いを受けた経験を持つ畜産農家が証言する。
それによれば、日本ハムによる肉牛の預託には他の企業とは違う際立った特徴があ
るという。第一に、子牛を買い付けるのは日本ハムの子会社か、息の掛かった家畜
商、あるいはJAなどで、日本ハム本社が表に出ることはまずない。また第二
に、預託先との間には農業生産法人などが入り、日本ハムとの関係は飽くまで間接的な
ものになる。第三に、預託される畜産農家は、「力のないところ」や「経営をやめ
てしまったところ」が多い。つまり、経営を拡大する意欲の強い上昇志向の農家ではな
く借金漬けになって廃業同然になった農家や、高齢のために既に畜産をやめていた
ような農家だという。こうした農家に、数十頭から百頭の肉牛を預け、「ただ死な
ないように育てればよい」のが日本ハムのやり方だというのだ。
こうした「預託」の旨みと現状について、ある食肉卸業の関係者はこう説明した。
「やり方によっては大きく儲かるんですよ。設備投資をしないですむ点が大き
い。それに、預託を受けようとして農家がいったん牛舎を増設してしまえば、企業の方は
いつでも農家の足下を見て、預託料を値切ることができる。全国で牧場はどんどん潰
れているから、預託先に困ることはない。破綻した牧場が、それまでは自分のもの
として飼っていた牛を借金のかたに取られ、翌日からは日ハムの牛を預かっているこ
とにされてしまった悲惨な例もありますよ。全国の畜産農家は、商品、つまり牛肉
のブランド化に挑戦して自立するか、あるいは日本ハムなどの預託の形でサラリーマ
ンとして生き延びるか、二つに一つの選択を迫られているんです。」
日本ハムが預託する牛の数は、子牛の値段が暴落したあとに激増し、三万頭以
上にもなったと推測されている。執拗に預託の誘いを受けてきたある農家は、
「あまりに日本ハムの仕切が悪く、預託料も許せないぐらい安かったから」と、長く続
いていた日本ハムとの取引そのものを止めてしまったという。農家の強い反発を受けて
もなお日本ハムが遮二無二預託先を増やそうとするのは、それが小さなリスクで大き
な収益を生むと考えているからだろう。こうした、かなり危なっかしい肥育の仕組
みを拡大する姿勢の中に、牛肉偽装事件にも現れていた「利益第一主義」がくっきりと
刻印されていないだろうか。これが日本ハムの得意な「肥育から販売までの一貫管理
体制」の内実だとしたら、その実態はなんとも寒々しい気がする。
▼再出発はどうあるべきか
経営陣の刷新で新たにトップとなった藤井良清社長は、「日本で一番誠実な企業
になる決意」を示した。企業倫理委員会を発足させて社員のための行動規範をま
とめたり、コンプライアンス(法令遵守)の強化に取り組んだりと、社員の意識改
革に熱心だ。また、安全性と品質に対する消費者の信頼を回復しようと、流行りのト
レーサビリティシステムをネット上に構築し、情報の開示も始めた。牛肉偽装事件に対
するこうした「再発防止策」自体は実際に評価され、大手量販店や百貨店での日本ハ
ム製品販売は驚くほど早く再開にこぎ着けた。また、最も心配だったはずの消費者
の不信も意外に弱く、創業以来の赤字確実といわれた一四年度決算も、黒字を確保
したようだ。勿論、こうした改革の姿勢や再起への足取りを評価するにやぶさかで
はない。だが、上記のような、がむしゃらな預託の拡大に示される、相変わらずの
「利益第一主義」を見るとき、はたして、日本ハムに求められている改革の本当の中身
が、単なる企業人としての社員のモラル強化や、川下の消費者に対する情報開示サービ
スの拡充にあったのだろうかと、強く疑問に思わざるを得ない。BSEによる子牛
の暴落を奇貨とし、肉牛生産者を片端から「預託先」に変えて巨利を貪るようなやり方
に、未来はないと信じるからである。
BSE感染牛発覚から二年。日本社会が被った影響は様々あるが、畜産と酪農、
食肉業界にとっては、その根底を揺り動かされる大事件であり、業界の再編成を
促すものだったと言える。しかし、この再編の方向が、牛肉トレーサビリティ法や
食品安全委員会を生み出した消費者の怒りの声に対して、よりよく応える方向の再編な
のか、慎重に見極める必要がある。気が付けばまた、「何を食べさせられているの
か分からない」状態に陥っていたということになるのではないか――そんな危惧の念
が頭から離れない。
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■
編集後記
今回のテーマは、2004年の屎尿処理施設義務化に伴って予想される「畜産・
酪農の再編」とも関係してきます。農家の数が激減するだろうと想像されてい
て、その中で肥育のための施設を確保したいという企業の思惑もあるかもしれません。
また歴史的には、「農協がバブル期に野放図な牧場を増やし、その後バタバタ潰れ
てしまった」問題もありそうです。
次回はガラッと趣を変えてお届けします。テーマは「プリウス」もしくは「久米
宏」のどちらかになりそうです。お楽しみに。
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