2003/9/10
■牛肉はなぜ値上げされたのか■
〜緊急セーフガードの裏側〜
▼9月の「憂鬱」
暦の上で夏を通り越したと思ったらようやく暑さが戻り、仕切り直しの短い
「夏」がやってきた。9月10日は、日本初の「狂牛病」感染牛が見つかってま
る二年。誰もが牛肉を食べなくなったあのパニックを思い出しながら、短い夏を
惜しもうと、焼き肉にビールでもと思い立ったはいいが、輸入牛肉の値上げを招
いた「緊急セーフガード」の発動が忌々しく思い出される。伝えられるところに
よれば、8月以降、牛肉の値段はじわじわと上がっている。関税値上げ対象に含
まれなかった冷凍牛肉まで上がっていると聞くと、憂鬱を通り越して、怒りが込
み上げてくるではないか。
▼農水省の詭弁
農水省が国内外の批判を無視して強行した「牛肉緊急セーフガード」の発動は、
改めて小売店や外食レストランの関係者、そして消費者の強い怒りを呼び起こし
ている。BSE(「狂牛病」、牛海綿状脳症)発生の影響で大きく落ち込んでい
た牛肉輸入、その数字が少々回復しただけなのに「輸入急増」と強弁し、「生産
者を守るため」と称して関税を上げるのでは、詭弁に基づく行政と言われても仕
方がないだろう。
だが、私の知る限り、国内の生産者の多くは今回の「輸入急増」にはさほどの脅
威を感じていない。むしろ輸入牛肉の値上がりで消費者から恨みを買うことを恐
れているくらいだ。報道はその点を正しく指摘し、「緊急セーフガード」の発動
は「生産者保護」につながらず、消費者にいっそうの出費を強いるだけだ、と批
判した。しかし、農水省がなぜこれほど評判の悪い施策を敢えて強行したのかに
ついて、納得のいく説明はなされてこなかった。
▼調整資金
朝日新聞8月4日付夕刊に掲載された記事「牛肉セーフガード 関税の増収百数
十億円に」は、輸入牛肉関税収入のほとんどが特殊法人の農畜産振興事業団(以
下、「事業団」)に渡され、食肉関連の生産振興に使われていることを指摘して
いる。そして、「事業団」が今回の増収分を「『ぬれ手であわ』で積み増すこと
になる」と批判的に伝え、この問題の闇に一条の光が差した。だが、残念ながら
この記事は、「隔靴掻痒」の感を免れない。一番大切な点を書き落としているか
らだ。
輸入牛肉にかけられる関税は年間1000億円から1500億円ほどもある。関
税は何であれ、国内産業を保護する目的で、安い輸入品の競争力を削ぐために掛
けられるわけだが、別の言い方をすると、安い輸入品を買った「罰」として、国
民の財布から取り立てるものと言うこともできる。
輸入牛肉を食べた人から取り立てる関税収入のほとんどが「事業団」に交付さ
れ、そのカネは、「調整資金」という名でストックされる。そのことによって、
牛肉に掛けられた関税収入の使い道を食肉関連の補助事業に限定する仕組みに
なっているのだ。もともと、牛肉輸入自由化を受け入れた政府が、そのことに
よって被害を受ける国内生産者に「補償」する意味合いで制度化された経緯があ
る。それにしても「調整資金」とは怪しげな呼び名だが、「農水省のウラ予算」
とも称され、実態は名前以上に胡散臭い。実は今回、農水省と「事業団」は、こ
の「調整資金」を積み増す特別な必要に迫られていたというのが真相だ。
▼スッカラカン
平成13年度と14年度にわたり、BSE(牛海綿状脳症)の関連対策で4000億円という
巨費が注ぎ込まれたことは有名だ。しかし、そのカネが、「調整資金」からでていたこと
を知っている人はほとんどいないだろう。本予算でも補正予算でもなく、もちろん財政
投融資でもなく、一特殊法人の所管する「調整資金」が使われたのだ。
「狂牛病」発祥国イギリスもビックリするくらいの「大盤振る舞い」と言われた
BSE関連対策で、最高1800億円を超えていた「調整資金」の残高は573
億円にまで減ってしまっていた。いわばスッカラカンになった「調整資金」に百
数十億円多くカネを補充すること、これが「緊急セーフガード」を強行した農水
省の隠された狙いだと考えられる。黙っていれば入ってくるカネをわざわざ断る
手はない、というのが農水官僚の心の声だ。
「調整資金」が払底してしまうと、農水省は食肉関連の補助事業が思うようにで
きなくなってしまう。それは、特殊法人や業界団体に次々と天下っていこうとし
ている官僚としては、大問題だ。それに、ある官僚の話したことによれば、「B
SE以外にも恐ろしい病気はたくさんある。次に深刻な家畜伝染病が上陸した
ら、もう対策をうつカネがない」のだともいう。予防に必要な金を確保してキチ
ンとした防疫体制を作ることはサボり、入ってきた病気に対しては必要以上の大
騒ぎをして金をばらまく。その原資は輸入牛肉に関税が掛けられる限りは安泰
だ。こんな、破廉恥な思考パターンが透けて見えるではないか。
▼犯罪の温床
それでも、食肉関連の補助事業に使われる以上、「調整資金」の仕組みには特に
問題がないようにも感じられるだろう。だが、そうではない。「調整資金」は著
しく利権化しやすく、狙われやすい性質を持った資金だ。もともと、牛肉輸入自
由化を受け入れた政府が、そのことによって被害を受ける国内生産者に「補償」
する意味合いが強いから、ビックリするくらいチェックが甘いのだ。しかもBS
E上陸という「非常時」に取り組まれた関連対策ではなおのことだった。
雪印食品や日本ハムグループによる牛肉偽装事件を記憶しておられる方は多いだ
ろう。しかし、これらの犯罪企業によって詐取されそうになったのがこの「調整
資金」だったことはご存じないだろう。事件の舞台となったBSE検査前の国産
牛肉を焼却する事業は、まさしく「調整資金」を使って行われていた。この事業
は「犯罪の温床」とまで言われ、杜撰なシステムによって犯罪企業の草刈り場と
化した感がある。しかも農水省や「事業団」は、自分では犯罪や不正を見抜くこ
とができず、事件の発覚はすべて内部告発を待たなければならなかった。だか
ら、雪印食品など、摘発された事例は「氷山の一角」だったと思われる。悲しい
ことに、私たちの払った税金は相当程度、詐取されてしまった可能性が高い。
BSE上陸を許したのは、政府の「重大な失政」だった。私たちが過去に払った
輸入牛肉関税は、とっくの前に失政のツケを払うための「BSE関連対策」とや
らに使われてしまった。そして今また、野放図な出費を繰り返した農水省と特殊
法人の懐を暖めてやるために、また高い牛肉を食べさせられている。こんな「緊
急セーフガード」は、今からでも撤回すべきだ。
*拙著『狂牛病は終わらない』(10月1日、旬報社刊)の第一部第三章を参照してくだ
さい。
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