ショートショート  「凄い発明」



 「先生!」その男は研究室に行きよいよく飛び込んできた。

 「先生!先生が何か凄い発明をされたと聞きましたよ。」
 薄暗い研究室の片隅にある古びた応接セットに座って専門書を読んでいた博士は、その声を聞いておもむろに顔を上げた。

 「君か。一体誰からそんな話を聞いたんだい?」
 「先生の助手の伊井さんからですよ。」
 「伊井か。余計なことをじゃべりおって。」
 「じゃ、やっぱり。本当だったんですね。」
 この男、数年前からこの研究室に出入りしている新聞記者だった。まだ若いのだが、なかなかの論者で、先生も時としてやりこめられることがあった。

 「先生、是非教えてください。どんな発明なんですか?」
 「ふむ、まだ、試作段階だからな・・・」
 「そんなにもったいぶらずに聞かせて下さいよ。先生。」
 「そうだな。まあ、これが実用化されたら、世の中がひっくり返ってしまうかも知れないな。」
 「な、何ですか、それ。そんなに凄い発明なんですか。」
 「まあ、うまく行けばの話だが、ね。」
 「えっ、でも、もう試作されたんでしょ。伊井君の話では、大成功だった、と聞きましたよ。」
 「ん、まあ、実験はうまく行ったよ。」
 「ならば大丈夫ですよ。ねえ、先生、それ私にも見せて下さいよ。お願いします。」
 盛んにもったいぶる博士。

 「ん〜ん。見せるのはかまわないが、これは絶対に秘密だよ。もし、漏れたら大変だ。」
 「大丈夫ですよ。先生。私は口が堅い方ですから。」
 「ほう、そうだったかね。そう気安く約束するほうが、危険と見たが、ね。」
 博士は、精一杯の皮肉を込めて言ってみた。しかし、その男はいっこうに気にしていない。

 「何をおっしゃいます、先生。約束しますよ。お願いしますよ。」
 「ふむ、そうか、そうまで言うなら、まあ、教えてあげよう。くどいようだが、絶対に他に漏らしてはいけないよ。本当に約束できるかね。」
 「はい、はい。絶対に。約束します。」
 その男は、くの字に腰を曲げて博士に最敬礼した。しかし、その顔にはかすかにではあるが、薄笑いが浮かんでいた。

 「よし、じゃ教えてあげよう。」
 そう言いながら、博士は立ち上がった。
 「そもそも、人間には固有の思考周波数があるんだよ。」
 「博士、何ですか、その固有の思考周波数というのは?」
 
 「そうだな。まあ、簡単に言うとテレビのチャンネル見たいなものだな。君が物事を考えるとき、君独自のチャンネルで脳の回路が働くんだな。最近のコンピュータでもクロック周波数200MHzなんて表示がされているだろう。まあ、原理的にはあれと同じだ。君にも脳が働く時の固有の周波数があるということだ。」
 「はあ、そんなもんですか。で、それがこの発明とどうかかわっているんですか。」
 「まあ、難しいのはこの周波数が単純じゃないということだ。」
 「はあ?」
 その男にとっては何が単純なのかどうでもよく、早く結論を聞きたかった。

 「周波数は、テラヘルツという非常に高い周波数レベルでな、しかも固定されていない、というところに難しさがあったんだ。その時の環境、すなわち暑いか寒いか、海抜が高いか低いかなどということだな、それから、年齢、時間、感情などによっても周波数は変動するんだ。そして、実際に人間が物事を考えている時は、この周波数の電磁波が脳から漏れているんだな。しかし、こんな高い周波数で、しかも、ふらふらと変動しているから、今までだれも気が付かなかったんだ。」
 「はあ、先生がその電磁波を見つけたんですか。」
 「まあ、そういうことだ。」

 「何だか、凄そうですが。それが何かの役に立つんですか。」
 「そこだよ、君。これが、実にいろいろな応用が利くのだ。」
 「先生、それ儲かりそうですか?!先生。」
 「まあ、利用の仕方によるな。まあ、先を聞きなさい。」
 「はい、はい。」

 「この電磁波を検出するには、非常に高度な技術が必要なんだ。そもそも人が思考するときに発する電磁波は、極端に微弱なんだ。これを検出して、増幅し、その信号から思考内容を具現化する。いや、これは大変な作業だった。」
 「まあ、難しい話はよくわかりませんので、そこら辺は先生にお任せしますよ。で、先生、それでどんなことができるのですかね。」

 「ああ。この装置を使えば、人の考えていることが映像や音声に変換できるのだ。まあ、早く言えば、人の考えていることがわかる、そう、心がわかる装置、ということだな。」
 「え〜、ひ、人の心が読める装置ですか?」
 「そうだ。」

 「凄い!凄い発明ではないですか。先生!」
 「そうだろう、そうだろう。」
 「じゃ、早速、見せて下さい。お願いしますよ。先生。」
 「ふむふむ、いいだろう。では、こっちへ来なさい。」

 博士は、この男を隣の研究室に連れていった。そこには、何の変哲もないパソコンが1台、それから何やらラッパのような物がおいてあるだけだった。

 「先生、これがその大変な機械ですか。どうも、私には普通のパソコンと、それにこれは普通の拡声器に見えるのですが。」
 「そうじゃよ、これは単なるパソコンだ。まあ、そのプログラムが大変なものということだな。それから、これはアンテナじゃよ。」
 そう言いながら、博士は拡声器のようなものを取り上げた。その拡声器のようなアンテナからは、細い線が出ており、パソコンに繋がっていた。

 「このアンテナを人に向けると、その人の思考周波数をキャッチするんだ。どうかね、自分で実験してみるかね。」
 「先生、是非、やらせてください。」
 「よし、じゃ、こうやって君に向けてセットするから、このいすに座って何か考えてごらん。このモニターに君が考えていることが表示されるぞ。」

 「ただ座って考えればいいんですね。先生!・・・」
 そう言いながら、男はいすに腰掛けた。するとモニターに何やら複雑な模様が描き出された。しかし、どう見てもまともな映像ではない。○や点がちりばめられ、細い線がぐるぐる回っている。何か不思議な世界が描き出されているようだ。どうも、自分の思っていることが混沌としているらしい。
 そこで、男は彼女のことを考えてみた。昨日会った彼女のことを思い出してみた。愛くるしい目元、長い髪、小さめな口、白い肌・・・・
 すると、突然、画面に全裸の女性の姿が現れた。まさしく、彼女だ。男は慌てて画面を手で隠した。

 「まあ、まあ、そんな慌てんでもよろしい。」
 モニターをのぞき込んでいた博士は、笑いながら言った。
 「どうかね。この装置の性能は?」
 男はまだドギマギしながら答えるのだった。

 「い、いや、い、いやはや、凄い装置ですね。驚きました。」
 「そうかね、そうかね。」博士は、男の顔を見ながら満足そうに頷いていた。男は急いで椅子から立ち上がって、アンテナからはずれる位置に移動した。
 「先生、この発明、まだ、誰にも公表していませんよね。」
 「当たり前じゃろ。まだ、試作品だと言ったろう。」

 「先生、絶対に秘密にしておいてくださいね。これ、きっと凄く儲かりますよ!。」
 そう言うと、男は部屋を飛び出していった。走りながら男の頭には、大儲けのアイデアが次々と浮かんでくるのだった。

 博士は、そんな男の後ろ姿を見守りながら、さも、満足そうに笑った。そして、研究室の片隅に隠れていた助手の伊井に向かって言った。
 「嘉元くん、うまくいったぞ。」

    1998年4月1日付けの博士の日記帳から

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