ショートショート  「夏に涼しくなるお話」シリーズ  2002.5.5作



第3話  ぬえ物語


※ なお、このシリーズはすべて実体験を基にしています。




なあ、おまえだから打ち明けるけどよ、一度思い込むと徹底的にこだわってしまうことないか。

こんな調子で、メールが飛び込んで来た、俺の親友のてつおだ。

例えばな、子供の頃よくくすぐりっこしたじゃん。我慢して「くすぐったくないよ」何て顔してさ。ちょっとは我慢できるんだよな。それがさ、一度くすぐったいと思ったらだめ。やたらにくすぐったくなる。普段くすぐったいと思わないところもくすぐったくなる。ちょっと、変な喩えかもしれないけどよ、実はな・・・

この友人は、山が大好き。よく一人用テントを担いで山に入る。時として一週間くらい籠もることがある。自称、仙人なんて言っている。メール好きで、山の中からも時々俺にメールが来る。

いや・・・このメール打ち始めてちょっと落ち着いてきた。
実はな・・・今日はちょっと頑張って歩いたんだ。で、10時頃シュラフにもぐり込んだんだ。今夜は珍しく、いっぱい夢を見てなあ。内容はよく思い出せないんだが自転車か車に乗って走り回ってた・・・そんなとき突然、「ぬえっ!」という大きな’人の声かっ?!地の底から絞り出すような異声がしたんだ!


ぬえ?確か聞いたことあるなあ。で、早速、インターネットで調べて見た。
 
「ぬえ」 は漢字で 「鵺」などと書く。「平家物語」 によると頭が猿、胴が狸、手足が虎、尾は蛇という姿の妖怪である。「鵺の鳴く夜は恐ろしい」 とは映画・八墓村のコピー。そのほか「鵺が鳴くと誰かが死ぬ」「春先に鵺が鳴くと死人が出る」 「屋敷の中で鳴くとその家の人が必ず死ぬ」などという言葉が各地に伝わっている。この鵺の正体はトラツグミという鳥だと言われている。 この鳥は夜に 不気味な声で鳴くので、その声が妖怪と結びつけられたのかも知れない。
 
なるほど、ぬえ・・・ねえ。鳥の鳴き声を聞いたのか。

そして、信じられないのだけど、その異声はまさしく夢の中ではなく、現実の世界、目覚めの世界のできごとだった!今まで何一つ物音しないところで突然。今思うとうろたえながら夢と現実の世界を行ったり来たりしていたのかも知れないな。仙人もびくっとする時はあるんだよ。

そんなもんかね。あの山男がね。

そして、この異声とともに体中の血が音を起てて流れ始めたんだ。ぞくぞくぞくっ、ずあーっずあーっと。ひょっとしたら何かがテントを突き破って飛び込んで来るのではないか、とシュラフの中にもぐり込んで身を堅くした。頭にはピッケルの在りかがぱっと浮かんできた。
しかし・・・しーん・・・その後訪れるものは耳がじーんとするような静寂のみ・・・5分、10分と時が過ぎていく。耳を皿のようにそばだてて見ても、ただただ音の無い世界が過ぎていくだけ・・・しかし、シュラフから頭を出すと、そこに何かが座っているかもしれない・・・何てな。
恐怖のスパイラルってとこかな。やっと落ち着いてきたけど、テントを開けて外を見る気持ちは、まだおきないな。明日、外に巨大な天狗か妖怪の足跡があったりして・・・ハハハ。


これでおしまいか?意外と意気地がないよなあ。あいつ。ただ、鳥の声を聞いただけじゃないか。



***********************************




こんなメールが来てから、既に1か月。未だ彼は帰らない。
そう言えば、ぬえって「ヒョー、ヒョー」って鳴くんだったよな。
もう一度、彼のメールを読んで見た。
それには、やはり 「ぬえっ!」 と書いてあった。
私の体の血も音を立て始めた。

あなたも誰もいないところでこんな声、聞いたことありませんか。
・・・気を付けた方がいいですよ、きっと。


(終わり) tol


前ページへ