ショートショート   「待つ男」



 午後4時50分。
 ロビーの奥まったところにあるソファーにその男はゆったりと座った。

 男は、恵比寿ホテルに入ると、まっすぐ奥のソファーに向かい、そして、入り口を見つめ始めた。
 時々、腕を組んだり、目をつぶったり、いかにも何かの思いにふけっている風であった。

・・そろそろ、5時になる。彼女はきてくれるだろうか?
・・きっと、来てくれると思うな。けさ、ちゃんと留守番電話に吹き込んでおいたからね。
・・午後5時、恵比寿ホテルのロビーで待ってます、とね。
・・おっ、5時だ。ひょっとしたら、すぐにでも姿を現すかも知れないぞ。
・・あれは?違うかな。
・・人違いだ。まあ、そうすぐに思い通りにはいかないな。
・・あれっ、あの子は違うかな?・・やっぱり、違うな。
 男の目は、次々に入ってくる若い女性にそそがれている。

・・おっと、隣に誰かきたな。
・・この男も誰かと待ち合わせかな。
・・まあ、この男なら、きっと待ち合わせの女のレベルは
・・ん、こんなもんかな。
 男は一人悦に入っていた。

・・おお、胸がどきどきしてくる。こんな思いはしばし忘れていたようだ。
・・早く、来てくれないかな。
・・きっと、来てくれるはずだ。
・・でも、何かの急用でこられなくなるかもしれないぞ。
・・彼女は、来たいのだけれど、ひょっとしたら、都合がどうしてもつかないことだってある。
 男はちょっと不安げである。

・・でも、まあ、そんなことはないだろう。なんとか、都合つけてくれるはずだ。
・・あっ、あの娘は?
・・違った。
 男は大げさにがっかりする。

・・いやいや、なんかの関係でまだ、留守番電話を聞いていないかもしれないぞ。
・・もし、たった今聞いていたら・・
・・うん、彼女の家から30分はかかるから
・・まあ、余裕をみて、6時には着くかな。
 男はあらためて時計を見る。

・・でも、今日1日、彼女が留守番電話を聞かなかったらどうする?
・・まあ、そんなことはないだろうけどね。
・・おお、5時30分か。もう40分立ったけど。まだ来ないな。
・・どうしたのかな。電車が不通かな。
 また、男は不安な顔をする。

・・しかし、どうも自分のいいようにばかり解釈しているな。ホントは、おれになんか会いたくないのかもしれないぞ。
・・こんな、しつこい男はいやだって受けとられているかも知れないぞ。
・・そうしたら、どうしよう。とっても寂しいじゃないか。
・・いやいや、そんなに悲観的に考えることもないか。
・・この俺の熱意に、彼女も気づいてくれるだろう。
・・俺の一方的な愛でも、悪くはないだろう。
・・大丈夫だ、きっと。
 男は気を取り直したように、辺りを伺う。

・・おっと、あの子かな?
・・違うか、やはり。
・・こう、目をつぶっているのもいいな。
・・想像が、広がる。
 今度、男は、目をつぶっている。

・・あの、足音はーー男か?
・・おっ、若い女性の足音が近づいてくるぞ!
・・おっ、この近くで止まったぞ。
 男は、伏せていた顔を上げた。
 脇に、女性がたっていたが、違う娘だった。彼女も誰かと待ち合わせらしい。
・・ちっ、違うか。
 男は、また、目を閉じた。

・・もうそろそろかな?
・・6時だな。1時間10分たったか・・・
・・いまごろ、彼女どうしているのかな。
・・ここに、向かって急いでいるかもしれないな。
・・もうすぐ、「お待たせしてごめんなさい」って現れるぞ。
・・彼女が、現れたら周りにいるみんな、驚くだろな。
・・はは、いい気味だ。かわいい彼女を見せつけてやるぞ。
 急に男は、元気が出てきたように見える。

・・でも、まだかな。
 周りの待ち合わせの人達は、次々と去っていく。男は、一人取り残されている。

・・あの男の連れ。ん〜、意外と、かわいいマブだ。早く行っちまえ。
 男は、いかにもうらやましそうに見ている。

・・おお、あれはきっと彼女だ。おお、どきどきしてきた・・・。
・・あれーー。違った。でも、あの雰囲気は彼女に似ていたな。実に。
・・もう、6時40分だ。
・・よし、7時までは、どうしても待つぞ。
・・きっとくるから・・たぶんくるから・・いや、ひょっとしたら来てくれるから
 男はかなりいらいらしている様子である。

・・ああ、やっぱり、都合がつかないのかな。
・・でも、いま、こちらに向かっているかも知れないぞ。
・・もうすぐ、現れるぞ。
・・お願いだ。来てくれ!
 急に自信がなさそうにうなだれる。

・・・・・・
・・7時まで、後5分だ。
・・帰ろうとしたら、入り口でバッタリなんてことも考えられるな。
・・そしたら、もう、抱きしめてしまうぞ。
・・周りの目なんか気にしない。
・・でも、あと、1分だ。
・・おいっ、帰っちゃうぞ。
・・早く来て!
・・30秒まえ・・
・・15秒まえ・・・・
 男の顔は蒼白である。

・・ついに来なかったか。
・・きっと、都合がどうしてもつかなかったんだ。きっと。
・・仕方ない。帰ろう。
・・でも、私が帰ったあと、すぐに彼女がきたらどうしよう。
・・まあ、そんなこともないか。
・・でも、ひょっとしたら・・・
 その男は、ようやくロビーをあとにした。
 寂しそうな陰を残して。

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ホテルの奥では、こんな会話が交わされていた。

「おいっ、また来ていたなあの男。」とホテルのマネージャー。
「はい、いつもの通り4時50分から7時まで、2時間10分おりました。」とフロントマンが答えた。
「もう、1ヶ月くらい続くかな。そろそろ、何か手を打たなくてはいけないかな。」
「はあ、他のお客様のご迷惑になる前に、何とかした方がよろしいかと思います。」
「かといって、うちは接客業だからな。あまりすげなく扱うわけにもいかんし。頭が痛いな。」
「しかし、ああ女性をじろじろ見るようでは、薄気味悪くていけません。なにしろ、あの男、毎日、適当に電話をかけて、赤の他人の留守番電話にここで会う約束の伝言をいれてくるらしいですから・・・。」
「うん、どうもあの男は、ちょっと、これらしい。」マネージャーは自分の頭のうえで、指をくるくる回した。
「では、さっそく警察に相談してみましょう。なにかいい策が見つかるかも知れません。」
「そうか、ご苦労だが、そうしてくれ。」
「かしこまりました。マネージャー。」


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(おわり)
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