ショートショート「キリギリスとアリ」


     ギラギラ

 太陽が照りつける真夏のある一日でした。 キリギリスは、汗をポタポタと流しながら、そして食事の時間も惜しみながら、ただひたすら音楽を奏でるのでした。
 そんなキリギリスを横目に、アリ達は自分たちの食料をせっせと倉庫にしまい込んでいます。
 一匹のアリがキリギリスに尋ねました。
 「どうして、この暑い中、音楽の演奏を続けるのですか?」
 キリギリスは答えました。
 「この曲を聞いて、みんなが少しでも涼しげな気持ちになってほしいからです。」
 これを聞いてアリ達は思いました。なんてお人好しなキリギリスなんだろう、冬になったら飢え死にしてしまうよ、と。

     ザーザー

 強い風とたたきつけるような雨が降るある真夏の一日でした。
 キリギリスは、自分の家のある草むらが水浸しになってしまっても、大きな木に登って、ひたすら音楽を奏でるのでした。
 アリ達は、食料を詰め込んだ家の入り口を固く閉ざし、懸命に浸水を防いでいます。
 アリ達は、こんな日にも自分の家を守ろうとせず、音楽の演奏を続けるキリギリスを笑いました。
 「いくらなんでも、こんな日に、みんなを勇気づけるため曲を弾いているなんて、人が好いのも過ぎるね」と。

 やがて秋が訪れました。
 キリギリスは、残る幾ばくかの命を削ってまで、心のこもった演奏を続けるのでした。
 アリは、食料の乏しくなる冬の間も、十分食べることができるよう、最後まで食料を求めてせっせと動き回るのでした。

 そして、とうとうこの草むらにも厳しい冬がやってきました。
 凍えるような北風が、雪を運んできます。
 草も枯れ、その上を真っ白な雪がうっすらと覆っていきます。

 その枯れ草の下に、沢山のキリギリスが死んでいました。そして、その静かに眠る横顔には、満足感が溢れていました。
 自らの天命を全うし、音楽を通して沢山の動物達に安らぎを与えてきた「キリギリス生」に何を悔いることがあろうか、と言いたげです。

 ここを、たまたま一匹のアリが通りかかりました。
 沢山の死んだキリギリスを見つけたアリは、大喜びで仲間を呼びに行きました。
 山のような食料を見つけたという朗報を聞いたアリ達は、大挙してこの草むらにやってきました。

   

 「うわあ、なんて沢山ご馳走があるんだろう。」
 「よし、一つ残らず倉庫に運び込もう。」
 「これで、この冬はどんちゃん騒ぎができるぞ。」
などと、口々に叫んでいます。
 でも、あまりに多くのキリギリスの死体があったため、荷造りに予想以上の時間がかかってしまいました。その間に、雪はどんどん降って来ました。

 やっとのことで、荷造りを終え、アリ達は列を組んで自分たちの巣穴に戻りました。しかし、既に巣穴の周りはすっかり雪に覆われていました。どこが自分たちの家か分かりません。
 やがて、凍てつく寒さに、力尽きたアリ達は、一匹、一匹と雪の上に倒れて行きました。真っ白な雪の上に描かれた黒い点、点、点・・・この黒い模様の上にも、また、次々と雪が降り積もっていきます。

 夏、ここに草むらがあったこと、冬の初め、ここにキリギリスとアリの大量の死体があったことなど、今は何の痕跡もありません。今、ここには、ただ白一色で塗られた一枚の巨大なキャンパスがあるだけです。


(おわり)
tol


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