ショートショート   人処分




 俺は、人処分の仕事をしている。人処分とは不要な人間を極秘裏に廃棄処分する仕事である。これは断じて殺人ではない・・・。
 しかし、たとえどんな理由があるにしても、生きている人間を処分するのは気分のいいものではない。ただ、金になる。歩合制で一人処分すると20万円。処分と言ってもその人間を処分室に入れ、そして、処分用のスイッチを押すだけ。後は機械が自動的に処理してくれる。多い日は1日3人。体は楽で金になる。精神的には疲れるが、俺には向いているのかも知れない。就職してからもう200人は処分している。まだ、しばらくは続けていけそう。
 そう、いつも頭の片隅に処分される人間の満足そうな顔が浮かんでくる。でも、俺は、処分直前の奴らの顔は知らない・・・そして、知りたいとは思わない・・・。

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 新しい客が来た。ここは病院だが、やってくる者は患者でなく客と呼ばれている。この病院は、21世紀の初め頃まであった美容整形病院と外科病院が一緒になったような病院である。会員制で治療費はべらぼうに高い。だから一般庶民は来ない。この病院の会員審査は特別に厳しい。ただ技術力は高く、事故などで失われた手足を全く元どおりに戻すことができるという驚異の病院である。

 「いらっしゃいませ、どうぞこちらにお入りください。」とびきり美人の案内係に導かれて中井は少々落ち着かない気持ちで待合室に入った。部屋に入って中井はまた驚いた。そこには、更に目を見張るような美人看護婦が沢山いたのだ。皆すらっとしたスタイルで何とも愛くるしい。
 その中のチーフらしい看護婦が中井に近づいてきた。「ようこそいらっしゃいました。どうぞこちらにお掛けになってください。」とてもクッションのきいた豪華な応接セットに案内された。腰掛けるとすぐにコーヒーが出てきた。少しピンク掛かったシルクの混ざった制服をピッタリと身に着けた看護婦が運んできた。軽くしゃがんでコーヒーカップを置いていく。この仕種にどこかクラブにでもきているような感覚に襲われる。おまけに少々スカートの丈が短すぎるのではないか、襟のカットが大胆過ぎるのではないか、など余計な心配をしたくなる。当然、中井の視線は自然と彼女の襟元や膝元にいってしまう。

 しばらくすると、さすが自分がここにきた目的を思い出した。中井には右腕がない。1年前交通事故で切断してしまったのだ。命は取り留めたものの、不自由な生活にすっかり気落ちしていた。おまけに打ち所が悪かったのか中井の男性自身が使い物にならなくなってしまった。あまりの衝撃に一時自殺を考えたこともあったが、死にきれず悶々と生き続けてきた。
 それが、3カ月程前、この会員制病院の話を聞いた。非常に治療費は高いが、技術は完全とのこと。生まれた時と同じようにすべての体の機能を回復してくれるというのだ。もちろん、腕も元通り、男としての機能も完治するらしい。中井は一も二もなくこの話に飛びついた。

 もともと中井は資産家の長男、金に不自由はなかった。更に今回の事故では加害者からも十分な保険金を手に入れた。例えどんなに高価だろうが、体が完全に元に戻るなら、こんなに素晴らしいことはない。女のいない人生などもういやだ、とすぐに会員の手続きを取った。しかし、その審査は厳しく、結局3か月掛かった。それにしても、たかが病院に来るだけで何故こんなに審査が厳しいのか、あきれてしまうというより何か裏があるような気がした。しかし、会員承認の知らせが来ると、中井はいても立ってもいられず、その日のうちに駆けつけてきたのだ。

 「では、どうぞ診察室の方にお入りください。」また、先ほどの美人看護婦が声を掛けてきた。さすがに、今度は看護婦のことよりも、自分の体のことで心はいっぱいだった。これからの自分の運命を左右する診察が始まる。中井は緊張感につつまれながら診察室に向かった。

 そこは意外とこじんまりとした部屋だった。小柄な男が机の前に座りながらこちらを見ている。顔はにこにこしている。どうも医者というより、どこかの会社の経営者という印象だった。その男が甲高い声で言った。「どうぞこちらにお掛けください。」中井は医者のまえの診察用丸イスに座った。先ほどの待合室とは随分勝手が違う。まあ、これが本来の病院の姿なのだろう。しかし、何となくわざとらしい感じがする。このごく普通の診察室が何故か病院全体の雰囲気に合わないのだ。何故だろう。

 「どうなさいました?」と医者が尋ねてきた。
 「1年ほど前交通事故で右腕を無くしてしまいました。そのとき結合手術はしたのですが・・・手遅れでした。」中井は左手で右腕のあったところをさするようにしながら説明した。「それに、脊髄を強打しまして・・・」股の間を覗くようなしぐさをしながら、中井は後の言葉を濁した。
 「なるほど、男の方もダメになってしまったのですね。」医者ははっきりと言った。
 「はい・・・そうなのです。」
 「それは、おつらいでしょう、あなた。なかなかの男前で、それにまだまだお若い。きっと死にたくなったこともあったんじゃないですか。でも、生きていて良かったですね。ここの病院はあたなのすべての悩みを解決できます。体はすべて元通りになりますよ。」
 「本当ですか、先生。この腕も元通りになるのですか?!」中井は信じられなかった。
 「もちろんです。生まれた時と同じ体に戻るのです。完璧にです。」
 「しかし、そんなこと・・・とても信じられません。腕は誰かほかの人の腕を移植・・・でもするのでしょう?」
 「まさか、あなた。ここは現代の最高の医療技術を提供する病院ですよ。我が社、いや、当病院の開発した画期的な技術で完全な体に戻るのです。まあ、そのノウハウをお話することはできませんが、簡単に言うと貴方の細胞から体組織を再生するということですね。障害をきたしている体中のすべての器官が元通りになりますよ。もちろん、この病院の評判、ご存知でしょう。」
 「そ、そんなことが可能なのですか?・・・まだ、とても・・・信じられません。でも、本当なら、まったく素晴らしいことです!?」中井はこの噂を聞いて病院にきたのだが、まだ、半信半疑だった。
 「そうです。そうです。もうご安心なさい。大丈夫ですよ。」如何にも自信ありげに医者は請け負った。
 なんだか天にも上るような心持ちで、中井は思わず目頭が熱くなってきた。

 「ただ・・・」と、医者は口篭もった。
 「えっ?!・・・何か問題があるのですか。」
 「いやいや、違います、違います。」あわてて医者は言った。「治療上は全く問題はありません。ただ、と申し上げたのは、この治療には大変なお金がかかるということです。このことを言いたかったのです。」
 「ああ、そうでしたか。はい、それはある程度の出費は覚悟してます。何しろ、体が完全に元にもどるのですから・・・」中井はホッとしたような気分で言った。
 「そうですね。では、見積もりを出して見ましょう。」と言うと、医者は机の上のパソコンに向かって、キーをたたき始めた。診察結果を入力しているのだ。中井はどきどきするような気持ちで待った。まあ、数千万で収まればと思ったが、ひょっとしたら億になるかもしれない。それも仕方が無いだろう・・・。

 「では、今、プリントアウトします。」医者がそう言うと、机の隅に置いてあったプリンターが静かに動き始めた。徐々に用紙が吐き出されてくる。中井は胸の鼓動が聞こえるような気がした。
 「そうですね、あなたの体の状態では・・・、かなり高額になってしまいます・・・」と医者は顔をしかめて中井を見た。「約3ヶ月の入院になりますが、その額、しめて10億円・・・ですね。いかがですか?」
 10億円と聞いて中井はびっくりした。しかし、一方では仕方がないという気もした。まあ、資産を半分ほど処分すればいい。
 「わ、わかりました。結構です・・・。」
 医者はにっこり笑った。当然、この言葉が返ってくるだろうことを予測していた。何故なら、会員審査の3ヶ月の間、病院では厳密に中井の資産調査を行ってきたからだ。この病院の治療費は、患者の資産の半額を目途に算出されるシステムになっている。
 後は、看護婦との打ち合わせであった。費用は全額前払いということで、振り込まれたらすぐに入院、治療に入るとのことであった。

 入院してから早二ヶ月半。この間、治療らしきものは何もない。入院した当日、培養用として口の中の表皮を少し削り取られ、その後寝るときに変なヘルメットのようなものをかぶらされる。表皮はその細胞から必要な臓器や腕などと培養するとの説明であった。これは、意外に時間がかかるようである。また、毎夜のヘルメットのようなものは、脳波を観察・記録しているとのことだった。何のためだかは知らない。

 しかし、中井の毎日は楽しかった。昼間は看護婦とおしゃべりをしていればいい。もともと女好きな中井にとって、これは本当に楽しい日々であった。何しろ専属の看護婦二人が昼夜無く付きっきりで世話をやいてくれる。それにしても、もし自分が元気だったら、今ごろ、この二人をベッドに押し倒していたかも知れない。それほど、魅力的な女性だった。もっとも、一日1000万円の入院費だから・・・。

 いよいよ大詰め、約束の入院期間も残すところ一週間である。しかし、未だに手術もない。やはり、入院したときと同じで片腕がなく、男性自身も役に立たない。一体どうなってしまうのだろう。明日は、医者に問いただしてみよう。中井はこう決心した。

 翌朝、医者が現れた。にこにこしている。
 「先生、治療はまだですか。」中井は不安な気持ちを医者にぶつけてみた。
 医者は一層にこにこしながら「やっと治療も仕上げの時期になりました。すべて準備OKです。」医者は言葉を続けた。「長い間、本当にご苦労様でした。大丈夫ですよ、今日の午後、いよいよ手術です。しかし、まったく痛みはありませんのでご安心ください。ただ、術後、数日意識がぼんやりするかもしれません。でも、それが過ぎればすぐに退院できます。そう完全な体でですよ。」
 これを聞いて、中井はあらためて熱い気持ちになった。ただ、ちょっと不安も・・・。手術後、そんなにすぐ傷が癒えるのだろうか。
 昼食をとって一休みすると、看護婦が迎えにきた。ストレッチャーに横たわると、長い廊下を進む。胸は高鳴り、希望と不安とが交錯する。ただ、顔は喜びに満ち溢れていた・・・。


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 中井は目を覚ました。麻酔をかけられてからどのくらいたったのだろう。空腹である。それに何だか頭がぼやっとしている。まだ、麻酔がきいているのだろうか。それに遠い記憶というか、自分の根幹というか、自分の生まれたときの刷り込みが無くなってしまったような・・・不思議な気分がする。これは、どうしたことだろう。そのとき、突然、自分が何故入院したのか、思い出した。そうだ、腕と男性自身と・・・恐る恐る腕を上げてみた。いままで無かった右腕の感覚がある。確かにある。目を開けてみる。まぶしい光が飛び込んでくる。まるで生まれて始めて目をあけるような新鮮な刺激。見慣れない部屋に自分が横たわっている。沢山の医療機器が並んでいる。そして、やっと右腕が見えた。あった、自分の右腕があった。恐る恐る左手でさすってみる。ちゃんと右腕から感覚が伝わってくる。手術痕は?・・・無い、全然無い。確かに傷跡ひとつない。息子を握ってしごいて見た。うっ、性感が走る。おお間違い無い、俺は生まれ変わったのだ。完全に元通りの体になったのだ。中井の心には、最高の喜びが涌き出てきた。

・・・今もなお中井の脳にはコンピュータから記憶データが送り込まれている。あと数時間もすればデータの移植は完了する。この新しい中井の肉体は、古い中井の肉体の細胞を培養して作られたもので、記憶は中井の睡眠中の脳波から分離・記録されたものであった。

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 ギギーとそのドアは開かれた。そして、一つのストレッチャーが運び込まれた。その上には腕のない中井が睡眠薬で横たわっている。その顔は、希望に満ち満ちていた。

「ストレッチャーを運び込んだのは俺だよ。」
「何をするのかって?今日も仕事さ。人処分の仕事さ。」
俺は、いつものように眠っている患者に話しかけるのだった。

おわり



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