”  E-mailの願い ”        



 「ママ!ママ!パパを止めて!」

 こんな書き出しのE−mailがきた。
 ・・・どうして、冗談じゃないわ、私まだ独身よ。子供なんかいないわ。

 「ママ、ママ、パパが今出ていったでしょ。今夜、出張に行くんでしょ。飛行機に乗るんでしょ。止めて。パパの飛行機おっこちゃうの。お願い、止めてちょうだい!」

 ・・・いたずらメールか。それにしても、冗談きついわ。


 たった今、彼が出掛けた。
 彼とはもう5年の付き合いである。でも、結婚しているわけではない。
 2人は、時々さびしくなるとなぐさめあうように寄り添う。しかし、一晩一緒に過ごせば、また、別れていく。

 今、2人とも自分の仕事に熱中している。どちらかが家庭におさまるようなタイプではなかった。
 そんな彼は、商社に勤めている。海外に行くことが多い。一線での仕事が面白くて仕方がない、という状況らしい。今夜、カナダまで1週間の予定で出張とのことだった。今日は、その打合せで忙しいらしい。先程、うきうきした顔をして出ていった。
 私は、これから自分のブティックに向かう。2年前に開店したばかりだが、多くの客がついて順調に推移している。今、2号店開店に向けて多忙の毎日である。これもまた楽しい。

 こんな2人。
 仕事に汗して、喜々として働いてはいるが、時にふと気持ちが沈んでしまうことがある。
 一人でいることが、無性に寂しくなることがある。そんな時、どちらかともなく電話をしてしまう。

 2人で過ごす夜は、何もかも忘れて、一時の人と人との一体感を味わう。
 やがて、疲れ果て、眠りにつく。
 翌朝、目覚めると2人とも夕べまでの寂しさ、そして、その後お互いにむさぼりあった一時のことも忘れ、晴々とした気持ちで別れることができる。

 いつの間にか、2人の間にこんな生活が根づいてしまった。
 今朝も、こんないつもの朝だった。


 彼が出ていったあと、私はいつものようにメールの確認をする。インターネットを通じて大切な顧客からの注文もよく入ってくる。時に、遠く外国からの照会もある。

 ところが、今朝は、1通の子供からのメールだった。
 それも、まるで私が母親のような文面である。
 「いやだわ。縁起でもない。」
 たまたま、彼がカナダへ出張という日に、こんないたずらメールが入るなんて。
 と、ぶつぶつ言いながらも、彼女はそのままメールのことは忘れてしまった。

 「さあ、今日も頑張ろうっと。」
 彼女は一日忙しく働いた。この日は、大量の注文が入り、その手配のため、徹夜同様だった。かといって次の日、休む訳にもいかず働き通した。しかし、こんな不規則な生活が続いても、彼女の心は充実していた。

 2日目の夜、漸く10時頃になって帰宅することが出来た。熱いシャワーを浴びたいとマンションのドアを勢い良く開けた。
 するとその足元に、2日分の新聞が雑然と転がっていた。

 彼女は、その1紙に目を奪われた。
 そこには大きな活字が踊っていた。

 〔カナダ行きジャンボ機が行方不明−遭難か?〕

 急に、身体中の血液が抜けてしまったように、彼女はその場で動けなくなってしまった。

  *************

 あれから、15年。
 彼の子供も中学2年生になった。しっかりした、いい娘に育っている。
 彼女は、悪夢のようなあの日から、がむしゃらになって働いた。幼い子供を抱えての仕事はとてもきついものがあった。でも、持ち前の明るさと、気丈さ、そして何よりも仕事に対する情熱が、今の彼女の地位を築いたのだった。

 夕べ、こんど開店することになった10号店を祝ってパーティーが開かれた。彼女は、ここで久しぶりに酒を過ごしてしまった。彼の15年目の命日を明日に控え、つい寂しさが溢れ出てしまったのかもしれない。

 深夜、帰宅すると、娘をつかまえて、彼の話、そう、娘の父親の話をした。最後に彼と共に過ごした思いでの夜の話も聞かせてやった。娘はうっすらと目に涙を浮かべて聞いていた。そんな、愛らしい娘だった。

 そういえば、私が転がり込むようにしてベッドに横になると、娘がパソコンに向かっていたような気がする。そして、なにやら涙声でつぶやいていたようだ。

 「・・・お願い。インターネットさま。このメール、15年前のママに届けて!」


終わり

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