食物アレルギーが増えています.昨年末に大規模な調査を行ったのですが,なんと1歳のお子さんの4名に1人は卵を制限しています.その他の牛乳や小麦,大豆などを制限している子どももたくさんいました.中にはアレルギーの原因になるものは一切食べてないという子も.
もちろん,親御さんの判断でアレルギーが怖いから食べさせていないわけです.

 この状況はあまりにもおかしいですね.なぜこうなってしまったか,できるだけわかりやすく解説します.

 わたしたち人間が持つ抗体は,IgG,IgM,IgEなど,いくつかの種類に分けられます.1960年代にアレルギーの原因として,IgE抗体が関与しているということが分かりました.なお,発見したのは日本人の石坂公成先生です.石坂先生はこの研究でノーベル賞候補であるとされていますが,それくらいすごい発見だったのですね.

 IgE抗体がアレルギーの原因になると分かって,多くのアレルギー患者の血液が調べられました.例えば,スギ花粉のアレルギーがある人は,血液の中にスギ花粉に反応するIgE抗体があり,ダニにアレルギーのある人は,ダニに反応するIgE抗体を持っています.卵もそうですね.

 こういったアレルギーの原因になる物質をアレルゲンと呼びます.アレルゲンになるのはほとんどの場合蛋白質です.スギ花粉に含まれる蛋白質,ダニ(正確にはダニの糞)に含まれる蛋白質,卵の蛋白質などがアレルゲンになり,それに反応するIgE抗体がいつの間にか作られて,症状を出します.蛋白質はアミノ酸が多数つながって作られるので,非常に複雑な形をしています.人の抗体は,その形に合うように作られます.

 アレルギーの原因はIgE抗体だろう.それじゃ,血液を取って,スギやダニ,卵にたいするIgE抗体を調べることができれば,色んなことがわかるんじゃないか.そうやって開発されたのがRASTと呼ばれる検査です.この検査が出来たことによって,原因となるアレルゲンの推定が可能になりました.あえて推定と書いたのは,RAST検査が真のアレルギーとは必ずしも一致しないからなのですが,これは後で説明します.

 さて,RASTはアレルギーの原因が分かる夢の検査と考えられました.非常に手間がかかる高価な検査のため,当初は研究レベルでないと検査ができなかったのですが,1970年代から80年代にかけて,気管支喘息の子どもがグッと増えたこともあり,一般の病院でも検査ができるように保険適用されるようになりました.その結果,RAST検査が広く普及することになったのです.

 検査が保険で認められるためには,それなりの根拠が必要です.日本では臨床研究は大病院で行われることがほとんどですから,当時検査を行ったのは,重症の気管支喘息やアトピー性皮膚炎,ショックを起こすような食物アレルギーのお子さんが対象です.気管支喘息の子はダニのRAST値が高く,アトピーや食物アレルギーでは卵のRAST値が高い子どもがたくさんいました.だからダニのアレルギーが喘息の原因で,卵がアトピーの原因と考えられたのです.
 さらに,年齢的に小さいほど卵のRASTが陽性になる子どもが多く,卵がアレルギーの引き金になり,アレルギーマーチを起こす,と考える人もいました.今でも卵を除去して喘息を防ごう!というキャッチフレーズを時々見ますね.

↓よく使われる立派な詳しいガイドブックなのですが,ぜん息は食べ物をどうこうして予防できるものではありません..


 
 さて,ここまでで,この検査の問題点が分かってもらえるでしょうか?

 RASTの検査は,既にぜん息などのアレルギーを発症した子どもで検査データを集めたわけです.ぜん息の子どもはダニのRASTが陽性になることが多い,アトピーの子どもは卵のRASTが陽性になることは多い.それは確かですね.

 だけど,ぜん息じゃない子ども,アトピーじゃない子どもではどうなんだろう?
そういう視点が抜けていたのです.大病院では,普通の子の診察をすることが少ないので,病気の子の検査データしか分かりません.だから一足飛びに,ダニがぜん息の原因,卵がアトピーの原因,となってしまうのです,

 実は,何にも症状がない子供の中でも,ダニのRASTが陽性の子供はたくさんいます.卵のRASTがが陽性になる赤ちゃんもたくさんいます.特に乳児湿疹がある赤ちゃんは,高い割合で卵のRASTが陽性になることが分かっています.

 例えば,ぜん息のお子さんは全体の7%です.その中でダニRASTが陽性の子どもは90%程度です.残りの93%の中でもダニRASTが陽性になる子どもは20%以上はいます.簡単な計算ですが,ダニが陽性の子どもの中でぜん息を発症するのは25%です.要するにダニが陽性である子どものうち4名に3名はぜん息ではないわけで,RASTでダニが陽性だからいきなりぜん息だ!と考える必要はないということです.RASTが陽性の場合,単にアレルギー抗体を持っているということを示します.これを感作と呼びますが,感作と病気はイコールではありません.

 1990年から2000年代になると,乳児医療の制度が広がります.RASTは非常に高価な検査なのですが,乳児医療の制度では,子どもは無料か,ごく定額の負担で何項目もRASTの検査を受けることができます.その頃はアレルギーはもともと持って生まれたもので,体質であると考えられていました.卵や牛乳,小麦やソバなどでひどいアレルギーを起こす子どものことも報道されます.だから,赤ちゃんのときに,アレルギー検査をして欲しい,と病院を受診し,あらかじめ子どものアレルギーを調べておきたいという人がたくさんいました.離乳食が始まる前に,安全のために知っておきたいということです.その気持ちはとっても良く分かります.



 話が変わりますが,IgE抗体はアレルギーの原因になるのに,なぜわざわざ作られるのか?考えたことはあるでしょうか?様々な物質の体の中の役割を生理作用と云いますが,実はIgE抗体の生理作用は良く分かってなかったのです.ヒトの染色体上には,他のIgG[,IgM抗体などと同じく,IgE抗体を作るための遺伝子がのっています.遺伝子は長い進化の中でヒトが持ったものですが,原則はその遺伝子がある方が生存率が高いということです..IgE抗体を作ることができるヒトは,IgE抗体を作ることができないヒトよりも生き残りやすかったはずですね.

 さて,じゃ,IgE抗体は何のために作られたのか?現在もはっきりとお答えすることはできません.ダニや寄生虫に対応するものじゃないかと言われますが,ダニや寄生虫はアレルギー反応では死にませんので,少々無理がある理屈です.

 大きなヒントは,蚊に刺されたときの反応です.大人が蚊に刺されるとどうなるか?プクッと腫れるでしょう.これは蚊の唾液に反応するIgE抗体を持っているからです.プクッと腫れる反応を即時型反応と呼びます.ちなみに新生児は蚊に刺されても何も反応しません.痒くもないと思います.もう少し大きい,1歳くらいの子どもはどうなるか?大人より強く腫れるでしょう.固くなって,硬結と呼ばれるしこりを残すことも特徴です.これは遅延型反応と呼ぶ反応です.ヒトが生まれてからのステージで考えると,最初は無反応で,何度も刺されているうちに遅延型反応となり,最終的にはIgE抗体が出来て,即時型反応を起こすということになります.何度も刺されているとIgE抗体が作られるというのは,何を意味するのでしょうか?

 ヒトがヒトとなったのは,10万年以上前ですが,実は遺伝子はその頃とほとんど変わっていません.それなのに生活様式は劇的に変化しています.社会がここまで変わったのかは,言語と文字による情報の蓄積のお陰です.体の造りはそのものは当時と何も変わってないのです.すると,ヒトの遺伝子は,10万年前の生活でもっとも生存率を上げるようにできたものです.

 じゃ,10万年前にものすごく脅威だったのは何でしょうか?

 歴史上もっともヒトが死ぬ原因になったのは,天然痘だったのではないかと言われています.天然痘はウイルスによる感染症ですが,ウイルスが何であるのかが分かったのはつい最近のことです.昔のヒトは天然痘の流行はたたりや神様が怒っているからだと思ったでしょう.奈良時代には政権中枢にいた藤原氏の四兄弟が,遣唐使の施設が持ち帰った天然痘によって次々死ぬなど,このウイルスが猛威を振るったので,聖武天皇が仏の力にすがろうと奈良に大仏を建てたというエピソードがあります.当時としては現在の国立競技場も真っ青の超巨大国家事業ですから,天然痘がいかに深刻だったかが分かります.

 もちろん,その他の細菌やウイルス,ペスト,コレラ,インフルエンザ,麻疹等の流行は,有史以来何度も多くの人の死亡に関与していました.ただ,こういったウイルスや細菌に対応する抗体は主にIgGです.IgEは関係ありません.

 ここで注意して欲しいのですが,感染症を引き起こす細菌やウイルスは,ヒトからヒトに次々と感染するために指数関数的に広がるのでとっても恐ろしいものです.だけど,実はヒトの遺伝子が完成した10万年前はそれほど脅威ではなかったのです.というのは,こういった感染症はヒトがたくさん一緒に住む時代,農耕から都市化が起こった時代にこそ猛威を振るったのでしょうが,農耕が始まったのはつい1万年前です.都市化はもっと後なので,その時代になってようやく?細菌やウイルスの“流行”が見られるようになったのです.

 10万年前は,ヒトは狩猟生活で,洞窟に住んでいました.そういった生活をしてみたいでしょうか?ちょっと無理かもしれません.特に夜は大変です.なぜか?たくさんの虫に襲われたはずだからです.今でもキャンプすると大変な数の虫が寄ってくるでしょう.

 虫に刺されるのはそんなに怖いことか?と思われるかもしれません.実は虫刺されは多くの病原細菌やウイルス感染症,マラリアなどの原虫の感染を媒介します.近代でも日本脳炎が大流行した時代があります.日本脳炎は人から人には感染しません,必ず虫に刺されて感染するのです.2014年から日本でも見られるようになったデング熱もそうです.熱帯地方で感染症による死亡が多いのは,虫が多いということも一因です.

 

 
 人類が洞窟で住んでいた時代には産まれた直後から数え切れないほどの虫に刺され続けたでしょう.それに伴って多くのウイルスや細菌,原虫が体内に入り,亡くなることも多々あったと思われます.当時はヒトからヒトへうつるような感染症よりも,虫が媒介する感染症が多かったでしょう.蚊のように同じ虫に何度もさされると,IgE抗体が誘導され,皮膚の表面がぷっくり腫れます.



 これはアレルギーで起こるじんましんと病理的にはほぼ同じです.恐らく虫刺されによって毒素が体の中に入るのをできるだけ防ぐためにできた免疫システムではないでしょうか.つまり,IgEは虫刺されに対応するために進化の過程でできたと考えられます.なお,IgE抗体を持つのは哺乳動物だけです.虫は体温を感知するので,変温動物に比べて虫に刺されやすかったからかもしれません.IgE抗体ができることで,皮膚からの異物の侵入を避けようとしたのでしょう.洞窟の中で何度も虫にさされると,虫の唾液成分に対するIgE抗体ができて,さまざまな病原菌を皮膚表面にできるだけとどめて置くようにする免疫システムなのでしょう.

 近年あった“茶のしずく”はという石鹸が起こした事件をご存知でしょうか?詳細はここにありますが,この石けんは小麦の蛋白質を含むのです.それを何度も使用することで,皮膚から小麦の蛋白が体に入ってきた結果,小麦に対するIgE抗体が誘導され,食べたときに強いアレルギーを起こす人が続出したのです.

 このように,皮膚から同じ蛋白質が繰り返し入ってくると,その蛋白質に対するIgE抗体が作られるということです.これは,我々の祖先が虫だらけの洞窟に住んでいたことの名残りなのです.

 現在では虫に刺されるということは極めて少なくなりました.特に赤ちゃんが虫に刺される機会は少ないでしょう.その代わり,洞窟の中と違い,現在の住環境は様々な蛋白質にあふれています.もっともポピュラーな蛋白質は,卵です.ゆで卵を食べるだけでなく,パンやクッキーなど,多くの食べ物に卵は含まれます.また,母乳にも卵の蛋白が出てくることが分かっています.

 皮膚の表面はコラーゲン繊維で守られています.実はコラーゲンも蛋白質で遺伝子の情報によって作られます.ところが,コラーゲンの質や量は子どもによって違います.肌がすべすべの子もいれば,がさがさの子もいるでしょう.“皮膚の強さ”は個人によってかなり異なるということです.これは残念ながら遺伝します.父か母のどちらかがアトピーを持っていると,子どもも赤ちゃんの頃から湿疹を出すことが多いですね.

 皮膚の強さを模式的に書いたのが下の図です.皮膚が強い子は卵などの異物が入ってくることはありませんが,



 皮膚の弱い子では容易に異物が入って来ます.その異物を虫からの攻撃と勘違いして,リンパ球がIgE抗体を作るのです.

 


 しかし,赤ちゃんはもともと肌が弱いのも事実です.だから,異物の蛋白質が入ってくるのは,特別なことではありません.生後半年から1歳くらいまでの赤ちゃんは,TARCという物質が高いことが知られています.この物質は血液検査で分かるのですが,免疫グロブリンを作るリンパ球がIgEを作るリンパ球に変化するように働きかけるものです.生後すぐにTARCが高いということは,洞窟が生まれた赤ちゃんは,早くから虫対策をしなければいけなかったからかもしれません.

 ですので,卵に対するIgE抗体が作られて,RAST検査で陽性になるのは赤ちゃんでは何も特別なことではありません.特に口の周りは母乳を飲んだとき,食物を食べたときに付きやすいので反応することが多く,わたしたちの調査では,乳児の約17%が食後に顔などの部分的なじんましん,5%強が全身性のじんましんを経験したことがあると回答しています.

 このような症状が出れば,母親は驚いて食物アレルギーだと考え,病院を受診することが多いでしょう.実は,過去には少しずつ食べさせなさいという対応が一般的でした.ところがRAST検査の普及に伴い,アレルギーの数値がビジュアル化されてしまったようです.例えば,下の写真のような検査結果を見せられるとどうでしょうか.



 おそらくアレルギー検査を希望して病院を受診されたのだと思いますが,その結果,卵白が陽性でした.この場合,しばらく食べさせないように,という指導が一般的です.わたしたちの研究結果でも,食物制限の理由として,血液検査をあげる保護者が最多でした.

 医師としては,食べさせて何かあったら困る,という思いがあります.また,小さい赤ちゃんを育てている保護者の方は不安感から食べさせないでしょう.ですので,RAST検査が普及すればするほど,“食べさせない”という選択をする保護者が増えたのです.その結果,冒頭で書いたように,1歳の子の4人に1人は卵の制限をしている,という異常な事態を招いてしまったわけです.

 では,アレルギーを作らないようにするにはどうすれば良いでしょうか?
ひとつにはスキンケアをすることだと言われています.確かに乳児の肌をきれいに保てば,異物が入りにくくなったり,皮膚の下のリンパ球がいなくなったりと,理屈の上ではアレルギーを防ぐことができそうです.実際に湿疹が軽くなればTARC値が下がりますので,アレルギー抗体を作りにくくなるのは間違いありません.ただ,長期的に見れば,スキンケアがアレルギーを減らすというはっきりした証拠は今のところ見当たりません.

 もっと簡単な方法はあるでしょうか?実は卵をはじめ,ピーナッツなど,食物アレルギーの原因になりやすいものを,気にせずに食べさせている群,厳密な制限をしている群を比較すると,前者の方がアレルギーが少ないのです.特に乳児期から長く制限をすると,食物アレルギーが重症化し,治りにくくなることは,多くの研究結果が出ています.ですので,現時点で食物アレルギーを防ぐもっとも確実な方法は,“食べさせる”ということなのです.

 なぜ“食べれば治る”のでしょうか?実は,食べ物も異物です.食べる毎に体に有害な症状が出れば生きていけません.だから,食べると,その物質に対するIgG4抗体が作られることが知られています.簡易的に書くと,卵に対するIgE抗体を持っていても,それを上回るIgG4抗体を持っていれば,食べたとしても何も症状が出ません.逆にIgE抗体が少なくでも,IgG4抗体がなければ強い症状を出してしまうのです.

 このグラフは血液の中の卵のIgG4抗体を調べた調査です.白は赤ちゃんに卵を食べさせない群,黒は卵を少しずつ毎日食べさせた群です.





 生後4ヶ月では差はないですが,8ヶ月,12ヶ月となるに従って,黒が延びています.食べさせることで,IgG4抗体ができています.食べさせた群では逆にIgE抗体は下がるということも分かっています.

 まれに,子どもをアレルギーにしたくないからと,原因となりそうな食物を多種類除去している保護者がいます.しかし,それは逆にアレルギーを作っているようなものです.免疫システムは生後6ヶ月から2歳くらいまでがもっとも活発に活動します.この時期に不要な除去をすることは,赤ちゃんの生涯にまで影響してしまうかもしれません.

 また,外来を行っていると,血液検査の結果,それまで食べていたのにも関わらず卵や牛乳,小麦などを制限するように指導されている赤ちゃんがいます.RASTの検査が普及したお陰で,不要な除去指導をされてしまうことにつながっているようです.

 保護者は不安感からアレルギー検査を求める,医師の方もリスクを避けるために除去食を勧める.しかし,本当に考えてあげなければいけないのは,子どもの未来です.健全な成長と発達のために,何をしなければいけないのか,良く考える必要がありますね.

 さて,そろそろ結論です.食物アレルギーが増えたのは,多くの人がRAST検査を希望し,除去しなさいという指導が普通になってしまったからです.“子どものため”と熱心にアクションすることは,かえって子どもを苦しめることも多いのですが,食物アレルギーはその典型例ですね.




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食物アレルギーが増えたわけ