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以下の文章は「遊星通信」(「旅行人」の前進)1993年8/9月合併号に「年金バックパッカー」のタイトルで掲載されたものです。

 

年金バックパッカー

「田中さん、いやいやスゴイ人があらわれました」と、カイロの日本人旅行者のたまり場であるサファリ・ホテルに泊まっていた新聞記者の佐々木さんから興奮した口調で電話があった。

「水津さんていうひとなんですけどね。なんと71歳のバックパッカーなんですよ」

たしか遊星通信の読者である金井重さんが65歳とのことだったから、それを上回るわけだ。しかも、聞けばそのルートがけっこう本格的だった。昨年(1992年)8月に船で上海に渡り、そこから中国に入って、チベット、ネパール、インド、パキスタン、イラン、トルコ、シリア、ヨルダンを経てエジプトへとすべて陸路でやってきたというのだ。これはぜひお会いしなければと、翌日、サファリ・ホテルに足を運んだ。

ロープから洗濯物がぶらさがり、壁にべたべたポスターの貼られた、若い旅行者たちでこみあう一泊6ポンド(当時240円)の狭いドミトリーのベッドのひとつに、水津翁は黒いカッターシャツ、よれよれのGパンに健康サンダルをはいて腰掛けていた。

「シリアかヨルダンあたりで、ゆっくりしようと思っとったんですが、寒うて用おられんから南へ下ってきたんです。カイロはええですな。安いし、飯もうまいし……。ハマりそうな予感がしますな」なんと口調まですっかりバックパッカーしているのであった。

水津英夫さんは大正10年生まれ。今年(1993年当時)の2月で72歳になられる。その旅行歴は60歳の諦念の説きにはじまった。急に暇になってやることもないのでと、軽のバンに布団をつんで5年かけて日本をすみずみまわった。もう行くところがなくなったので、それではと隣にある台湾にでもに行ってみるかと、リュックを背負って船に乗ったのが初めての海外旅行だった。

そこで水津さんは、日本にいるよりも外国を旅している方がずっと金はかからないし、しかも楽しいことを知る。また、日本人の集まる安宿に行けば、若い人と話ができるし、いろいろな旅の情報も教えてもらえる。言葉ができなくてもなんとかなることもわかった。

そんなわけで、この数年は1年のうち10カ月はアジアを中心に海外に出るようになり、身も心もすっかりバックパッカーの世界にハマってしまったとうのだった。

ちなみに、水津さんの旅の資金源は年金だ。現在、厚生年金と会社の年金で月々20万円ほど下りるのだが、貧乏旅行をしていると、月6万円ほどしか使わないので、むしろ貯金ができてしまうという。日本では堺市で奥さんと二人暮らしということだが、「この年になると、いっしょにおるより、離れている方が気楽」とのことで、とくに旅行に反対されることもないそうだ。

それでも、年配の方だけに病気や怪我などが不安になることはないだろうかと思うのだが、「じつは私の旅の愉しみの一つは入院なんです」と意外なことをおっしゃる。

「何年か前、北京の橋園飯店という日本人の多い安宿に行ったら満員だったんです。しょうがないので、近くの病院に行って、風邪ひいたから入院させてくれいうたんですわ。そして午前中の医者の回診までベッドにいて、そのあと観光に出かけ、夜、飯を食うてから病院に帰るんですな。ええ休養になりました」

そうやって一週間入院しながら、北京観光し、日本に戻ったら入院費は保険で払い戻されたというわけなのだが、最近は保険請求はあまりしていないという。

今回の旅ではまだ入院こそしていないが、トルコのアンカラでは足を骨折して一カ月半ほど、ホテルで療養していたという。それでもこの先の旅の計画をあれこれ考えていると、わくわくして不安などまるで感じなかったそうだ。

パキスタンが禁酒国だということを知らなかったため、インドからパキスタンに入るとき、買ったばかりのラム酒を没収されそうになった。それならここで飲んでしまえと、と水津さんは国境の係官の前でラムを開け、ちびりちびりと飲み始めた。しびれを切らした係官は、3分の2ほどになった中身を水筒に詰め替えさせ、もうわかったから行けと、ほろ酔いの彼を酒とともにパキスタン側に送り出したという。

水津さんは言う。

「きっかけさえあれば、わたしくらいの歳のもんでも、いくらでも旅はできると思うんです。家で孫の面倒みたり、定年後に守衛さんやったりするより、ずっと面白いと思いますよ。金もかからんし。わたしは文章はよう書かんけれど、もしなにか本を書くなら、年寄りが、よし、わしもいっちょ行ってみるか、と旅に出たくなるようなものを書きたいですなあ」

水津さんはこのあと東欧、ヨーロッパ、アメリカをめざし、日本で「ストップオーバー」したのち、再び、中国、東南アジア、西アジアを通って来年はいよいよアフリカへ向かう計画だ。ガンバレ、水津さん!

(1993年)

 

 

 

水津さんてだれ?

水津さん、エジプトにあらわる 1993年

ロング・インタビュー2000年

水津さん 旅の履歴 2000年当時まで

旅の幸福術 2002年

ロング・インタビュー2003年

散りやまぬ桜の下で 2005年

旅の翁に会いに行った 2006年(リンク)

旅の仙人写真館(リンク)棋士・森信雄さんのサイト内

王様の耳そうじ(管理者ブログ)