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御柱のなぞ
いろいろな神社を回ってみて気になったのですが、どんな小さな社でも御柱がある場合があるのです。たとえば、この十五社では数多くある末社でも御柱があります。でも、ひとつだけ御柱が無い社がありました。熊野神社でも、御柱がある社と無い社があります。これはどういう住み分けがされているのでしょうか。私がひどく気になった問題です。どうにも解せないではありませんか。全てに建てればいいじゃないか!とさえ思います。
1、御柱は結界
古事記などでは、出雲から逃げ落ちた諏訪様が自ら諏訪を出ないことを約束した証に御柱を建てたことになっています。
この場合、土着神は出雲への証は必要ないので御柱は不要です。しかし、戦に破れたため諏訪様にあわせた格好を取るのは不都合ありません。支配下に入ったことをあらわすことができます。
そうすると困ったことがおきます。結界を必要としない出雲の神々もいるわけです。つまり、逃げてきた諏訪様とは異なる別の出雲系や天津神たちです。信仰により呼び寄せられた彼らに結界の義務は不要です。実に大社における末社では御柱がありません。あくまでも諏訪様と八坂刀売命とその子供たちのはずです。でも、多くの神社で御柱が立ち並んでいます。神社とは言えない様な馬頭観世音という神社?の石仏すら御柱があるのです。(ひとつずらされてますが)
2、土着の風習
この問題を解決するには、元々土着側の風習だったと考えるのが良いかもしれません。御柱祭や他の祭事は元々土着信仰から来ているといわれており、土着の風習には違いないですが、自分たちの意を通すために御柱が使われた可能性もあります。この場合、諏訪様も郷に入ったら郷に従え、というようにさせたと考えることができます。しかし、大社の管理が届くところでは、末社に御柱はありません。
3、覇権争い
諏訪様の血を汲む上社と下社の大祝、彼らに従う神官武力、そして土着の神々を守る豪族たちと諏訪様を祭り利用した近隣の武将たち。それらの信仰の戦いがあったというのは間違いなさそうです。上社と下社の大祝どうしで血生臭い戦をしたという経緯もあるぐらいですから、御柱の裏にあるなんらかの主張があるように思えてなりません。また、下社御射山神社は御柱があるが、上社御射山神社ではない。というのも気になります。宮司が派遣されるようになってからの大社の位置づけはどこにあるのでしょう。
理由はどうあろうとも御柱の位置づけは面白いものです。ミシャグジさまには本来不要という説と、必要という説もあり、私にはまとめることはできませんでした。ここで、洩矢神社のあの社が気になるのです。御柱が無かったので。
大祝と神長官が執り行ってきた数多くの神事も興味深いのですが、いろいろ資料を集めないといけなそうなので見送ります。ここまでお付き合いいただきましてありがとうございます。
東方に当てはめて考えることはなるべく排除しましたが、ひとつだけ。神奈子と諏訪子、彼女らの血を受け継いでいる早苗さん。彼らは幻想に入ってまさに一家となったのでした。
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小さい社だけ無い(十五社神社)

鳥居と石仏に御柱。ただし、ひとつ移動させられている。

秋葉様の石燈すら御柱がある。

御柱が無い社(熊野神社)

スサノオすら封じ込める御柱(君津神社)

御柱がある蚕玉神

御柱が無い蚕玉神(乙事諏訪神社)
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