富木謙治 顕彰碑 紹介 角館町天寧寺



富木謙治顕彰碑がこの度完成し、除幕式が行われた。

■除幕式
日時平成15年9月13日 午後2時半より
場所秋田県 仙北郡 角館天寧寺 富木謙治の菩提寺
大きさ黒御影石製 縦1.1 メートル 横 1.2メートル       
参列者地元、親族、日本合気道協会の会員など、130人
主催日本合気道協会 (会長 富木昌子)
顕彰碑建立委員会(委員長 二見健吉 日本合気道協会副会長)


■富木謙治顕彰碑碑文(日本合気道協会師範 志々田文明 作)

合気道競技創始者 富木謙治 ここに眠る

富木謙治は明治 33 年 3 月 15 日角館町横町の富木庄助、たつの長男として誕生。角館小学校、秋田県立横手中学校を経て早稲田大学政治経済学部に入学、卒業後は県立角館中学校で教壇に立った。少年時代より柔道に励み、早大時代、東京学生柔道連合会の役員として嘉納治五郎師範の謦咳に接して柔道に於ける当身技・関節技の競技化の必要性を教示された。一方この頃合気柔術の植芝盛平翁と邂逅して入門、昭和 15 年紀元節に最初の八段を許された。

以後富木は柔道に於ける離隔態勢の技の研究即ち合気道の近代化及び武道の総合理論研究に邁進し、満州国建国大学に於いて教授した。戦後は早稲田大学に奉職し体育としての武道理論を研究、特に当身技と関節技の柔道第二乱取り法の研究に取組み、昭和 36 年頃には柔道、剣道に比肩する合気道競技の理論と方法を確立した。

少年時代より伯父平福百穂の影響を受けて書画を嗜み、時に絵筆を執って愛弟子に与えた。教え子への慈愛限りなく、教育・研究への情熱、見識と気品、威重なる人格は民族を超えて人々の尊信を集めた。

昭和 54 年 12 月 25 日没 法名 謙徳院肇道圓心居士


主な略歴
柔道八段 講道館指導員 合気道八段
満州国建国大学教授 早稲田大学教授
日本武道学会副会長 昭道館初代館長 
日本合気道協会創設者


主要著書 
柔道に於ける離隔態勢の技の体系的研究
柔道と合気道 合気道入門 講道館護身術
新合気道テキスト 体育と武道 武道論 
ほか論文多数