痛い話
40年近く生きていると、いろいろ痛い目にあいます。
その中で、痛いが面白い話を綴ってみましょう。
この内、一つは、亡父の体験談です。
芙美の痛い話を追加しました。
全て、医者に全幅の信頼を置くな、人間は間違えるものだという話です。
特に痛い部分は赤で表示してあります。血の色です。
医者や看護婦があわてて青くなってるとこは青です。顔の色です。
これは、ヤバイゾ。いいのかと言う部分は、黄色です。危険信号です。
1.オートバイで転倒、骨折した話
それは、1982年頃の話です。就職して、お金に余裕ができたので、大きなオートバイが欲しくなりました。4輪車は、置くところに困るので、最初から眼中に無かったです。弟が知り合いから安く譲ってもらえると話を付け4万円でうちにきたオートバイは、15年近くも前のクラッシクなオートバイでした。ホンダCD250という商用バイクでしたが、メーターが楕円形でなんとも風格があり、町中を走っていて誰もが振り向くような単車でした。1年近く愛用していましたが、埼玉のほうの友達の家に遊びに行った、帰りに道路際の植え込みに突っ込む自損事故を起こしてしまいました。私は、左鎖骨を骨折し、オートバイは、元々気息延々の代物だったので、あえなく廃車となりました。今でも惜しかったと思います。
さて、骨折した私は、その場で、救急車に乗せられ病院へ連れて行かれ、手術を受けました。左肩を開いて、折れた鎖骨に針金を通すための穴を開けます。それが、痛かったかって?いえいえ、痛かったですけど、まだまだ。無事手術は終了し1週間ほど入院しました。その後、退院時にレントゲンを撮って診断書に添付して、自宅(大森)近くの病院に通う事になりました。ここが、問題なのでした。私は病院の選択を誤ったのです。JR京浜東北線の大森駅東口にあるY病院は、ものすごいヤブだったのです。通称ヤブタ病院といわれているくらいです。
通院の初日、診断書とレントゲン写真をもって、Y病院の外来受付に行きました。15分ほど、待って名前が呼ばれました。かなり大きい病院なのにこれは、不自然です。何故なら、大きい病院は、人がたくさん居て、1時間2時間待ちは当たり前なのです。
私を診た先生は、60はとうに過ぎている、きつい老眼鏡をかけた老先生でした。レントゲンを一瞥し、「ほう、ワイアが後ろから前に入ってるね。うちとやり方が違うな」とおっしゃいました。ワイアとは、事故で手術したときに骨に穴を開けて通した太さ3mmほどの鉄の棒です。後ろから前とは、肩甲骨の上から、胸の方に掛けてという意味です。実は、肩甲骨側のワイアは、抜けない様にするため、先を曲げてあります。それから、延々Y病院とどう違うのかを説明なさいました。まぁいいです。ここで手術したわけではないですから。聞いてあげました。
そして、2ヶ月ほど通院し、どうやら骨がくっ付いたので、ワイアを抜く事になりました。老先生は、レントゲン写真を診ながら、
「来週抜くから、水曜日にきなさい」とおしゃいました。手術時間は、どのくらいかと尋ねると10分から15分だとの言でした。
当日は、時間も決まっているので、会社を抜けて行きました(1時間までの通院は、認められていたんです)。私は手術台にあがりました。看護婦が仰向けに寝なさいと指示しました。あれ、後ろからじゃないんですか、私が言うと、唾が飛ぶから黙ってなさいといわれました。仕方なく仰向けに寝ました。看護婦は、私の左胸を消毒し始めした。私はおずおずと、前を切るんですかと聞きます。
看護婦は、何も言わず、私の顔を右向きにしました。あの違うんですけど、と言った瞬間、左肩にチクリと麻酔が打たれました。麻酔が効きはじめるまで、違うと言い続けたのですが、静かにしろといわれました。サクッとメスが入れられました。老先生の登場です。先生違います、前と後ろが違います。先生はお年を召しまくっているので、耳が遠いようです。10分が経過しました。術部は、完全に開かれました。骨折時に補助で入れられた、針金を抜いているようです。30分経過しました。
とうとう、骨膜まで開けてしまいました。私は、うなされるように、違うと言ってるのにーとうめきます。私があんまりうるさく言うので、看護婦は、あんたには、普通の倍の量の麻酔を打ってるのよとほざきました。そりゃ、倍も使うでしょう。10分の手術に1時間近くも掛かってるんですから、とうとう老先生は、「おかしいなぁ、取り出せない」と呟きました。「馬鹿野郎!後ろからだと言ってるだろうが!レントゲンを見ろ!」堪忍袋の緒が切れて私は叫びました。そこで、初めて、老先生老眼鏡を架け直し、「あ!本当だ」だとぬかしやがりました。
前を閉めた後の正しい処置は、わずかに10分でした。医者も看護婦達も、みな下を向いておりました。
私は、喩えY病院の前で、交通事故に遭っても、別の病院に這ってでも行きます。
Y病院では、助かる患者も助かりません。これは、本当にあった嘘偽りのない話です。
心当たりのあるY病院の関係者、文句があるならかかってきなさい。
2.酔っ払いの盲腸炎
これは、私の話ではありません。13年前に亡くなった父の話です。それは、父が若くまだ、結婚もしていず、高校を出て海上自衛隊の前身である警察予備隊に就職した時のことでした。そこで、海防艦勤務についていました。父はかなりの酒好きでしたが、当時の食糧事情と就職先の事、あまりアルコールを手にする機会に恵まれませんでした。しかし、そこは聡い父です。アルコールが自由に手に入る隊のお医者さん(当時は、まだ軍医と呼ばれてたらしい)と仲良くなり、夜な夜な船の上で、薬用アルコールと砂糖、酒石酸を使って、ウィスキーもどきを作っては、飲んでいたそうです。
そんなある晩、したたかに酔っ払い、自室に戻ろうとしたところ、腹に刺すような痛みが走りました。最初は、こりゃ飲みすぎたかと思ったそうです。でも、それにしては、あまりに痛すぎ、立つ事もままなりません。あぁ、そういえば、目の前に医者が居るではないか。何だか酷く腹が痛むと告げると、酔っ払いながら、その軍医さんが横になれとの言。横になって、触診すると、「どうやら急性盲腸炎だ、すぐに切らんと破裂して腹膜炎になり死ぬ事もある」。父は、真っ青になりましたが、海の上では、救急病院に行くわけにも行きません。じゃあ、すぐ手術してくれと言ったそうです。酔っ払いの医者が酔っ払いの患者を緊急手術です。えらいことです。
「全身麻酔は、麻酔技師が居らんので、局所麻酔でやるよ」と局所麻酔を患部に注射したが、なかなか効いてこず、お医者様は首を傾げました。
と、酔った頭に原因が浮かびました。相当にアルコールが入っている父には、局所麻酔はほとんど効き目がないのでした。「ちょっと待ってくれ」とお医者様、父をおいて、医務室を出ると、当直についていた父の同僚を5人ばかり連れて戻ってきました。
医者:「両手両足に一人ずつ取り付いて、頭を一人が押さえておいてくれ」
父:「え?」
医者:「死ぬよりかいいだろう。この腫れ方じゃ、アルコールが抜ける前に、盲腸が破裂する。この状態で切るぞ」。
否も応もなく、5人掛かりで手足頭を押さえられ、お医者様による切腹です。飲み残していたアルコールで患部を消毒して、麻酔無しの手術の開始でした。
サクッとメスが入った瞬間、ショックと激烈な痛みで手足が縮こまりました。「いってーーーー」。そのため、大の男4人が父の上で、頭をぶつけ合い、気絶しそうになります。ショックが去ると痛みに耐えながら、手術は続きました。
「はやくしてくれー」、泣きながら叫びますと、お医者様
「あれー、盲腸がねぇぞー。お前の右腹に盲腸がねえんだ。探すからちょっとこらえろ」
おいおい勘弁してくれ、とうめきますが、いた仕方ない。普通の盲腸でしたら3cmほどの切開ですが、10cmほど切り開いて、お医者様右手の指をほとんど、入れてしまい、腹中を大捜索しました。いわゆる移動盲腸だったらしく、腸が痛みでよじれると、腹中を動き回わります。なんとか、捕まえて引っ張りだし処置して貰ったのでした。殺されと本当に思ったそうです。(教訓:医者と酒を飲む時は、急病でも病院に行きましょう)3.背中が痛い!!!
今回の痛い話は、とても痛いのですが、命に別状がない奇妙な病気の話です。
しかも、つい最近の話なので、思いっきりリアリティがあります。えぇ、今も抱えている次第です。先週の金曜の夜というか土曜日の明け方でした。背中に猛烈な痛みを覚えました。AM3:00頃でした。身体を変な風に曲げて寝ていたので、最初は寝違えたと思いました。朦朧とする頭で、肩凝りの薬やら、インドメタシン配合の筋肉痛の薬を擦り込んだのですが、いかな痛みは収まりません。痛むのは背中の左側、肩甲骨の下あたりです。病気は何が原因か判らないと、どんどん恐ろしくなるものです。痛みと怖さは時間を経るに従い、いや増していきました。眠れないどころか、横になっても起きていても、ものすごく痛いのです。背中に焼き鏝を押し付けられているようでした。1時間くらい我慢したのですが、もう駄目です。鎮痛剤に頼るしかありません。鎮痛剤を服用したのですが、少し痛みが薄らいだくらいで、30分もすると元に戻ってしまいました。次は、座薬です。これは効きました。子供用の鎮痛剤ですが、ピタリと痛みが収まり、2時間くらい寝る事ができました。つまり、2時間経ったら痛みで目が覚めたという事です。もう痛くてねていられません。夜が明けるまで、起きているしかありませんでした。
8:00になったら、朝食も取らずに病院です。ぎっくり腰や寝違えた可能性もあるため、形成外科に行きました。待合い室で順番がくるまで、目をつぶってうなりながら、我慢します。順番がきて、お医者さんが様子を尋ね触診し、即「尿管結石だね。尿検査とレントゲンをとってください。」あぁ、やっぱりそうか、こりゃ入院もあるぞ。ヤバイなぁ。等と考えながら、尿検査です。うわぁー、真っ赤なおしっこだ。そして、レントゲンを撮られたのですが、その過程で右に左に体をひねっているうち、痛くなくなってきたではないですか。そして、レントゲンの結果は「うーん、それらしいのは見えないねぇ。取り敢えず、泌尿器科の方に行って」とお医者さん。泌尿器科で、もう一度レントゲンを見直しても、やはり見当たらず。整形外科で必要な検査は済んでいるので、触診以上の事はしませんでした。しかも、もう全く痛くないのです。
私「尿管結石って何が原因でなるんですか」
医者「うーん、ストレスとかいわれてますけど、原因はよく判らないんです。」
私「何か、食事制限とか食べちゃいけないものとかないんですか」
医者「いえ、特にないですね。ほうれん草を10束も食っちゃいけませんけど」
私「ほうれん草がいけないんですか」
医者「いいえ、普通に食べる分には、何も問題ないです。結石は、ほうれん草に含まれる蓚酸カルシウムが原因でできるやつがあるんです。大量に取ってはいけないというだけです」
嫁「じゃ、今日は一日安静にしてた方がいいですね。」
医者「だめです。安静にしちゃ。普通にして、できれば運動などをしてください」
私「お酒とかビールも控えなくっていいってことですか?」
嫁「病気なのになんで飲めるのよ」
医者「大丈夫です。ビールは特にいいですね。水分を大量に取れて、利尿効果もあります」
嫁「????変な病気!」
帰り道に、
私「デュエルしに渋谷にいくぞ」
嫁「早く帰ってきなさいよ」
その夜、また、痛みだしましたが、原因が判っているのと、普通に生活ができ、恐ろしく痛いだけの病気では、不安にはなりませんでした。病気の原因が判るというのは、大事な事ですね。
でも、いったぁーい(;_;)。
5.ふーちゃんの眼(1999/7/16)
今回のお話は我が家の三女 芙美(ふーちゃん)のお話です。ふーちゃんは、現在6歳の保育園児です。保育園では、何でもできる手のかからない子であるふーちゃんは、家では内弁慶です。お父さんや祖母が甘いせいもあるのですが末っ子の常として、どうしても我が侭な部分があるのでした。
その夜、普段の寝る時間に布団に入った後、起きてきて眼が痛いと言い出しました。我々はいつもの我が侭が始まったと思いました。芙美はいつも、一度布団に入った後、10分ほどで起きてきて、足が痛いだのおなかが痛いだの暑くて眠れないだのと理由を付けて構ってもらい来るのでした。その度にお母さんに叱られ宥められ整腸剤を飲み、布団に戻るのです。この日も眼が痛いと言って来たのですが、これも良く口にする理由です。子供は眠くなると涙が少なくなり、眼がシバシバしてくるのです。何とか宥め透かして寝かせたのでした。
翌朝、起きてから芙美の様子が変です。左眼からぼろぼろと涙をこぼして、茶の間で突っ伏して動きません。眼が痛いと言うのです。朝からそんな事を言うわけが無いので、慌てました。もう私の出勤時間ですが、それどころではありません。嫁さんは大した事はないだろうと考えていたようですが、その場で会社を休み病院に付き添う事を決めました。
まず、眼科です。近くの眼科病院に連れて行きました。眼科や耳鼻科はなんでこんなに爺婆ばかり来ているのでしょう。8:30の時点で、10人も待ち合い室に座っています。芙美は相変わらず、ボロボロと涙を零していますが、痛いのを堪えています。泣き声も出しません。偶にうーうーとうなるだけです。頭を抱いて涙を押さえてやるしかできる事はないのです。1時間くらい待ってやっと番が回ってきました。診察すると、直ぐに、
お医者さん「眼に鉄粉が刺さってるね。しかも錆が出てきてる」
俺「え!そんなふうには見えなかったですけど。昨日の夜痛いって言ってきたんですが」
お医者さん「大きさは、0.3mmくらいかな。2・3日くらい前に刺さったのが錆びて痛くなったんだろうね」
俺「何でそんな物が刺さるんですかね。刺さったらその場で判りそうなもんですけど」
お医者さん「普通は大工さんや旋盤工がなるね。金槌で釘を打ったり旋盤を回してる時に、鉄粉が飛ぶんだ。それが眼に刺さるの」
俺「ふーちゃん、トンカチで何かした」
芙美「もっこーやったの」どうやら3日前、保育園の木工工作の時に刺さったようです。しかも刺さった自覚が全く無かった様子。
お医者さん「取る手術をやってみるけど、うまく取れるかどうか判らない。場合によっては全身麻酔をやらないと駄目だ。眼球は固定する手段が少ないから難しいんだ。最近では小学校4年生の子にやったけどその子より小さい子は初めてだな」おいおい(;_;)。
お医者さん「こういう針を使って、こそげ落とすように擦るんだが、目の前に針を突きつけられるんで、眼球が動いちまう。小さい子だとかなり難しい。上手く取れないかもしれないけどいいかな」
俺「お願いします」もう、藁をも縋る思いです。お医者さんは、芙美に痛み止めを飲ませ、薬が効いて来るまで、別の患者を診察します。
5分くらいで薬が効いてきて、ふーちゃんの手術開始です。寝た状態で行うのかとおもったら、立ったまま頭を固定する台に顔を付けさせます。注射針のような物を芙美の眼にそっと当てようとしますが、やはり恐くて黒目が逃げます。別なほうを見てしまうのです。10分くらいやってもらいましたが、どうしても駄目。要するに目線を固定すれば良いのだと気が付き、芙美の保育園バッグに芙美の目を引くものが無いか漁りました。ありました、ポケモンカードが2枚ラッキーとフシギバナです。私はカードを持って先生の後ろに回ります。
俺「ほらほら、ふーちゃんこっち見てポケモンカード」
お医者さん「おとうさん、ナイス!ちょっとそこで頑張ってみて。はい、こっちは気にしないで芙美ちゃん、お父さんを見て」
更に、5分くらいこの状態で頑張ったのですが、針の恐怖には勝てません。どうしても、10秒以上眼球を固定しておけません。お医者さんはとうとうギブアップしました。
お医者さん「うーん、一寸無理があるなぁ。T医大に専門の先生が居るから紹介状を書くよ。後でどうなったか連絡を下さい」
仕方無く、今度はT医大です。まだ、薬が効いているのか今のところ芙美はおとなしいです。
T医大は、この当たりで一番大きな病院で度々お世話になっています。でも、長く待たされる事でも有名です。お医者さんは沢山いるのですが、兎に角患者さんが多すぎるようです。受付を済ませ、廊下の待機場所で待つのですが、だんだん薬が切れてきました。
芙美「お父さん、なんだかズキズキしてきた」膝に抱き上げ、頭をなでてやります。他にできる事はありません。
芙美「お父さん、痛いよ」座っていられないくらい痛いようです。ベンチに長長と突っ伏してしまいました。周りの人たちが心配そうに見ています。どうする事もできないです。かわいそうで仕方ありません。11:30になりやっと番が回ってきました。危なかったです。昼休みに突入すると、更に1時間待たされてしまう所でした。また、痛み止めを飲まされました。一時的とはいえ苦痛が取り除かれるのは有り難いです。同じように治療するのですが、今回は女医さんでした。女のお医者さんのせいか痛みが和らいだせいか判らないのですが、芙美も落ち着いてきました。でも、眼球は逃げてしまうのです。またもポケモンカードを女医さんの後ろで見せこれを見つめるように言います。それでも何回もやっている内、芙美も慣れてきました。とうとう、眼球に針が触れこそげ落とす事に成功しました。かなり深いところまで錆びが散っていたようです。数回に渡り治療しました。
それから数週間、芙美の目には、白濁した点が残りましたが、今は完治しています。
教訓1:子供に大工道具を扱わす場合、十分に注意が必要です。できるだけ、眼球保護の眼鏡をかけさせましょう。\2000くらいで売ってます。
教訓2:子供がどこかが痛いと言ったら危険信号です。何とも無いかも知れないですが、ちゃんと見てあげましょう。