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| 【フタゴ・フラクタの過去日記──2007年8月】 |
8/18 古典テニス学的見地による手塚ゾーン・ファントム解明 承前(2007/8/12)。手塚ゾーン・ファントムに対する疑問点はここで共有できたと判断して、この疑問を解決する古典テニス学的仮説について述べていきましょう。 ■はじめに 〜現象面における手塚ゾーン〜 まずは以下の画像をご覧頂きたい。
典型的な手塚ゾーン発動シーンである。手塚から見て右サイドに打たれた球が途中でその軌道を変え、手塚の右側 1 メートルあたりの打ちごろの位置に引き寄せられる。手塚はその場を動かず、引き寄せた打球をバックハンドで打ち返そうと構えている(手塚は左利きである)。 では手塚から見て、左サイドに打たれた場合はどうか?
……ちょっと人が変わってしまったが、まあ樺地も左利きなので条件は同じだ。左サイドに打たれた球は、樺地(手塚)の左側 1 メートルほどに引き寄せられ、フォアハンドで打ち返される。 これらは、手塚ゾーン発動時の代表的な光景である──と同時に、現象面における手塚ゾーンの全てでもあります。過去、手塚ゾーンがこれ以外の結果(例えば、右サイドに打たれた球が手塚の左サイドにまで移動した、など)を導いたことはないのです。手塚ゾーンには 2 パターンしかない。このことをまず、頭の片隅に入れておいてください。 ■疑問 1 :なぜコーナーの打球をアウトにできないのか それでは第一の疑問、「なぜコーナーの打球をアウトにできないのか問題」について考えていきましょう。 作中の記述をまとめると、手塚ゾーンの原理は以下のように説明されます。
この記述を信じる限り、「コーナーの打球をわずかに外へ動かしてアウトにする」ことは可能であると思われます。そして我々は上記の説明を信じ、証明せんとする者であります。 つまり、冒頭の疑問はこのように言い換えられねばなりません。「コーナーに打たれた球をアウトにすることは今までにもできた。ならばなぜ、手塚はその手を使わなかったのか?」 ■相手の気持ちになってみる / 未完成のファントムは使えて一度 ではここで、コーナーに打った球を未完成の手塚ファントム(以下、弱ファントムと呼称)でアウトにされた場合、手塚の対戦相手はどのような反応をするか? ということを考えてみましょう。コーナー狙いの自分の打球が不可思議な変化によって強引にアウトにされてしまった、さあどうする! 唖然とする。まあそれはそうだ。しかしすぐに、センターに打つ、という対策を思いつき、試してみることでしょう。ご存知の通り、これまでの手塚にはセンターの打球を「4.2 メートル動かして」アウトにすることはできませんでした。手塚は弱ファントムを使わず返し、相手は愚直にセンター狙いをくり返す。つまり、弱ファントムによる強制アウトは、一回きりしか使えない奇襲技であることがわかります。 ■センター返しはチャンスボール? / 手塚ゾーンの意外な弱点 さて前項を読んで、相手がセンター狙いしかできなくなるんだったらそれはそれで良いじゃん、ゾーン使う手間が省けるし、と思った貴方。マンガ脳です。というのも、センターマーク上に立つ手塚にとって、センター狙いとは即ち体幹を狙われるということに他ならないからです。実際にテニスの経験がある方ならば理解が早いと思いますが、体幹狙いは意外に対処のしづらいものです。手塚としてはやはりゾーンを使い、1 メートルほど外側に向けて返球をずらさなくてはなりません。 ここで思い出して欲しいのが、冒頭に示した二つの画像です。手塚ゾーンには 2 パターンしかない。そう、過去に、手塚が「外側に 1 メートルほどずらす」用途でゾーンを使った描写はないのです。ここに手塚ゾーンの意外な弱点が隠されているのではないか──、というのが我々の提示する仮説です。手塚は逃げていく球の対処に慣れていないのではないか。例えば、外に逃げる打球には継続してゾーンの回転を掛けるのが困難であるとか、そのような事情があるのではないか。 ◆仮説例: この仮定を元にすると、弱ファントムによる奇襲は一度きりしか通用しないばかりか、その後ゾーン・ファントムに共通する急所であるセンター狙いを誘発してしまう薮蛇行為である、ということが言えます。この状況を嫌うが故に、手塚は弱ファントムを封印していたのでしょう。むしろ「どんな球でも引き寄せる」ということを強調することで、「センター狙い」はますます思考の盲点になっていく。仮説の階段をもう一段重ねれば、そうやって相手の思考を縛ることこそが、手塚ゾーンの前提である「返球位置の先読み」を容易なものにしている、と言えるのかもしれません。「時には引き寄せ、時には弾く」といったゾーン・ファントム併用状態では、対戦相手が混乱し、逆に先読みがし難くなる。「どんな球でも引き寄せる」ゾーンのみの状態の方が、相手はムキになってコーナー攻めをくり返し、先読みも容易なものになる。そのような事情もあるのかもしれません。 いずれにせよ、ここで必要な仮定は「手塚がセンター狙いを嫌う」、この一点です。この仮定さえ通れば疑問は解消します。引力や竜巻、果てはサイコキネシスなどを持ち出すよりも、よほど単純な仮定ではないでしょうか? 我々はオッカムを愛します! ■疑問 2 :なぜベースラインを割ってアウトにできないのか 残るは「縦方向問題」、即ち「なぜベースラインを割ってアウトにすることはできないのか問題」ですが、こちらについてもほぼ同様の説明で解決できます。ベースラインぎりぎりに打たれた球を回転オーバーさせてアウトにすることはこれまでにもできたことでしょう。しかし一度それを実行してしまうと、今度相手は「ネット際狙い」を続けることになります。ネット際に落とされた球をカバー範囲まで引き寄せるとなると、これはかなり強力な回転が必要になります。一度や二度なら問題なくとも、連続して続けられれば腕に無視できない負担をかけることになるでしょう。このことから相手の思考を逸らすために、やはりアウトにはしない方が無難だと判断したのだと思われます。 ■おわりに 〜手塚国光、その人間的魅力の発見〜 以上で、古典テニス学的見地による手塚ゾーン・ファントムの解明は終了です。一つ単純な仮定を用いるだけで、「先読み」+「回転」という、従来通りの材料でその説明が可能であることが納得頂けたでしょうか。 蛇足ながら述べさせてもらうと、この仮説の実にエキサイティングな点は、その過程で「手塚ゾーンは万能ではなかった」という結果が導き出されることにあります。そのあまりにあまりな無敵ぶりに、テニス神と称揚されて久しい手塚でしたが、その実わずかな弱点はあった。いやむしろ、そのわずかな弱点を糊塗するために、進んで『無敵』を振る舞っていた節がある。ここに初めて我々は、手塚の「人間らしさ」を認める次第です。「手塚国光は人間だった」。これを最大の発見として、この文章の結びとします。 ■謝辞 本稿のアイディアのほとんどは『ピアノ・ファイア』いずみの氏によるものです。私は論点を整理し、注釈を付け、文章化したに過ぎません。謝々! 8/15 俺の人生の物語・第十四夜(ご報告編) さて、せっかく色々と盛りあげてもらっておいてアレなんですけど、明日から一泊二日でゲーム合宿に行くのでまだ手塚ファントムの更新ができません。発表は土日あたりを予定しております(ぎりぎり「今週中」だよ! まだ嘘吐いてないよ!)。 ゲームはみんな大好きプエルトリコと、かの有名なTRPG『パラノイア』のカードゲーム版・『Paranoia Mandatory Card Game』の二本立て。後者は全員初プレイ、というかこの間衝動買いしたばかりの代物なので皆ろくにルールも知らない。大丈夫か。まあいつものことではあるが。ま、状況によってはプーだけでも一晩は軽く潰せるので無問題か。 8/13 西尾維新『DEATH NOTE』読了(ネタバレ)
ようやっと読みました。長らく懸案事項であった西尾先生版デスノート、『アナザーノート・ロサンゼルスBB連続殺人事件』。ひとことで言って、面白かったですよ。西尾先生に対して僕がこの言葉を使うこと、このことの重みを理解してくれる貴女がまだそこにいてくれれば嬉しいのですけど。
この二点のみを以ってして、この二次創作には価値があったと断言できる。南空ナオミのキャラが違うだのLタソの扱いがあんまりだの、そんな繰言しか出てこないような連中は全員まとめて糞を喰らって西へ飛べという感じである。ま、メロの一人称が“僕”なのは良かったけどね。 では以下に、“生来の死神の目を持つ男”ビヨンド・バースデイの驚愕の殺人手法を紹介しよう。 まず前提として、死神の目を持つ男は“殺人自体が目的”派。殺人対象はわりと誰でも良い。だから死神の目で通行人を眺めて、 1.寿命が残り一日だったら 2.寿命が二日以上あるようであれば ……西尾先生はちょっと天才なんじゃないかと思う。僕がこの言葉を使うこと、このことの重みを理解してもらえると嬉しいのですけど。 評価:【B+】 8/12 古典テニス学的見地による手塚ゾーン・ファントム解明(予告)
『ピアノ・ファイア』さんといえば、実は結構前に手塚ゾーン・手塚ファントムの解明についてのプレゼンを依頼されていたのであった。いや、忘れてたんじゃないんです。ただ、ここ数週は僕も見た目ほどには暇ではなかったというのと、あと、いくらネット広しといえど、この問題にここまで真剣に興味を持っている人間が我々の他に何人いるのか、という不安がどうしてもですね……。拭えなくてですね……。 ◆ここまでの経緯
このまま放置しておくのもあれなので、ここらで正式に「やります」と宣誓しておきます。来週中にはなんとか……、書けるんじゃないかな……? ちょと覚悟はしておけ。
8/11 必殺技漫画のデファクトスタンダード(今週のテニス感想(Genius 353 『人生の行方』))
今話の何が素晴らしいって、このタイミングで挿入される真田の回想。これが実に素晴らしい。それは今から三年前、皇帝がまだ皇帝ではなかった頃のこと。ジュニア大会で準優勝を果たし、有頂天になっていた少年・真田の前に立ちはだかる一つの影、いや、一つの光。それは左腕に黄金色に輝くオーラを纏った一人の少年、当時小学生の手塚国光の姿だった──。 『雷』だの『陰』だの『林』だの、数多の人外技を使いこなし、終始試合の主導権を握っていたかに見えた皇帝・真田。しかしその実、その精神の根っこの部分には常に、昔日の手塚に対する昏い畏れの感情があったのだ、ということが明かされる。この試合、真田こそが『挑む者』であったということをここで確認。おかげでこの後の「真田の勝利」に大きなカタルシスが約束される。手塚というヒトの形をした回転=運命に対し、風林火陰山雷という魔を以って闘いを挑んだ人間・真田。このような視点で試合を観れば、最後に勝利を決めたのが真田の魂の叫びだった、ということも納得できようものである。テーマはきっと人間賛歌。 ◆ ◇ ◆ あと、ここ最近テニスの王子様研究に著しい成果を上げている『ピアノ・ファイア』さんから、今週の感想を抜粋。
それ単体でも充分にテニスというスポーツを滅ぼしうる反則技・手塚ゾーンに対し、「ボールを引き寄せたところで打ち返せなければ無意味」という発想で開発された最強技『雷』、に対して「どんなに凄い球でもコートに入らなければ無意味」という発想で返した更なる最強技『手塚ファントム』。最強技が一話にして更なる最強技によって応戦される、という展開をこんだけの密度で続けられれば、そりゃ面白くないわけないのですよ。しかも単に「もっとTUEEEE」というのではなく、ちゃんと相手の技の盲点を突いているのがポイント。凡百の必殺技漫画ではまさにこの点がなってないわけで、NARUTOだのBLEACHだのはまず許斐剛の仕事場に爪垢を拾いに行くところから始めれば、という話です。 8/08 プッチ神父のうた 最近のお気に入りを紹介。『プッチ神父のうた』。 この組み合わせ……、いつかどこかで……、とか思ったらこれでした。『ポルノグラフィティの熱狂的ファンな吉良吉影』。 ジョジョの狂人とポルノグラフィティには謎の親和力がある。 8/05 秋田禎信『カナスピカ』読了 / 批評的に正しいことと面白いこと
「あの秋田禎信が」「講談社から新刊を」「しかも児童文学ジャンルで」「出す」との情報を得たときの僕の感情はといえば「楽しみなような」「一切そうでもないような」という例のアレ、TRPG的にいえばその期待度は1D20(註)といったところであり、本屋の新刊コーナーでその姿を見かけては二、三回前を往復したところで結局素通り、などという生活を一ヶ月あまり過ごすことになったわけであるが、久しぶりに図書館というソリューションを思い出したのでそれで解決することにした。まあ現在のところその判断は誤っていなかったという認識かな。僕にはこの本の価値が見出せん。 この感覚は古橋秀之の『冬の巨人』を読んだときにもあったものだ。正しすぎて物足りない。収まりが良すぎる。90年代にあまりにもピーキーなことをしでかして、一つの時代の要石となったような連中が、今になって仕切り直すかのようにお行儀の良い作品を仕上げてくる。批評家にマルを付けてもらえるような作品を仕上げてくる。そういう流れがここのところ目立つ。 「正しいこと」は「面白いこと」なのか? これは涼宮ハルヒは成長するべきなのか問題とかロボ娘は感情を手に入れるべきなのか問題とかいった亜流にも繋がる、僕の中ではわりと重要な問題なのであった。 評価:【C+】
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