ムーミンパパの 今日の交通コラム 1998年11月

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週3回火曜日、木曜日と、土曜日にお休みさせていただいています。
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30日(月)時速150キロ
在来線最高速の、北越鉄道が従来の最高速度140キロから150キロに12月のJRダイヤ改正で同時に行われる改正で引き上げられます。これで、在来線最高速度の鉄道が名実ともに実現すると動じに狭軌世界最高速度の営業運転という事になります。当面所要時間は変更されないため150キロ運転を経験するのは日常茶飯事というわけには行きません。しかし、これがうまく行くようだと狭軌での200キロ運転も夢で無いかもしれません。


29日(日)社長交代
就航したばかりのスカイマークエアラインズでもう社長交代が発表されました。幾らなんでも、早過ぎると私は思いますがどうなんでしょうか。なお、後任には現在、ブリティッシュエアウェイズの日本地区営業部長の井出隆司氏が就任されます。現社長の大河原氏は代表権の有る副会長になります。大河原氏は以前から噂のある、地方路線専門の航空会社を設立するといわれていますがこの会社にはスカイマークもスカイマークの筆頭株主のH.I.Sも参加しないということで不自然です。


27日(金)亀裂
今年の6月に日航ジャンボ機で圧力隔壁に亀裂が見つかった事に絡んでメーカーのボーイング社が従来の7000飛行毎におこなう圧力隔壁の詳細目視検査を250回以内におこなうよう各航空会社に連絡しました。これを受けてアメリカ連邦航空局も日本の運輸省も各航空会社に対して至急点検をおこなうよう通知しています。圧力隔壁は1985年8月の日航ジャンボ機墜落事故から脚光を浴び、その後目視詳細検査が義務付けられた経緯があります。これを受けてすぐ危険という事ではなく、むしろこの事故の反省にたった点検がきちんとなされていたんだという事になります。
しかし、気がついたらジャンボ機て保有する日本の航空会社が5社にも登るようになったんですな。


25日(水)運輸白書
98年の運輸白書が発表になりました。これから1年の課題は自動車を中心とする運輸部門の二酸化炭素排出抑制とバリアフリーの推進だそうです。今までの運輸白書からは想像も出来ない内容になっています。来年の今ごろの交通機関の動きはどうなっているでしょうか。


23日(月)列車遅延
最近では珍しい列車遅延が発生しました。18日17時47分大阪発函館行き特急日本海1号で、なんと27時間40分遅れの20日15時にやっと函館に着きました。鉄道の世界では99600秒遅れという事になります。一般的にはこれほどの遅れが出たりはっきりしているときは別の臨時列車をしたてて運転打ちきりにしてしまうのですが今回はJR東日本側でうまく臨時列車がしたてられなかったからだそうですがこういうことをすると、4から5日ぐらい悪影響を与えるために無理してでも運転打ち切りにしてしまいます。最近は一部のJRで車両運用の状況が逼迫しているとかでこう言う事が難しくなっているとも言われ今後こう言う事が増えるかもしれません。

上には上があるもんで昭和38年ごろには、10日あまり遅れたことも有るんだそうです。


22日(日)海運再編成
海運業界2位の商船三井と4位のナビックスラインが来年4月に合併する事になりました。海運業界は今や合併による合理化と集約に活路を見出しているというべき状況で、今回の合併はなんともともとが合併会社同士という通常は考えにくい組み合わせです。
この合併により大手海運会社は日本郵船と商船三井と川崎汽船の3社のみになります。かっては10社もあったのに様変わりはびっくりします。後は残った川崎汽船の今後も目が離せないですな。今後も船舶の過剰傾向はまだ続くと見られることから、さらに厳しいリストラが待っています。


20日(金)広域通信事業
関東の私鉄大手11社が集まって合同で、広域通信事業を立ち上げようという事になりました。もともと、大手私鉄は自前で通信回線を確保していた事、ほとんどの会社が自社専用通信回線を光ファイバー化が完了している事から、通信関係には余裕があり、沿線のケーブルテレビなどにも積極的に参加してきた経緯があります。しかし、11社がいっせいに合同で事業を起こそうという事になるとは思いも知りませんでした。もともと交通事業は縄張り意識が強い上に、ケーブルテレビは縄張りそのものの事業の為に、各地で大手私鉄堂氏の代理戦争をやっているという声が上がっていたからです。今後同言う風にその辺を調整していくのかが注目です。しかし、この11社の顔ぶれがすごい。
京成電鉄、東武鉄道、西武鉄道、京王電鉄、小田急電鉄、東京急行電鉄、京浜急行電鉄、相模鉄道、帝都高速度交通営団、東京都交通局、横浜市交通局だそうです。私はこの会社一覧を見て本当に眼が点になった。


18日(水)関西鉄道全通
1898年(明治31年)11月18日、今日のJR関西線の前身、関西鉄道がとうとう大阪-名古屋間を全通させました。四日市で産声を上げ田舎鉄道と各鉄道からさげすまれながら大阪-名古屋間を直通させた関係者の喜びは相当のものであったといわれています。最後に開業したのは加茂ー木津間と、寝屋川ー網島間でした。網島というのは現在のJR東西線の京橋と大阪城北詰にあった片町駅の事です。これを聞いてあれと思われるかもしれませんが、関西線の当初の奈良−大阪ルートは片町線経由でした。一方、大阪地方の鉄道の中心的存在であった大阪鉄道は関西鉄道の大阪進出により将来の発展性を完全に失い、2年後関西鉄道に吸収合併されました。関西鉄道は大阪−奈良ルートを旧大阪鉄道の奈良−湊町(現在のJR難波)に変更しました。
鉄道の歴史で最も激しい運賃値下げ乗客争奪戦(往復切符は片道切符より安くて弁当がついた、大阪から京都経由の奈良行きの切符は大阪から京都より安かった)を官鉄と演じたのはそれから2年後です。


16日(月)山陽鉄道創業
今日のJR山陽本線の大部分を開業し船舶との競争から様々なサービスを編み出してその後の鉄道サービスの歴史に大きな影響を山陽鉄道が明治21年(1888年)11月1日兵庫−明石間で産声を上げました。同鉄道はその後順調に路線を西に伸ばし下関まで路線を伸ばし下関からは関門連絡船を運行しました。
同鉄道は船舶との競争から厳しい条件に置かれ、様々なサービスを編み出しました。駅弁、食堂車、寝台車、急行列車、特急列車、列車ボーイなどはすべて山陽鉄道ではじめて実施されたものです。
その後、他の鉄道と一緒に国有化されましたが、国有化後山陽鉄道出身者が中心になって企画した列車が長く国鉄のシンボル列車であった超特急「つばめ」です。
また、厳しい競争は運転に対しても低コスト運転を目指し、石炭は水にぬれているほうが燃焼効率がよいことを発見し石炭は水にぬらして燃やすというのを世界ではじめて実施しました。(これは世界中の鉄道に広まりました)


15日(日)羽田空港線延長記念イベント
先日お伝えしたように、京浜急行電鉄の羽田線延長工事が18日に開業します。これに伴って様々なイベントが予定されています。目玉列車である羽田空港ー成田空港直通列車を中心に大手航空3社の協力も得て、様々なイベントが予定されているようです。イベント予定駅だけでも、羽田空港、品川、泉岳寺、新橋、押上、成田空港などが予定されています。大手航空3社が協力するというのはどう言う人が参加するのかは言わずも長ですが、たった一駅の延長工事が完成しただけで鉄道3社に航空3社まで巻き込んだ大イベントになるというのは前代未聞です。予定駅では上り列車と下り列車で2回イベントを予定している駅もありますから、おそらく当日はたいそうにぎわうんでしょうな。
しかし、これ困った事に平日なんですな。ダイヤ改正は最近は通勤ラッシュに不測の事態で混乱を起こしてはいけないという事で大手私鉄を中心に休日に切り替えるというのが定着していたんですが。


13日(金)駅名改名
紛らわしい、誤降車客おそらく日本一とも言われ悪名高い、新横浜北駅がやっと改名する事になったと思ったら、なんと新駅名は「北新横浜」駅、時期は来年秋とまあのんびりしているし前と同じそれこそ改名費用の無駄遣いのような事になりました。隣の新横浜駅に場所も似ていれば駅名も似ているので悪魔の駅とさえ賞される誤降車客の多い駅です。なんで、新横浜に地元はこだわるのでしょうかね。新横浜そのものの価値を下落させている事に地元の人は気づかないのでしょうか。ひいては横浜全体のイメージを悪くしているという事になんで気づかないのでしょうか。
地元の「南台町」や、駅のそばに有る寺から「専念寺前」でも良いではないか。立派な名前だと思います。新横浜から地下鉄で次の南台町で降りてくれ、なんてかっこいいではないですか。「地下鉄新横浜から乗って北新横浜で降りて」なんて言ったら遠くから来た知らない人はわからなくて不安で新幹線の中でずっと悩むんでしょうな。
隣の駅が立派だからそれにあやかったらこっちも発展するなんて考え事態が間違っていると思いますよ。もっと利用者のことを考えた駅名にしてほしいと思います。

それにしても、新幹線の乗り場がどこかと新横浜北駅で駅員に聞いてくる乗客が月100人というのはひどいですな。駅員等に聞いてくるのは多くて5パーセントといわれこの駅のポスターや掲示板の状況を考えると1パーセントぐらいではないかと思います。ということは月一万人、一日300人が間違えている。トンでもないギネス級の駅ですな。


11日(水)来年のカレンダー
鉄道各社の来年のカレンダーががでそろいました。乗り入れ各社が共同で作成したり、趣向もいろいろです。こういったカレンダーに使われている写真はかなり質も高いので毎日乗っている見ている電車でも飽きが来ません。


9日(月)羽田空港線延長
京浜急行電鉄の羽田線の延長工事が完成しいよいよ18日に開業します。これにより、羽田空港へのメインルートは今までの浜松町でモノレールから泉岳寺・品川から京浜急行線に変っていくと思われます。また、同日のダイや改正で蒲谷快速特急の停車から横浜方面からのアクセスも便利になると考えられます。しかし、なんと言っても京成電鉄、都営地下鉄、京浜急行3社の連携による成田空港−羽田空港の直通連絡特急の運転でしょう。この特急は都営地下鉄内も一部の駅のみの停車となるなど3社の意気込みが感じられる内容です。日本ではじめての空港間連絡特急という事で注目を集めています。京成スカイライナーの羽田乗り入れは実現しませんでしたが、今回の特急がうまく行けば実現するかもしれません。また、関西で噂になっている、伊丹空港ーJR伊丹駅の新線構想にも影響があるかもしれません。


8日(日)復活フィリピン航空
経営上の失敗からナショナルフラグラインでもこういうことがあるのかといわれた、フィリピン航空ですが順次路線を復活させています。まだ、全面復活とは行きませんが今週から日本関係路線も復活するようです。まあ、しかしこんな簡単に復活するのも驚きですが。


6日(金)チャイナドレス
お硬いはずのお役所のバスがとも言われましたが、9月から長崎県営バスでは長崎市内の定期観光バスのバスガイドにチャイナドレスを着せたらこれが大当たり、大幅な売上増になり、新しい長崎名物とまで言われるまでになりました。バスガイドの制服を変えたら売上が増えたというのは今まで有りそうで無い話だったんですが現実に起こったんですな。
ただし、長崎県では冬服を用意していなかったので(こんなにヒットすると思ってなかった、予算が無かった)、これからしばらく3月まで通常の制服に戻ります。冬休みに長崎県営バスの定期観光バスに乗ってもチャイナドレスのバスガイドはおりませんのでその御積もりで。


4日(水)航空新路線
11月1日から、エアーニッポンが新規路線を開業しその運行成績を関係者が固唾を飲んで見守っています。その路線は、仙台-青森。これまで、JRの独占状態であったとこの区間に飛行機が挑戦したものです。エアーニッポンも大幅な特割を設定したり、JR東日本が特急券付往復割引切符の割引率を引き上げたりと、すさまじい競争を展開してます。すでに、東北地方ではこの両社のテレビスポット広告が氾濫しているとかでその競争のすさまじい様子が聞こえてきます。
運行状況を見る限り、少なくとも仙台発はかなり好調のようです。ここ数年、鉄道が航空のドル箱路線に殴り込みをかけ、飛行機が守勢に立たされるという状況が続いてきましたが、これは久しぶりに飛行機が鉄道に対して攻勢に出たという事でしょうか。しかし、エアーニッポンという航空会社は動きが軽いですな。


2日(月)近郊区間
JR西日本が12月1日から近郊区間が大幅に拡大されます。近郊区間内は途中下車が出来ませんが、その経由ルートは近郊区間内であればとわれません。運賃計算は最短距離にないます。まあ、大都市圏では多種多様なルートがあることから採られてきた制度ですが、JR西日本ではストアードフェアカードの導入準備として制度面でも整備が図られてきた一環のようです。これで、最低切符で、いろんなところを回れるという、旅行がより広い範囲でできるようになりました。


1日(日)地下鉄新線
世の中の不景気の景気浮揚策で、出来る出来るといわれながらいつになっても工事の可能性が見えなかった地下鉄13号線が突如GOになりました。池袋から渋谷まで、ほとんど埼京線や山手線の並行路線となりますが、現在これらの線区の混雑が異常な事からかねてより建設が望まれていました。ほとんど並行路線で、意味が無いという人もいますが相違って銀座線の混雑緩和対策が後手後手に回って東京の地下鉄網をおかしくしてしまったのを考えるとこれでよいのではないかと思います。この線には東武鉄道東上線と西武鉄道池袋線が乗り入れてきます。
一方、出来てからも出来る前からも乗り入れ先予定の鉄道に翻弄され裏切られつづけたとも言われる都営地下鉄三田線の今度こそ本物の乗り入れといわれる目黒延長工事(営団地下鉄南北線も同時乗り入れ)は、予想以上の出水とかで、再来年の秋に開業が延びてしまいました。三田線も南北線も目黒延長後、東急目蒲線に乗り入れて東横線菊名までの相互乗り入れもお預けになりました。三田線は以外と便利なところを走っているのに神奈川地方との連絡が悪いので二流路線といわれただけに待てる人が多いんですが。しかし、三田線てもともとは、東急田園都市線の都心直通ルートとして東急から出てきたアイデアだったと私は記憶しています。田園都市線が諸般の事情から新玉川線から渋谷で半蔵門線(これも相当の紆余曲折があったんですが)になったのに計画だけは残って出来た地下鉄なんですな。最も工事のときは東急ではなく東武東上線と相互乗り入れする予定だったのにできてから乗り入れしない事になった本当に縁遠い地下鉄です。


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