ムーミンパパの 今日の交通コラム 1998年5月

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31日(日)冷房装置の数
屋根上に並んだ冷房装置を見て、会社によってずいぶん個数が違うなと思うことは有りませんか。通勤車両の場合、3万から4万KCal/h。特急車両の場合で、1万5千から2万KCal/hぐらい必要ですからそれに見合うだけの個数が必要です。こだま型特急車以来、日本の冷房車は4000から5000KCal/hぐらいの冷房装置を必要な個数だけ屋根上に設置するという考えが主流でした。ところが高い冷房力の要求される通勤電車ではこんなことをすると8個とか10個とかということになって屋根はクーラーだらけになってしまいました。実際パンタグラフを置く場所がなくなって仕方がないからパンタ付き車両は1個か2個少ない(冷房能力が足りない)なんてこともありました。これを分散式といいます。木目細かな制御ができる反面機械の個数が増えるのでメンテナンスが大変でした。
そこで、3万5千KCal/hぐらいの大きなクーラーを1台真中に置こうというのが集中式です。この方式ですとパンタが2台設置しても影響はありません。ただ、故障したらクーラーが完全に効かなくなること。車体でもっとも弱い屋根中央部に重い物を載せるので車体の強度補強が大変。とか、車端部にまでダクトを伸ばして冷風を行き渡らせないといけないといった問題が有ります。この方式は国鉄が通勤車両の標準方式としたために結構増えました。なお、地下鉄や寝台列車などで高さ制限がきついため車端部に1台ずつ計2台冷房を設置した例も有ります。これも集中式といいます。
一長一短の有る集中式と分散式ですがそれならと両者の折衷案が出てきました。集約分散式といわれるもので8000から1万KCal/hの冷房装置を3から5台設置するものです。車体の改造工費が安くて済むこと。冷房メーカーが作りやすいので無理が利くことなどから関西の私鉄を中心に急速に広まりました。今日では関西の私鉄はすべてこの方式です。関東でも半分以上の私鉄がこの方式で私鉄標準といえる状況になっています。


30日(土)冷房装置の設置場所
クーラーの設置場所といえば日本では屋根の上と決まっているようなところがあります。最近では海外でも屋根上が増えているようですが昔は屋根上は日本製独特の方式といわれていた時期もありました。(輸出車両も屋根上だったから)屋根上でなければ床上や床下ということも有ります。床下は日本では電車やディーゼルカーが多いことから他の機器との関連から避けられてきたようなところが有ります。それでもかっての小田急の特急車両の一部や京浜急行で通勤車両で床下というのもありました。床上は慢性的な輸送力不足の日本ではもったいないという意識が強くて2階建て車両の階段下などに例がありますがそれ以外は余り例がありません。ただ、屋根上だと、重心が高くなるということ以外に車体の補強が必要でこれが結構大変なことになっているようです。その他にバスのように(本当にバス用の冷房装置をつけた車両も有ります)床下に家庭用クーラーの室外機相当部分を、屋根上に室内機相当部分を持ってきた車両も有ります。


28日(木)社名変更
7月1日から「京王帝都電鉄」が社名変更し「京王電鉄」に変わります。大手私鉄の社名変更としては「阪急電鉄」(昭和48年旧社名「京阪神急行電鉄」)以来のこととなります。一時期を境に帝都の文字が京王の印刷物やロゴから消えてきたこと。帝都の文字に違和感や嫌悪感を抱く人が少なくないことから社名変更は以前から話題になっていました。
戦争中の鉄道統合や五島慶太の東急拡張政策から戦後の経済民主化に伴う分離独立が生んだ、「社会的にも経済的にも歴史的にも同一の会社が運営する必然性が無い2路線を運営する不思議な会社」京王帝都電鉄ですが社名からも、戦後をやっと脱出したといえるかもしれません。
帝都というのは現在の井の頭線のことです。井の頭線は小田急系列の帝都電鉄の手によって建設された鉄道です。戦時中に親会社の小田急が東急に吸収されるのに先立って小田急に吸収されていました。戦後東急から京王、小田急、京浜が分離独立するときに当初は小田急所属路線の予定でしたが京王が大手私鉄としてはあまりにも規模が小さいということで土壇場で京王所属に変わったものです。社名に帝都を付けたのは帝都電鉄や小田急出身の京王社員に配慮した結果といわれています。(このとき、小田急は帝都のみかえりに箱根登山鉄道や江ノ島電鉄などの神奈川県下のバス鉄道の経営権を東急から譲り受け、東急は京王から渋谷地区のバス部門を譲り受けたといわれています。)
また、戦争中の私鉄統合から分離する際に所属の変わった線区としては京王井の頭線のほかに阪急京都線(建設は京阪系列の新京阪鉄道)が有ります。


27日(水)冷房車の冷房力
通勤電車の冷房能力はおおむね30000〜40000KCal/hです。家庭用クーラーの20倍から25倍というところでしょうか。ラッシュ時にはそれでも足りないので扇風機やラインデリア(三菱電機の商品名)と呼ばれる特殊なファンを装着して冷風を全体に行き渡ると同時に風を起こしています。
特急列車など定員乗車などが基本の列車では10000〜20000KCal/hとなっています。しかし、最近は特急といえども定員乗車など夢という列車が多いのでしっかり冷房もパワーアップしていることが多いようです。


25日(月)不正乗車のはなし
JR東日本がキセル防止のための新システムが効果をあげているということが新聞に載っていました。すでに関西で阪急がやってみたら予想以上の効果にびっくりしたという前例がありました。JRの場合、路線距離が長い事や無人駅が多いことからその効果に疑問視する向きもあったのですが、それでも効果が出ている様です。やはり多いんですね。関西では、阪急の成功を見て各社改札システムの見直しを図っておりそれなりの効果をあげているようです。


24日(日)冷房電車のお値段Part2
昨日に続いて、冷房車のお値段の話です。高い冷房改造を何とかしようと果敢に挑戦した会社が有ります。JR西日本では福知山線が極端に冷房率が低いのに併行している競合線(阪急宝塚線)が冷房化率90%を超えていること。福知山線の車両はほとんどが18年以上であと数年の寿命と考えられること。新車を入れようにも当時東西線の新車開発がスタートしており東西線開業時にはこの車両が大量に福知山線を走ることになるため、新車投入もできないという状況で冷房化改造が始まりました。あと数年で寿命となる車両の冷房化であるから冷房も数年持てばよい。とにかく安く仕上げろと各工場に指示して冷房化改造が始まりました。各工場では廃車発生品の冷房装置を入手したり、車体の改造を極端に少なくてすむ方法を考えたりして、当時の常識の半分以下で改造してしまったといわれています。かくして2年後、阪急と同じ夏に冷房化100パーセントを達成してしまいました。素人が見ても安直に改造したなとわかる代物でしたが関西の私鉄の担当者は「JR西日本の底力を見せられた」と言わしめた事件でした。
一方この出来事は、中小私鉄の冷房化を進めるばねになりました。予想以上に安くできる方法が見つかったからです。もっともそれはそれでまた中小私鉄の担当者は悩むことになりました。「今の車を冷房化しようか、大手私鉄から冷房付きの中古を買おうか」。


23日(土)冷房電車のお値段
冷房の値段というのは今日では出すことが難しくなりました。出しても意味がないということも有るのですが。冷房通勤車が走り出してまもなくのころは、新車に冷房をつけると900万から1500万円増額(1両あたり)。冷房無しの車に冷房装置を付けると1500万円から2000万円といわれました。当時、冷房無しの新車が2500万円ぐらいといわれていましたのでずいぶん高い買い物だったことがわかります。実際鉄道会社の経理部門なんかでは、年に4ヶ月(長くて)しかサービスしない機械にこんな大金つぎ込んでいいのかなんていわれていたというのもうなづけます。その後のオイルショックなどで車両価格が高騰。今日では冷房付きの新車が1億円前後します。もっとも今日では、冷房無しだといくらかなんて議論も起こりません。車両の企画から設計、製造、運用にいたるまで冷房付きが基本ですから冷房無しの値段を見積もれといってもできないのです。
昭和50年代後半に入って、各社の冷房率が80%を超えるころになると各社冷房化工事が極端に遅くなりました。車令18年以上の非冷房車が大量に残り、この車両の冷房化が難しくなったからです。1200万円ぐらいで製造し、償却もあと数年で完了見込みという車両に3000万から4000万も金をかけて冷房化するのかということで各社相当に悩んだようです。結局、思い切って他社に売却するかスクラップにして新車を買うか。または6000万ぐらいかけて徹底的に改装するかどちらかしかありません。おかげでこのころ大手私鉄の車両の体質改善が一気に進みました。


21日(木)冷房電車のはじめ
日本で最初の冷房電車は南海電車で昭和の初めに始まったといわれています。当時は阪和電鉄(現在のJR阪和線)が開業して熾烈な競争を展開していた南海がはじめたものです。もっとも当時の技術では十分とはいかず、乗客がかえって多く乗ったために冷房なしより暑かったといわれています。特別料金不用の列車として列車冷房を戦後最初に行ったのは名鉄が昭和30年代にスタートさせたといわれています。
昭和43年になって京王帝都電鉄が5000系車両のこの年の新車から冷房をつけたのが通勤冷房の最初といわれています。当時はどういう方式が有効かもわからず、さまざまな方式が試作され各車両みんなどこかが違うとまでいわれました。


20日(水)冷房電車
今年は暑くなるのが早いようで、私が通勤に使っている電車も、職場でももう冷房が入っています。そこで今日から、しばらくの間特別の事がないかぎり、通勤電車の冷房装置について書いていきたいと思います。昭和43年京王帝都電鉄5000系で始まった冷房通勤電車が登場してもう30年になります。今では電車は冷房付きが当たり前。そんな時代にあらためて冷房電車のことを見直してみたいと思います。


18日(月)車両展示会
7月から運転開始する「サンライズ瀬戸」と「サンライズ出雲」に使用する285系新型寝台電車「サンライズエキスプレス」の車両展示会が大阪、倉敷、出雲市、松江、米子、高松の各駅で今月の23日か24日に行われます。新型車両の一般向けの展示会は過去にも行われましたがこれだけたくさんの駅で行われるというのは異例のことで、JR西日本の熱意が伝わってくるようです。この車両は内装の設計には住宅メーカーのミサワホームが担当して注目を集めました。
最近、乗客減少が目立ち深刻な状況になっている、JRの夜行列車の救世主としての期待が高まる車両だけに各方面からの注目も高いようです。

展示会の詳細は、JR西日本のホームページからご覧ください。また、東京地区でも今月末に予定されているようです。


17日(日)UA機の機内脱出事故
12日に成田空港で発生した、緊急脱出により乗客に重軽傷者が出たという事故は運輸省の事故調で調査中のようですが、事故でも何でもなかったのに緊急脱出してしまうことといい、機長がそのことを知らなかったということなど異例ずくめです。エンジン始動時の外火で乗客がパニックになったのではということのようですがそのとき乗務員がどのように判断したのかなど、今後調査すべきことは多いようです。かって福岡の外国航空会社の事故では避難誘導が無かった事が問題に成りましたが今回はパニックについて専門家も入れた形で調査してほしいと思います。

怪我をされた方にお見舞い申し上げます。


16日(土)国内線エアラインの禁煙化
今年中に国内線のエアライン主要三社の全座席が禁煙になります。すでにエアーニッポンが4月から全席禁煙になっているのを受けての話です。禁煙になっていないのは日本だけとかいろんな話が出ていますが日本の喫煙者のマナーは悪すぎますよ。これで肩身が狭くなるというほうがおかしいと思います。


14日(木)阪堺鉄道大和川鉄橋
明治21年(1888年)5月15日、日本で最初の私鉄会社阪堺鉄道は大和川に鉄橋を架設し大和川−堺間を開業しました。当時の阪堺鉄道社長松本重太郎は大和川の橋の上で早朝右の袂(たもと)にいっぱいあずきを入れ、人がとおれば1粒、荷駄や馬車がとおれば2粒を左の袂に移し、右の袂のあずきが無くなって会社に出仕し机いっぱいに広がったあずきを見て架橋を決断したといわれています。阪堺鉄道はこの後乗客の爆発的な増加により業績は好調となり最盛期には4割7分配当までしたと伝えられています。その後阪堺鉄道は、地元資本を取り入れるために堺―和歌山間を建設する南海鉄道を設立。南海鉄道が和歌山に達し業績が向上して黒字配当となった時点で子会社に吸収されるという形で解散していきました。関西の大手私鉄の一つ、南海電気鉄道の原点はこの大和川架橋に有ったのかもしれません。


13日(水)大阪鉄道開業
明治22年(1889年)5月14日、今日の関西地区のJR線の骨格部分を官鉄とともに形成していた、大阪鉄道が開業しました。最初の開業区間は現在の関西線湊町(JR難波)−柏原間です。その後、大阪鉄道は柏原から奈良まで延長すると同時に途中の天王寺から梅田へのルート(現在の大阪環状線の東半分)を開業するなどしました。業績は好調であったといわれていますが周辺にさまざまな鉄道が開業するに及んで将来の発展性を失い、すでに大阪ー名古屋間のルートを確保していた関西鉄道に吸収合併されました。関西鉄道は大阪−奈良のルートを従来の木津−網島(現在の片町線)から旧大阪鉄道ルートに切り替えました。世界の鉄道の歴史でも例が無いといわれる官営鉄道と関西鉄道との乗客争奪運賃値下げ競争が始まるのはこの翌年です。
業績好調だった大阪鉄道ですがその設備と保守はかなりひどかったと伝えられており、吸収した関西鉄道は大阪鉄道時代の保守の悪さからくる後遺症と設備の手抜きに相当手を焼いたとも伝えられています。


11日(月)日産ディーゼルとベンツ
ベンツとクライスラーの合併、ロールスロイスのフォルクスワーゲンへの身売り、とヨーロッパを中心に自動車業界のビッグバンが始まったと思ったらもう日本へ飛び火しました。日産自動車が系列の日産ディーゼルをベンツに譲ろうとしているという物です。クライスラーと三菱自動車との関係やフォルクスワーゲンも日産ディーゼルに興味を持っているとか日産自動車とフォルクスワーゲンとの関係からまだ流動的なようですが。
日産ディーゼルはバス部門ではシャーシメーカーとしては4社中の4位というメーカです。しかし、最近の超低床バスやノンステップバスではその開発に熱心でいずれも日本で最初の生産を行っています。それだけに実績ももっとも大きいバス会社です。バリアフリー最先進地帯であるヨーロッパの大手バスメーカー・ベンツの系列化に入るということはさらにバリアフリー化に弾みがつくとも考えられます。


10日(日)アメリカ発運賃
日米間の航空運賃でアメリカ発の運賃がさまざまな形で割引され安くなっている様です。日米航空交渉が妥結してからというものいろいろな形で競争が激化している日米間の航空業界ですがこの先どうなるのか、注目の基となるでしょう。かっては日本発の運賃が異常に高いといわれていたのですが現在の為替レートではそれほど安くもなっていないとかずいぶんこの世界も様変わりしています。


9日(土)私鉄の航空会社

大手私鉄の系列に航空会社なんてあるのか。と思っておられる方も多いでしょう。現在、表立っているのは名鉄系列の中日本航空ぐらいですが大手3社のひとつ日本エアシステムは東急の系列会社です。ヘリコプター関連では京成、阪急のものが有名です。昔はヘリコプター会社の最大手朝日ヘリコプターが西武系列だったのですが現在では独立しています。その他に変わったところでは関西航測という航空写真と航空測量専門の会社が京阪系列にあります。
ゴールデンウィークにちなんでと思ってはじめた私鉄大手の系列会社シリーズも今回で打ち止めです。明日からはまた新しいネタを考えようと思っています。


7日(木)私鉄のバス会社
何やらゴールデンウィークから大手私鉄の系列部門の話になっています。で、今回は視点を変えてバスの話です。私鉄のバス部門といってもさまざまで直営ではバスを持たない会社(東急、京阪、阪急、特に京阪は一度もバスを直営したことがありません)。有っても40台も無い小さな会社(小田急電鉄、小田急バスとは別会社)。果ては日本最大のバス会社である西鉄(ここは鉄道がバス会社の鉄道部門だと思ってしまう)。バス部門を持たなくてもグループ全体でみればそれなりのテリトリーを確保しているわけで最近ではテリトリーを守る、或いは広げるという意味でバス会社のグループ内での戦略的価値は高まっています。それだけにバス会社の縄張り意識というものは外部からは驚くほど強烈で、すごいものがあります。


6日(水)私鉄の不動産
おとついの、百貨店に続いて今回は不動産です。かって阪急が開業前のころ(当時の社名は箕面有馬電気軌道と言いましたが)線路や駅に必要な土地だけ出なく周りの土地も積極的に買い込んだといわれています。当時、阪急は会社設立自体がやっとこさという状況で開業できないと見られていたため、当時の地主たちは積極的に売りに出たといわれています。会社がつぶれたらただ同然で買い戻そうと算盤を弾いたからです。しかし、当時の阪急は電車開業後にこれらの土地を宅地用に整地しなおし元値の50倍ともいわれる値段で売りに出し不振だった鉄道部門を救ったといわれています。当時の社長小林一三は「電車が走ってすぐ家が建てられるようにすれば少々高くても売れると思う」と語ったそうです。実はこの箕面有馬電気軌道の行為が日本の近代不動産事業の始まりといわれています。


4日(月)私鉄の百貨店
昨日の遊園地に続いて今日は百貨店の話です。大手私鉄で系列或いは直営の百貨店を持たないのは南海と京成ぐらいとも言われそれ以外は最古の私鉄百貨店阪急から最も新しい京阪に至るまで百貨店を思っています。もっとも南海にはそのターミナル駅には大手百貨店の老舗高島屋の本店が入っています。また、京成にはかって百貨店を経営していましたが業績不振のため丸井に身売りしてしまいました。また、最も新しい京阪では百貨店開業前に親密な関係が会ったといわれる松坂屋とは今でも協力関係にあるなどこの世界は複雑です。ところで、JRグループにも百貨店はあります。実は京都丸井はJR西日本と丸井百貨店との合弁会社となっています。この世界も複雑なものです。


3日(日)私鉄の遊園地
ゴールデンウィークたけなわです。ということで、今日は遊園地のお話です。大手に限らず、私鉄各社には遊園地を経営している或いは系列会社にあるという例は結構多いです。遊園地は家族連れで来ることや、時間的に乗降客が集中することが少ないので交通機関側にとって増収になる割に手間がかからないとも言われています。そんなことで、日本の大手私鉄の系列会社には遊園地と百貨店がつき物のようなイメージになっているほど広まりました。最近はテーマパークや余暇の過ごし方の多様化などから曲がり角にきているところもあるようです。
普通は自社の沿線に遊園地を作るのですが、電鉄会社の系列というイメージがよくないと逆に敢えて沿線に作らなかった大規模遊園地が東京ディズニーランドです。この遊園地は京成電鉄系列で、一時期、経営状況の悪かった京成電鉄グループの中で一人気を吐いていた時期もありました。


2日(土)列車妨害
東海道新幹線の関ケ原付近でレールを固定するボルト20数本が抜かれているという事件が発生しました。また、新幹線主要駅に脅迫状も届いているようです。こういうことが起こるたびに何が面白いのだろうか。とか悪質だなと考えてしまいます。

ところで、新幹線在来線を問わず、またJR民鉄を問わず一定以上の乗客がコンスタントにいる大規模路線では安全装置のほかにもさまざまなシステムの基で運営されています。そのため、早朝に線路に何らかのダメージを与え列車を脱線させようというのはかなり難しいと考えられています。列車を脱線させるほどのダメージを線路に与えればこういったシステムの幾つかが異常を検出するためです。一方異常を検出しない程度のダメージならば脱線転覆も難しいためです。


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