男尊女尊の国ノルウェー 最終回
賃金格差をなくせ!
 

くらしと教育をつなぐWe  2005.12月号

      三井マリ子

写真1 メイン料理となる鹿2頭の丸焼き
写真2 財務官僚イングビルド(左)と大学院生の夫

 100人を超すゲストが歌って、飲んで、食べて、踊ったイングビルドとアンダースの結婚式・披露宴。さて、どのくらいかかったのでしょうか。

 総額5万ノルウェー・クローネ以下。つまり100万円に満たないのです。内訳は、円換算でだいたいこんな感じです。

晩餐会食材
晩餐会ワイン
テント・リース
人道主義協会
音楽演奏者謝礼
花嫁衣装
その他

合計


  360,000円
   90,000円
   90,000円
   54,000円
   25,200円
   23,400円
  234,000円
 
  876,600円
 

 「その他」の項目が大きな額となっていますが、イングビルドとアンダースのホテル代がかなりの出費だったようです。

  オスロ住まいの二人がへードマルク県の実家に来たときに使用する2階の部屋を、日本から来た私たちに明け渡してしまったためです。それにアンダースの衣装代、イングビルドのヘア・メイク代、ブーケ代、その他雑費がいろいろ含まれています。

  驚いたのは食材費の少なさです。前菜から大粒の苺にたっぷりの生クリームつきのデザートまで完璧に近いフルコース。ウェデングケーキもありました。それに、お代わり自由、つまり食べ放題でした。
  
 第1回目の「老若男女・親類友人が総出の手作り結婚式」で紹介したように、人手にはお金がかかってなかったようですが、何しろ100人分です。材料費は1人当たりわずか3600円なのです。
 
 「おそらくメイン料理となった鹿の丸焼きの肉がただ同然だったからだと思うよ」と、料理好きの連れ合いは私に言いました。鹿の肉は、ノルウェー人にとって人気の食材です。ステーキ、シチュー、サラミとさまざまな料理法があります。とりわけ、結婚が行われたヘードマルク県は、人間よりも鹿のほうがはるかに多い土地柄です。狩猟シーズンになると、趣味と実益をかねて、男女に関わらず、鹿の狩猟が盛んです。

  花嫁イングビルドの母親である私の親友のマグ二は、狩猟ライセンスを保持し、狩猟コンテストで優勝しています。コンテストは男女で分かれていませんので、男性を負かしたということです。イングビルドにいたっては、友人の誰もが持っている車の免許証をいまだに持ってないのに、狩猟ライセンスはいち早くとって、友人たちの笑いをさそっています。
 
  友人オーレ・ナルッドとマグニの台所の隣の物置にある巨大な冷凍庫には、常時、鹿やトナカイやムースの肉がたくさんはいっています。秋に二人で狩猟し、その場で解体して、肉の塊で保存しておくのです。聞きそびれましたが、披露宴に出されたあの鹿はマグ二が撃ち取ったものかもしれません(写真1)。

 結婚式はこのくらいにして、最終回ですから、男尊女尊の国を支える土台に触れたいと思います。

 花嫁イングビルドは、財務省勤務の国家公務員(写真2)。彼女より3歳年下の夫アンダースは環境学の修士課程で学ぶ学生。ノルウェーでは、大学までは教育費にほとんどお金がかからず、奨学金も出るため、アンダースが妻に経済的に依存するわけではありません。
 
  経済学修士課程を修了して就職したばかりのイングビルドの収入は月額23000クローネです。日本円にすると月41万円。ボーナスはありませんので、年収500万円ほどでしょうか。その中から税金などが差し引かれ、手元に残るのは月16000クローネ、つまり29万円です。「税金で収入の半分近くが消えてしまう」といわれるのは本当でした。

  でもノルウェーは、医療や教育がほぼタダです。万全の年金保障や高齢になった際の24時間介護サービスもある高度な福祉社会です。子どもが生まれても、収入の100%から80%を確保して育児休業をとれますし、安くて充実した保育園が整っています。日本人のように子どもの教育や将来に備えて貯金をする必要がほとんどありません。それを考えると、イングビルドとアンダースの新生活は贅沢をしない限り、片肺飛行でも火の車にならないだろうと思われます。

  この賃金こそが、男尊女尊の国ノルウェーを作りあげた土台です。
ノルウェーの賃金は、男女の違いによってあまり差がありません。最近の国連開発計画UNDPの調査によると、世界で、収入における男女格差のもっとも小さい国がスウェーデンで、その次がノルウェーでした。

  性による賃金格差が小さいだけでなく、正社員とパートや派遣などで働く非正社員との賃金格差が小さい国です。ご他聞にもれず、被雇用女性の10人に4人はパートなどの非正規労働者です。男性の場合、非正規労働者は10人に1人です。正規の労働者の男女平等賃金が確保されるだけでは、男女の収入格差は縮まりません。
正規雇用と非正規雇用の賃金格差解消は、男女賃金差を考える上で大切なポイントです。

  2004年のノルウェー人の平均年収を見てみます。

  正規・非正規労働者あわせ男性が100に対して女性は84.5。そのうち公務員は、男性100に対して女性は87、民間は男性100に対して女性77です。

  正規と非正規を比較できる統計は、男女で分かれていません。男女あわせ正規100に対して非正規83。そのうち公務員は、正規100に対して非正規89、民間は正規100に対して非正規が78です。

  一方、日本の公式統計は正規労働者のみ。男性100に対して女性はわずか68.8です。非正規も含めた賃金は、今年10月29日の日本経済新聞が参考になります。それによると、民間企業21000社の正規社員・非正規社員28万5000人を調査した結果、男性の年収541万円に対し女性は274万円でした。つまり男性100に対して女性は50。悲しいかな、ちょうど半分です。

 ノルウェーの労働者の保護や条件を規定している法律は、「労働者保護と労働環境法」です。できてから30年近くになります。
この法の目的は「非雇用者一人ひとりに、健康的で意義のある労働環境を確保すること」。労働時間、休日、賃金、教育・研修、解雇などそのテーマは多岐にわたっています。もちろん、パート、アルバイト、派遣にも及びます。ノルウェーには、そもそも日本でイメージする正規と非正規の差がありません。すべて同じ労働者です。パート労働者は、36時間〜40時間より短時間を選んで働く人ぐらいの意味です。その労働時間に比例して、賃金はもちろん休暇、福利厚生などすべての権利が与えられます。私がこの法を知ったのは何年の前のことですが、「平等の原点はこれだッ」と無我夢中で読みました。

  「労働者保護と労働環境法」には、誰もが気分よく働けるようこんな規定があります。

  「職場は、両性が働きやすく整備されていなければならない」
 
  「仕事を計画したり、調整したりする際は、個々の労働者の自己決定、職業上の責任が考慮されなければならない」

  「同じ職場で同時に2人以上が仕事をする際は、すべての労働者が完全に満足できるように一人ひとりの労働者が協力しあわなければならない」

  「性、宗教、人生観、肌の色、国籍、民族、政治思想、労働組合加盟、性的嗜好、身体障害、年齢による直接的・間接的差別は禁止される」

  「平等扱いを促進するための肯定的差別は、この差別禁止条項に違反しない」

  「差別が起こったと考えられる根拠を示す情報を提供した非雇用者または求職者がいた場合、雇用主がこの差別禁止条項に違反する差別は起こってないという証明をしなければならない」

  さらに、男女の差別を禁止し女性の地位向上を目的とした別の法律があります。「男女平等法」です。拙著『男を消せ!―ノルウェーを変えた女のクーデター』(毎日新聞社)に詳述していますが、こちらは宗教界を除く社会のあらゆる分野の性差別を禁止しています。賃金に関しては第5条「同一価値労働に対する平等な賃金」に、次のように規定されています。

  「同一の企業に従事する女性と男性は、等しい価値の労働に対し、平等な賃金を受けなければならない。平等な賃金とは、性別に関わらず賃金を女性と男性に同一の方法で定めることをいう」
 
  こうした法と、組織率の高い労働組合による労使交渉・協定によって、男女の賃金格差が世界でもっとも小さい国のひとつとなったといえます。

 日本人の私から見れば、男女賃金格差解消策はもういらないのではと思われる昨今のノルウェーですが、先週、「男女格差賃金撤廃めざし、特別委員会創設」というニュースが飛び込んできました。ノルウェー人には、男性100対女性84.5という格差が、我慢ならないらしいのです。

 ノルウェーは、日本と同時期の9月に国政選挙がありました。その結果、右派中道政権が左派中道政権に代わりました。労働党、左派社会党、中央党の三党連立政権です。内閣は公約どおり、首相を除く18人の半分の9人が女性閣僚でした。その一人、男女平等政策を遂行する男女平等・消費者問題省の大臣の最初の仕事が、男女同一賃金に向けての実行でした。彼女は記者会見でこう発表しています。

  「男女賃金格差解消は組合の仕事です。でも、この数年間、差はほとんど縮まりません。もう待っていられないのです」

参考リンク

掲載誌『くらしと教育をつなぐWe』 http://www.kvinnebasen.no 
ノルウェー統計 http://www.likestilling.no/ 
へードマルク県 http://www.likestillingsombudet.no/ 
ノルウェー人道主義教会 http://odin.dep.no/bfd/ 
ノルウェー環境保護団体「自然と若者」 http://odin.dep.no/nhd/
ノルウェーの男女平等政策 http://www.nho.no/ 
ノルウェー労働者保護と環境法 http://www.hydro.com