ノルウェー国立女性博物館を訪ねて
 

 

 「大分合同新聞」(2001.10.30)他共同通信配信を受けた地方紙に掲載

      三井マリ子






 ひとりの女性が、薄暗い床に這いつくばって鍋から吹きこぼれた煮汁を拭いている。十九世紀ノルウェーの家庭で見られた光景である。
このオブジェは、ノルウェー国立女性博物館の特別展「カミラ・コレットの笑い」の起点に置かれている。
カミラ・コレットは、『人形の家』の著者、文豪イプセンに影響を与えたといわれる作家で、ノルウェー紙幣に登場した初の女性である。男性のいいなりになる従順な女性に育てられていく娘たちの不幸を描いた小説を数々発表したことから元祖フェミニストとしても知られている。この特別展は、彼女の生きた十九世紀初めから今日まで、150年間のノルウェー女性の歩みを、女性の視点で再現した壮大な芸術作品群である。

 この夏、私は、「男女共同参画スタディツアー」を企画し、全国から議員や公務員など二十人を引き連れ、オスロから約百キロ北東にあるコングスビンガ?市の同館を訪問した。
ノルウェーといえば、国連の発表する政財界への女性進出率世界一の国。七〇年代にはすでに男女平等法が成立している。性差別を監視し女性の地位向上のために活躍する男女オンブッド(オンブズマンのこと)もいる。各政党は、クオータ制によって党内の諸機関の構成員や議員候補者の四割以上を女性に割り当てている。父親の育児休業取得者は、今や、新父親の八割を超える。

 日本から来た私には、男女平等のために運動することなどもう必要ないのでは、と映る。しかし、同館のカーリ・ヤコブソン館長は言った。
「今の若い人が当たり前と思っている権利は、女たちが苦難の末に闘いとってきたものです。それをわかりやすく知らせる必要があります」
 ノルウェーには国立博物館が十五ある。この九百uほどの小さな博物館は、一九九八年、晴れてその一つに加わった。国会審議を経て、文化省管轄の「国立女性博物館」として認定されたのである。
女性のための博物館構想が持ち上がったのは、同市出身の女性芸術家が十九世紀に住んでいた館が取り壊されることをヤコブソンさんら地元の女性たちが耳にした時だ。自由奔放な生き方ゆえ、業績よりも私生活だけがとりざたされてきた彼女の生涯を洗い直していたヤコブソンさんたちは、こう宣言した。
 「この由緒ある屋敷を買い取って、女たちの活躍でいっぱいにしよう!」
 それまで、既存の博物館の片隅で女性史に関する展示会をしてきたヤコブソンさんは、独自のアトリエや作品保管室の必要性を強く感じてもいた。
 破損がひどく改装作業は困難を極めた。しかし、改装途中にも、お年寄りからの聞き書きをモチーフに創作した「女たちの運命」展が大評判をとるなど存在をアピールしていった。同時に、国会や県議会にロビー活動を続け、改装費や芸術家への報酬に公費を獲得した。閣僚大臣の四割以上が女性の国ならではと感心したのは、当時、環境大臣だった女性が「環境省の予算で文化振興に使える分が残っているから申請するように」と教えてくれたのだという。
 こうして、昨年のミレニアム特別展には、ハロルド国王がやってきてオープニングを祝うまでになった。

 館内には、妊娠中絶に実際に使われた昔の手術台や物騒な手術器具が置かれた部屋もある。しかし、どちらかといえば史実をもとに女性の視点で創作した作品が多い。たとえば、「非嫡出子の権利」「結婚前の姓を名乗れる権利」などの法律は、一条、二条の「条」にあたるSの字を重ねた記号の集合体として目の前に現われる。鉄製のオブジェは、どこの家にもあるフックのようであり、実際、その一つ一つに条文の記された紙がかけられている。見学者は手にとって読むこともできる。まだ紙の下がってないフックは、これから作る法律のためにとってあるのだという。なんというアイデア!

 また、別のコーナーには折りたたんだシャツがうず高く積まれ、「女の一生」と書かれている。際限のない家事をシンボル化したものだ。
見学に来た小学生は、これを見て「僕んちは、洗濯もアイロンかけもパパがするよ」と言い、お年寄りの女性は「私は毎日夫のシャツのアイロンかけばかりしていたから、私の一生はこんな数じゃないわ」とため息をつくのだという。

 同博物館の設立趣旨は、女性の視点で女性の歴史を発掘し、「過去の女性たちの働き」を知らせ、いかに女性が社会に寄与してきたかを明らかにすること
だ。この趣旨を踏まえた芸術性の高い作品群は、見る人の想像力を掻き立て、議論を引き起こす。

 日本でも、女性の視点で過去の女性の活躍を洗い出し、歴史を著す試みがあちこちに起きている。日本女性の歴史を描いた博物館がそろそろ出来てもいい。