男尊女尊の国ノルウェー その2
キリスト教に代わる人道主義協会の台頭
 

くらしと教育をつなぐWe  2005.11

      三井マリ子

写真1 人道主義協会の公式結婚立会人と二人
写真2 両方の家族。父母ともに離婚後再婚・同棲
をしているイングビルドの親は4人(左側)
 7月16日結婚式当日は、朝からあいにくの冷たい雨。オーレ・ナルッドたちは、庭先の物置小屋の前、つまり屋外で挙行する予定だった結婚式を、馬草倉庫の中ですることに変更しました。昨夜までダンス会場用として準備を進めていた場所です。屋外の舞台に据え付けられていた手造りの演台や、芝生に並べられた借り物の椅子を、みんな雨に濡れながら黙々と運びます。
 
 その間、畑の横の農具倉庫からは、ハーブとオリーブ油で下ごしらえした鹿の丸焼きの芳香が流れてきました。
 家の台所では、花嫁イングビルドの母である私の友人マグニが、晩餐会サービス係を買って出た友人たちを集めて、フルコースの順番について最終打ち合わせをします。いつもはラフな服装の友人たちも、式当日となるとバリッとした白シャツに黒ネクタイで決め、高級レストランのウェイターやウェイトレスのようです。
 
 午後2時前。さっきまでT-シャツにジーンズで労働をしていた友人や親類の人たちも着替えて馬草倉庫に集まりはじめました。マグニは、ブーナッドと呼ばれるノルウェー式民族衣装に着替えています。
 馬草倉庫の奥からバイオリンとフルートによる祝いの調べが聞こえてきました。そこに、主役のイングビルドとアンダースが、割れんばかりの拍手で登場。人道主義協会の公式結婚立会人が待つ演台の近くまで進みます(写真1)。 音楽が止みました。

 立会人「私たちは、今日までそれぞれの人生を生きて、ここにおります。これからは、さらによき人生を! 私たち一同の存在は、お互いにとって、そして世界にとって重要な意味があります。人道主義結婚の基礎はここにあるのです。ではイングビルド。あなたは、アンダースと愛情と平等と尊敬にもとづいた結婚をして、共に生きてゆきますか」
 
  イングビルド「はい、そうします」
 
 立会人「ではアンダース。あなたは、イングビルドと愛情と平等と尊敬にもとづいた結婚をして、共に生きてゆきますか」
 
 アンダース「はい、そうします」
 
  立会人「ともに生きてゆこうとすることの目に見える証しとして、指輪の交換を してください。結婚証明書にサインを」(二人はサインをする)
 
  立会人「あなた方は、多くの人々の目の前で、一緒に生きてゆくことを誓いました。二人が夫婦になったことを、ここに宣言します」

 花嫁花婿はみなの祝福を受けながらキッスして、10分程度で式は終了。また音楽が奏でられ、祝いの歌の大合唱となります。小降りになった時をねらって、戸外で写真撮影(写真2)。 シャンパンの栓が抜かれ、みんなグラス片手に三々五々、晩餐会場へ移ります。

 無宗教のイングビルドは、キリスト教徒である恋人アンダースを説得して、人道主義結婚の道を選びました。ノルウェー人の9割近くが福音ルーテル教会派ですので、これは少数派といえます。
  
  人道主義協会は迫害されたこともあったそうですが、現在は宗教教団に類似した生活コミュニティーとみなされ、宗教団体と同様に、国から補助金を受けています。 昨年は法律も改正され、協会が結婚や葬式などを執り行うことも、正式に認可されました。今では7万人近い会員がいるそうです。 彼女は、無宗教なのに結婚式のときだけキリスト教にのっとって挙行するのは不自然だと感じ、人道主義結婚式を選択しました。
   
  晩餐会で私の隣に座った人道主義協会公式立会人はこう教えてくれました。
「人道主義の結婚は、愛と平等と尊敬のもとに行われます。この平等という概念はキリスト教にはないものです。それに、世界は圧制や支配や戦争が神の名のもとで続いています。 人道主義は宗教を超えた精神のありようを希求するものなのです」彼は、基本理念を記した次のような宣言文を見せてくれました。

 「人道主義は、すべての人類が最大限に発展することをめざします。民主主義と人権は人類の発展に不可欠であると考えます」
 「人道主義は、われわれ人間は自然界に依存しており、自然界に責任を有すると考えます」
 「人道主義は、教条主義的宗教に代わるものを求める世界的要請への回答なのです。世界の主要な宗教は、いつの時代も定まったお告げを基礎としており、すべての人間に彼らの世界観を押し付けようとしてきました。人道主義は、世界の知性は観察、評価、変革というたゆまぬ過程を経て自然に湧き起こるものだと考えます」
 
 そもそもは、1948年の国連人権宣言から派生したのだそうです。生きてゆく上の姿勢と倫理を、宗教には依拠せず、人間の価値、経験、批判精神、世界観、科学的方法と結果に裏打ちされた実存に置く、というわけです。

 テントの中では、100人の参列者を前に、メインスピーカーである花嫁の母マグニの演説が始まりました。彼女は流れる涙をハンカチで拭き拭き、こう語りました。

  「娘は、幼いころからずっと自然と一体でした。牛や馬の世話、馬草集めなど農作業に精を出す夏。高い山を登り下りする山スキーに興じる冬。大学にはいってからも、夏、アルバイトでお金を稼いでいる多くの若者を尻目に、いつも山林で無報酬労働に励んでいました。狼や熊から鹿の命を守るためでした。 娘は、深い森、険しい山々、荒れ狂う海、すべての自然の恵みを体に受けてすごしました。そして、この町に軍事基地が建設されるとわかると、デモをし、ビラをまき、座り込みをするなど激しい抵抗運動を続けました。私は一人の人間として、そういうあなたが好きです」

 ワーッとすごい拍手。実は、招待客の多くは、新婚の二人が所属する環境保護団体「自然と若者」のメンバーだからです。「自然と若者」は会員5千人。世界環境保護組織「地球の友」に組み込まれています。最大の目標は『一人ひとりが消費を減らして地球環境を守ろう』です。自分の生き方に責任を持つとともに、議会や行政にロビー活動を展開しています。
 
 90年代末、「自然と若者」の代表だったイングビルドは、両親が住むこの町に軍事基地が新設されるという事態を知って、抵抗運動の先頭に立ちました。問題は、母親のサンボー(同棲相手)であるオーレ・ナルッドが当時、その基地建設に条件付賛成をした政党に所属する有力市議会議員だったこと。町唯一の工場が破綻し、過疎化がとまらないこの土地にとって、軍事基地の新設は、新しい夜明けを意味していました。親と子は、政治的な敵同士になりました。
 
 私の近くで思いっきり拍手をしているアンネは、「自然と若者」の現代表。「私たちの事務所はオスロですが、この町まで軍事基地反対のため何回デモに来たことでしょう。その思い出の土地で、闘いの先頭に立ったイングビルドが、ともに闘った同志アンダースと結婚式をあげているんですよ」
マグニのスピーチは続きます。
 
 「娘よ、あなたの曽祖父母が結婚したのも、今日、7月16日でした。今から100年前の1905年ことです。この日、曽祖父は大急ぎで結婚式を済ませ、ただちにスウェーデン国境に出兵しました。それまでノルウェーは、連合″の名の下、スウェーデンの属国でした。ノルウェーは、そのスウェーデン・ノルウェー連合″を離れて独立しようとしていました。その夏は、あわや戦争に突入かという時でした。幸いにも戦争は避けられ、彼は新婚家庭にもどって来ることができました」
 
 また、盛大な拍手が湧き起こりました。「連合″の拒絶」という言葉に反応したのでした。
 
 ノルウェーは、100年前、スウェーデン・ノルウェー連合″解消の是非をめぐって国民投票を実施し、連合解消賛成36万8208票、反対184票という圧倒的多数で解消を決定しました。ここに初めて独立国ノルウェーが誕生したのです。
 
  マグニのスピーチは、参加者に他国の支配下にあった500年の歴史を思い出させただけでなく、現在の大きな政治テーマである欧州連合加盟問題を連想させました。

 ノルウェーは、欧州連合EUに加盟していない珍しい国です。きわめて経済状態の良好なノルウェーをEU側は大歓迎なのですが、国民が許さないのです。ノルウェー国民は国民投票で二度も非加盟を選択しました。最後の国民投票は1994年11月。「福祉や環境政策の切り下げにつながるから」と、女性たちが強く反対していた情勢に興味を引かれた私は、ノルウェーまで取材に飛んで、日本にルポを書き送ったことがあります。その時、「欧州連合はダメ。連合″という名前がよくない」という声を耳にしました。

 最も激しくEUに反対してきた政党は農業従事者の多い中央党です。マグニは中央党支持者で、サンボーのオーレは同党幹部。二人の友人には中央党支持者が多くいます。マグニの口から出た「連合″の拒絶」が参加者の心を動かしたのも当然でした。
18歳から選挙権・被選挙権を持ち、選挙のたびに学校でスクール・エレクションという模擬投票が行われている国ノルウェー。食卓にも自然に政治の話題がのぼります。そういう国にふさわしい結婚式でした。