いかに突き崩すか
“ご主人さま”の5大抑圧テクニック

 How to Conquer the Five Master Suppression Techniques
 


         
   ©Municipality of Växjö Equal Opportunities Committee

         2003.5.29                  
                著作・編集 三井マリ子            
            協力 とよなか男女共同参画推進センターすてっぷ

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いかに突き崩すか“ご主人さま”の5大抑圧テクニック

講師 ベリット・オース(オスロ大学名誉教授)
訳者 三井マリ子(女性政策研究家)     

  もくじ  
  はじめに・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
  第1 無視する・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
  第2 からかう・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
  第3 情報を与えない.・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
  第4 してもダメ、しなくてもダメ・・・・・・・・・・・・・
  第5 罪をきせ恥をかかせる・・・・・・・・・・・・・・・・
  いかに突き崩すか“ご主人さま”の5大抑圧テクニック・・・・
  おわりに・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

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1 2003年5月16日初来日したベリット・オースの日本での演題。今、ノルウェーは世界1,2の男女平等国といわれているが、そこにいたるまでの道は平坦でなかったことは容易に想像できる。この講演では、女性への抑圧の定義・分類が示されると同時に、1960年代、女性解放の先頭に立った活動家への想像を絶する偏見・差別が語られている。
2 ベリット・オース(75歳)は、北欧を代表するフェミニスト。1971年「女のクーデター」と称された選挙キャンペーンで、住んでいたアスケール市議会に占める女性比率を5割以上にした。1973年、ノルウェー初の女性党首となり、党内にクオータ制を導入し、それが女性議員大躍進の原動力となった。国会議員、市会議員、副市長を歴任し、かつ、オスロ大学教授(社会学)として教鞭をとりながら、長年にわたって女性たちを励ましつづけてきた。オランダ、デンマーク、カナダなど世界各国の大学から名誉博士号を授与され、今なお、世界をまわって男女平等と世界平和のために運動を続けている。2003年5月16日初来日し、大阪、高知、福井で英語による熱弁をふるい、23日関空からブラジルへ向かった。
3 三井マリ子は、『男を消せ! ノルウェーを変えた女のクーデター』(毎日新聞社、1999)の著者。この本を書くにあたりベリット・オースから最も強く影響をうけた。今回、日本にベリット・オースを招待し講演会を企画した。講演会は大阪府豊中市の「とよなか男女共同参画推進センターすてっぷ」、高知県高知市「こうち女性総合センター・ソーレ」、福井県武生市「オース教授初来日記念シンポジウム実行委員会」の主催で行われた。本文は、この3ヶ所で通訳をつとめた三井の訳文に手を加えたもの。

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はじめに

 女性が権力を手に入れるためには、戦術が必要です。その戦術は、ひとつではなく、同時多発的な数多くのアクションを必要とします。しかも、男性がそのアクションに反撃を加えたら、次の戦術に移ることが必要です。ノルウェーの女性たちは、たくさんのアクションを二重三重に行ってきました。

 第一に、公職選挙法 を効果的に使ったことです。
 第二に、クオータ制 を積極的に要求したことです。クオータ制とは、政治的分野における代表に、5割から4割、女性が必要である、というものです。これらのアクションについては、三井マリ子が彼女の本『男を消せ!』中で、詳しく述べています。また、彼女に聞くと、詳しく説明してくれるでしょう。
 第三に、女性団体による、秘密結社的運動です。
 第四に、この目的―女性が権力を握ること―にきわめて重要かつ不可欠なものは、心理的に見て女性に欠けている「自信」をとりもどす試みです。

 今日のスピーチでは、最後の分野に焦点をおきます。つまり、いかに「“ご主人さま”の5大抑圧テクニック」 というものを突き崩し、女性のイメージを前向きなものに変え、女性の行動を発展させていくか、について述べます。
 講演の最初に、5つの抑圧テクニックとその背景についてお話します。そして、私を彼らの配下に陥れた政治的できごとにふれ、その後、5つのテクニックをどう克服するかを述べ、講演を終えます。

 初めに肝心なことを強調します。この抑圧テクニックを説明することには明快な目的があるということです。それは、女性たちが、女性文化の中で最高の価値あるものを踏みにじられることは、もはや、とうてい受け入れられないということです。私たち女性は、正当な要求をした時、しょっちゅうその存在を無視されたり馬鹿にされたりしてきましたが、今後は、もう許さないということです。

 さらに強調します。「“ご主人さま”の5大抑圧テクニック」が、どこから生まれ、どんな意図を持っているかを明らかにすることそのものが、女性解放運動の重要な一部なのです。
 これは、社会のさまざまな組織においてすでになされていることですが、意識高揚のプロセスを継続することです。すなわち、社会の組織における他の人との関係において女性が生き抜いていくために、すべての女性が個人としての尊厳を守る道具を生み出していくこと、それが必要なのです。

 人権や正義のために働いている男性のみなさんも、この議論を聞くことによって、男性主導の組織におけるメカニズムがいかに自己破壊的なものであるかについて認識できるようになります。

 さて、ほとんどすべての支配層は、少なくとも5つの抑圧テクニックを自在に使えます。この5つは典型的なものばかりで、ふだんの生活のささいなことから説明することができます。
 基本的に、この5つは、あらゆる被支配層に対して使われています。でも、ここでは、男性が女性を商品や所有物とみなしているがゆえに、女性に対して、この5つのテクニックが特別な状況で使われている、ということに注目したいのです。
 あるものを所有している者は、その所有物に対して強大な権力を持ち、自分は、その所有物より高い価値を持っていなければなりません。ですから、女性を従属下に置こうとする女性差別の政治の目的は、女性たちを、個人として、また集団として、劣った性であると規定しなければなりません。
 この戦争(男女間の闘争)では、女性の尊厳と自分を信頼するという感情を破壊することが心理的に不可欠です。ですから、男性が、この抑圧テクニックを二重三重に使うと、特に強力な効果が生まれます。これらのテクニックを使うことや、使うぞ、と脅しをかけることの中に、女性を抑圧する政治(女性差別の政治)が見えてくるのです。
 
 これらの抑圧テクニックを分類することは、そのテクニックが持つ危険性を弱める方向に、重要な1歩を踏み出すことになります。それは、女性が実際に経験しなくても、そのテクニックを分類し、使っている側にそのテクニックを開示することによって起こります。このような行動を起こすことによって、女性は、抑圧の効果から解放されていくのです。
 「あっ、これが抑圧テクニックだな」とわかったら、私たち女性は、それを分類し、それに番号をつけます。そうすると、その抑圧テクニックについて大勢で話し合うことができ、自分の「外」に、その抑圧テクニックを隔離することができます。
 このようにして、何百年以上にわたって続いてきた、強制された反応が壊されていきます。偏見の犠牲者に存在していた、思想と感情と行動の連鎖がどろどろと溶け出します。

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4 ノルウェー女性が公職選挙法を使って男性候補名を削除し、女性を当選させたことをさす。その選挙法の解説や、それをどう使ったか、などについては,『男を消せ! ノルウェーを変えた女のクーデター』p169-222 「女が当選しやすい仕組み」にくわしい。
5 クオータ制とはquota systemの訳。割当制とも呼ばれる。男女平等法21条や政党綱領に定められており、物事を決める場には、一方の性が少なくとも4割いなければならないとする制度。クオータ制については、三井マリ子著『桃色の権力 世界の女たちは政治を変える』(三省堂、1992)、『ママは大臣パパ育児 ヨーロッパをゆさぶる男女平等の政治』(明石書店、1995)『男を消せ! ノルウェーを変えた女のクーデター』(毎日新聞社、1999)にくわしい。
6 当時の女性たちが選挙前に秘かに集まって作戦会議を練った話については、『男を消せ!』p.90-91 p.92-97を参照のこと。
7 The Five Masters Suppression Techniques のMasterは「主人」という意味で、対語は家来・手下。日本では夫を妻が「主人」と呼ぶ人が多く、主人と直訳することにためらいを覚えた。それで、皮肉を交えて“ご主人さま”と訳してみた。内容的には、「6時間の講義を40分程度に短縮したため、無理がある」と、彼女が述べているようにわかりにくい点もある。

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第1 無視する

 公的な職業や政治家になった女性たちは、その存在を無視されたり、忘れ去られたり、時として発言を聞いてもらえなかったりすることがあります。
 ある女性国会議員が、1973年から77年までのノルウェー国会の女性議員の写真集を作成しようとしたときのことです。彼女は、ノルウェー電報公社が、すでに男性の国会議員の写真を撮影し終わっており、男性はみな国会議事堂内の極上の椅子に座って撮影されていたことを、発見しました。
 ところが、女性の国会議員は誰も、その椅子に座って撮影されたことなど一度もなかったのです。
 「左派党」がエヴァ・コースタッドという女性を党首にしていた時代のことです。他の政党党首が取材依頼されているのに、彼女だけは一度も取材されなかったというショッキングなことがありました。
 女性の専門家や政治家は、セックスアピールやその容姿がどうのこうのという場合には、政治の分野でもよくコメントを求められるのですが・・・。

 他の例も出してみましょう。
 主婦、母、妻が、長年、自分以外の家族たちの悩みに耳を傾け、心配し励ましてきたのに、自分の悩みを打ち明けたとたん、誰も取り合おうとしない事実に気づくことがあります。
 女性たちのこのような経験は、エリソンの『インビジブル・マン』(見えない人間)において黒人が経験していることと似ています。同著から引用します。

  「僕は見えない人間だ。エドガーアランポーの幽霊 
   ではない。いやハリウッド映画の霊媒の1人でもない。
   僕は実体のある人間だ。血も骨もあり、繊維も液体もあり、
   なんと心さえあると言われている。
   それでも、僕は見えない人間だ。
   なぜなら、人は僕を見ようとしないからだ」

さらに、彼はこうも書いています。

  「僕に近づいてきて、彼らが見るもの、それは僕の周囲だけ、
   彼らが頭で描いているものだけ、僕という存在以外のものだけだ。
   他人に僕が見えないのは、僕の表皮に何か生物的な事故が起こったから  
   ではない。僕のいう『見えない』ということは、僕が接する人々の目に
   何か特別な傾向があるから生じているのだ。内なる目がどうあるかとい
   う問題なのだ。見ている目は、肉体という目を通してはいるが、内なる
   目なのだ。僕は非難しているのでも、抗議しているのでもない。
   時には見えないことでの利点もある。しかし、いつも神経にさわる」

 国会議員だったわたしは、同じような経験をしました。
 ノルウェー外交委員会がシリアのアサド大統領を訪問した時のことです。アサド大統領は、委員会の委員ひとり一人と握手し、歓迎してくれました。
 しかし、アサド大統領は、私をよけ、私の手を握ろうとしませんでした。その時、私はまるで幽霊であり、インビジブルであり、自分がその場にまったく存在していないかのようでした。
 私は、この経験を他の委員に話しました。そしたら、ノルウェー前首相が、私をなぐさめるかのようにこう言いました。
「アサド大統領は、あなたが委員会の秘書だと思ったんでしょう」
 この彼の言い草は、アサド首相を勘弁しておやりなさいという彼の意見を述べただけでなく、彼が女性の秘書をどのようにみているかを教えています。
 こうした侮蔑的な行動は、人間の役割について間違った考えからおこります。そして繰り返し繰り返しなされています。

 政党の党首であった私が、西側諸国の政党党首とともに、ルーマニアのチャウシェスク大統領を訪問した時のことです。チャウシェスク大統領と私の夫が握手している時に、写真撮影がありました。私たちは、その写真をルーマニアの空港を出るまでもらえませんでした。思うに、間違った人物を撮影してしまい、そのことが政治的な問題を引き起こすとでも思ったに違いありません。

 このようなことが身の回りに起こった時、無視されてきた女性たちは、こう言われてきました。
「そんな何の意味も持たないことを、いちいち指摘などしない方がいい」
「些細なことにすぎないのだから、忘れて許してあげた方がいい」
 実は、女性が指摘しないことが、女性が見えない存在とされている事実を、見えなくしているのです! このことを忘れてはなりません。

 女性への認識の乏しさや理解不足などは、男性が小さい頃から身につけてきており、習慣となっているものです。この習慣が、女性を理解する際、重要な役割を担います。
「見えないもの」を描写する多様なサイン、シンボル、表現用語などを持っていない男性の言語は、限界のある言語なのです。
 そして、こうした男性の言語は、見えないものを見えないままにしつづける強力な補強手段となっていきます。

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8 「左派党」はヴェンストレの訳。自由党と訳されることが多い。エヴァ・コースタッドは、1973年秋、同党初の女性党首となった。ベリット・オースに次ぎ2人目の女性党首である。1979年、コースタッドは初の男女平等オンブッドに就任し、男女平等法推進の先頭にたった(『男を消せ!』p139-143「歴史的証言その二」より)
9 ベリット・オースには、夫との間に成人した息子3人、娘1人がいる。養子2人とあわせ8人家族だったというが、政治家としても多忙を極めていた頃であり、どのようにこなせたのか不思議なくらいだ。数年前、彼女を支えてきた学者の夫を亡くした。「ようやく元気をとりもどしてきたのが、この1,2年だ」と、彼女は語っている。

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第2 からかう

 笑いはとても健康によい反応です。
 ノルウェーのことわざに、「いい笑いは寿命を延ばす」とあります。でも、誰の寿命なのか何も言ってませんがね。
 一方、笑いは、不安を隠す手段でもあります。
 人間の持つ良質な性格や無作法な行いは、怒りや愛情、親しみやにくしみとからめて、からかいの対象となります。女性は、そのからかいの対象にされてきました。
 たとえば、女性は、どこの国でも、もっとも交通事故を起こす確率が低いにも関わらず、あらゆる国の自動車雑誌は、パニックになった、クレージーな女性ドライバーをたくさん描いています。
 どの国の漫画でも、女というものは、何十年もの間、奇妙奇天烈な帽子を買いあさったり、自分を売り物にしたり、街角で、おかしな格好をして男性を誘惑したりするようなもの、と描かれているではありませんか。
 若い女性たちに関してのからかいには、特有の優しさや人懐っこさなどが加わります。若さゆえの魅力は、女性が40歳以上になると誰もがさらされる、嫌悪に満ち、品位のかけらもなく笑われる対象となることを、薄める役目さえ果たします。
 しかし、どうでしょう。年配女性が、その性に関することやからだの特長などをからかわれた話は、枚挙にいとまがありません10
 ですから、アメリカの社会学者R・モートンの指摘には真実があります。彼は「身体的特長を強調して表現するとき、そこにはかならず偏見が混じっているものだ」と言っています。

 70年代初頭、ノルウェーの某政党の年次大会で起こった話です。会議の最中、ある高齢女性のヌードの絵が会議の机の下で回されました。その女性は格別魅力的には描かれていませんでした。彼女は、その政党の選挙名簿において特別に上位に登載されていた人でした11。彼女は、上位に登載されていたにも関わらず選挙で選ばれませんでした。彼女は中年でしたので、その後に彼女が選出される機会もまた失われてしまいました12
 こうした会議で、たとえば、女性の記者たちが、党の指導的な男性政治家のヌードを書くなどということは想像できるでしょうか。まして、男性のヌードの絵が、記者や参加者の手によって、机の下で回されるなんてことは、絶対ありえないことです。

 これらのことから2つのことが言えます。
 描く側が男性なら、自分の性をさらけだす男性のヌードを描くことに不快な感情を持っただろうということです。なぜなら、男性の性は排他的で、プライベートなものであるのに対し、女性の性はおおっぴらにしていいものだとされている事実があるからです。
 さらにこうも言えます。男性ヌードの絵が席上で発見されたら、とても強烈な反応を招いただろうということです。
 この会議に出席した女性が抗議をしなかったのには、男性とは別の理由があります。彼女たちは、ヌードを描かれた先輩女性を気の毒だと思いました。さらに、その絵に描かれている女性の性が彼女たちをも辱めているがゆえに、赤面してしまったのです。
 まるで、そこにいる女性がみな、性的対象物にされたかのように思いました。それで、誰も身を引いてしまって、怒りをあらわにできなかったのです。

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10 ベリット・オース党首率いる政党の人気がどんどん高くなったことがあった。それを報道したあるメディアに、「ベリットのおっぱいがゆれるたびに党の支持者が増えてゆく」というような表現があったという。「みんな笑った。でも、私は、まるで自分がヌードにされたようで、とても屈辱的だった」と彼女は話している。
11 比例代表制名簿候補者リストのトップに登載されている人は、党首や党の指導的立場の人であることが普通である。当時、女性はほとんどいなかったため、非常に目立っていたと思われる
12 ノルウェーには65歳以上なら議員候補に推薦されても断ることができる、という法律がある。18歳から選挙権・被選挙権があることともあいまって、高齢者の議員は少ない(『男を消せ!』p.200「六五歳なら議員を辞退できる」より引用)

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第3 情報を与えない

 歴史的に、女性は宗教に関する情報に近づくことを否定されてきました。牧師や教会など宗教界の指導者が持つ情報は、彼らだけの秘密でした。
 ノルウェー女性、イングリッド・ベルカースがルーテル教会初の女性の牧師になったとき、国中の監督(bishop)からその教区の牧師に手紙の山が届きました13
 その手紙は、女性の牧師への反対の声でした。女性が、男性たちの秘密の内部にはいりこむのはとんでもないということが主な理由だったと考えられています。

 同様に、女性は、長い間、医学、婦人科医の分野ですら学ぶことを否定されてきました。
 男性社会が、宗教界の重要な知識を制覇したヨーロッパ中世時代、800万人から1000万人の女性が殺害されるという犠牲となって現れました。
 教会のしたことの中で最も恐ろしい魔女狩りのプロセスは、教会から生まれた医学という分野にたずさわる男性を支援することになったのです。
 ですから、今日まで、女性は、一般教養を通じて、知識を獲得しようと一生懸命苦闘してきました。
 第二次世界大戦まで、欧米でも、貧しい女性や若者たちに性教育をした女性や、一部の男性は、罪をきせられ、投獄さえされました。
 つい1960年代初頭、アメリカ・ミズーリー州の大学で教鞭をとっていたスウェーデン人女性教師は、講義に性教育を入れたという罪で、停職処分にさえされたのです。

 今日、世界のあちこちで、女性たちの業績は山とあり、みな無視されてきました。たとえば、家事や育児介護などに価値を置いている国など、どこにもありません。
 一方、アメリカでは、60年前と今日を比べたところ、無報酬でする女性の労働にかける時間には変化がない、という研究もあります。また、アフリカ女性が水くみとまき運びにかける時間についての新情報がありますが、その時間は、2〜30年前より今の方がずっと時間が長くなっているのです。
 J.K. ガルブレイスは、個性的でおもしろい経済学者です。彼は、家庭の主婦がしている「人の世話とその報酬」に非常な理解を示しました。彼は、この報酬は、貨幣経済とはまったく異なったルールで行われているというのです。 1973年秋、彼はこう書いています。

  「一般社会の道徳は、
   社会で力を持っている人の利益にかなう行動をほめ讃えます。
   その行動に関わる人にとって、それがどんなに不自然で、
   都合の悪いものであるかどうかに関わらず・・」

 以上の例から、女性がしている仕事への報酬は、ある人間、ほとんどの場合男性、を金持ちにし、その報酬を必要としている人、ほとんどの場合女性、をより貧しくしているのです。しかし、このことについての情報を、女性は得ていないのです。
 それゆえ、女性にとって情報は極めて重要なのです。
 家庭的レベルの話をしましょう。
 女性というものは、男性が関わるスポーツ大会にかかる巨額の経費をどうのこうのと批評したりせず、貧しい人を助けたり、第3世界で餓死しそうな子どもや老人を助けたりするものだ、と考えられています。
 実は、これは、単に情報不足、情報の偏りがあちこちで起っているためなのです。多くの女性が、第三世界の人々や貧しい人々を救うために、バザーを開いたり、くじ引きゲームをして小金を集めているのは、男性と女性で、与えられる情報に偏りがあるからなのです。

 女性たちは、プロステチュート(セックスワーカー)がいる地域で巨額の利益を得ているホテルの所有者や仲買人についての情報も持っていません。セックス産業や犯罪に結びつくような巨大な富に関する情報は、めったに婦人団体や主婦連合には届かないものです。
 母親たちは、メディアや安っぽい雑誌、飲み屋にある戦争ゲームに描かれた暴力が子どもに与える影響に対抗するために、子ども心理学を読みはじめるかもしれません。メディアや暴力の商品化の影響から、子どもたちを守るような何かがあるかもしれないと信じて。
 こうした情報に女性が近づき始めたそのとき、女性の領域だとされてないことに関する情報を要求することになるのです。つまり、女性たちは、原爆実験のための犯罪的核戦争や、新工学開発のための巨大軍事パワー計画を買っているのは何か、について知りたいと要求するようになっていきます。

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13 しかし、保守的な宗教界にも男女平等の風が吹いてきている。1993年、ローズマリー・ク―ンが女性で初の監督bishopに就任した。ヨーロッパ初の女性監督だった(三井マリ子著『ママは大臣パパ育児』p.187より引用)

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第4 してもダメ、しなくてもダメ

 アメリカの社会学者R.K.モートンが、この4番目にあたる抑圧テクニックの名づけ親です。彼は、ある特定のグループが差別をされるとき、かならずその人たちに対してこのテクニックが使われると、主張しています。極端な場合、ある行動をしたときと、それとまったく正反対の行動を取ったとき、どちらの場合でも、そのグループの人間は非難されるのです。
 アドルノと仲間の研究は、いかにユダヤ人がこの抑圧テクニックの標的だったかを示してくれました。
 第二次大戦やドイツのプロパガンダを経験したものは、非常によく理解できます。実は、ドイツがノルウェーを占領した時14 、私は12歳から16歳の思春期でした。
 ドイツ人のプロパガンダは、ユダヤ人を、汚くて、みだらで、貧しく、信用できないときめつけていました。
 他方、ユダヤ人は、世界中で、兵器を売って巨額の富を得、労働者を冷酷に搾取し贅沢をむさぼっている、ロックフェラーやロスチャイルド家のような、西側諸国の資本主義者であり金持ちだときめつけていたのです。
 この二重判断、正反対評価にどう女性がさらされているか、さらに例をあげましょう。
 小さな子どもを持つ母親で、一日16、7時間労働している女性を考えてみましょう。彼女が労働組合運動や政治活動に参加しないことはよくないと批判されることがあります。「社会の一員である、あなたの責務ではないか」と。
 ほかにも彼女は社会からこう言われます。
 「女性なら、素敵な生活を送らなくては。一日に何時間か自由な時間を持つことは大切ですよ。成人教育にも時間を使うべきです。親戚とうまくつきあうことを怠ってはなりません。美しい容貌、それにスリムであることが大切です。家の中は清潔に保ち、インテリアも魅力的に整えてこそすばらしい女性です。時には、書物やニュースを読んで世界情勢にも関心を持つべきです・・・」

 彼女は、こんなふうに説教され続けると、こうしたことをすべてこなさなければ、自分や他人とうまくやれないのではと感じてしまうのです。

 一方、母親であり主婦である女性が、あるとき、労働組合に出て同一労働同一賃金を得てないのはおかしいと主張したとします。すると、同僚から「わたしたちは、権利を求めて組合員になり労働組合で戦ってきた。しかし、闘っていないあなたにそういう資格はない」と批判されます。要するに、女性より先に闘い、勝ち取ってきたのだとする男性革命家たちは、女性たちに、僕たちがしてきたような闘いを君たちもすべきだ、と説教するのです。

 しかし、家と外での二重労働を持つこの女性が政治と労働に身を投じたら、どうでしょうか。隣近所がうわさするに決っています。100%確実です――いかに彼女が家を空けているか、いかに夫や子どもをほおったままか、あげくのはてに、彼女の家の子どもたちは、犯罪に走るか薬物依存になるのだ、と。
 ここで、強調したい点があります。偏見というものは特別な性格を持っているということです。この否定的意識において、一貫性などないのです。偏見に関するすべての研究によれば、何が正しく何が間違っているかは、その時次第なのです。もっとも強い感情に左右された意識がそれを決めているのです。
 ノルウェーなどスカンジナビア諸国においても、こうしたメカニズムが確認されています。
 たとえば、女性有権者には、給料、税金、教育などが政治課題に持ち上がったら、女性の国会議員なら、女性の利益のために戦ってくれると思っている人がいます。
 ところが、女性議員たちは、女性有権者によって選出されて議員になったにもかかわらず、議会にはいってみると、女性のかかえる課題を推進することは、非常に軽くみられている問題なのだとさとります15
 ノルウェー国会の外交委員会において、数少ない女性だった私は、委員長にこういわれたことがあります。中国に視察に行ったときでした。女性なら、何か男性とは違う別の外交政策を持たなければ、外交委員会にいても何にもならない、と。
 こうはっきりと指摘されたにも関わらず、私は、私の行動と男性の活動を評価する基準に違いがあるとは思えませんでした。
 現に、彼らはきわめて明快にこうも言いました。あなたたち女性議員は、僕たちとまったく同じように政治課題をとらえるようにならなければ、あなたたちが外交委員会にいても何にもならない、と。
 この抑圧テクニック第4番は、何かしても批判の対象であり、それをしなくても批判の対象である、というものです。
 論理の欠如にその根拠があります。つまり、偏見は、男性が作りあげた論理と理屈だからこそ、機能しているといえます。しかし、男性は、男性の内なる論理の欠如を指摘されると、怒ることが多いのです。ですから、これを明らかにすることは大変難しい作業です。
 しかし、それゆえ、これは、将来、社会学者や女性政治家が立ち向かうべきもっとも重要な仕事です。

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14 ノルウェーは1940年ドイツ軍に占領され、1945年に解放された。歴史的に、ノルウェーは14世紀末から400年以上デンマークの支配下にあり、1814年、独立運動が阻まれ、スウェーデンの支配下にはいった。完全に独立国家となったのは1905年であり、比較的新しい国である。
15 ここでは、女性議員が女性の問題を熱心にとりあげないと、女性グループから批判され、一方、女性問題に熱心だと議会では「あいつはつまらない問題ばかり提案する議員だ」と批判されることを述べていると思われる。三井も議員時代、何度も同様の経験をした。

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第5 罪をきせ、恥をかかせる

 女性が馬鹿にされたとき、よく抱く感情が「恥」です。
女性がこれまでの4つの抑圧テクニックを理解するようになると、最後のテクニック「罪をきせ恥をかかせる」を忘れがちになります。
 なぜなら、このテクニックは、きわめて目立たないのです。あまりにささやかなので、女性が理由もわからずに受けている恥と罪の感情から、それが、5番目の抑圧テクニックだと差し示すことが必要です。
 自分が無知であることがわかると、誰でもとても恥ずかしいものです。
 女性には組織的に情報が届かなくされている、ということは、わかりにくいことです。
 なぜわかりにくいか。その理由は、これまで女性に堅く閉じられていた領域に、情報が流されていたからなのです。

「“ご主人さま”の5大抑圧テクニック」第2番と第3番(からかい、情報の非開示)は、私が悪いのだという罪の意識と、恥ずかしいという気持をもたらす効果てきめんの手段です。これを私は強調したいのです。なぜなら、われわれは、2番と3番におちいっているとき、自分を惨めに感じるものなのです。
 女性は、これまで、社会に災難が起こるといけにえにされてきました。
 女性は、中世では魔女、悪魔の申し子でした。現在、女性は、男性が女性を買ったり、レイプしたりする際の「誘惑者」です。
 ここで、道徳心はいつだって支配者側の道徳心なのだということを忘れてはなりません。女性の抑圧に際していえば、ご主人である側、すなわち男性が、これが道徳なのだと決めていることが道徳なのです。
 そして、いけにえを作ることは、支配者の罪と無責任さを消し去るために、支配者ができることだ、ということも忘れてはなりません。
 たとえば、フェミニストは、こう言われています。「こんなに大勢の男性がインポテンツなのは、女性が今強くなりすぎたからです」と。
また、フェミニストは、こうも言われています。「レイプの増大は、女性解放運動や女性の男性憎悪から来る当然の帰結です」と。
 とりわけ、膨大な数のポルノ雑誌は「罪は女性にあり」としています。女性たちのひどい行動を見よ、彼女たちがされていることは、彼女たちが招いたことなのだ、と。
 これが、私たちの規定する犠牲者非難(被害者の側に罪をきせること)なのです。抑圧テクニックの心理学は、女性が持つ罪の意識は、向こう側にいる、決めつける権力を持つグループの手でもたらされている、と規定します。

 虐待を受けた女性の場合、こうした「悪いのはわたしだ」という罪の感情が極度に高まり、いつでもそのように感じるという研究があります。
 いつも何かよくないことがあると、悪いのは自分だと思いこんでしまうのです。
 夕食に間違ったメニューを出して夫を怒らせてしまったのは自分の方なのだ、からはじまって、家族が森に散歩にいくのに雨がふってきたのは私のせいだ、まで、何もかも自分を責めるようになるのです。

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“ご主人さま”の5大抑圧テクニックをどう突き崩すか

 第一に、抑圧テクニックを表す言葉を持つことです。
 すべての抑圧されている側は、その言語を奪われています。言葉を奪われることは、その存在を否定されることです。支配者から抑圧を受けているということを否定されること、すなわち、これこそが最大の抑圧なのです。
 第二に、抑圧テクニックを話せる環境を持ちましょう。
 これが抑圧テクニック何番だ、というように定義づけたら、抑圧されている人たちにわかるように表現しましょう。すると、抑圧されているもの同士で助け合うことが可能となります。
 大勢の男性が討論している場でしたら、そのテクニックを、手の指と結びつけ、指文字で知らせてみましょう。たとえば、無視されたなら1番ですから、親指をたてて知らせます。からかわれたな、とわかったら2番です。人差し指をたてて知らせます。
 男性たちは、「いったい女たちは何をしているんだ?」というかもしれませんね。そしたら「私たちは、自分たちを解放しているのです。人間の解放に爆弾など必要ないんですよ。この手の指さえあれば解放できるのです」と応えたらどうでしょうか。
 第三です。最も重要な克服方法は、女性同士が連帯することです。
 ある女性が抑圧テクニックの犠牲になっていることが、共通の定義で表現されると、何が彼女に起こっているか、わかるはずです。それが連帯の始まりです。
 付け加えるならば、正義を尊ぶ男性に、これは女性への抑圧テクニックですよ、と代弁してもらうことも、きわめて有効です。

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おわりに

 私は、支配と抑圧のメカニズムを単純化してお話ししました。
 これらの抑圧テクニックを表現することは、女性が置かれている困難な状況から女性を守りぬく方法として役立ちます。
 われわれが、生き抜くことを学べるのは、毎日のささやかな生活の中で、新しく何かを試してみることからしかないのです。
 そして、これで自分は生きていけるということがはっきりしたら、今度は、差別やダブル・スタンダードを根絶するにはどうしたらいいかを真剣に考えなくてはなりません。その鍵が見つかったときにこそ、正義に満ちた社会の方向に近づいていくことができるのです。 (完)
                    
1 無視する  2 からかう
          
            
3 情報を与えない     4 してもダメしなくてもダメ   5 罪をきせ恥をかかせる16

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16 スウェーデン・ヴェクショー市作成のビデオ付属の小冊子より。表紙はビデオのカバー。ベリット・オースの承諾を得て講演資料としてコピーを配布した。ビデオは三井所蔵。ビデオを入手したい方はヴェクショー市男女平等委員会へどうぞ +46(0)470-41374

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