ベルリン「女の街」が元気
EUが後押しするフェミニズムとエコロジーが合体した起業
 

三井マリ子(女性政策研究家)
〈日本経済新聞2004年8月28日「ベルリン『女の街』が元気」原稿〉

ベルリンの「女性による女性のための小さな街」を訪ねた。旧東ベルリン地区のローゼンタール広場近くにある。中庭を囲むように建てられた6棟のビル群だ(写真)。旧東独時代には化粧品会社の工場だったという古いビルを1992年に女性たちが買い取り、化学薬品で汚染されていた内部を徹底的に掃除し、快適な空間につくり変えた。総工費は25億円(186万ユーロ)。

テナントとして60社がここに入り男性8人を含む160人が働いている。従業員20人が働く医学リサーチ会社から、クリニック、自動車運転免許学校、ガラス工房、女性法律家連盟や女性税理士の事務所、パソコン教室など多彩だ。これが全て、女性がオーナーなのである。お客には男性も大歓迎だ。私が訪ねた日も、ある会社が会議室を借りていたが、男性がほとんどだった。

「石と鉄の芸術空間」という屋号の工房を持つ彫刻家コンシャ・ショスタク さん(写真)は、ポツダム郊外の有名なサンスーシ宮殿から請け負った石像造りに余念がない。さながら女ミケランジェロといった風情である。250年前に造られた古代ギリシャ風彫像を横に置き、レプリカを彫り上げていく。本物が風雨で傷んだためコピーを造ることになったのだ。1ミリの狂いも許されない。「これがなかなか割のいい仕事なんですよ」と言う。

イタリアのカラーラで修業して帰国した彼女は、偶然この街の計画を知った。工場だった建物を改造する時点から関わった。カラーラから運んでくる大理石を置ける庭、巨大な石像を出し入れできる巨大ドア、5トンの石に耐えうる鉄筋コンクリートの床など、普通の事務所とは異なる造りが必要だった。そこで、この街の母体である「女性生活共同組合」からヒントをもらい、女性芸術家たちを募っての人海戦術で、改造した。

「女性生活共同組合」の存在は、この女の街を特徴づけている。カティエ・フォン・バイ事務局長によると、働く女性同士が支援しあうための組合がドイツにできたのは19世紀だという。その伝統に加え、女性解放運動が盛んだった15年ほど前、西ベルリン自由大学の女子大生3人が「女性起業家の成功には女性のためのビルを建てることだ」という論文を発表し話題になった。その2つがブレンドされて、この「女の街」ができた。女性経営者1株約1万円を出せば誰でも組合員になれる。現在の加入会員は1500人ほどだ。会員には女性の経済的自立を支援しようという使命感を持っている人や男女平等を願っている人が多い。

ここは、規模はさまざまだが2部屋約50uの場合、家賃は光熱費込みで月4万円ほど。これはベルリンでは安いほうだ。それに保育園、気分転換のできる広目の中庭、お茶を入れたり軽食を作ったりできる共有のダイニングキッチン、おいしいレストラン、住宅フロアなど、働く女性に好まれる造りになっている。

このような条件を備えたビルはベルリンにはほとんどなかった。さらに太陽光を利用した発電、雨水のトイレ用水活用装置など環境にやさしい建物に変えた。エコロジーとフェミニズムを合体させたユニークなこの企画が功を奏し、公費獲得に成功した。EU、連邦政府、ベルリン市(州)の3者から補助金を受けた。

当時ベルリン市の副市長だったクリスティン・バーグマンさん(写真)の応援も幸いした。東独出身の彼女は、東西ベルリン統一後、失職したおびただしい数の東独出身女性たちを見てなんとかしようと考えていた。結婚後も仕事を続けることが当然だった旧東側の女性たちにとって、失業は大問題だった。しかも女性の失業率は男性よりいつも高い。それにもかかわらず西側自由主義経済においては男性の失業対策が優先されがちだ。そこで、この計画が始まると同時に、彼女のアイデアで開発専門のスタッフを雇うための資金を市が提供した。さらに、ベルリン市商業経済局の「地域活性化資金」と、建築住宅交通局の「都市再建計画資金」から補助金が出ることになった。

女性たちは、男性と同等に教育や訓練を受け、資格も持っている。ベルリンでは若い女性の場合、男性より教育程度が高い。しかしながら、事業を起こすための土地建物、資金、ネットワークは男性に比べ十分とはいえない。そこを補うのが、「女性生活共同組合事務局」だ。事務局はこの街の中にあって、銀行からの借金のしかた、税金対策、営業や宣伝の仕方を指南する。

ベルリンは首都移転に伴って建設ラッシュだ。しかし、不況も重なり商業ビルには空室が目立つ。そんな中、「女の街」は80%という高い充足率で、とても元気だ。評判は上々である。現在ドイツには、こうした街が12もできているという。

日本でも資金面などが障害になり、女性が思うように起業できない点は、ドイツと似たような状況だ。厚生労働省がうたうポジティブアクション政策、小泉首相がじきじきに進める構造改革済特区政策をうまく組み合わせれば、このような「女の街」は日本でも可能だ、と私は思う。

写真は左から「ベルリン女の街」を表通りから見る・ 大理石を刻む「女ミケランジェロ」のショスタクさん・ 女の街を支援した元ベルリン副市長バーグマンさん

ベルリン女の街 ショスタクさん バーグマンさん
「ベルリン女の街」
「女ミケランジェロ」のショスタクさん
元ベルリン副市長バーグマンさん
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