公募館長の3年 〜女性センターは今〜
                                  三井マリ子
 
中国新聞より 

第1回:就任、いざ行動

政策決定に声だそう

 二〇〇〇年春のある日、私は東京の自宅で、パソコンのメールをチェックしていた。大阪府豊中市が「男女共同参画推進センター」をオープン。その初代館長を全国公募…。
 新しいセンターに魂を吹き込む仕事。あ、これはチャレンジする価値がある、と思った。募集要項を見ると年齢制限がない。性別、国籍、学歴、住所も問われない。
 関西に住んだことはなかったが、興味はあった。女性運動にかけては西高東低といわれるくらい関東より元気な女性が多い。豊中市には、日本初の車いす女性議員がいる。広島、岡山、山口にも女性運動の親しい仲間が大勢いる。
 応募したら、採用された。後で聞いた話だが、応募者は六十人を超えていた。しかも、全国に何百とある女性関連のセンターで、公募で採用されて働く館長は、現在、私一人ということだ。
 男女共同参画推進センターという名は舌をかみそうに長い。男女共同参画とは、英語でジェンダー・イコーリティー、つまり男女平等である。女性が男性と同等に個人として尊重され、あらゆる仕事を性にかかわらず、平等に分かち合えるようになることだ。それなら「男女平等」でいいと思うのだが、一九九九年に男女共同参画社会基本法が施行されて以来、このカタイ表現が使われるようになった。

 センターは、その男女共同参画を社会のすみずみに浸透させるための総合施設である。愛称「すてっぷ」。講座の企画、情報の提供、相談事業をしたりする。場所は、阪急宝塚線で梅田から十分の豊中駅前。伊丹空港からも車で七、八分。抜群の立地条件だ。
 さあ、ここを拠点に何ができるか。
 私は、二十代から男女不平等をなくす運動をしてきた。それが高じて東京都議会議員を二期務めた。都議だったころ、日本の行政機関としては初めて都にセクシャルハラスメントの相談窓口を新設させた。母子寮の改善にもかかわった。東京都ウィメンズプラザの設計に女性建築家を登用するよう提言し、実行させた。私は経験から、行政の側からすべきことは無限にあると思ってきた。
 日本のパート労働者のほとんどは女性である。その働きぶりにくらべて賃金はあまりに低い。いつ辞めさせられるかもわからない。セクハラは日常茶飯事だ。夫の暴力に泣き寝入りしている女性も大勢いる。一方、こうした深刻な社会問題を解決する場である国や地方の政界は、あいもかわらず男性がとりしきっている…。
 すてっぷには、便利な場所と有能なスタッフと、かなりの予算がある。これを駆使すれば、女性の現状を変えたいと願う市民たちを下から支える企画は、いくらでもできる。
 こうして、二〇〇〇年秋から私の関西生活が始まった。大阪以西の友人との物理的な距離もぐっと近くなった。たとえば仕事のない日、新幹線で広島へひとっ飛び。男女平等の運動をしている知人たちと情報交換した。彼女たちは、女性県議が一人もいなかった広島の現状を変えようと、目抜き通りをデモ行進した。横断幕には『女性を議会へ』とあった。
 そう、その通り!   

 
(三井マリ子・とよなか男女共同参画推進センターすてっぷ館長)
 
(2004年1月11日付中国新聞朝刊)

第2回:ノルウェーから講師        


「先進国」の知恵学ぶ

 すてっぷは、三年間にノルウェーから六人のゲストを迎えた。昨年は、春に同国初の女性党首として著名なオスロ大学名誉教授ベリット・オースさん、秋には現職の男女平等オンブッド(オンブズマンのこと)のクリスティン・ミーレさんが来日して講演した。
 オースさんは、七〇年代、政策決定の場に女性を増やすための「クオータ制」を、世界に先駆けて政党に導入した人である。彼女の著作『男性の支配テクニック』は、北欧を中心に各国で翻訳され、闘う女性たちのバイブルとなっている。
 一方、ミーレさんは、男女平等法に設置が定められている監察官だ。「大臣と裁判官を足して二で割ったような」強い権限を持つ。
 ノルウェーといえば、高い出生率が有名である。それは、ひとえに妊娠、出産、育児が女性にハンディとならないような環境を整えているからだ。
 「何が北欧だ。遠い外国の話なんか聞いて何になる」と陰口をたたく人も、私の周辺にはいる。しかし、サッカーにたとえたら分かるはずだ。サッカーが遅れていた日本が、今日の盛り上がりをみせているのは、サッカー先進国の優れたプレーを日本のスタジアムで直に見る機会があったことと無関係ではあるまい。

 国連による男女平等度の世界ランキングで、日本は四十四位。一方、ノルウェーは、ほぼ毎年一位。その世界一の男女平等国家の代表がオースさんであり、ミーレさんだ。つまりオースさんは、サッカーでいえば、往年の大スター、ブラジルのペレであり、ミーレさんは今をときめく花形選手ベッカムである。
 先日、会ったノルウェー大使館のマリアンヌ・ロー参事官は、私にこう言った。「これまで日本で一番ニーズが高かったノルウェーの産物は、『魚』でした。今や、『男女平等』がそれに迫る勢いなんですよ」
 実際、男女平等界のペレやベッカムに会うため、関西一円はもちろん、中国、四国地方からも聴衆が集まった。
 六〇年代までは、ノルウェーも「男は外、女は家」という性役割の色濃い社会だった。それを変えたのは平等を願う女性たちである。
 そうした国の知恵は必ず役に立つ、と私は確信し、積極的にノルウェー女性を呼んできた。渡航費の一部は、各主催者で割り勘にした。ゲストたちは皆、「日本女性の置かれている窮状に役立つならば」と、エコノミークラスでの長旅をいとわずやってきて、翌日から精力的に講演をこなしてくれた。
 でも、帰国の際、決まってこんな耳の痛い感想を残した。「マリ子、日本の女性センターの素晴らしい建物には感心するけど、この広いスペースに、今最も必要とされているドメスティック・バイオレンス(DV)被害女性のシェルターが、なぜ一つもないの?」       

 
(三井マリ子・とよなか男女共同参画推進センターすてっぷ館長)
 
(2004年1月18日付中国新聞朝刊)

第3回:多彩な事業

DV対策や就業支援
 

 女性にかかわる深刻な問題は数々あるが、女性センターから見ると、一にドメスティックバイオレンス(DV)、二にセクシュアルハラスメントである。
 身近な男性から暴力を受けた女性は、豊中市民三千人の調査によると、精神的暴力の被害者が女性の六割、身体的暴力は三割、命の危険を感じるほどの暴力被害は実に三十人に一人に上る。
 前回、北欧のゲストが「なぜここに女性のシェルターがないの」と語った話を紹介した。すてっぷでは、相談にみえた女性に避難所が必要だと判断した場合、民間シェルターにお願いすることでしのいでいる。
 日本のシェルターの多くはボランティアの献身に支えられている。しかしどこも台所は火の車。北欧のような「運営は民間に、経費は税金で」という政策になれば、と思う。ここは女性議員たちの出番である。
 セクハラ被害もすさまじい。『切り抜き情報誌―女性情報』という月刊誌によると、二〇〇二年一月からの一年半に報じられた裁判が五十四件、事件が百二十七件もある。この背後で泣き寝入りしている女性が、どれほどいることか。
 すてっぷは「三井マリ子館長の出前講座」を設け、タダで研修のお手伝いをしてきた。しかし、セクハラ研修のリクエストはたったの一度だけ。日本の会社も、学校も、組合も、事の深刻さをわかっちゃいない。

 さて、DVとセクハラについで力を入れてきたのは、女性の就業支援である。「女子学生就職戦線突破セミナー」「女性のための起業セミナー」「女性のための『チャレンジ!再就職セミナー』」…。女性のための起業講座を前回受講した二十人のうち、なんと五人が事業を起こした。どれも、元手を使わず知恵で勝負する仕事ばかり。あっぱれだ。
 情報ライブラリーもすてっぷの自慢。ジェンダー問題にかかわる情報の収集・提供にとどまらず、それをわかりやすく表現して市民に発信している。利用者は一日平均二百七十人。
 広いステージやロビーを活用した文化事業も、目玉の一つだ。最近では、市民団体に協力して、アジアから女性ビデオ監督を招いて上映会を開いた。これは、うけにうけた。
 このほか、男の育児教室・男の料理教室といった日本の女性センターの定番メニューも、もちろん開設している。
 こうした多彩な事業は、ほとんどが非常勤嘱託の女性職員の知恵と手間に支えられている。女性が力を発揮するのは本当にうれしいことなのだが、その反面、待遇の悪さには心が痛む。これは日本のすべての女性センターに言えることなのだろう。
 でも、まずは第一歩を踏み出さないことには、二歩目も三歩目もありえない。そして、市民に近い現場だからこそ聞こえてくる女性たちの生の声を、市の政策に反映していきたい。                                    

 
(三井マリ子・とよなか男女共同参画推進センターすてっぷ館長)
 
(2004年1月25日付中国新聞朝刊)