トラブルシューティングの道具

職場で中・軽度の知的障害をもった人と面談する際、それもトラブルを
起こす人と話をする際の注意事項をまとめました(スタイルは
ワインバーグの「システム思考法」のパクリです)。
職場内マニュアルの公開です。


道具を使う

私たちが直面するトラブル

これらは、知的障害そのものからきている能力障害や身体的な障害特性と直接関係がなさそうなトラブルの例です。いわゆる、性格的な問題や生活態度あるいは情緒・精神的な何かが原因であると言われる場合が多いものです。私たちが知的障害をもつ人に援助する際、このようなトラブルと出会うことは非常に多いのです。

一生懸命が通用しない

知的障害をもつ人たちの社会的な自立の支援を仕事としている私たちは、このようなトラブルに遭遇すると,一生懸命問題解決しようと努力します。ところが、どんなに一生懸命(相当の時間と労力をかけ,そして精神的な負担を背負う)働きかけても、一向に解決に向かわない,それどころか事態がますます悪化してしまう場合も少なくありません。

時には,一生懸命さが相手に伝わり、自分とその人との良好な人間関係を築けることもあります。しかしそれは、自分個人と知的障害をもつ人個人との関係であり、社会的な自立といった本来の仕事の目的からは、全く進歩していないこともあります。

より良い道具

私たちが一生懸命だけに依存しなくてはならないのは,問題解決に必要な「道具」とそれを生かす「技術」が不足しているためでもあります。まずとっかかりとして、ひとつの「道具」を使ってみましょう。これは、システムエンジニアのマネージャーや家族療法家が活用している道具を単純化したものです。ここからスタートして,段々と私たちにとって使いやすい道具を作っていきましょう。

より良い道具を探す3つのステップ
  • 人の使っている良さそうな道具を使ってみる
  • その道具を自分がより使いやすいように調整してみる
  • 自分が使いやすい道具をみんなが使いやすいように変更する

道具「概略図を描く」

道具は、基本的に次の3つです。

図・丸と矢印

丸と矢印

  • 丸い図形を描きます。その中に文章を入れます。文章は「援助者の行動」を書きます。
  • 丸から丸へと矢印で結びます。矢印の方向は単純な因果関係の流れを表します。

図・正の関数と負の関数

正の関数と負の関数表示

  • 左の矢印は正の関数を表します。矢印がAからBに結ばれているとき、Aが増えたらBが増えるという因果関係を表します。
  • 矢印の中央部に●印がついている場合は,負の関数を表します。Aが増えたらBが減るという因果関係を表します。

図・閉じた輪

閉じた輪にする

  • 丸と矢印を使って左のように閉じた輪を作ります。これが基本形です。

作図上の注意点

図・やさしい作業から抜け出ない

図1 いつもやさしい仕事のスケジュールを組んでいる

この絵は,いつもやさしい仕事・楽な仕事しか作業室でやらない、ある利用者の問題を表しています。立ち仕事や細かな作業、そして工程の長い作業を日課に組み込むと、とたんにまわりの利用者にちょっかいを出したり、私たちにいろいろとおしゃべりをしてきたり、時にはいたずらをするなど、作業効率に著しい低下を見せはじめます。当然,私たちは「しゃべらないで作業をすること」と注意したり「がんばろう」と励ましたりして,その利用者に注目を集めます。当初しばらくは、これでうまくいくのですが,次第に、

といったような行動に移ります。ここまで来ると,注意や励ましではどうしようもありません。結局、「より高度な仕事のスケジュールを組む」という私たちの試みが減っていくだけです。

道具を使えば上の冗長な文章による問題の説明が、視覚的に簡単に理解できるようになります。気をつけるのは,私たちの行動のことばで丸の中の文章を作ることです。子どもや障害者の教育・福祉の分野では、一般的に「利用者の立場のことばで記述する」ことが推奨されていますし、確かに大切なことです。しかし、これができるのは本当の(年季の入った)プロだけです。私たちは,まだ仕事をはじめたばかりです。相手の立場に立ったことばを使う前に、自分の行動を表すことばを記述する練習が必要です。


悪循環に注目する

根源撲滅と常時予防

トラブルシューティングには、大きく2つのアプローチが存在します。ここでは、「根源撲滅」と「常時予防」と呼ぶことにします。今流行の食中毒対策を例にこの2つのアプローチの違いを説明します。

根源撲滅 常時予防
  • 食中毒の症状の原因となっている菌(例、O157)を特定化する
  • その菌が体内に入り込んだ経路を特定化しその経路を遮断する
  • 石鹸による手洗いを頻繁に行う
  • 調理してから時間がたったものは口にはしない
  • 調理器具は常に清潔を保つ

この2つのアプローチはどちらも重要です。ちなみに、知的障害をもつ人のトラブルシューティングでよく使われる根源撲滅型の表現には次のようなものがあります。

周囲とトラブルを引き起こす知的障害をもつ人は,一般にひとつの形に問題ではなく、いろんな形の問題を抱えているものです。そして、根源撲滅のアプローチは,どのような形の問題でもその真の原因は一つ(ないし複数)であり、それを取り除けばすべてがうまくいくと期待できるものです。

一方、常時予防のアプローチは、そんなドラマティックな結末を期待できません。先に(過去に)存在した原因ではなく、今(今後も)その問題が続いている仕組みに注目します。また、このアプローチで用いる対処法は、日常にありふれた、見映えのしないものばかりです。しかし、これを行い続けることがむずかしい事は、私たちは自分の経験から身に染みているはずです。

常時予防を支持する根拠

私たちが使おうとしている道具(略図を描く)は、常時予防にのみ活用できるものです。なぜ,常時予防の道具を選択したのか、その根拠を次にまとめてみます。

根源の存在が明らかになっていない
大腸菌の特定の種類がもたらす影響のように、私たちがかかわっている仕事のトラブルの根源を明確に説明できる理論や根拠はまだまだ不十分です。
根源を見つけそれにアプローチするには相当の専門性が必要
根源の理論が十分でなくても、世の中にはこの根拠をすばやく見つけ,そして対処するすばらしい専門家がいます。ただし、私たちはそのようなトレーニングをうけていませんし,それを行う仕事についているわけでもありません(協力すべき対象として活用する)。
常時予防が不必要であるとする根拠は無い
どんなに素晴らしい根源撲滅アプローチであっても、常時予防が不必要であると論じる人は誰もいません。
魔法の道具
常時予防だけに活用できるこの道具も、使っていくうちにどんどん進化します。根源撲滅のよい資料作りすら可能かもしれません。期待しましょう。

 


循環図の練り直し

下の図は,ある遅刻常習犯の行動が減らない問題を表しています。

図・遅刻は減らない

図2.遅刻常習犯の悪循環

遅刻をすると私たちはごく普通に注意・叱責を行います。ところがこの常習犯は、注意・叱責に対してすぐに「ふてくされる」という習慣をもっています。当然、全く仕事には手をつけず、何時間でも立ちすくんだり、座り込んだりして時間を消費することを苦にしません。困ったことに、私たちはそのような態度に非常に弱く、しばらくの時間をおいた後で必ず「自分が叱責したことはいかに社会常識から見て妥当で、おまえの態度は良くない」だから「次回からは許さないぞ」と決めの文句を言い、服従の行動(「はい」あるいは首を縦にふる)を引き出そうと努力します。ところが、この服従は、そのとき限りであり、また遅刻をし、ふてくされに対して説得工作を行うを繰り返すことになります。

ひとつの輪ではおさまらない

これだけで終わりません。この悪循環が継続していることで、私たちはこの対処法に意固地になってきます。すでに、効果が無い対処であることを知りつつ、この対処を止められない心理状態が生まれるのです。効果が無い対処を続けているわけですから、遅刻はますます安定します。

図・遅刻はもっと減らない

図3.遅刻の悪循環がより強固になっていく

問題が大きく、長期化している場合、この図のようにひとつの循環ではおさまらない、複数の輪で重ねられた絵が描けるものです。悲観的にならずに、今起こっている現状を描いてみることが、問題解決の第一歩となります。

理想的な循環を描く

うまく悪循環が描けたなら、次に理想的な循環図を描きます。もちろん、完全な絵を描くことは不可能です。不明確なところは「?」マークを書き込みます。すると、自分がどのように機能すればよいかが少し見えてきます。もちろん、「いつ」「何を」するかまではまだまだわかりません。

図・仕事放棄を減らす

図4.仕事放棄を少なくする対処

図・遅刻回数を減らす

図5.遅刻の回数を少なくする対処

図4と図5は、遅刻常習犯への理想的対処法の2つの絵です。図4では、遅刻を見つけた後に何らかの対処をすることで、仕事放棄が減り、結果的に説得工作も減るため遅刻が少なくなることを表しています。一方、図5では、仕事放棄を見つけた後に何らかの対処をすることで、遅刻が減ることを表しています(結果的に注意・叱責も減り、仕事放棄も減る)。


何をするかを考える(一般原理)

原則は指示的対処

【非指示的アプローチと指示的アプローチ】

人の行動・態度を面談で変容しようとする試みには、伝統的に2つのアプローチがあります。ひとつは、相手に対して「××しなさい」あるいは「××はどうでしょうか」「××と△△のどちらにしますか」と明示的なアドバイスを提示する指示的アプローチです。もうひとつは、それとは全く逆で、明示的なアドバイスは全く提供せずに、本人の自分の力で課題を解決する手助けをしようとするものです。これは非指示的アプローチと呼ばれています。

私たちの国の一般のカウンセリングの多くは、後者の非指示的アプローチを推奨しているようです。特に、カウンセラーの指導的(指示的)な言動は固く禁止されています。ところが、このカウンセリングアプローチは、十分な知性や社会常識をもち、自分から問題解決したいと動機づけられた比較的健康な人を対象にしています。相当重篤な精神科的症状をもつ人や知的障害をもつ人には、非指示的アプローチの効果は現れにくいものです。

【瞹昧な指示】

また、瞹昧な結末でしめる面談も結果的に非指示的アプローチと同様な効果しか得られません。たとえば、「一緒に考えよう」「がんばろう」「なんとかしてみよう」で面談を終了する場合がこれにあたります。すべての面談で最良のアドバイスが提供できるとは限りません。しかし、それでも「××日にどうするかを伝えます」といった、明示的な延期を伝えるべきです。

行動に着目する

【行動に焦点を当てるか洞察に焦点を当てるか】

指示的なアプローチにも大きく分けて2種類の指示が存在します。ひとつは、何をするかを規定する、つまり人の行動に焦点を当てる方法です。もっとも単純な表現だと「××する」「××と言う」といった目標を設定することです。もうひとつは、行動そのものというより、人の見方や考え方、感じ方の変化を求める、つまり洞察に商店を当てる方法です「責任感の重さを知る」「ひとつの忠告がすべてを否定しているわけで無い」「約束を破られた相手の気持ちを知る」などが代表的です。

研究調査では、洞察に焦点を当てたほうが良好な変化をもたらすとする証拠も、行動に焦点を当てたほうが良好な変化をもたらすとする証拠も、両方存在します。ただし、知的障害をもつ人にとっては、行動に焦点を当てるアプローチの方がより有効だと考えられます。根拠は、洞察ではどうしても抽象的な表現を使用するため、より高度な言語をあつかう能力が求められるためだと言われています。可能な限り、行動に着目した指示を用いるようにします。

その他の留意点

具体的な指示の内容を決定するための留意点はその他にもいくつかあります。下の表は、留意点をまとめたものです。

  1. 指示的なアドバイスを行う
  2. 瞹昧な指示は用いない
  3. 行動に焦点を当てる 一発効果を期待しない(根源撲滅ではないことを忘れずに)
  4. 誰にでも、どんなときでも通用する模範回答は存在しない(個別対処)
  5. 可能な限りたくさんの案を用意する
  6. 指示の方法も検討(話し言葉に依存しない、できれば痕跡なのこるスタイルで)
  7. 常に指示の内容を想起できるような工夫を考える
  8. 小さな前進を見つけやすく、そしてフィードバックできるように

 


面談スタート 職場で、利用者と面談する際の注意点を以下にまとめます。

  1. 誰と何を目的とした面談を行うかを他の職員に伝える
  2. 面談を行った後は必ず職員ミーティングで報告する
  3. 「面談フォーム」をもっていき記入しながら面談をすすめる
  4. 「面談フォーム」の記入は可能な限り短い文章・やさしい言葉・ひらがなで記入する
  5. 1回の面談は、5分を基本に、最長でも10分を超ないこと
  6. 1回の面談の目的は、1つを基本に、多くても2つまでとする。
  7. 1回の面談の結論は、2つ以内を基本に、多くても3つまでとする。
  8. 面談終了後、本人の希望をとり、必要なら「面談フォーム」のコピーを渡す。
  9. 「面談フォーム」は必ず個人ファイルに閉じこむこと

(志賀 利一)


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