問題行動の理解と対処法マニュアル Ver 1.10

1990年夏〜冬にかけて作成した、「問題行動の理解と対処法マニュアル」
の初期のバージョンです。学習理論を基礎とした行動論的なアプローチ
のテキストが、すべて障害をもつ子どもや大人中心ではなく、技法ないし
理論から書かれているのが、当時気に入りませんでした。
ということで、まとめたものがこのマニュアルです。以後、何度も
書き直しをすることになりました。


原因を見つける

自傷や攻撃行動とは、障害を持つ人特有のものではありません。また、彼らがこのような行動をほんの希にしか起こさなかったり(例;年に数回)、それ自体さほど強烈なものでなければ (例;壁にコツンと数回頭をぶつける、人の肩をポンとたたく)、神経質に問題視しない方が得策と考えられます。 しかし、ほとんど毎週、あるいは毎日のように自傷や攻撃行動を見せ、そのうえ、自分の体を傷つけたり (例;大きなアザをつくる、血を流す)、周りの人やものを傷つけたり破壊する、あるいはその可能性が大いにある場合、早急に原因を解明し、何らかの対処を必要とします。[*1]

ここでは、「自傷」 や 「攻撃行動」 の理解の仕方、具体的対処法を 「教育・心理的」 な視点から簡単にまとめます。また、学術的な体系や理論の分類法に準拠するのではなく、なるべく実践的な記述方法を心がけます。

自傷や攻撃行動が起きる原因について、これまで多くの人がいろいろな角度から推測しています。この推測方法は、一般に、行動が起きる直前・直後の直接的な原因を詳細に追求するものと、その行動を起こす人の過去ないし現在の生活全体を概観し、間接的だが固定した原因を究明するものとに分けられます。これからは、この2つについて、前者を 「浅い原因」、後者を 「深い原因」 と呼ぶことにします。


1.2つの原因

深い原因

これは、ある人が、いつ、どこで、いかなる自傷や攻撃行動を示しても、すべて同じ原因が形を変えて現れたものと考えます。深い原因としてあげられる代表的なものを、以下の4種に便宜的に分類します。

  1. 生理・神経学的な側面 (例;運動不足、体調不全)
  2. 認知・発達的な側面 (例;認知の未発達、反抗期、思春期の自己主張)
  3. 教育・心理的な側面 (例;家庭の養育態度、学校の教育方法、欲求不満)
  4. 生態学的な側面 (例;日課の組立方、指導者の配置方法)

このような深い原因を正確に決定することは、大切なことです。特に、これは長期的に、しかも根本的な解決を期待させるものです。しかし、これを決定するには、その行動を起こす人の過去から現在に至る非常に多くの情報と、決定する側の豊富な経験や知識、そして客観的な目を必要とします。そのうえ、今、強烈に頻発している自傷や攻撃行動に、とりあえずどのように対処するか、具体策が生じない欠点もあります。

浅い原因

大きな問題を抱え、すぐに何らかの手を打たなければならない状況なら、まず、この浅い原因を見つけることが大切です。

どんなに重大な深い原因が存在しても、障害を持つ人が自傷や攻撃行動を起こす直前には、必ず 「きっかけ」 があり、その直後には、この行動の増減を左右する 「働きかけ」 があります。そして、この 「きっかけ」 や 「働きかけ」 は、問題が起きた時間や場所により異なると考えた方がよいようです。頻繁で強烈な自傷や攻撃行動を示す人については、この浅い原因を正確に調べることが第一です。


2.記録をつける

浅い原因を見つけるには、正確な記録が必要となります。次の記録例を見てください。

A君の記録例
時間:
8月29日 10:05から10:20
行動:
「キー」 と大声をあげ、自分の頭を机に打ちつける。右手首を噛みつく。
状況:
6人グループの作業時間、袋詰め課題を始めて40分後に、指導者Tが作業の間違いを注意したとき。
対応:
指導者Tは、初めの2分程 「やめなさい」 「手は噛まない」 と注意し、手を持って制止しようとしたが止まず、席から離して自由にさせておく。

よい記録とは、このA君の記録例のように、「いつ」 「どのような状況で」 「どのような行動を」 「どれくらい行い」 「どのように対処したか」 が簡潔に記載されているものです。[*2] 記録を1・2週間欠かさずにつけると、この行動が生じやすい 「きっかけ」 や「働きかけ」 にいくつかの共通点を見いだせます。

例えば、A君のように、袋詰め作業を40分以上続けたとき、ないしは指導者に大きな声で間違いを指摘されたときに、自傷や攻撃行動を見せる場合があります。また、何をやっていいかわからない自由時間になると、周りの子どもを突き飛ばす生徒もいます。母親が近くにいるときに限って、自分の頭をたたく子もいます。もしかすると、その母親はいつも、「頭叩き」 に対して、手をとってそれを制止することに一生懸命になっているかもしれません。

記録により、これまでごく当たり前にやってきた自分の行動を、冷静に見つめ直すことができます。非常に細かい、冗長な記録は、決して必要ありません。大切なのは、一定期間無理なく継続して記録できる方法を選択することです。

記録をまとめ、共通点を見つけだす作業の間に、自傷や攻撃行動の原因をいくつか推測できるようになります。[*3]


3.複数の原因を推測する

どんなに完全な記録でも、それを概観するだけでは原因を決定できません。大体は、何通りもの解釈が可能です。先のA君の場合も、次のように解釈できます。

  1. 袋詰めの作業が難しすぎるのでは?
  2. 集団作業の場面が苦手なのでは?
  3. 休憩の取り方が少なすぎるのでは?
  4. 指導者の指示の出し方がまずいのでは?
  5. 間違いを修正されることを極端に嫌うのでは?
  6. うまくできないとき人に援助を求める方法を知らないのでは?
  7. 自傷を行えば作業が止められるといったルールを学習したのでは?

これ以外にも、いくつか原因が考えられます。「浅い原因」 に限定したにも関わらず、こんなにたくさんの解釈が生まれてしまいます。「浅い原因」 だからといって、たった一通りの解釈でよいわけがありません。一通りの解釈で原因を決めつけてしまうことが、もっとも大きな指導上の誤りとなります。

では、どの解釈が妥当であったのかを検証します。検証方法は、実際に試してみるしかありません。A君の事例を通して具体的な方策を検討します。a. から g.の予想される原因それぞれに、検証のための対応法を考えます。

a.-(1) 別の易しい作業を用意する。
a.-(2) 袋詰め作業の工程のうち易しい部分だけを提供する。
b.-(1) 席の配置を変え、他の利用者の影響を少なくする。
b.-(2) テーブルに間仕切を立て、視覚的な遮断を行う。
b.-(3) 他の利用者が外出している時間を利用する。
c.-(1) 日課を個別的に変更し、休憩の回数を増やす。
c.-(2) 日課を個別的に変更し、休憩の時間を長くする。
d.-(1) 担当の指導者を変更する。
d.-(2) 指導者は声掛けの前に必ず手本を示すようにする。
d.-(3) 指導者はA君がうまく作業を続けているときに励ましの声掛けを行う。
e.-(1) 間違いのチェック・修正は作業終了後に指導者が行う。
e.-(2) a.-(1)・d.-(2)と同様。
f.-(1)  「手伝って」「離れたい」 「休みたい」 といったコミュニケーションあるいはそれと代替する方法を指導する。
f.-(2) 順調に作業を続けている間も、誰かがA君の様子を監視している。
g.-(1) c.-(1)と同様 (自傷の前に休憩を取る)。
g.-(2) 自傷を起こしたら、その後作業時間をさらに延長する。

もちろん、これ以外にも対応法は考えられます。とにかく、これまでとは異なる対処法を列挙すればよいのです。ただし、倫理的に問題があるような選択肢は排除します。例えば:

g.-(3) 自傷を起こしたら昼食を抜く。
g.-(4) 自傷を起こした直後に、A君のもっとも苦手なマラソンを強要する。

このような選択肢は、自傷や攻撃行動の原因を探るには不必要です。もちろん、それ以前の問題を内包しています。[*4]


4.複数の原因を許容する

さて、話をA君の自傷行為へと戻します。推測される原因個々の、新たな対処法を実際に行っていきます。ここで大切なことは、「原因がたった一つの自傷や攻撃行動はまずない」 という事実を知っておくことです。自傷や攻撃行動の歴史が長く、いろいろな場面で頻発している人の場合、いくつもの原因が複雑に組み合わさっています。ですから、新しい対処を行う場合、もっとも原因として可能性の高い因子と、優先できる対処法を最初から組み合わせていきます。[*5]

A君の場合、作業を易しい部分だけとし (a.-(2))、指導者は順調に作業を続けている間励まし (d.-(3))、間違いを注意する前に必ずお手本を示し (d.-(2))、30分ごとに休憩をいれれば(c.-(1))、まったく自傷行為を見せなくなりました。

この段階で、自傷や攻撃行動の原因が確定したことになります。ここで、もう一度A君に対して考えた新しい対処法の一覧を見てください。これは、「浅い原因」 の推測から派生したものです。その中には、指導者1人の力で変更可能な項目から、「職員配置」 や 「スケジュールの組み変え」 に至る組織的な変更を迫る項目もあります。もし、ここまでできれば、すでに 「深い原因」 への配慮も開始したことになります。[*6]


5. 深い原因を考える

以上の手続きを踏めば、たいていの自傷や攻撃行動は減っていきます。もちろん、この減少が指導の終了を意味するものではありません。本当の指導はこれから始まるのです。詳しくは、後半部分に書きます。しかし、「浅い原因」 と 「深い原因」 の一部は、これまでに検討したことになります。

ところが、ごく希に、考えられ得るあらゆる手を尽くしても変化を見せない自傷や攻撃行動があります。もはや、奥底に隠れている固定的な原因を考えなくてはなりません。この段階は、一般化できる問題ではなさそうです。個々の事例研究の成果に委ねるしかありません。以下には、現時点で考えられ得るガイドラインをまとめてみます。主観的な部分がかなりあります。

  1. 人・情緒的な問題よりも障害固有の原因から推測する:例えば、自閉症児・者の場合、「一日のスケジュールの予測が困難」 「自由時間にやるべき課題を自分で探せない」 などといった原因が、自傷や攻撃行動を引き起こしている可能性は少なくありません。
  2. 障害を持つ人と日常接しているあらゆる人材と情報交換を行う:例えば、教師であるなら、家族や他の専門機関や通っている習い事先、ボランティアさんなどとです。
  3. 当事者のニーズとプライバシーの問題を明確にする:深い原因を探る場合、障害を持つ人あるいはその家族の生活にかなり深入りするかもしれません。指導に携わる者としては、「自分の能力の限界」 「当事者との信頼関係」 「当事者の人権」 などに常に敏感でなくてはならないのです。
  4. 1人で指導を抱えこまない:上の2つとも関連する内容ですが、各専門あるいは非専門分野の役割を明確にすることが大切となります。

6.まとめ

自傷や攻撃行動には、必ず原因があります。その原因も、ほとんどの場合、現在の周囲の状況をいくらか変更することで見つかります。過去の生育歴や、対人関係、家族システムなどまで考慮しなくてはならないことは少ないようです。しかし、10年近く自傷や攻撃行動が、かなりの高頻度で継続していたり、家庭生活の維持に困難をきたすような大きな問題行動は、もっと深い原因を推察する必要があるかも知れません。

[*1] 「自傷」や 「攻撃行動」 がすべて、治療や教育の対象となる 「問題行動」ではありません。「問題行動」 を 「ノーマライゼーションの思潮をベースにした社会的な許容範囲」 や 「障害を持つ人のライフスタイル」 「周囲にいる人たちの人間関係」 などと切り放して、「教育的指導」といった狭い因子だけで判断してはいけません。これは、障害を持つ人の治療・教育にとって重要な問題です。
[*2] 正確な記録をつける上達法は、「複数で記録をつけ、お互いに添削すること」「ビデオで録画しておき、後で自分の記録と照らし合わせること」 などがあります。そして、もっとも大切なことは、記録はその場でリアルタイムにつけることです。後で、「用紙にきれいにまとめて書く」 といった方法が上達を妨げる第一の原因です。
[*3] 記録は、何らかの介入を開始する基礎となります。経験的には、「基礎的データ」 を収集するための記録が、意外な効果を引き出す場合があります。例えば、記録をつけてみると、「以前の主観的印象程、自傷や攻撃行動の回数や持続性がなかった」 ことがわかり、別の目標を計画し始めることがあります。また、記録をつけるだけで、指導者の対応法が変化してしまい、問題視していた行動が減り始めることもあります。
[*4] 障害者に対する嫌悪的な対処法の全廃を訴えるムーブメントは、近年たいへん盛んになってきています。ところで、「嫌悪」 とはどういうことを言うのでしょうか。オレゴン大学のホーナー氏は次のようにまとめています。「それは、観念論的には、a.痛みを伴うもの、b.身体的な害が生じるもの、c.社会的な恥辱やステータスを著しく傷つけることを指し、行動論的には、それが後続されることを回避したり逃避する反応を示すもの」ということです。
[*5] 実験的な研究と実践との違いがもっとも明確に表れるところです。実験研究では、なるべく一般化できる法則を検証するために、固定的な因子ないし手続きの発見に価値を置きます。しかし、実践は、因子の確定ではなく、目標達成の可能性のあるあらゆる手続きをどん欲に用いることをよしとします。
[*6] 組織的な変更は、特殊教育の場や障害者の生活を援助する特別の場(施設) では、困難ではあるが挑戦すべき重要な課題です。なぜなら、ノーマライゼーションの視点からすると、そこは自然な環境ではなく、障害を持つ人1人ひとりの実態にあった援助をすべき環境だからです。ところが、「家庭」 や 「統合教育の場」 など、ノーマライズされた環境の整備は慎重に行わなくてはなりません。今回は、「個別的対応を行うべき」 場での対応を中心にまとめています。

消極的な対処法

一般的には、自傷や攻撃行動は、先に述べた手続きを踏んで、原因をしっかり見きわめてから、対応策を検討します。ところが、その行動の強烈さゆえに、悠長に原因探しをしていられない場合があります。それほど強烈でなくても、自傷や攻撃行動を起こす場所によっては、とりあえず周囲の混乱を最小限にとどめておきたいものです。このような、緊急時あるいは一時的な対処法を、ここでは「消極的な対処法」 と呼ぶことにします。[*7] 私たちが、知らずしらずに対処している手続きのほとんどがこれに相当します。しかし、このような将来に向けての効果や教育性に乏しい対応も重要ですし、一定のルールが必要です。


1.危険の予防

指導者という立場にあれば、「あらゆる自傷や攻撃行動は治る」 と信じたいものです。事実、数多くの研究や実践において、すばらしい成果が報告されています。しかし、たとえ治るにしても、これらの行動は、それ以前に取り返しのつかない事態が生じる危険性を含んでいます。次のような例をあげます。どれも実際にあった症例です。

  1. かんしゃくを起こすとガラスの扉や窓、家具に突進する。
  2. 大きな机や椅子などをあたりかまわず投げつける。
  3. 駅のホームからレールにものを投げつける。
  4. マンションの4階のベランダから飛び降りる。
  5. 電車や車に向かって突進する。
  6. 小さい子どもの髪を引き抜く。
  7. 人の目や口の中に指を突っ込んでくる。
  8. 人の眼鏡を放り投げる。
  9. 自分の目の中に指を入れる。
  10. 指の爪をすべて剥いでしまう。
  11. 瓶のキャップを飲み込む。
  12. 自分の排泄物を食べる。
  13. 瘤や血がでるほど自分で頭をたたく。

このリストの中には、自傷や攻撃行動の範躊にはなじまない項目もありますが、どれも危険な行動です。

自分の体や周囲の人や物に致命的な損傷を与えてしまう行動は、とにかく2度と起こして欲しくないものです。このような場合、まず第一に、危険な行動を完全に抑制できる手段を講じなくてはなりません。人為的あるいは物理的にいろいろな方法を考えます。例えば、「眼球に指を突っ込み白内障になりかかっている」事例の場合、その消極的な対応法として、「必ず1対1で監視者がつく」 「監視者がしばらく持ち場を離れるときは肘に堅いサポーターを巻き、指が目に行かないようにする」 などが考えられます。


2.制限を最小限とする

危険の予防は大切です。しかし、これは決して最善の策ではないことも理解しておかなくてはなりません。先の 「サポーターを肘に巻く」 方法は、一時的であったにしても、倫理的な側面からの十分な検討が必要です。この対処の善し悪しは、「個人」 で判断できません。指導者仲間だけで決定することにも疑問がもたれるでしょう。[*8] どの程度オープンにし、なおかつ迅速な決定が下せるか、今後の実践上の課題です。

倫理面だけではありません。「駅のホームからレールに、必ず鞄や靴、空きカンを投げつける」「外で幼児を見つけると走って近づき思い切って髪の毛を抜いてしまう」なの危険予防として、「外出しない」 を選択する場合があります。この選択による悪影響も予想されますが、[*9] それ以上に、生活の幅を人為的に狭めていくことが問題です。「必ず付き添い人をつける」 「外出中の付き添い人の態度の見直し」 などのサポートの強化をまず検討すべきです。

「危険の予防」と 「制限の最小限」 とは、ときには対立する概念です。それぞれの事例によって、バランスを検討しなくてはなりません。「どんな予防策をとるか」 「それによって生活はどれくらい制限されるか」 「この予防策の期限をいつまでとするか」 具体的に明記しておくべきでしょう。


3.消極的な対処法は一時的に

消極的な対処法については、その指導性や効果の面が十分でないことから、これまであまり触れられてきませんでした。しかし、現実に自傷や攻撃行動を頻発する人に対しては、真っ先にこの対応がとられますし、この対応があまりに極端であったり、まずい方法であったがために、事態をますます悪化させることもあります。消極的な対応法に関して、これからは慎重に議論する必要があります。[*10]  とにかく、「消極的な対処法は、原則的に、一時的なものであり、自傷や攻撃行動を減少させる本来の手続きではない」 ことを認めることは大切です。

[*7] 「消極的」 といった言葉を用いましたが、「なるべく手を下さな」 いといった意味の消極性ではありません。後に述べますが、自傷や攻撃行動の減少へ向けて系統的に計画を立て、一歩踏み込んだ指導と比較して 「消極的」 と呼んでいるのです。
[*8] 新しい公衆衛生法が一時議論をよびました。
[*9] 蛇足ですが、もっとも可能性の高い悪影響は、家庭や施設内でこれまで以上に調子が悪くなったり、監視の目を盗んで外を 「はいかい」 するなどでしょうか。
[*10] 現時点では、このテーマを取り上げた文献は少なく、十分な考察ができません。

系統的な対処法

それでは、積極的な指導方法を具体的に説明します。「原因を見つける」 章で述べましたが、自傷や攻撃行動の指導は、まず 「浅い原因」 を調べることから始めます。障害を持つ人の現在の周辺環境をいくつか変えてみると、自傷や攻撃行動が減っていきます。思い通りの結果が得られない場合は、再度この手続きを繰り返してください。たいていの自傷や攻撃行動は、この手続きで減っていきます。[*11]

ここから系統的指導が開始されます。「もうすでに自傷や攻撃行動がなくなったのにどんな指導をするのか」 と疑問に思われる方もいるかもしれません。私たちはこれまで、原因を探すために、障害を持つ人が自傷や攻撃行動を見せなくてもすむ快適な環境を作り上げてきました。これは、障害を持つ人の精神衛生だけでなく、周囲の人たちにも好影響を与えます。ところが、この環境に障害を持つ人がずっと居続けることは良いことなのでしょうか。本人や家族あるいは周囲の人たちはそのことを望んでいるのでしうか。また、障害者のそういう生活を社会はこれから望むのでしょうか。

現在は、障害を持つ人が 「施設内で保護された生活より地域の中でより自立した生活を送る」 ことや 「障害を持つ人同士の集団ではなくそれ以外の多くの人の自然な集団の一員となる」、「多くの人と同じような選択や危険にさらされる権利を持つ」 などといったノーマライゼーションの価値観が尊重されています。現実の制度や全体の認識がどの程度まで進んでいるかは、評価が分かれるところです。しかし、この価値観は進展することはあれ、もはや後戻りできるものではありません。[*12]

つまり、自傷や攻撃行動の原因探しのために整備した快適な環境が、ノーマライゼーションの思潮と一致しないなら、その間を取り持つ指導的介入が必要となります。もちろん、ノーマライゼーションだけでなく当事者のニーズも重要な要因です。[*13]

Aくんの事例を思い出してください。彼は、作業を易しい部分だけとし(a.-(2))、指導者は順調に作業を続けている間励まし (d.-(3))、間違いを注意する前に必ずお手本を示し(d.-(2))、30分ごとに休憩をいれれば (c.-(1))、まったく自傷行為を見せなくなりました。そして、この作業所では、このような特別な対応を必要としているのはAくんだけです。他の利用者とはまったく異なる不自然な対応です。以下には、Aくんの事例を中心に具体的な指導法を解説していきます。


1.指導目標を決定する

単純に考えるなら、Aくんにとって、4つの特別な条件が整備された環境と、他の利用者と同一の環境との間にある溝を埋めることが療育的な指導のゴールとなります。しかし、ノーマライゼーションの思潮は、「他の人とまったく同じにする」ことを薦めているわけではありません。まずは、「許容」 できるもっとも緩やかな条件をゴールとします。

Aくんの4つの条件で考えてみます。「順調な作業への励まし」 と 「間違いの修正は言葉でなく手本で示す」といった条件は、Aくんの変容を期待するより、指導者の変容を求めた方が良さそうです。確かに程度問題で、「1分置きに励ます必要がある」あるいは 「優しい言葉掛けでも間違いの修正を嫌がる」 のなら、何らかの指導的介入が必要でしょう。しかし、Aくんの場合は、そこまで極端ではありません。この2つの条件は、療育的な目標ではなく、指導者が理解すべきものとなります。

逆に、「作業課題の難易度」 と 「作業時間」 については、療育的指導目標になります。例えば、この作業所設立の目的は、「家庭で生活する人の昼間の通い先を確保する」「働く場を提供し、職業訓練の機会とする」 ことです。新しく難しい作業を覚えることと、長い時間の作業時間に耐えられる身体的・精神的な力をつけることは、2番目の目的と合致します。また、自傷行為を起こさないために整備した環境を、この作業所では長期間維持できないならば、家族は別の通い先を検討しなくてはなりません。[*14]これは、1番目の目的に反することです。作業の難易度と作業時間は、指導目標として十分妥当性があります。しかし、この2点の指導のゴールを、すぐに他の利用者と同じ程度に設定する必要はありません。ここでも 「当面の許容範囲」 を検討することになります。

現在、作業所の職員としてもっとも手がかかり、何とか改善を期待する点は、「休憩の回数を減らすこと」です。袋詰め作業の一行程だけを実施している点については、少々準備と後片づけに手間取るものの、優先すべき問題ではありません。とにかく、時計を気にしながら30分ごとに休憩室にAくんを連れて行ったり、呼び戻したりすることは大変です。少なくとも、午前と午後1回ずつの休憩で済ませたいものです。

ここで、Aくんの具体的な指導目標が決まりました。指導のゴールは、「午前10時半と午後2時半の休憩だけで、一週間自傷行為を2回以上起こさない」 と決定しました。


2.段階的なスモールステップを組む

もっとも基本的な指導方法は、自傷や攻撃行動を見せない特別に整備された環境を、周囲の人が許容する環境へと、段階的かつ計画的に広げていくことです。Aくんの「作業時間」 について考えるなら、今週は30分ごとに休憩をとるが、その間に一度も自傷行為を見せなければ、次の週には40分ごとの休憩といったように、徐々にステップを上げ、最終的なゴールまでもっていくことです。

この手続きを実施する上で大切なことは、次の4点です。[*15]

  1. 現在の自傷や攻撃行動を見せない環境から、ゴールとなる環境の間に、いくつかの中間的なステップを事前に設けておくことです。つまり、スモールステップ化を図るわけです。このステップは、易しいものから困難なものへと順序化します。
  2. 順序化した次のステップへいつ移行するか、その基準を事前に決めておきます。例えば、「一週間一度も自傷行為を見せなければ次のステップへ進む」「3日続けて自傷行為が見られたら前のステップに戻る」 などです。
  3. 指導の目標やゴールは、自傷や攻撃行動について記述してありますが、現実の目標はそれ以外の許容される行動を学習することなのです。例えば、「1時間途中で何度か手は止まったにしても、継続的に袋詰め作業を行う」 ことが大切な目標となるのです。もし、ゴールやそこへ至るステップの記述で 「〜しない」 といった否定表現があれば、肯定表現に一度書き直しましょう。ネガティブな行動ではなく、ポジティブな行動に注目することは、指導の基本です。「Aくんは自傷行為を起こさなくて当たり前」ではなく、「作業時間が延びたにも関わらず、自傷も起こさず一生懸命がんばっているのだ」 という気持ちを持たなくてはなりません。
  4. Aくんの努力に対しては毎日のように賞賛します。「がんばっている」という気持ちを指導者がもったなら、それを表現しなくてはなりません。それも、Aくんが 「評価されている」 とわかる方法が必要です。例えば、一日の終わりに 「今日はイライラしないで仕事がたくさん進んだね。ご苦労様。」と暖かく声かけするのはどうでしょう。ついでに、大好きなカンコーヒーを一本買うように勧めてみては。時には、一緒にゲームセンターやパチンコに寄り道していくのはどうでしょう。障害をもった人に合った励まし方を見つけるのは、以外と難しいものです。しかし、これは怠ってはいけない大切な問題です。

もちろん、この手続きは、時間を長くするとき以外にも応用できます。もし、ゴールが複雑な作業課題の学習であっても、同様にスモールステップを組んでいけます。また、「集団に慣れる」 ことがゴールである場合も、自傷や攻撃行動の起こさない静かな環境から、目標とする集団までいくつものステップが組めます。


3.自傷や攻撃行動と対立する行動を教える

上の指導法は、自傷や攻撃行動の原因に直接依存しない手続きです。そして、このような単純な手続きだけでも、目を見張る効果が現れるものです。しかし、周囲の環境を系統的に変化させるだけでなく、障害を持つ人自身のある行動の指導も、並行して必要となる場合は少なくありません。これは、原因と直接関係する方法を採用しなくてはいけません。

以下には、自傷や攻撃行動を減らす目的で、個人の特定の行動を指導する手続きをまとめます。基本的な手続きは最初の4つです。それ以外にも、細かな手続きはたくさん存在します。その一部は次の章で、いくつか簡単に紹介します。どれも万能ではないことを忘れてはいけません。瞬時の効果が表れにくいものもあります。しかし、障害を持つ人の自傷や攻撃行動の指導として、1人ひとりにもっとも合った手続きが見つかれば、これほど強力で長期的な効果を望めるものはありません。[*16]

(事例) 言葉の指示では、どこへ連れていかれるのか理解できずに、自分の手や人の手を強く噛みつく小学3年生のBくんに対して、この 「指示に従う練習」 を行いました。現在、Bくんは身近な日用品とその写真との「見本合わせ」 ができます。これを応用して、外出する日は、朝、冷蔵庫に行き先の写真を貼っておき、「きょう、〜へいくのよ。」 と2・3回簡単に言葉かけすることにしました。用意した写真は、「近くのスーパー」 「歯医者」 「マクドナルド」 の3つだけです。1カ月ほどは、この写真と行き先の 「見本合わせ」 ルールをBくんはまったく理解できませんでした(相変わらず噛みつき)。しかし、その後は急に噛みつきが減り、この写真による指示を理解したようです。今では、マクドナルドへ行きたいときなどは、自分で写真を冷蔵庫に貼っています。(事例)作業の間違いの修正を極端に嫌うAくんの場合も、時と場合によっては、この指導を採用する場合があります。一般的には、修正の方法や、修正する対象によっては、必ず自傷を起こすとは限りません。「言葉かけの前にお手本を示す」「隣の生徒に手本を示してもらう」 「修正が簡単な課題を用いる」 などの手段を講じてみましょう。この指導も、スモールステップの原理を用います。自傷を起こさないレベルから、許容されるステップまで段階を踏んで進むことになります。[*17]

(事例) Cくんは、所定の課題を終了しても人に完成の合図を送ることはできません。作業終了後のCくんのパターンは、終了してもそのまま席から離れず座っている、次第に手や体を大きくゆすりだし、同時に「ウー」と奇声をあげ、10分以上たつと手首や衿を噛み頭を強く叩きだしています。そこで、Cくんに終了のコミュニケーションスキルを指導することにしました。Cくんは話し言葉をもたないため、作業の材料がなくなったなら 「終わり」 のたて札を指導者に手渡すよう指導を開始しました。

(事例) Cくんは、休憩時間中にも 「手首を噛んだり頭を叩く」 自傷行為を見せます。特に、昼の1時間の休憩時間では必ずといっていいほど自傷行為が見られます。他の利用者は、テレビを見たり指導者と雑談をしたり、窓から外の景色を眺めるなどで時間をつぶしていますが、Cくんにはそれができません。食後、10分くらいすると顔つきが変わってきます。両親からは、家庭でも自発的に遊べるレパートリーはないと報告されています。ただ、唯一、兄がCDを聴いているとき静かにその部屋に座っていられ、時にはCDをかけるよう要求する仕草も見られるとのことです。Cくんの自傷行為と対立するレジャースキルである 「CDラジカセを聴く」 が、指導目標としても設定されました。ラジカセとCくんのお兄さんがよく聴いているCDを調べて用意しました。最初は、家庭と似た雰囲気を作り上げるために、指導員1人とCくんだけで椅子に座ってCDを聴く場面を設定しました。思ったより早くCくんはその場面を気に入り、食事を食べ終わると1人でその席へつくようになりました。そこで、「ヘッドホーンで聴く」「1人でラジカセを操作する」「ウォークマンを聴く」 「少人数のグループでCDを聴く」 などの新たな目標へ挑戦開始です。昼食時間の自傷は完全になくなったわけではありません。しかし、その持続時間と強さはかなり弱くなっています。

(事例) 今年度から、@作業所では 「ワイヤーの仕分け」 と 「木工用のボルトとナット類のパッキング」 など4種類の簡単な作業を常時受注できるようになりました。そこで、毎週、利用者の半数に作業の種類を選択させました(残りの、半数は次の週に選択する)。選択方法は、各作業を象徴する写真を利用者が選びます。利用者は、全員このシステムを歓迎しているようでしたが、作業の効率はそれほど変化しませんでした。ところが、これまで作業量がもっとも少なく、頻繁に部品を指導者に投げつけていたDくんは、このシステムのおかげで目を見張る変化を見せました。彼は、自分が選択した写真と仕事の種類をマッチさせることは最初からできました。しかし、3カ月ほどは、自分の好みの作業を選ぶことができなかったようです。ところが、7月からは、選択の週がくると必ず 「ワイヤーの仕分け」 作業を行っています。どうやら、これが彼のお気に入りの課題のようです。それ以降、Dくんは材料を投げつけることがなくなりました。

自傷や攻撃行動の減少を計画的に指導する基本手続きは、以上です。乱暴にまとめると、自傷や攻撃行動以外の 「より望ましい?」 行動を増やすことで、結果的に問題となる行動を減らしていくことが、系統的な対処方法です。もちろん、漠然とした努力目標ではありません。具体的な場面や、基準をしっかりと定義して指導していくことが大切です。しかし、この手続きは自傷や攻撃行動を起こしたときの対応には直接ふれていません。その時は、前の章で述べた 「消極的な対処法」 と同様な手続きを踏むことになります。

確かに、自傷や攻撃行動が起きたときに何らかの直接的な対処法を取る場合があります。しかし、この手続きは、かなり専門的な行動観察力と指導技法や理論を身につけなくてはなりません。また、たとえこの専門性を十分身につけた人であっても、まずこの章に述べた方法を試みます。それでも駄目な場合、別の直接的なアプローチを考えるのです。ただし、「より望ましい?」 行動を増やす手続きを中断することは決してありません。

[*11] それでも減らない 「深い原因」 についての対処法は、まとめることは不可能です。
[*12] ノーマライゼーションとは、それが誕生したスカンジナビア流の (ニルジェらの) 解釈と、その後アメリカ大陸へ伝藩してからの北米流の(ウォルヘェンスベルガーらの) 解釈とでは、微妙な違いがあります。今回は、主に後者の解釈に従って記述していきます。
[*13] 自傷や攻撃行動を見せる子どもを持った両親はみな、いろいろな条件でもそれを起きないように成長してくれることを願っています。しかし、そこへ至る指導ステップのすべてに同意するとは限りません。ある両親は急激なステップアップを危惧するかも知れませんし、また別の両親はあまりにも慎重な前進にイライラするかもしれません。この段階のニーズと指導手続きとのバランスをとることは、最終的な成功への重要な鍵となります。
[*14] 実際に、作業所の財政面や職員待遇はあまりよくありません。利用者のためにはやってあげたいと思っても、現実には対処しきれない問題がたくさんあるそうです。難しい問題ですね。
[*15] テクノロジーの面からみれば、この手続きはDROの概念と大きく重なります。興味のある方は、そちらの文献もあたって下さい。(参考文献)
[*16] このような手続きは、総称して、「DRI」 「機能的分析」 「競合的行動」 「代替行動強化」 などいろいろな理論的背景を総称したものです。これらの理論はすべて同じものではありません。しかし、手続き上、細かな概念に分割する必要性を私が感じなかったもので、一まとめにして述べます。詳しくは、各文献を当たってください。
[*17] このような指導法は、「スモールステップ」 と 「対立行動の指導」 どちらの範躊に入れるか非常に困りました。今回は、「決められた時間自傷をしない」 つまり 「自傷以外なら特にターゲットを決めていない」ものを「スモールステップ」 の方に、「特定のターゲットが明確に決まっている場合は 「対立行動の指導」 に便宜的に分けました。とはいっても、明確な差があるわけではありません。

その他の手続き

前述の対応法で、自傷や攻撃行動のほとんどは減少するはずです。しかし、あらゆる手を尽くしても一向に変化しない場合があります。また、これはあまり望ましいことではありませんが、環境整備を計画通りに進められないため、自傷や攻撃行動が減らない場合もあります。[*18] そこで、もっと直接的な対処法について説明します。ただし、先にも述べたように、この手続きはかなり専門性を要します。市販されている文献や学会論文、洋書ジャーナルなどでより詳細な技法や理論的背景についての情報を得てください。


1.専門的な指導技法

代表的な技法を3つ紹介します。

  1. 計画的無視:この方法は、他人や周囲に危害を加える可能性がある、攻撃行動には不向きです。自傷行為には、時として有効な手続きです。次の事例を見てください。(事例)今年小学校に入学したEちゃんは、ここ数カ月、何かのきっかけで 「顔を叩く」 自傷行為を見せるようになりました。最近はかなり頻繁で、顔や手が真っ赤になることも少なくありません。Eちゃんが顔を叩きだすと決まって周囲の人は、「Eちゃん、どうしてそんなことするの。痛いでしょ。・・・」 と同情的に説得し、手を取ってやめさせよう と試みていました。 この事例に 「計画的無視」 を用います。手続きは、文章にするといたって簡単です。顔を叩きだしても、「Eゃん、どうして・・」 といった同情的な説得や制止をやめてしまい、あたかも何もなかったかのように周囲の人が振る舞えばよいのです。つまり、自傷行為を行う前後で周囲の状況は何も変化しない場面を設定するのです。しかし、この手続きを行わなくてはならないのは、これまで同情的に説得や制止を行ってきた人なのです。ここに実際上のむずかしさがあります。周囲の人が 「何もしない」という新しい行動を学習するのは意外とむずかしいものです。例え、頭で理解したにしても、なかなか体や表情までついていけません。もう少し突っ込んだ計画的無視の手続きをあげるなら、「Eちゃんが顔を叩きだしたら、なるべく目を合わせずに、声を出さずに1から100までの数唱を頭叩きが終わるまで続ける」 といったように、周囲の人の具体的な代替行動を明記した方がよさそうです。それでも、手続き実施上の難易度がほんの少し低くなった程度です。 計画的無視は、これまでの対応法が結果的に問題となる行動の助長・維持に貢献してきたと仮定できる場合に有効です。この仮設は、計画的無視の手続きを実際に導入してすぐに行動の増加が見られれば、証明されたこととなります。理論的には、この一時的増加のことを 「消去抵抗」と言います。消去抵抗は、それほど長続きしません。逆に解釈すると、計画的無視の手続きは短期間で効果を発揮します。もし、2週間程度実施して減少傾向が見られないなら、まずい手続きを用いていたか、計画的無視が効果的でないのか、どちらかを疑わなくてはなりません。正確な記録を取り続け、判断してください。また、経験的には、自傷行為(時として攻撃行動)が始まってからの歴史が比較的短いときに、この方法は効果を発揮するように思われます。
  2. 過剰修正:この方法は、計画的無視以上の技術と労力を要します。そのうえ、効果が表れるまでにかなり長い時間を必要とします。しかし、この方法が効果的な行動は、計画的無視より広範囲にわたります。 過剰修正とは、「自傷や攻撃行動によって乱された環境を、元の状態以上に整える」方法と、「自傷や攻撃行動の替わりに、本来行うべき行動をかなりの回数繰り返す」方法とがあります。例えば、「何か気に入らないことがあると、あたりかまわず物を投げつける」 子どもの場合、前者の方法だと、かんしゃくが一段落した時点で、投げつけた物をすべてもとの位置に戻し、そのうえ、この部屋をより以上にきれいに掃除させます。すべて1人でできない場合は、最小限の介助を提供し、なるべく自分の力で修正させます。後者の方法だと、投げた品物本来の使用方法を繰り返し練習させます。もっと具体的に説明するなら、「文房具を投げつけたなら文字の模写を20分間」「食器を投げつけたなら食器洗いと食器整理を20分間」 となります。 過剰修正は、観念論的には、「自分の間違った行動の後始末を行い、正しい行動を練習することで反省する」 と解釈できます。一方、行動論的には、「望ましくない行動の後に、不快な事態が後続することで、その行動の減少を企てる」 ことになります。そして、過剰修正で、いわゆる 「嫌悪的な体罰」 が抑制されるなら、これは歓迎すべき方法です。しかし、過剰修正させる側が、冷静になおかつ 「嫌悪的な」 手続きを使用せずに、対応することは非常に難しいものです。また、いったんこの方法を開始したら、一貫した手続きで、毎回修正することは、とてつもない労力を要します。この過剰修正は、一般論からすると、あまり勧められる方法ではありません。上にあげた危惧をすべてクリアーできる自信があり、なおかつ、1人ではなく何人かのグループで協力して実施できる場合に限って、トライすべきです。
  3. チェインの内容を変える:自傷や攻撃行動の記録をつけてみると、その行動が起き易い背景だけでなく、一連の、まるで儀式のような行動のつながりを持っていることが発見されます。このような、決まった行動の流れが (チェイン) ある場合、その流れを分断したり、他の行動を導入することで、自傷や攻撃行動が減る場合があります。

(事例) 作業所に通っているCくんの自傷行為を思い出してください。彼の自傷行為には、決まったチェインがあります。

  1. 何もしないで椅子に座っている。
  2. 手を前に上げ、体と一緒に前後に揺する。
  3. 「ウー」 と奇声をあげる。
  4. 手首や服の衿を噛む。
  5. 頭を強く叩く。

この流れは、ほとんど一定です。そこで、2) の 「手を前に上げ、体と一緒に前後にゆする」行動をCくんが行ったときに逃さず、「前に上げた手をさらに上げて、肩を3回叩く」 行動を教えてみます。これまでのチェインとはまったく異なった行動のパターンです。時には、作為的に、体を前後させて肩を叩く行動を教える場面を作ってもよいでしょう。しばらくの期間集中して、この指導を繰り返します。ちょっとした声掛けで、「肩を叩く」 行動を行うようになれば十分です。そして、自傷行為の前段階の儀式が始まったら、声掛けで肩叩きを強制的に割り込ませ、これまでのチェインを分断させます。 チェインを分断させる方法として、「自分の行動を言語化する」 手続きもかなり有効です。Cくんの場合、手を前に上げ体を揺すっている状況で、「揺すってる」 と自分で命名したり、「ウー」 と奇声をあげているときに、「ウーウーうるさい」 と言わせてみるのはどうでしょう。Cくんのあらゆる自傷行為に有効だとは言いませんが、いくつかの場面でこの 「言語化」 が、最終的な行為へ移行する前にチェインを断ち切ることがあります。 この方法も、文章にすると比較的簡単に思えるものです。しかし、実際には、「チェインの正確な行動観察」 「分断すべき箇所の決定」 「分断に用いる代替行動の決定」「代替行動の指導場面設定とその手続き」 など、かなり熟練した技術が必要になります。

以上が代表的な指導技法です。「計画的無視」 と 「過剰修正法」 は、自傷や攻撃行動の直後の状況をこれまでとは違う形に変え、減少を図ろうとするものです。行動論的には、「結果事象の操作」 手続きに当たり、古い参考書では、問題行動を減少させるもっともポピュラーな方法として紹介されています。ここでは紹介しませんでしたが、「タイムアウト」 や 「罰」 の技法もこの範躊に入ります。しかし、最近の 「応用行動分析」 の参考書では、これらの技法は後回しにされたり、「制限」 すべきものだと書かれています。「チェインの内容を変える」 技法は、どちらかというと 「セルフマネージメント」 技法の一部に入れた方がよさそうです。


2.罰となる対応法の禁止

これまで述べてきた対応法は、「嫌悪的な罰」 あるいは 「体罰」 に該当するものはいっさいありません。嫌悪的な罰や体罰は、倫理的あるいは法的に認められないだけでなく、これまで述べてきた対応法より効果的であるとする理論的根拠もないのです。しかし、現実には 「手を叩いたり」 「足をつねったり」 「過剰な運動を強要したり」 「大声で叱ったり」 「食事を抜いたり」 「教室の隅に立たせたり」などといった指導がなかなかなくなりません。

確かに、指導中に嫌悪的な事態をすべてなくすことは不可能かもしれません。自分の頭を叩いている生徒に対する消極的な対応法として、「その手を強く握って制止する」 なども、ある程度の痛みという嫌悪性を伴います。しかし、この程度の痛みは、「自傷によるダメージよりはるかに微細なものである」 といった理由だけで、嫌悪的な手続きを正当化することは問題です。また、Y先生はこの生徒に対して、大声で注意し、「この頭叩きはいけないことである」 と強行に説教し、さらに叩いている右手を2・3回つねったことで、何度か自傷行為が止まったとしましょう。これも、嫌悪的な対応法です。このように、ほんの一時的な特定の条件下での効果を過信して、罰となる対応法を継続する場合も少なくありません。

私たちが注意しなくてはならないのは次の2点です。

  1. 何気なく対応している方法が、障害を持つ人にとって嫌悪的でないかどうかに敏感でなくてはならない。
  2. もし、少しでも 「嫌悪的」 と判断されたなら、もっと嫌悪的でない対応を十分吟味したかどうか検討しなくてはならない (ここまでに述べてきた内容に沿ってもう一度プログラムを組み直す)。

研究レベルでも、罰の効果が報告されることは少なくありません。確かに、以前に比べてめっきり減ってきています。また、「罰」 という用語は、一般に用いられる場合と、行動理論的に用いられる場合とでは、その定義が全く異なります。[*19] 先にも述べたように、嫌悪性を全く含まない指導は不可能かもしれません。そうなってくると、「嫌悪の程度」 が、今後の論争点になるのかもしれません。しかし、実践レベルでこの問題を応用するには、あまりに問題が多すぎます。まだ、その時期ではないようです。とにかく、「嫌悪的な罰や体罰を全く使わなくても自傷や攻撃行動の指導は可能である」 といった自信を私たちが持つことが、現時点でもっとも重要な課題だと思われます。

[*18] ここまで読みすんでも自傷や攻撃行動が減らない場合は、ほとんどが後者の不十分な環境整備が原因です。施設単位あるいは学校単位で共通の指導法を用いるには、実際問題として大きな壁がいくつも存在します。その結果、一番被害を受けているのは障害を持つ人達です。私たちは、投げずにいろいろな策略を用いて、全体的な変化を一歩ずつ勝ち得なくてはならないのです。
[*19] 罰や嫌悪の観念論的な解釈は、[*4] で簡単に触れました。行動論的には嫌悪とは、「それが提示されると回避あるいは逃避反応が見られるもの」、そして罰とは、「ある反応に嫌悪刺激が後続されることでその反応が減少すること」 となります。つまり、ある人は 「チョコレート」を見ると毎回嫌がり・逃げ出そうとするなら、そのチョコレートは嫌悪刺激であり、嘘をつくと必ずチョコレートを出してくることで 「嘘をつかないようになれば」 その手続きは罰になります。

おわりに

以上の方法論は、障害を持つ人の自傷や攻撃行動を指導する手続きとして述べてきました。自傷や攻撃行動は、障害を持つ人固有のものではありません。それなら、障害を持たない人の自傷や攻撃行動にも、この手続きは応用可能なはずです。[*20] また、障害を持つ人にとってその行動がなくなれば社会参加がずっと楽になる、いわゆる問題行動とは、自傷や攻撃行動だけでもありません。そのような行動にも、このガイドラインは十分役立つと思います。しかし、ここで述べた内容以上に、指導に際して留意しなくてはならない点がたくさんあります。その一つが、個別の対応・個別のプログラムといった概念です。障害のあるなし、あるいは自傷や攻撃行動であるかどうかに関係なく応用できるガイドラインとは、逆に言えば、障害名や類型化された行動名といった概念ではなく、1人ひとりあるいは一つ一つの行動に特定化した手続きを作らなければならないのです。「自閉症だから・・・」 とか 「自傷行為だから・・・」 といった解釈は、現実の場面では何等役にたちません。「〜くんだから」 「今人の髪をひっぱつている行動について・・・」 というように、個々に具体的な解釈を必要とするのです。

[*20] 今のように、何でもカンでも障害名をつけてしまう時代では、このような人のことを 「行動障害」 あるいは 「情緒障害」 の範躊の何らかの診断名をつけるのでしょうね。恐ろしいことですね。

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