知的障害者にとっての適切な賃金は?

働いている知的障害者は、賃金をいくらもらっているのでしょうか?
その金額は、現在の生活ならびに将来へ向けての蓄えが可能な
額なのでしょうか? 賃金に関しては、知的障害者に限らず
複雑で難しい問題です。今回は簡単に問題点を整理します。


1. 賃金についての基本的な考え方

「知的障害者の賃金は低い」とは、誰もが知っている現実です。これを解決するためには、「もっと高賃金になるような企業努力が必要」と考える人や「高賃金の職場に就職できるような制度の整備が必要」あるいは「賃金ではなく社会保障として知的障害者の経済生活を支援する仕組みが必要」と考える人もいます。

以下には、知的障害者にとって適切な賃金水準はどれくらいであるかといった、非常に複雑な課題を整理したものです。

賃金を決定するには

一般に、賃金基準の決定には次の3要素を考慮して行われています。

  1. 労働者の生計費
  2. 類似労働者の賃金
  3. 企業の賃金支払能力

実際には、同業他社の賃金と自社の売上・利益などから決定されているようです。一方、この賃金基準に照らして、個々の労働者の賃金を決めるには、次の要素があります。

  1. 年齢
  2. 学歴
  3. 勤続年数
  4. 経験年数
  5. 職務遂行能力
  6. 職務内容

最近は、勤続年数や経験年数よりも職務内容やその遂行能力に次第に重きが置かれるようになってきています。

最低賃金

また、賃金を決定するには、最低賃金法(産業別最低賃金・地域別最低賃金)の縛りがあります。ちなみに、平成12年4月現在の神奈川県の一般職種の最低賃金を以下にあげます(各地域の情報はもよりの公共職業安定所で入手してください)。

時間額 696円
日 額 5,514円

この最低時給で、1日7時間30分、20日間働くと、104,400円になります。


2. 知的障害者の賃金の世間相場を考える

知的障害者が働く多くの職場では、担当している業務の遂行能力が必ずしも他の労働者と同等という訳には行きません。確かに、特定の職務のみに注目した際に、他と同等、時にはそれ以上の能力を発揮する人は少なくありません。しかし、その職務の準備や最終確認、その他周辺の雑務を同僚が分担して受け持っている場合が多いのです。逆に、このような配慮が職場に無く、障害をもたない労働者とすべて同等の評価が期待されると、本人にとってかなり負担になる場合もあります。知的障害者の賃金の決定には、現実に可能な職務に合った賃金、あるいは同規模の他企業で働いている知的障害者の賃金の世間相場も、検討すべき要素となります。

以下には、最近、比較的大規模な調査で、知的障害者の賃金についてふれられているものをまとめてみました。

平成10年度障害者雇用実態調査(労働省)

5年に一度、従業員5人以上の民営事業所を無作為に抽出して調査した推計結果からは、知的障害者の賃金は次の表のようになっています(雇用されている知的障害者は69,000人と推定)。

全体平均

118,000円

男子 132,000円 女子 101,000円

今回の調査は、平均勤続年数が6年と10ヶ月です。

また、賃金について、障害の程度(重度判定の有無)と事業所規模とをクロスすると次のようになります。なお、表の下の部分には「身障」(同時に調査して身体障害者の平均賃金:平均勤続年数12年)と「一般」(平成10年9月分の常用雇用労働者全体の賃金)のデータを参考資料として掲載します。

障害程度

30人未満 100人未満 500人未満 1000人未満 1000人以上 全平均
重度 104,000円 125,000円 131,000円 133,000円 154,000円 120,000円
重度以外 95,000円 127,000円 148,000円 151,000円 176,000円 117,000円

比較データ

身障 320,000円 246,000円 264,000円 305,000円 319,000円 283,000円
一般 249,000円 286,000円 317,000円 355,000円 397,000円 286,000円

障害者雇用を行っている企業を対象とした調査結果から、次のことが伺われます。

平成7年度知的障害者基礎調査(厚生省)

5年に一度、知的障害者の福祉行政の企画資料として実施されている基礎調査でも、知的障害者の収入についてのデータがあります。

18歳以上の知的障害者約30万人のうち13万人が働いています。ただし、このうち約半数の51.1%は、作業所や授産施設などの福祉的就労の場で働いています。以下には、作業所等を含めた「働いている」知的障害者の賃金と一般の雇用契約を結んで働いていると想定される人の賃金とをまとめます。数字は、各賃金階層にいる人数の割合(%)です。

働いている知的障害者全体
賃金なし 1万未満 3万未満 5万未満 7万未満 10万未満 13万未満 15万未満 15万以上 不詳
6.8 30.6 9.8 5.1 7.4 11.2 7.4 2.1 2.0 17.6
正規の職員ならびに臨時雇の知的障害者
0.5 0.5 5.3 9.8 18.6 31.0 21.8 5.3 5.3 2.1

この結果から注目すべきは、以下の点です。

平成10年度特例子会社の労働条件に関する調査(日経連)

日経連障害者雇用相談室が、特例子会社の労働条件に関して調査した結果の中にも、知的障害者の賃金についての重要なデータがあります。

グループ 平均賃金 最高額 最低額
重度障害 124,480円 294,510円 59,230円
重度以外 124,397円 212,000円 77,000円
合計 124,433円 294,510円 59,230円

企業が特例子会社を設立し知的障害者の雇用に取り組み始めてまだ日が浅く、実際この賃金データの対象となる知的障害者の勤続年数は3〜4年程度です。また、特例子会社の賃金制度として次のような特徴があります。

  1. ほとんどの特例子会社では、賃金制度として毎年の定期昇給がある(全体の97%)
  2. すべての特例子会社では夏季・冬季の賞与(一時金)を支給している
  3. ほとんどの特例子会社では、退職金制度をもっている(全体の97%)
  4. 身体障害と知的障害とで賃金制度上の処遇を分けている会社がある(全体の約10%)
  5. 半分を超える会社では障害基礎年金の受給について全員あるいは一部把握しているが、その受給により処遇を分けている会社はない

先の調査と比較すると、特例子会社に働いている知的障害者の賃金は、かなり好条件になっています。それでも、雇用されてから3〜4年の平均賃金が12万5千円に満たないことから、賃金だけで安定した自立生活を維持することは難しいと想像されます。

障害基礎年金

賃金とは直接関係ありませんが、20歳以上の知的障害者の約85%が障害基礎年金を受けています。以下には参考までに障害基礎年金の受給額を掲載します(平成12年4月現在)。ちなみに、働いている知的障害者の多くは、2級の年金を受給しています。また、受給については所得制限がありますが、ほとんどの知的障害者はこの制限に該当することはありません。

  受給年額 (月額)
1級 1,005,300円 (83,775円)
2級 804,200円 (67,016円)

3. 適切な賃金に向けての課題

知的障害者の賃金に関しての議論は、まだ不十分です。知的障害者の生活を支援する家族や援助者(施設職員、ケースワーカー、教員など)は、賃金について十分配慮した支援を行っているとはいえません。というより、理想とする賃金を掲げて求職活動を行っても、それが実現できる可能性が少ない現実から、賃金については考えなくなっているのかもしれません。

話題が少々ずれますが、ごく一部ではあるものの、賃金、時には障害基礎年金までも事業主が勝手に使い込んでしまう事件は、知的障害者の賃金について多くの人が納得できるモデルがないことが影響しているかもしれません。

また、仕事にプライドをもち、自信を持って職場で働きつづけるには、周囲の同僚も公平と感じる給与体系が欠かせません。もちろん、賃金制度だけでなく、採用から配置、研修・訓練など雇用管理全般のノウハウとその実践が欠かせません。

以下には、避けて通ることができない知的障害者の賃金についての課題を3つにまとめて紹介します。

知的障害者の正確な労働力の評価

知的障害者の障害特性を理解し、仕事の選定から管理方法まで事前に準備を行い雇用をスタートする事業所が増えてきました。このような雇用管理ノウハウを共有し、実際に賃金の支払能力はどの程度あるのかを検討するこのが可能な時期になってきたと思われます。そして、これまで雇用管理には縁が薄かった、知的障害者を支援する立場の者も、この議論を冷静に見守り、さらにその輪に参加する必要があります(他と比較して「安い」とステレオタイプに批判するだけでは議論すらできない)。もちろん、雇用する企業も、知的障害者一人ひとりが、最大限の能力を発揮できるような、職場配置や環境整備ならびに指導を欠かすことはできません。

自立生活に必要な費用についての正確な情報

賃金を決定する大きな要因は、生計費です。知的障害者が自立し生活する場合、どれくらいの費用が必要になるのでしょうか。最近は、親と同居する以外の選択肢としてグループホームが次第に増えてきています。それ以外にも、公営住宅の単身利用、ホームヘルパーの活用など、福祉制度の充実に伴い、最低限必要となる生計費が次第に見えてきます。さらに、賃金以外の年金・手当ての適正額や新たな制度など、今後変化するであろう要因はいくつもあります。

これまで、コスト計算にあまり着目してこなかった、援助者の人的支援について、ドライに金額に直していく過程を経ない限り、自立生活に必要な費用についてのモデルが生まれません。

現実の課題として議論する

現在、知的障害者の賃金についてもっとも真剣に考える立場にある人は、これから知的障害者の雇用を検討している比較的大きな規模の企業の人事担当者だと思われます。「すでに存在する賃金制度に本当に合致するのか?」「その労働条件にすることが本当に知的障害者の安定した生活を保障するものか?」「新たな制度を作るとしたらどのようなものが良いのか? 労働組合との交渉はどうしようか?」などなど、悩みは尽きません。

福祉的な働く場を運営している授産施設・作業所では、賃金(工賃)についてどの程度議論しているのでしょうか。調査結果からは、多くが1万円程度あるいはそれ以下の賃金しか支払っていません。当然、自立生活が成り立つ額ではありません。しかし、「受注作業がなかなかとれない」「品質管理や納期・納品の能力がない」「自主製品の企画ならびに販路の確保が難しい」などを理由に、賃金について現実の課題にあげることができないのが現実のようです。

知的障害者の福祉施策全般についての企画・提言する立場の人も、賃金についてはなかなか手を出せないでいるのかもしれません。知的障害者の労働力は多様であることは事実ですが、1万円前後と10万円前後の賃金といった2極化されている現実は、非常に不自然です。方や労働行政、方や福祉行政の管轄だから仕方がないのでしょうか。3万円から7ないし8万程度の収入が得られる知的障害者がもっと増えれば、自立生活する人はもっと増えるのではないでしょうか。

賃金の問題は、非常に複雑で、多方面から検討を必要とする課題です。しかし、これからは、もっともっと積極的に議論をする必要があります。

(志賀利一)


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