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神経症を克服するための苦闘記録1
(対人恐怖症になって、カウンセリング、精神科、医者、カウンセラー、薬)


1.この症状は何なんだ!? 脇目/脇見恐怖症になり、自己視線恐怖症となる

僕が対人恐怖症になったのは15歳の秋。
詳しくは中三の二学期の時。あることがきっかけで、脇見恐怖症に陥る。
急に落ち着かなくなった。やばいと思った。
その時、それが対人恐怖症だったとはわからなかった。
この落ち着きがなくなること、余裕がなくなること、ひっぱられること、集中できなくなること、この息苦しさは何なんだ! 
物理的に、肉体的におかしくなったことによる影響なのか? ともかく何が何だかわからない、もどかしさがあった。
もう自分はどん底に陥るだろうな、と言う予感があった。
それは見事にあたっていた

 


2.カウンセリング・対人恐怖症とわかる。

この苦しみのもとがおぼろげながら、精神面であることがわかってきて、まず思い立ったことは精神科へ行くことだった。
親には言わずに済ませたかった(言えっこない! みなさんはどうしました? 特に対人恐怖症はいいにくい!)ので、高校一年生の自分にとって「親と相談してきて下さい」といわれたときには途方に暮れた。
ああ、自分を治してくれるところはこの世の中にはないのか!? 
何とか、精神科に親に言わず行けることになって、保険証を持っていった。
どれくらい金がかかるかわからなかったが、お年玉でためていたので、ともかくまずはカウンセリングに行った。
カウンセリング料を学生だから半額にしてもらったのはうれしかった。
だから、このカウンセラーには一回しか会っていないが、いい印象を持っている。
ありがたかった。あのとき、僕の心をわかってくれている、と思ったのはこの人だけだった。
カウンセラーは僕に本を見せた。それには、人がいると心がおちつかなくなり、云々、と書かれてあった。
これだ! これこそ探し求めていたものだ! とまるで自分の正義の味方が現れたように喜んだ。
世の中に自分と似たような症状の人がいたんだ、とわかったのは、まだ神経症について何も知らない高一にとって大きなことだった。
「これさえなければ……」カウンセラーにそればっかり言っていたのを思い出す。
「これさえなければ他に悩みなんてないのに……」その悩みこそ、とてつもなく大きく、自分の前に乗り越えられない壁として立ちはだかった。

 


3.精神科と精神科医への不信・不満

カウンセラーとの対話が終わり、いよいよ精神科の先生に診察されることとなった。
その先生(こう呼びたくないが)は毎回、事務的態度(ここは内科じゃないんだ!)でたった4,5分程で簡単に今の状況(「楽になった?」)や薬の説明(「薬飲んでどう? 今度は違う薬をあげる」)をして終わらせてしまう。
何か違う、心の中で思ったが、15,6歳の人間に不信感をはっきり知覚する勇気もなく、希望がもてたのは第一回目の薬をもらったときである。
これを飲めばこの辛い状況が嘘のようにおさまる、こう信じていた。
ちょうどバスでの遠足があった。雨がふっていた。
これさえ飲めば、と期待を持って、望んだ。でも、ただ眠くなるばかりで、まったく意味がなかった。
そこの精神科にも次第に通わなくなっていった。
だから、精神科やカウンセラーってのは、対人恐怖症、他の神経症には全くの無力だ、と思ってしまっている。
少なくとも対症療法と言われるように、根本から治すことはできない。
その不信感は一生ぬぐい去れないだろう。
次なる希望は催眠療法だ!

 


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