原状回復義務の範囲

 先に見た善管注意義務と原状回復義務は、別段 特約などがなくても当然に課されるものです。 よって敷金の返還額を算出する際には必ず考慮されます(東京高裁昭和31.8.31)。 さて、敷金と原状回復義務が生じる仕組みについて見てきたわけですが、 では、このトラブルの処方箋でもある原状回復義務の具体的な範囲を示すことはできるのでしょうか?
 残念ながら定まった明確な範囲を示すことはできません。 もともと総論として結論付けることができる性格のものではありませんが、しかし 過去の判例や各団体のガイドラインからおおよその考えの指針となる基準を導き出し、 当事者間での話し合いの資料とすることは可能なはずです。 以下に過去の判例・学説及びガイドラインから導くことのできる基準を検討します。
《基本的な視点・考え方》
1. 原状回復義務(善管注意義務も含む)に違反した、
  賃借人の 『 責めに帰すべき事由 』 (不注意、管理方法や使用方法が悪いなど)
  による毀損は賃借人が負担(話し合いを進めるうえで大前提となります)。
2. 家族や同居人、来客などが不注意によって毀損した場合の損害も賃借人が負担。
3. 通常の使用によって、時間が経過すれば当然生じうるような損耗や汚損
  (自然損耗)は原則として賃借人が負担する必要はない。
4. 特約(修繕特約・原状回復特約)の有無とその有効性。
  → 原則として小修繕のみ賃借人が負担。ただし例外も考えられる余地あり。
5. その他、特段の事情が考慮される場合はケースバイケース。

 上記視点のもとに、以下具体的な事例を検討してみましょう。

《具体的な事例の検討》
 ⇒ 特約や慣習などがないことを前提(特約の考え方は こちら )。
   なお、いずれの場合も賃借人の責めに帰すべき事由があれば賃借人が
   負担すべき余地が出てきます。

 * 日照などの自然損耗により汚損したクロスや壁紙の張替え
   → 賃貸人が負担:視点 3. より、自然損耗は賃貸人が負担。
 * 自然損耗により汚損した畳や襖、フローリングなどの張替え
   → 賃貸人が負担:視点 3. より、自然損耗は賃貸人が負担。
 * 自然損耗により毀損した風呂釜や給湯器の交換
   → 賃貸人が負担:視点 3. より。
 * 画鋲などによって壁に空いた軽微な穴の補修
   → 賃貸人が負担:視点 3. より。
 * 鍵の取り替え(紛失等賃借人の責めに帰すべき事由によらないもの)
   → 賃貸人が負担:賃貸人の修繕義務より。

 * 賃借人の不注意で汚損したカーペット
   → 賃借人が負担:視点 1. より。
 * クーラーからの水漏れを賃借人が放置していたことにより生じた汚損
   → 賃借人が負担:視点 1. より、管理の不手際と考えます。
 * 手入れが行き届かずに汚損したキッチン
   → 賃借人が負担:視点 1. より、管理の不手際。
 * 子供が不注意で毀損した窓ガラスや障子
   → 賃借人が負担:視点 2. より、同居する家族の不注意による毀損も
               賃借人が負担。
 * ペットが汚したカーペットや毀損した柱等
   → 賃借人が負担:視点 2. より。

 * タバコのヤニで汚れた壁
   → ケースバイケース:ヘビースモーカーであった等、ヤニによる汚れが
     例外的にひどいものであれば、視点 1. より賃借人の責めに帰すべき
     事由として賃借人が負担すべき。しかし、壁の修繕には多額の費用を
     要するため、視点 3. のような自然損耗と考えられるような場合にまで
     賃借人に負担させるのは酷であり、その場合は賃貸人の負担とすべき。
 * 結露によって発生したカビによる汚損
   → ケースバイケース:結露が発生する要因は、建物の構造的な条件によること
     が多く賃借人の責めに帰すべき事由によるものであるなどの特段の事情
     がなければ、賃貸人の負担となります(名古屋地判平成2.10.19)。
     しかし、賃借人がそのような結露や発生したカビなどをそのまま放置
     しておいた等、管理方法に問題があったような場合には賃借人が負担
     すべきとする余地もあるでしょう。

   + いずれの場合にも、賃貸人と賃借人が負担する割合を分け合うことなども
     考えられ、必ずしも白黒つけて考える必要はなく、紛争を迅速に解決する
     ためにはある程度の妥協も必要でしょう。

   + お互いの認識のズレをなくし、スムーズな話し合いをするためにも、
     一度 弁護士や司法書士、第三者機関(後述)などの専門家の意見を
     聞いてみることも大切です。







  →Next 各特約について
/ Home / 参考文献 / 問い合わせ /


Copyright© 敷金返還と原状回復義務. All rights reserved.