総局公室長殿
 

2000・2・21    西樂寺住職尺一顕正

 去る2月7日に申し入れをしましたが、やがて回答がいただけるものと思います。今までの通例によりますと、大体、申し入れをしましてから、1ケ月あとに回答をいただいています。ですから、私は次の行動に移ります起源を3月10日にいたしますから、それまでに回答がいただけますように総局に申し入れを御願いいたします。なお回答にあたって、以下のことについて御留意下さるようにも、総局に申し入れを御願いいたします。
 

1・いままでにいただきました回答は、すべて、問う者の身になってこたえられたもので  はありませんでした。人間の生命の枯渇した、いいかげんなものであったとしか言い  ようがありません。
 こうした当局の姿勢から「信心の社会性」という、耳慣れない新しい造語がなされるのであります。この新造語を巡って、さまざまな議論がなされ、信心は、いよいよ分かりにくくなってまいるようであります。これは、偏に、宗祖がいわれました「よをいとふしるし」を省みなくて、物事に対していつも曖昧な姿勢をとる教団当局が誘発したものであることを留意されたい。
2・私の申し入れの内、岐阜・黒野別院を舞台にした公金詐取事件、北山別院の墓地問題事件、光善寺問題・教円寺問題などは、私の提起した「還浄」問題と関係ないではないかという噂も耳に入っています。しかし、考えてご覧なさい。岐阜での公金詐取事件が報道されたとき、上納懇志を集めて下さった門徒総代や世話人の方々の心に思いをされたことがあったら、北山別院事件も決して別件ではないことを覚られるはずであります。信心の上での無償の行為を、御報謝として、して下さる門徒の方々に、やがては公表されるはずの北山別院事件で悲歎の追い打ちをかけるような愚かなことは、すべきではありません。また、多くの関係者に、まだまだ、疑問の残っている光善寺問題や教円寺問題なども解決済みとして切り捨てるようなことはできないはずであります。
3・以上の2で指摘しました問題は、決して「還浄」問題とは無関係係ではないことを踏まえられますように。
4・私は、教団内部に、それでもまだ、自浄能力が残っていると期待しています。ですから、もし、回答が不十分であっても、監正局に申し立てをし、教団内部での解決を望むものであります。したがって、私を公法廷に追い出すような間違いをされるべきではなく、あくまで、監正局への私の申し入れを受けてたたれるべきであります。また、監正局を宗政の下にたたせず、私の申し入れを受理して、公正な判断をださせられるようにされることを期待しています。 
以上、念のために。