以下の文章の本願寺が、連続研修に、使っている設問です。
現在はノートDが中心。
本来ならば、私が一つ一つ解答乃至は所感を書くべきですが。
工事中ということでひとつ m(_ _)m

ゆくゆくはここで、研修部に掲示板を使って ネット連研をしたいのですが。


少し、資料を上げました。

「同朋運動と連研」大畠信隆 2002年10月7日

「正定聚に生きる」季平博昭 2002年10月7日

「法座開設の手引き」
研修部より出版された小冊子です。現在入手困難ですのでアップしました。 2001年6月16日

基幹運動計画書
2001年度計画書2001年6月20日
基推消息 教書 仏教婦人会綱領      元旦章



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連研ノートD(十二の問い)

1)世間には数多くの宗教がありますが、
 めざすところは皆同じなのではないのですか。

ア・信ずることは心のもちようだから、どの宗教でもよいのではないでしょうか。
イ・新宗教は活気があってよいが、浄土真宗は消極的なのではないでしょうか。
ウ・霊感商法など宗教で他人をだましている。どう見分けたらよいのでしょうか。
2)お仏壇にお参りするとき、先祖や家族のことをお祈りしますが、
  それでもよいのですか。
ア・お仏壇にはどんなものを供えるのですか。お茶や水はどうですか。
イ・一所懸命お念佛したら死んだ人に届きますか。
ウ・ご先祖の位牌はどこにおけばよいのですか。

     先祖供養の正しいしかたを教えて下さい。
3)み教えを間いたら自分の生き方が変わるのですか。
ア・死んだ夫の夢を見ます。どこかで迷っているのではないでしょうか。
イ・私の家には先祖がありませんが、お仏壇をおいてもよいのですか。
ウ・自分は今まで他人に迷惑をかけていません。み教えを聞かなくてもよいのではありませんか。
4)み教えを聞けといわれますが難しくてよくわかりません。
  それでも聞けばよいのですか
ア・お説教を聞いても難しくてよくわかりません。

   もっとわかりやすく説いてもらえないでしょうか。
イ・お寺におまいりしているときは、わかったような気がするのですが、

    家に帰ったら忘れてしまいます。それでもよいのでしょうか。
ウ・み教えを聞いていれば信じられるようになるのですか。
5)御浄土とはどんなところなのなのでしょうか。
ア・毎日の生活が忙しく、お寺にお参りすることが出来ません。

    家でお仏壇にお参りしているのではいけないでしょうか。
イ・今の生活には不安はありませんが、年齢のせいか死後のことが

    気にかかるのですが、どうすればよいのでしょうか。
ウ・昨年父がなくなりました。今はどうしているのですか。
6)門徒としてどのような生活を送ればよいのでしょうか。
ア・私は魚を売っています。

    殺生はいけないといわれますがやめるわけにもいきませんが。
イ・人間は助け合わなければいけないと思います。

    でも、現実には争いがたえません。どうすればよいですか。
ウ・子供には浄土真宗を継いでもらいたいと思いますが、

    あまりその気がないようなので困っているのですが。
7)友引にお葬式をしたらまた人が亡くなりました。
  みんなが悪いということはしない方がよいのではないでょうか。
ア・なぜお葬式の帰りに塩をまくのですか。
イ・お墓を造りたいのですが、その時期はいつがよいのですか。
ウ・家に不幸が続きますが、

    先祖の祟りだと言われましたがほんとうにそうなのでしょうか。
8)神を拝むことは日本人の宗教としてよいことだと思いますが。
ア・遠い先祖が神で、近い先祖が仏ですから、

   共に先祖を敬うことではありませんか。
イ・神棚がいらないなどということを今まで聞くたことがありません。

   浄土真宗は、了見が狭いのではありませんか。
ウ・氏神は地域のおつき合いで、こころの中では仏さまを大切にしています。

   それでもいけないのですか。
9)み教えに生きることと差別問題はあまり関係がないと思いますが。
ア・私は他人を差別したことはありません。

   だから差別には関係がないと思いますが。
イ・お寺で「同和」問題の話をする必要はない。

   もっと仏さまのお話をしていただきたいのですが。
ウ・誰もが他人より自分の方が偉いと思いたい気持ちはある。

   こころの中まで規制できないのではありませんか。
10)国のために戦死された方を国が祀ることは当然ではないか。
   靖国神社を国家護持することがなぜいけないのですか。
ア・戦争の思い出は早く忘れてしまいたい。

    人類はなぜ戦争を繰り返すのでしょうか。
イ・どの戦争でも背景には宗教が絡んでいる。

    日本もかつてはそうだったのではありませんか。
ウ・私は、純粋な気持で靖国神社へ参拝しています。

    それでもいけないのでしょうか。
11)環境破壊や脳死・エイズなどの問題は
   信心の生活とどのように関係するのでしょうか。
ア・脳死や臓器移植の問題をどのように捉えたらよいのでしようか。
イ・エイズが社会的に問題になっていますが、どのように考えるべきでしょうか。
ウ・環境破壊も心配ですがいまざら便利な生活をやめるわけにもいきません。
12)お寺の活動を活発化するにはどうすればよいのでしょうか。
ア・壮年会や婦人会では、ご法話を聞くだけでなく、

    身近な問題や社会の問題についても話し合いたいと思うのですが
    どうすればよいのでしょうか。
イ・一人暮らしのお年寄りや寝たきりの病人に

    私たちはどのような接し方をすべきでしょうか。
ウ・壮年会や婦人会に、もっと若い人が参加する方法はないでしょうか。

〈連研ノートC〉

@仏壇がなくても現実の生活では少しも困りませんが、
 どうして必要なのでしょうか。
A仏教で「すくい」とか「さとり」とかいいますが、それは同じでしょうか。
B仏も神と同じように、人間がつくり出したものではないでしょうか。
C真宗では先祖供養をしないと聞きますが、年回法要や墓前などのお経は、
 先祖供養ではないでしょうか。
D「他力本願」ですくわれるのなら、ベつに聴聞したり念仏を称えたりしなくても
 よいのではないでしょうか。
E「成仏する」といいますが、それは私の現実の生活とどのような
  かかわりがあるのでしょうか。
F私がこの世でいろいろな苦を受けるのは、
 すべて前生の因縁・過去世の業なのでしょうか。
G「仏法をよろこんでいる」といいながら、現実の社会における差別の問題に
  無関心な人もいますが、どう思われますか。
H『御文章』にも「五障三従の女人」とありますが、
  それは女性差別ではないのですか。
Iなおる見込みのない病人に、
 私たち真宗者はどのような言葉をかけたらよいのでしょうか。
J靖国神社の国家護持に、私たち真宗者はなぜ反対するのでしょうか。
K平和とは、私にとってどういうことでしょうか。

〈連研ノートB〉

イ、世の中にはどうしてさまざまな宗教が存在するのだろうか。
  ゆきつくところはみんな同しではないのか。
ロ、真宗ではどんな悪人でも救われるというが、
  それは世間の道徳と矛盾するのではないか。
ハ、信心をえたら少しは人間が変わるのか、それとも変わらないのか。
  もし変わるとすれぱ、どう変わるのか。
二、他力本願では人生は生きてゆけない。
  やっぱり自力本願でなけれぱならぬと思うが、どうか。
ホ、地獄とか浄土とかはほんとうにあるのか。あるとすれぱ、この世か死後か。
  またどんな状態であるのか。
ヘ、救われるといっても何も具体的に状況が変わるということではあるまい。
  要は心のもちかたの問題ではないのか。
ト、仏法の話を聞いているときにはそれなりに有難い気持になるが、
  日常生活の中ではいっこうにそんな思いが生まれてこないが、これでよいのか。
チ、真宗者の中には、その生活実践において信心と生活が一致しない人がある。
  信心と生活とは無関係か。
リ、本願寺教団が、とくに同朋運動にカをそそいでいるのは、なぜか。
ヌ、とても熱心な真宗者でも、苦しみの多い人生をすごしたり、
  不慮の死をとげる人があるが、どう考えたらよいのか。
ル、真宗では仏壇のほかに神棚をまつってはいけないというが、なぜか。
ヲ、信心は自分一人の問題である。
  それをむりに他人にすすめる必要はないのではないか。

〈連研ノートA〉

イ、宗教なしに立派に生活している人がいるのにどうして信心が必要なのか。
ロ、悪いことをしても念仏すれぱ助かるというのは 合点がいかない。
ハ、信心をえるにはどうすれぱよいか。また信心をえたらどうなるのか。
  他力本願というが現代人の考え方と矛盾するのではないか。
ホ、私が死んだらどうなるのか。霊魂か何かが残るのだろうか。
ヘ、真宗で救われるということはどうなることか。
  それは死後のことか、現在のことか。
ト、真宗の話を聞いて有難いという人がいるが、何がどう有難いのか。
チ、信心の生活とは私が日々どう動くことなのか。
リ、み教えに生きることと同朋運動とは、どうかかわりがあるのか。
ヌ、念仏を称えれぱ何かご利益がさずかるのか。
ル、仏壇をむかえると死人が出るというが、ほんとうか。
ヲ、お寺はなんのためにあるのか。私はなにをなすべきか。