同朋運動と連研
−課題の共有−
 
大畠信隆
  昨年(二〇〇〇年)同朋運動が五十周年を迎えるにあたり、教団としての「同朋運動五〇周年」の意義を「趣意書」として表明しました。
  その「同朋運動五〇周年趣意書」は次のように結んでいます。

   『五〇年にわたる運動の推進は、その取り組みの中で、差別の現実が、僧侶一人ひとりの課題として受け止められるようにもなり、全国で同朋運動を基幹運動として推進する四〇〇〇人の門徒推進員の誕生としても結実しています。
  同朋運動の目標は、差別・被差別からの解放です。
 一〇年前私たちは「このような状況をみるとき、同朋運動は一層強力に展開推進されねばならないことは明らかであります。それは教団が歴史の中で犯してきた差別に対する責任を明らかにすることであり、同時に現代社会に教団が果たさねばならない役割でもあります」という決意をもって、同朋運動四〇周年を迎えました。その後一〇年間、私たちはこの決意のもとに、教団あげて基幹運動としての同朋運動を推進してきました。私たちはこの熱い願いと決意の継続を改めて確認し、次の世紀に向けて歩もうとするものです。
  同朋運動五〇周年の取り組みは、先人の苦難の歴史からの学びを確実に自らのものとし、僧侶・門信徒がともに御同朋の社会をめざす我々の決意を明らかにすることを目的とするものです。』
   このようにこれまでの運動の成果の一つとして「同朋運動を基幹運動として推進する門徒推進員の誕生」が記されています。
  また、僧侶・門信徒がともに運動を推進していくことをこれからの運動の課題として「決意」の語をもって結ばれています。
  さらに、二〇〇一年度からの基幹運動計画(案)においても、これまでの運動の成果と、今後の運動の課題について以下のように記されています。

  【基幹運動のあゆみ】

   私たちは、こうした現状のなかで、教団や社会の本来あるべき姿を実現するために基幹運動を進めてきました。基幹運動は、教団や社会の現状から目をそむけず、み教えに問い聞きたがら、同朋教団の再生・御同朋の社会の実現をめざす運動です。
  これまで、門信徒会運動は四〇年、同朋運動は五〇年のあゆみを重ね、先人は多くの成果を残してきました。
  その成果の一つに、門徒推進員の誕生があります。
 門徒推進員は連続研修(連研)の開始以来着実に増加し、その一人ひとりが社会の課題に積極的に取り組むことを決意し、運動推進の大きな力になっています。

  【運動の課題】

   このような基幹運動の取り組みを、一層着実に進め展開するためには、門信徒の参画が不可欠といえます。これまで以上に、全員聞法・全員伝道を実現するという目的を門信徒と僧侶が共有していかねばなりません。その共有するものとは、「差別法名・過去帳調査」によって明らかにされた課題や、これまでの基幹運動の成果を僧侶が門信徒に問い、門信徒が僧侶に問うていくことでもあります。あわせて門信徒や僧侶がともに男女共同参画を具体的に実現することも大切です。
  ことに今日、差別の現実を見抜くことができなかったこれまでの教学理解の見直しが教団の内外から求あられています。また、御同朋の願いに応える教学をすぺての教団人がともに学ぴあい、各教化団体などと連携しあいながら、生涯を通しての聞法のあり方を確立していくことが必要です。
 新基幹運動計画(案)においても、同朋運動五〇周年趣意書と同様に門徒推進員の誕生とその活動を運動の成果としています。そして今後の課題として「僧侶と門信徒の課題の共有」と「教学理解の見直し(御同朋の願いに応える教学の学び)」をあげています。
  すなわち、これからの同朋運動において「門信徒とともに」をどう実現していくかが大きなテーマであり、その中心となるのは門徒推進員でありましょう。  門徒推進員について考えるとき、その養成課程である連研(中央教修)についての考察が最重要と思われます。開始以来二十三年となる連研のあゆみと現状を通して、同朋運動の実践としての連研像を考えてみたいと思います。

  【1】なぜ「連研」だったのか

  (1)門信徒会運動の開始

   一九六二(昭和三七)年「あなたの寺を強くせよ」というスローガンを掲げて門信徒会運動が開始されました。門信徒会運動開始にあたって出された『門信徒会組織のすすめ』では、 あなたのお寺は、何といっても、聞法の道場であります。それに加えて、文化・福祉の場である意味もあります。このようなお寺の機能を発揮する母体を門信徒会とし、あなたのお寺の動きが、門信徒会を、中心としてゆけるようにしたいものです。門信徒が各戸残らず会員となって、われわれ門信徒のお寺である、という自覚から、伝道と維持との経営責任を分担するように、育てようとするものです。 と門信徒会発足を呼ぴかけています。
  浄土真宗の寺院が、本来「聞法の道場」であり「文化・福祉の場」でもあり「われわれ門信徒のお寺である」ということも「同朋教団・伝道教団への回帰」「本来化」をめざす運動において違和感のあるものではありません。
 しかし「伝道と維持との経営責任を分担するように」となると、門信徒会は「自分の寺の為のもの」という発想になりかねません。「あなたの寺を強くせよ」のスローガンが「自分の寺さえ…」という「エゴ」と理解されてもいたしかたありません。当時の日本社会の経済・宗教状況における教団・寺院のおかれていた状況を考えあわせても、「本来化」の運動としては疑問が残ります。
  門信徒会運動開始翌年には、「人間に生まれた尊さを知ろう」というスローガンが出されていますが、開始二年目にして、新しいスローガンを出すこと自体に、運動という意味において疑問を感じます。
  いずれにせよ、教団の運動として開始された門信徒会運動は、運動推進の中心となる人材を養成していく為の取り組みを全国的に展開してゆきました。「組門徒講座」「寺院門信徒講座」あるいは「僧侶・門徒幹部研修会」などです。
  運動推進の中核となる人材を養成するために行われた、これらの研修会には、巡回相談員が派遣され、研修内容も、小集団による「話し合い」の導入を奨励し、そのためのテキストも発行されました。
  しかし、各研修会が「単発的」であったために、運動推進者の養成という目的は達成できませんでした。

  (2)連研開始

   門信徒会運動は、形骸化した教団を「同朋教団」「伝道教団」へという「本来化」を目標として開始されました。しかし、門信徒会や仏教壮年会という組織は結成されてはいくものの、内実ある「同朋教団」「伝道教団」への回帰は達成されていきませんでした。また運動を担う人材の養成も思うに任せず、運動の目標も教団全体には共有されていきませんでした。
  一九七七年、前ご門主から現在のご門主に法灯が継承され、翌年から三期十二年にわたる宗門発展計画がスタートしました。この計画の柱の一つであった人材の養成が、門信徒会運動の中心的課題となりました。そうした教団・運動状況の中から開始されたのが「門徒推進員養成連続研修」、つまり連研でした。
  それまでに実施されていた「組門徒講座」「寺院門信徒講座」が年に一度か二度のものであり、参加者も毎回変わるという状況で、運動推進者の養成は困難でした。
 その反省から、連研は「同じ人を対象に・二年間に十二回以上」連続して行うものとし、目的は「門徒推進員養成」であることを明確にました。また、研修内容の統一を計るため「連研ノートによる話し合い法座」を原則として実施するものとされました。
  連研ノートは、それ以前に策定されていた「法座の課題」を「学ぷ」ための十二の問いからなるテキストとして発刊されました。十二の問いは、組や寺院などでの門信徒講座で出されていた質問を基にしたもので構成され、講師を務める住職や僧侶のために「連研ノート資料」も発刊されています。

  (3) 「本来化」への連研だったのか

   門信徒会運動の目標として、一九七二(昭和四七)年には「同朋教団の確立と実践」、翌年には「同朋教団の自覚と実践」が掲げられます。
  この運動を、僧侶とともに推進する中核となる門徒推進員の養成である連研は、それ自体が「同朋教団の自覚」に基づいた内容であることは当然のはずです。連研そのものが「同朋教団としての実践」たる研修会であるはずです。
  また、本来の教団を「伝道教団」とする時、その「伝道」とは具体的にどんな内容・方法によるものなのか。
 「お寺は聞法の道場である」という時、その「聞法」とは一体何なのか。「同朋教団における聞法・伝道は、当然、全員聞法・全員伝道」というだけではなく、その内実が明らかにされないままでは、本当に教団と私が本来化への道を歩む事は不可能なはずです。
  連研が、果たしてそうした「本来化」への内実をともなったものとしてスタートしたのかどうか。
  開始当初の連研そのものを知らない私は、あくまでも推測しかできませんが、連研ノートの問いや、その資料を見る限りにおいては、疑問符を打たざるをえないと言えます。
  仏教、ましてや浄土真宗のすくいは、衆生の苦悩が出発点であります。
  ならば、聞法の出発点は、わたしの苦悩であり、あなたの苦悩であり、その総体としての社会の苦悩の現実でありましょう。
 また、伝道も現実の苦悩を抜きにして「伝える」「伝わる」中身も術もないはずです。
  「同朋教団の自覚と実践」としての聞法・伝道において、僧侶と門信徒に上下関係があろうはずもありません。
 しかし、徒来め僧侶と門徒の関係は、上下関係ともいえる「僧侶=教化者・門徒=被教化者」という関係になっていました。そうした関係での聞法・伝道から、同朋教団本来の聞法・伝道をめざして連研は開始されたはずです。
  つまり、僧侶・門信徒がともに「現実のわたしと社会の問題を法に問い・聞き・語り合う(伝え合う)」という水平(平座)の関係においての聞法・伝道が、同朋教団における聞法・伝道でありましょう。
  しかし、開始当初の連研は、必ずしもそうとは言えないと感じます。その具体的内容(連研ノートA)は、先に「答」があり、ともすれば、教化者としての門徒幹部、従来の僧侶・門徒の関係で言えば「僧侶化した(教化者としての)門徒」を育てるものといえます。
  「僧侶が話し、門徒は黙って聞くだけ」という、ワンパターン化し、硬直化してしまった法座形式に、真宗本来であり仏教の原点とも言える「話し合い法座」を教団化しようとしたということでは、連研は画期的・歴史的であったと評価されるべきです。しかし、その内実は、門信徒会運動が抱えていた問題点をそのまま反映したものであったと感じます。
 
 【2】同朋運動としての連研
 (1)連研ノートの変遷
 
  連研ノートは、次のように、その問いを変更しつつ、現在までにAからDの四冊が発刊されています。
  各ノートの問いは以下の通りです。(各問いに設けられている「法座での問いのいろいろ」は一部を掲載)
 〈連研ノートA〉
    一九七八年発行
 編集:研修部
 「略」
  〈連研ノートB〉
 一九八一年発行
 編集:教育局(研修)
    連研を同朋運動の視座から捉えた時、その内容が「差別・被差別からの解放」、あるいは「御同朋の社会をめざして」を実現していくものであったかどうかを、現在のノートDまでの変遷を通して考えてみると、以下のようにまとめられます。
  〈連研ノートA〉
   他のノートと見比べてみると「十二の問いのなかのひとつとして同朋運動が取り上げられている」という感があります。
  また、僧侶用に作成されている資料を見ると、同朋運動は「信心をいただいた上での生活実践のひとつ」とも理解される内容で、教団(僧侶)の差別の現実から出発しているということが暖昧になっているようにも感じます。
  連研ノートAは、連研の教団化を実施するにあたり、かなりの時間的制約の中で作成されたにせよ、「連研は門信徒会運動の実践」という位置付けであった感は否めません。
  〈連研ノートB〉
   連研ノートAは、連研が実施される以前に行われていた研修会で出された門信徒の問いの中から、「法座の課題」に沿うものが選び取られて作成されたようです。その為に「教えたい事を理解させるのに効果的な問い」が中心であったように感じます。それに対してノートBは、単に「教えたい事を理解させるのに効果的」(門徒の聞き間違いを正す)という「手段」としての話し合い法座から、参加者の疑問を出発点とする法座への移行が計られているように思えます。
  しかし「問い」そのものは門信徒からのものであるにせよ、ノートBにはその「答」となる資料が提示されており、僧侶が答られる問いに限定されています。まだまだ、一人ひとりの苦悩の現実からの聞法とはなり得ていません。
  しかし、寺院や教団の「しくみ」にある差別の現実を問いとして取り上げており、僧侶がその問いに真向かいになることから出発すれば、連研が信心の社会性の実践となり、門信徒に対しても差別・被差別からの解放への取り組みを、観念ではたく現実として問い返してゆけたでしょう。ただ、十二の問い全体の関連性が乏しく「現実から本来へ」が欠如しているように思えます。そのたの同朋運動が「連研のための課題のひとつ」としか位置付けられていないように感じます。ノートB巻末の年表に「門信徒会運動の開始」は表記されているのに、同朋運動については記されていないことがそれを端的にあらわしています。
  〈連研ノートC〉
   同朋運動・門信徒会運動の一本化に、歩調を合わすようにしてノートCが発行されます。
 ノートCでは十二の問いに「靖国」「平和」「業問題」「女性差別」が加えられ、それまでの「課題のうちのひとつ」であった同朋運動の課題が、連研において大きなウェートをしめることとたっています。
 また、十二の問いを「みなさん(参加者)の問いを出していただくための問い」と位置付け、「社会の問題を自らの問題として聴聞」し「聴聞が個人の心の問題にとどまらず、現実の社会を問題として、本願に問い聞いていくことである」というように、真俗二諦を話し合い法座の課題そのものにしています。
  「全員聞法・全員伝道」という連研開始以来の目標についても「御同朋の社会の実現」する道がそれであることを明示しています。
  ただ、十二の問いを精査すると、問いのFからKが同朋運動の課題であり、@からEは「真宗教義」上の課題という「色分け」が明確です。
  また「ヤスクニ」ではなく「靖国問題」であって、教団(僧侶)の責任を不問に伏したままの課題としているように、門信徒や教団外を問うのみで、僧侶は「間違いを諭す・糾す側」におさまっての問いの羅列にも見えます。
  〈連研ノートD(十二の問い)〉
   連研開始から十五年を経て、(一九九三年三月には)全国五三二組中、二八六組で連研が開催され、門徒推進員には二、四〇五名(中央教修修了者は二、七六六名)が委嘱・登録されるに至り、連研の現状とその後を展望するため、研修部により「連研についてのアンケート」が実施されます。
  一九九三年に発行されたノートDは、そのアンケートの結果をうけ、それまでのものと体裁も改め、十二の問いも「身近な家庭生活の中からの問い」「地域や社会事実に関心の及ぶ問い」を念頭において策定されています。
  アンケートや他の場で指摘されていた当時の連研の状況として「聴聞歴の豊富な参加者がもういない」ということがあります。これは「ノートCまでの問いをもとにしての話し合いは困難である」ということであり、連研が「誰でも参加できる」ものでなかったことを証明することとなります。
   これにより連研は、法「を」聞く(答えを憶える)知識吸収型研修から「悩みや悲しみを語り合い聞き合う」中から一人ひとりが、法「に」問い・聞く(応えあう)場であることが、より鮮明にされることとなります。ノートDは何期も連研を実施している組や、従来の法座の衰退により、連研参加者が、ほとんど聴聞の経験がないという状況の中で、連研実施組を増加させていくためにも必要なものであったと思われます。
  ノートDはCに比べ、同朋運動そのものの課題としての問いが減少しています。これは、連研(組)において差別やヤスクニ(靖国)に関しては「難しい」「やっていない」という現状が影響し、実施組を拡大するための「工夫」によるものと思われます。問いそのものに同朋運動の課題を出さずとも、連研が「門徒推進員の養成」が目的であり、門徒推進員は僧侶とともに基幹運動をすすめる中心であるとの理解を深めていけば、連研の場においての同朋運動の後退は回避できると、「希望的観測」をもって考えられたのではないかとも思われます。
 問いの中に「環境問題」「臓器移植」といった現代の問題が取り上げられたことは、画期的と言える反面、教団の課題・運動の出発点が曖昧になる危うさも持っていると感じます。
 
 【3】連研の現状と課題 

(1)連研の目的の曖昧化
 
  連研の実施組は徐々に増加中であり、未開・休止組においても「やらなければならない」という意識が深まってきています。
  しかし、連研の実施そのものが目的化してしまい、門徒推進員の養成という目的が暖昧になってきています。
 一九九九年度、奈良教区の「連研のための研究会」において「連研はご法義繁盛が目的」と主張する僧侶に、講師(連研中央講師)が同意し「連研の目的は門徒推進員養成」と説明する門徒(門徒推進員)を孤立させてしまった事例は、その象徴的なものであります。
  また、中央教修参加者の基幹運動についての認識度は「高い」とは言えません。これは組連研において「門徒推進員とは」「基幹運動とは」ということが明かにされていないためです。ここにも連研実施が目的化してしまっている現状が窺えます。
 

 (2)話し合い法座の現状に見える僧侶の「消極性」
 
  未だに「講義形式」で連研を実施している組があります。「話し合いでは研修が深まらない」「基本的な真宗理解を求める参加者の要望に応じるため」「参加者が話し合いに不慣れで嫌う傾向が強い」等の理由によるものです。こうした「実施が目的化」し「知識詰め込み型」の連研は、むしろ運動推進を阻害しかねません。「話し合いでは世間の雑談ばかりになりご法義の話にならない」という、連研開始当時のままの「一段高いところ」にいる僧侶の意識すら払拭しえていたい現状を考えると、実施組の拡大「偏重」にたっていないかを点検する必要があると思われます。
  また、「話し合い法座」ではあっても、全ての開催にあたって組外から講師を招いている組も相当数あります。
 あるいは「僧侶が同座すると、質疑応答や僧侶の独演になる」「僧侶がいない方が参加者が本音で話し合える」との理由から、僧侶が話し合いには加わっていない組が大半を占めています。僧侶が門徒の現実の悩みや悲しみ苦しみに直接しようとせず、公式化した教学で現実の苦悩を「切り捨て」「忍従させ」「あきらめさせてきた」事実が、運動の出発点であり課題であったはずです。
 「僧侶は聞き下手」だと気付けたことは、話し合い法座の成果です。「聞き上手な僧侶になる」を課題とし、「僧侶の前では門信徒が本音を話せない」を克服していく中に、豊かで温かな信頼関係に結ばれた、内実ある御同朋御同行が実現するはずです。「信心の社会性」という課題をうみだした僧侶の体質、門信徒との関係のありよう等を、連研の場を通しても学ぶ必要があると言えます。
 
 (3)門徒推進員の孤立

  門徒推進員は現在四、五00名を超え、二00一年度中には五、000名に迫るものと思われます。
 一九九七年には、門徒推進員のおかれている現状と今後の活動を展望する(門徒推進員の今後のあり方を検討する委員会)答申をうけ「門徒推進員要綱」が改訂されています。その中で「門徒推進員連絡協議会」を教区・組に設置することを定めています。これは、情報交換や研修を通じて個々の活動をより深め広め運動を推進していこうとするのです。ただ、ここで留意したいのは、門徒推進員が孤立しやすい状況が教団内にあるということです。これは、門徒推進員に対する僧侶の無理解・体質・意識に起因しているものです。有り体に言えば、僧侶が「本気で運動を進めようとしているか」を門徒推進員より問われることから逃げていることのあらわれと言えます。
  義務や見せかけの運動ではなく、自らの「生き方」の問題として運動を進めていく僧侶となり得ていたかどうかを如実に物語るのが、門徒推進員の孤立という状況でありましょう。
 
 【4】同朋運動と連研

   今、わたしたちの運動は、大きな節目の時にあると言えます。
  同朋運動が五十年を数え、門信徒会運動も四十周年を迎えようとしています。「差別の現実」「名ばかり・形ばかりという現実」から浄土真宗本来の姿をめざして始められた運動が、何十周年だからという理由のみの「節目」ではありません。教団のおかれている今の社会状況を見渡すとき、教団が存在する意義は何なのか。しかも、真宗教団としてのそれは何なのか。教団がこれまでの歴史の中で「何を為し」「何を為さなかったのか」。運動、特に同朋運動は五十年の歴史の中で多くの成果をあげ、多くの課題を明らかにしてきました。成果も課題も浄土真宗本来という方向でのものです。その成果に学ぷ中に教団の存在意義が明らかになるはずです。
  人間の思慮を超え出口を見出せないほどの混迷に迷い落ちようとしている社会にあって、今ここにはたらく浄土を明らかにしていく道は、同朋運動が明らかにしてきた課題そのものであると言っても過言ではないはずです。
 そうした意味で、運動の成果と課題を総括し、これからの展望を明らかにすることが、教団の存亡を握っているという意味でも「節目」の時にあると言えます。

   これまでの運動の成果のひとつが、門徒推進員とその養成課程である連研であることは、既に明らかとされています。しかし、何故、成果と言えるのかという「精査」は不十分に思えます。門徒推進員一人ひとりの活動や連研のありよう、連研に関わる僧侶の意識にまで踏み込んでの精査がなされてこそ、今後の課題と展望もひらけてくるはずです。
  連研そして門徒推進員が、門信徒会運動の具体的取り組みとして始められたことは事実です。しかし、その連研・門徒推進員がこれまでの成果であるから、門信徒会運動が内実のあるものであったのかどうかは別です。
  「最近の基幹運動は同朋運動ばかりで門信徒会運動がない」と言われる時の「門信徒会運動」、すなわち同朋運動とは別な内実をもつ門信徒会運動が教団の運動として存在し得たのかどうかという問いと、運動の成果としての連研・門徒推進員の存在は即座に等号では結べないと感じます。

   連研は、話し合い法座であるからこそ連研であり、一人ひとりの問い、現実の苦悩を出発点とするからこそ連研です。同朋運動の出発点は、差別と言う現実でありました。それは、差別を受ける者一人ひとりめ苦しみであり怒りです。同時に差別をするという生き方の悲しみであることも同朋運動は明かにしてきました。さらに教団の内外に差別が存在することは、教団にとっての痛み苦しみでもあるはずです。そうした苦・怒・悲・痛という現実が同朋運動の出発点であり、いつのときも「現実に学ぶ」のが同朋運動です。
  連研も同朋運動も、いつの時も、どの場にあっても「現実からの出発」でなければ異質なものとなり、それはもはや運動ではありません。そうした意味で連研は、同朋運動の一つの実践となり得るものです。ただし連研での話し合いが「真宗教義を教えるための手段」として行われていたのでは、むしろ同朋運動を阻害する要因となりかねません。今、連研の中心となっているノートDを用いていたとしても、教条的・観念的な話し合いやまとめの法話に終始するものであれば同様です。連研に関わる僧侶が「何故連研なのか」「何故運動なのか」をたえず自問し、真摯に話し合い法座に参加することが重要です。また、差別やヤスクニといった具体的な問い(テーマ)と、その他の問い、特に「浄土」や「み教え」についての問いとが関連した連研となっているかの点検が必要です。

  「現実問題」と「教え」あるいは「社会の問題」と「私の問題」といった二元論をどれほど話し合っても、運動としての成果は期待できたいでしょう。こうしたことが連研の今後の課題と言えます。
  問題を連研においての差別についての学ぴ、特に部落差別について見てみると、「差別・被差別からの解放」に向けて前進しつづあると言えます。
  連研に参加するご門徒の中で、地域や職場などで同和研修を経験している方が占める割合が年々増えてきています。話し合いの中で、差別論(「ねたみ差別」「寝た子起こすな」等)が出されたとき、参加者の中からその間違いを糾すような場面が増えています。僧侶より「人権意識」「同朋精神」の高い方が多くなってきているとさえ言えます。こうしたご門徒が推進員となり、運動の中核を占めつつある現状を考えると、連研・門徒推進員は同朋運動にとっての成果であり、今後の運動の展望を大きくひらいていく可能性と言えましょう。
  「僧侶のみ」となりがちであった運動を「門徒とともに」、さらには「門徒がリードする」運動への転換まで視野に入れて、同朋運動としての連研を模索していきたいと思います。



上記の論文は、同和教育論究第22号(同和教育振興会刊)に掲載された大畠氏の論文です。提供を快く承諾して下さった大畠さんに感謝いたします。