「還浄」考  親鸞聖人の象徴的表現
沖  和史
 
  本紙で信楽峻麿氏が「還浄」という領解を異安心だと主張し、ついで櫻部、入井、城山三氏が意見を寄せた。『大乗』通巻五九七号では小山一行氏が「還浄」を肯定的に論じている。
  本願寺派当局もまた「還浄」を教団文書に使う立場から、信楽氏の論文に出てくる一住職宛の回答を公表し、信楽氏の非難に堂々と反論して頂きたい。その際には@「法性のみやこへかへる」を基盤として、A「また報土に還来せしめんと欲してなり」という親鸞聖人ご自身の文、B「帰去来、他郷には停まるべからず。仏に従ひて本家に帰せよ。本国に還りぬれば、一切の行願、自然に成ず」という引文、C「迷ひを翻して本家に還れ」など善導大師の「還」「還帰」の用例、さらにはD「お浄土に還られたご門徒の方々を偲び」というご門主法話の内容を、真剣に論じて頂くよう強く期待する。
  なぜなら、これらの表現に共感する人々が還浄運動を荷っているからだ。すでに同派発行の『浄土真宗聖典(註釈版)』では、「他郷」を「娑婆世界のこと。衆生にとって真実の故郷というべきは阿弥陀仏の浄土であるから、娑婆を他郷という」と説明している。今さら躊躇する理由はないはずである。

避けたい「サロン的評論」

  最近の「還浄」論争に関与している立場から、私はまず「還浄」に関する論点を整理したい。
  基本的な論点は、念仏者の死を「浄土へかえる」と言い得るのか否かである。『季刊せいてん』no.44,47では深川宣暢氏が全面否定していた。肯定派のうち、櫻部、信楽の両氏および『大乗』通巻五六二号によると白川晴顕氏は「還浄」否定派、入井、小山、城山三氏と私は、「かへ(来)る」「帰る」「還る」すべてを認める全面肯定派だろう。この場合、念仏者の死は浄土へかえる一過程であることに注意しよう。後に示すように、この文脈における来・帰・還の字は往相還相を含む開悟の全過程を意味するからである。
  次の論点は、忌中札撤廃との関連である。入井氏と私が条件付き還浄札賛成派、信楽氏が帰浄札許容派、小山、櫻部、白川、深川四氏は還浄札反対派に色分けされる。
「喪中」の挨拶については、私が不要派である以外は明確でない。この「還浄・帰浄」論争は、物忌み不要・神祇不拝の実践がなければサロン的評論に堕してしまう。

  また、往生論に関しては、櫻部、深川氏が保守派、城山氏が全面見直し派に分類される。私は、「生まれ育ったところ・元居たところにもどる」「はじめていく」などの言い回しを生む実体的浄土観を批判し、往生が「無生の生」であることを明らかにするため、宗教的象徴的表現の全面的見直しが必要だと考えている。
  その一環として、私は凡夫成仏に関する聖人の豊かな表現を末徒の解釈で制限してはならず、現場の運動を貧弱な解釈で批判すべきではないと考える。だから前回本紙上で、「浄土にかえる」を異義とする曲解のみならず、「還」の字釈(解釈者の仮説)に基づいて「還浄」という表現を忌避する一部宗学のやり方を批判し、凡夫願生者が浄土へ「還る」と表現する典拠ABCを挙げたのである。
  信楽氏(入井氏によれば、深川倫雄氏も同じ)の〈帰浄肯定かつ還浄否定〉の主張は、聖人の多彩な象徴的表現を捉え損なった、無理な解釈に見える。氏はBを、引文であるから聖人の思想と理解してはならないと考え、Aを例外的用例と見て、還浄肯定論を論破したつもりのようだが、説得力を持たない。氏が依拠した資料は、 聖人の文、『説文解字』、現代学者の字典類、覚如『報恩講私記』、廣如「還浄殿」竪額、道誠『釈氏要覧』であるが、以下の資料が、@「かへる」A「還来」を解明するためにBCより重要だと、氏は本気でお考えなのだろうか。
  ともあれ氏は字釈の方法を読者に提示した。しかし、これは学問的方法論としては妥当とは言い難い。以下その点を示そう。

  当然のことだが、聖人の思想を理解するには、聖人自身の用例を検討することによって字義や文意を確定するのが道筋であって、その逆ではありえない。なぜなら、聖人が信楽氏の想定する原義(以下〈原義〉と表記)に忠実に漢字を使われたという氏の前提は、用例に即して証明されねばならないからだ。
  ところが、氏は調べる漢字を「帰」「還」に限定し(「来」も調べるべきである)、ただちに資料価値の低い字典類の記述を権威として〈原義〉をまず想定し、その想定(仮説)を論拠として聖人の文意を解釈する。聖人が字典の示す定義に従って上の漢字を説明なさるのならともかく、その事実のない字典を権威とするこの方法は、「引文における文字はすべて除外して、聖人が主体的に、自己の文章の中で用いられたもののみによって考察する」という氏自身の立場からして、自家撞着を起こしていることは言うまでもない。

  しかし、もっと問題なのは、個人の思想を解明するために字典を権威とすることが、仏教学で用いられない方法であるという点である。
  『説文解字』は聖人依用の字典だろうが、字典を参照し字義を充分知っていることと漢字を字義通り使うこととは別のことである。

  聖人が「女の嫁するなり」という字義をご存知であっても、忠実にその字義に従って「帰」を使われた事実はないようだ。たとえば、氏は「聖人は、その帰を解釈して(中略)その帰説(きえち)には『よりたのむなり』、帰説(きさい)には『よりかかるなり』と左訓されています」と言う。この左訓は、『説文解字』の字義、あるいは「はじめてゆく、かえる」という〈原義〉を反映していない。これでは〈原義〉を想定する意味がない。
  学者の字典類は聖人の思想を解明する根拠になるはずもない。字義を調べる道具にすぎない。そして字義を調べるのは用例検討のための準備作業である。その作業から抽出された〈原義〉(信楽氏の仮説)は、用例の中で証明されるべきものあって、それ自体には何の証明能力もない。

  それでは、氏が行った用例検討には妥当性があるのだろうか。
  まず、氏は「帰」の用例を雑多に検討するが、無駄である。聖人が「はじめてゆく、かえる」という〈原義〉に忠実に「帰」を使用なさるという氏の前提を、氏が用例に即して証明したのであればまだしも、「帰依、帰敬、帰命、帰入、帰伏、帰邪」の用例においても〈原義〉とのつながりが見られず、〈原義〉の設定が無意味となっている。
  検討に価する用例のうち、「帰入」の例では、氏は「往生とは浄土にはじめていくこと」と言うが、この定義は正しくない。「往生みたびになりぬるに」(源空讃)という用例に反するからである。したがって、〈原義〉を前提とする〈往生=はじめていく=帰〉という連想は無意味である。「帰依」と「帰浄」の連想にも、慎重な姿勢が必要である。聖人は通例「きす」と「かへる」とに訓じ分けておられるからだ。

親鸞聖人「還帰」と表記

  「還帰」の用例でも、論理の混乱が見られる。氏は「はじめてゆく」「ぐるりとまわってもとのところにかえる」という両立不可能な〈原義〉に従って、「帰」「還」を厳密に分けて使うよう主張したはずである。氏と同じく聖人も〈原義〉に忠実であると仮定すれば、入滅という一事態に「還帰」という両立不可能な字を組み合わせた熟語を使用なさるはずがない。しかし実際には「還帰」を使っておられる。ゆえに聖人が〈原義〉に忠実とは限らない。また、聖人が厳密に「帰」を「はじめてゆく」という意味で使っておられると仮定すると、法然上人の三度目の往生には「帰」は全く使えないことになる。

  このように、〈原義〉を前提に聖人の文を解釈すれば、その主張は用例に違い矛盾だらけとなる。信楽氏の仮説は崩壊した。
  同様に、正信偈の「還来とは、(中略)このまま迷界に再びかえりもどること」という主張は正確でない。疑情に縛られた衆生は「生死輪転の家」を一歩も出たことがないのだから、〈原義〉通り「再びかえりもどること」もありえない。この「還来」は「家」に係る詩的表現であり、〈原義〉に従わない実例である。文意は源空讃の「流転輪廻のきはなきは疑情のさはりにしくぞなき」(選択集「生死の家には疑ひをもつて所止とし」)、総序の「疑網に覆蔽せらればかへつてまた曠劫を経歴せん」に等しい。
  「念仏者の浄土往生について、『報土に還来』という表現をされています」という信楽氏の理解は私と一致する。しかし、「『往』の字に対応して、帰の字を用いずに、あえて『還』の字を用いられた」と言うのであれば、聖人が「還」の使用を認めておられると結論づけねばならない。〈原義〉に従わない例が、なぜか「去来」の対には着目せず「往来」「往還」に注目した結果なのであれば、聖人が善導大師を見習い、「本国」に対して「還」の字を比喩的に使用なさったとしても、何の不思議もない。このような聖人の字の扱いを「字義にこだわる態度」とは言えない。信楽氏の仮説の前提も崩壊した。
  「往還」については異論はない。この往還の利益(自利利他行)を含む「開悟」が「かへる」の意味内容であることが『唯信鈔文意』に見える。

「還る」の意味は悟りを開くこと

  以上、〈原義〉を根拠として聖人の用例を解釈する信楽氏の誤謬を指摘した。
だから「還浄というならば、(中略)その人はもともと浄土にいたもので、その死とは、ぐるりとまわってもとの浄土にもどった、ということになる」「それは仏教学的には、明らかに人間は本来に仏であるという見解に立つことであって、(中略)浄土真宗の教義からは、遠く逸脱する」という氏の主張は、証明のない解釈に過ぎない。
実体的浄土観や実体的仏性説に引きずられた信楽氏の還浄批判を、聖人の思想と混同してはならない。「還る」という語は、文脈上真実の故郷(本国・本家)に照応しているのであって、あくまでも「帰る」「かへる」と同義であり、その指示する意味は「悟りを開くこと」としなければならない。

  このことを明確にするために、私は『季刊せいてん no.47』ではまず@「法性のみやこへかへる」をとりあげ、それが〈念仏の衆生が阿弥陀仏と同じ悟りを開く〉ことを意味する聖人の多彩な表現の一つであることを示した。このことは、「証巻」と『唯信鈔文意』における聖人自身の文を比較することによって導き出される。
  しかし、多様な同義異語を比較するだけでは、「かへる」という表現が採用された根拠が明確にならない。だからそれを「証巻」で検討すると、善導大師のE「西方寂静無為の楽(みやこ)」「帰去来(いざいなん)、魔郷には停まるべからず。(中略)この生平を畢へてのち、かの涅槃の城(みやこ)に入らん」の引文に出会う(正信偈「速やかに寂静無為の楽に入ることは必ず信心をもつて能入とす」と選択集「涅槃の城には信心をもつて能入とす」参照)。「真仏土巻」にも見えるこの引文から「法性のみやこ」は帰るべき故郷という意味をも担っていることが明らかになる。「帰去来」は、慈愍三蔵の文にも見える。この引文(行巻)は浄土を「家郷」と言い、また「来」の字訓「かへらしむ」(唯信鈔文意)に直接つながる重要な文である。
  この帰るべき故郷という意味は、引文B「帰去来、他郷には停まるべからず。仏に従ひて本家に帰せよ。本国に還りぬれば、一切の行願、自然に成ず」(化巻)における「他郷」と対比すれば、より一層明らかになる。

  以上のように、Bが聖人の「法性のみやこへかへる」という表現@の根拠のひとつとなっている点を明らかにした上で、同じ引文B中の「本国に還りぬれば」という表現が、聖人が「還」を使用する根拠になっていると、私は推定した。「本家」「本国」という表現が聖人にとって大切なものであることは、F「去来、他郷には停まるべからず。仏の帰家に従ひて本国に還りぬれば」という原文をB「帰去来、他郷には停まるべからず。仏に従ひて本家に帰せよ。本国に還りぬれば」という表現に変更なさったことから明らかである。漢字への関心からすれば、聖人が帰の字を挿入して還の字と併置されたことに留意すべきである。
  また、上の諸引文を正しく聖人の多彩な表現中に位置づければ、A「報土に還来」の文が決して「例外」ではなく、凡夫が「浄土へかえる」ことを示す重要な文であることが明らかになる。すなわち、「来」を「かへらしむ」とも訓読なさる聖人は、『愚禿抄』では、同じ「来」の字に込められた阿弥陀仏の御意図を、(他郷・穢土を去らしめ、故郷・報土に)「還来せしめん」と「還」を付けて丁寧に示されたと考えることができる。この「還来」は、「還帰」と同じく「かえる」という同じ意味を表す漢字を重ねた熟語なのである。
  他力回向により真実の故郷を発見し「さあ帰ろう」と思い定めた凡夫が、そこへ「かえる」という聖人の表現は、「浄土に、信心のひとのこころつねにゐたり」というお言葉とも響きあう。
  ともあれ、宗学者が「還浄」の議論に参加しはじめたことは喜ばしく、これから大いに論じられることを期待する。


 

中外日報2000-3-7


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