還浄運動をどう評価するか?

――反差別運動における現場と教学の往復運動覚書――




安芸教区佐伯奥組大通寺住職 沖 和史


はじめに

広島県における基幹運動の現場、とくに同朋三者懇話会においては、部落差別の現実から学び、それを親鸞聖人のことばに基づいて理論化して現場にかえして、現場の運動の力になる理論となるか否かを検証し、さらにその検証結果を親鸞聖人のことばに問いなおしていく、という往復運動が機能している。いわば、反差別運動を支える宗教的世界観を親鸞聖人のことばから紡ぎだしてゆく作業が当然のこととされているのである。ある方はそれを「宗祖のおことばを差別の現実に引きよせる」と表現している。このたび基幹運動において提唱された「御同朋の教学」も同じ方向で構築されるものと期待することができる。
   しかしこのような運動の方法が顧みられない実例もある。二〇〇一年七月、安藤光慈浄土真宗教学研究所聖典編纂委員会副主監が「『還浄』に関する教学的整理」(以下安藤論文)という報告論文を出した。安藤論文によればこの報告は「浄土真宗教学研究所に設置されている教学課題検討会議において取り扱った『還浄』をめぐる問題に関し、会議における検討をもとに私見を交えながら論じたものである。」筆者は時宜を得たものと喜び早速通読したが、案に違い安藤論文自身が教学的混乱を招くものと判断せざるを得なかった。なぜなら還浄運動の経過を理解しようとする意思が見えず、還浄反対論を擁護したいという主観もしくは恣意性に覆われているように見えるからである。運動の現場を一顧だにせずに「教学的」考察を行って満足する傾向が、安藤論文のように明確に示された例は珍しいのではないか。
   還浄運動は約四半世紀前福岡県内において始まったとされている。広島県においてはそれからおよそ十年たってから福岡を模範として自発的に始められた。それは、ケガレ意識に束縛された「物忌み」の風習があらゆる差別を助長する温床の一つであるという判断に基づく。「忌中」とは、「死のケガレ」を拡大させないため、世間との接触を避けて家にこもり続ける期間である。大切な人の死をケガレとして忌み嫌うことによって死者を冒?する悲しい所業から解放され、自己の死を含む死の尊厳を回復するため、「死のケガレ」の観念を克服し「忌中」の貼り札を廃止することを目的としたのが還浄運動の最初であった。浄土真宗においては、通夜などの席で「浄土におかえりになった○○さん(故人)を偲び、法縁に会わせて頂きます」と表現する慣習が定着している。運動では「浄土にかえる」の漢字表記として「還浄」を採用したのである。
   自発的運動の常として、その導入の経緯はさまざまである。住職が寺院の総会や門徒総会で提案して導入した例、仏教青年会が福岡に旅行した際に還浄札を見て、その意義を門信徒会で提案し、寺院合同の地区会議で合意して導入した例、住職家の葬儀のとき還浄札を貼り、それを契機に地域での会合を重ねて導入した例などが挙げられる。
広島県でこの運動が急激に広がったのは、一九九六年一〇月、地方紙『中国新聞』がこの運動を取り上げて以来である。中国地方の多くの事例や習慣を紹介したこの記事の影響は大きく、葬儀社も住職達の要望を受けて「還浄」の字が入った提灯や貼り札を用意するようになった。現在では広島県内のほとんどの地域で「還浄」の札や提灯が用いられている。
運動を始めるにあたって、日本語の「かえる」に該当する漢字は何が適当か、という字義にかんする議論は不要であった(小武[2001:41-42]参照)。教義の上からは、『唯信鈔文意』における親鸞聖人の「法性のみやこへかへる」という「来」の字釈が根拠となっている。字釈中の「かへる」(「来」)の意味は「来還の義」または「還来の義」と言われ、「往生即成仏の己証」と解釈されている(中西[1997:70-78]、村上[1999:上379-381, 394-397;下35-37]、普賢[2000a:34-35, 2000b:23-24])。つまりこの文脈における「来」の字は「還」の字と同じ意味を持ち、難思議往生を指示する字である。この解釈にしたがえば、臨終時に浄土願生者が浄土に「かえる」ことを表すのに「還」の字を使用しても、何の問題もない。
ところが宗学者の一部は「還浄」という表現を不適切であると見なした。その理由は「還」の字が「ぐるりとまわってもとのところにかえる」という意味のみを示す、という字義解釈の一点にある(白川[1997]、深川[1998]、信楽[2000])。「浄土にかえる」という表現も親鸞聖人の表現を根拠としていないと主張する極端な説もある。安藤論文が参照する尺一も、上述の字義解釈にもとづき、本山当局の文書に使用された「還浄」の語に反対しているが、その解釈は特異である。
このような字義解釈を批判したのが筆者の一連の文(沖[1999-2001a])である。親鸞聖人の用例や引用文を検討することにより、還浄反対論者が行った字義解釈の無根拠性を明らかにして、運動の推進を図るのが目的であった。深川[1999]および信楽[2000a]は、沖[1999][2000]にたいする学問的再批判に成功していないので、当初の目的は達成したと自己評価することができる。
   現在では、還浄運動は新しい局面に対応しつつある。すなわち「還」の字を「還相の菩薩」または「化身」にのみ使用すべきであるという上記一部宗学者の言明が実体的浄土観に基づいている事実があることを問う作業を通じて、仏身・仏土・証果の非実体化を押し進め始めている。それは、教団における宗教的身分差別の実態を批判する運動を基礎付けることを意味する。このような運動の深化には、「還浄」という表現を採用した先人の見通しのすばらしさが大いに寄与している。そして実体的浄土観、実体的化身観を開陳した一部宗学者の功績が大であると言うべきであろう(小武[2001:43-53]、沖[2001:146]参照)。
   もしも安藤が還浄運動の経過を知っていれば論点を明確に把握することができたはずであるが、浄土真宗教学研究所に設置された検討会議は当事者に見解を聞く作業さえ怠った。その結果、還浄運動に対する偏見と無知をさらけ出すこととなったのである。このような偏見と無知は一人安藤論文のみのものではなく、検討会議の諸氏も多かれ少なかれ共有していることであろう。また、単に浄土真宗教学研究所内部だけの問題でもあるまい。このような問題意識に基づき、この拙文ではとくに還浄運動にかんする偏見と無知の問題点を指摘しつつ、教学課題と運動との関連を論じたい。 
 

T 観念的教学の問題点

1、現場と運動の課題を無視する

それでは安藤論文の問題点を指摘しよう。

第一に、還浄運動に対する皮相的な決めつけが見られる。
   まず、運動一般に対する無知が挙げられる。運動には現場があること、そしてそこには運動を始める契機となる問題(解決すべき課題)が存在していることが、安藤論文ではまったく理解されていない。「現場なき教学」は観念論に過ぎない。
   つぎに、安藤論文は還浄運動の現場を調べずに「『還浄』をめぐる混乱した状況」があると決めつけ、その原因を運動推進者と反対論者の「『還浄』の語義に関する意識の相違」であると憶測している。実際には、例えば安芸教区においては、遺族が忌中札を廃して還浄札に変更する活動は大変順調に広がっており、そこに「混乱した状況」は見られない。したがって、教学課題検討会議の「混乱」という認識は運動現場に即していない。
   さらに、もしも教学論争があることを「混乱」と認識するのであれば、「正義」がどこかにすでに存在することを暗に前提していることになる。実際に安藤論文を読むと、何らかの前提が存在し、その前提を貫くために検討方法が選ばれていると思える。たとえば、「還浄」という語の成立過程を論じているが、最初に「『還浄』という語がいつから使用され始めたのかについては不明である」(傍線筆者、以下同じ)と述べながら、成立時期さえも不明なはずの「還浄」という語の「成立」について「『還浄』の語は、以上のような背景と内容をもって、『阿弥陀仏の化身(であった故人)がその仏の自国である浄土にかえられた』という意味で成立している語なのである」と結論づける。これは既に述べた宗学上の有力な見解(来還の義)を無視した一方的な論断であり、石見地方の「門牌」の伝統、本願寺広島別院にある被爆「還浄」碑を説明することができない。

2、解釈の恣意性

第二に、用例検討にあたって、「意味の中心」(安藤論文p.165)「引用意図の中心」(同p.159)という解釈法が過度に重視されている。この解釈法にしたがって還浄推進論の論拠を否定しようとするが、還浄反対論者が、「意味の中心」や引用意図を論ずることなく、「還」の字義を根拠に「還浄」という表現に反対している事実を、安藤論文はまったく批判していない。したがって安藤論文の解釈法は恣意的に運用されている。
   しかもこの「意味の中心」「引用意図の中心」という解釈法は、深川[1999]と同じく「平生業成」のみに固執し、「正定滅度」「往生即成仏」を軽視する立場に立って使われている。この立場が宗学上著しくバランスを欠くことは、最近の『唯信鈔文意』研究の成果である中西[1997]、村上[1999]、普賢[2000-2000e] と比較すれば明らかである。文献学的研究とは異なり、「宗学」においては、解釈可能性の点から言えば、たとえ一面的な決めつけであるとしても何でも主張することができるのかもしれない。しかしある解釈可能性から別の解釈可能性を否定することは不可能である。それにもかかわらず、安藤論文は強引な解釈可能性の提示により他の解釈可能性を否定する過ちを犯している。
引用意図の決定の仕方も問題である。たとえば難信と報恩にかんする引文群の中にある「本国に還りぬれば」(註釈版 :411)の文に関し、「『娑婆世界から浄土にかえる』という意味で解釈していくことも可能と思われるが、大切なのは引文の当面の意だけにとらわれることなく」という、意味不明の文が作られている。文献に即した解釈可能性を認める以上、安藤論文がその解釈可能性を排除することができないことは理の必然である。
   このような強引で粗雑な用例検討に基づく安藤論文の結論も「宗祖の上で、『凡夫の立場から、〈凡夫(故人)が、凡夫の故郷である浄土に、かえる〉ことを表現しよう』という内容の表現はない。すなわち教学的には、人の死を『還浄』あるいは『浄土にかえる』と積極的に表現すべきであるという根拠を見出すことはできない」という、非論理的なものとなってしまっている。親鸞聖人の著述中に「(凡夫の立場から)表現しよう」という内容の表現があることはまれである。しかも安藤論文には「積極的に表現すべきである」とされることがらについて親鸞聖人が「…と表現しよう」と仰ったという例示も論証もない。だから、「『表現しよう』という内容の表現」が「ない」ことが教学上の根拠が「ない」ことになるはずもない。仮にこの結論が正しいとすれば、親鸞聖人の表記にまったく根拠のない「平生業成」という「ことば」は、同様の論法(宗祖の上で「凡夫の立場から、〈平生業成〉と表現しよう」という内容の表現は存在しない。すなわち教学的には、現生に往生の業因が定まることを、凡夫たる宗学者が「平生業成」と積極的に表現すべきであるという根拠をまったく見出すことはできない)により、「使用してはならない」と結論づけられるべきであろう。そして同じ論法により、宗学用語をはじめ、教義論題・安心論題のほとんども無根拠となってしまうだろう。
   さらにこの結論は、『唯信鈔文意』において、仏願を主語とした「浄土(真実報土)へきたらしむ」という第一釈(来生の義)の次に、「来」の字訓の第二釈(来還の義)、すなわち凡夫願生者を主語とする「法性のみやこへかへる」が、第一釈より詳細に述べられている事実を軽視したものである(この第二釈は「証巻」に示される「真実証」の内容と一致し、宗学者が「往生即成仏の己証」であると指摘している)。
したがって、このような非論理的な主張は、論者達の意識の曖昧さと立論の基盤の欠如を物語る。

3、宗学の枠組みの問題

この結論に関連して、第三に、「凡夫の立場から」の表現以外に、親鸞聖人に「仏の立場から」の表現が存在するという、安藤論文の認識の問題性がある。
親鸞聖人が仏の立場に立って表現されたという証拠はまったくないであろう。親鸞聖人の表現はあくまでも凡夫念仏者の立場、つまり仏恩を知らされた聞法者の立場からなされたと考えるべきである。この聞法者の立場こそ「われら」「とも同朋」という親鸞聖人の御同朋の立場に他ならない。つまり親鸞聖人の自己認識は、表現者の立場としては凡夫願生者であった。用例は以下の通りである。
ここに愚禿釈の親鸞、慶ばしいかな、西蕃・月支の聖典、東夏・日域の師釈に、遇ひがたくしていま遇ふことを得たり、聞きがたくしてすでに聞くことを得たり。真宗の教行証を敬信して、ことに如来の恩徳の深きことを知んぬ。ここをもつて聞くところを慶び、獲るところを嘆ずるなりと。(「総序」註釈版:132)
ここをもつて知恩報徳のために宗師(曇鸞)の釈(論註・上)を披きたるにのたまはく、(中略)しかれば大聖(釈尊)の真言に帰し、大祖の解釈に閲して、仏恩の深遠なるを信知して、「正信念仏偈」を作りていはく、(「行巻」註釈版:202)
ここに愚禿釈の親鸞、諸仏如来の真説に信順して、論家・釈家の宗義を披閲す。広く三経の光沢を蒙りて、ことに一心の華文を開く。しばらく疑問を至してつひに明証を出す。まことに仏恩の深重なるを念じて、人倫の哢言を恥ぢず。(「信巻」註釈版:209)
慶ばしいかな、心を弘誓の仏地に樹て、念を難思の法海に流す。深く如来の矜哀を知りて、まことに師教の恩厚を仰ぐ。慶喜いよいよ至り、至孝いよいよ重し。これによりて、真宗の詮を鈔し、浄土の要を?ふ。ただ仏恩の深きことを念うて、人倫の嘲りを恥ぢず。(「後序」註釈版:473)
親鸞は弟子一人ももたず候ふ。そのゆゑは、わがはからひにて、ひとに念仏を申させ候はばこそ、弟子にても候はめ。弥陀の御もよほしにあづかつて念仏申し候ふひとを、わが弟子と申すこと、きはめたる荒涼のことなり。つくべき縁あればともなひ、はなるべき縁あればはなるることのあるをも、師をそむきて、ひとにつれて念仏すれば、往生すべからざるものなりなんどといふこと、不可説なり。如来よりたまはりたる信心を、わがものがほに、とりかへさんと申すにや。かへすがへすもあるべからざることなり。(『歎異抄』第六条、註釈版:835)

4、現代に生きる宗学か

第四に、親鸞聖人のことばを現代に生きる私たちがどのように受容するのか、という問題意識が欠けている。それは、廣如の「還浄殿」の額字のみを正当化し、「還」の字の使用にかんする小山[2000]の提起、「還相の菩薩」にかんする霊山[2000]の提起を無視している点に現れている。また、「浄土にかえる」という表現が親鸞聖人の用例に基づかないという主張は深川[1998]だけが主張する説であるが、深川[1999]は、「浄土に帰る」という表現を宗義に適うものとする白川[1997]の例話を借用しているゆえ、客観的には意見を変更したと見なされる。この点に関しても安藤論文は黙したままである。
第五に、「教学的整理」と銘打ちながら、運動に対する反発を示している。たとえば、「運動推進論者が主張するように、(中略)『還浄』の語を用いるのであれば、まずすでに成立している『還浄』の語の背景と内容に関して、『解体』が行われなければならない。そしてその『解体』には、極めて困難な作業と大きな労力とを必要とする。そのような手続きを踏むことなく、(中略)状況が混乱するのは当然のことである」という安藤の主張は、現場における努力を検証していない暴論であるのみならず、「還浄殿」の知識による「還浄」批判はごく一部のものであることを無視した、歪んだ断定である。まず、「かへる」を「来還の義」とする有力な解釈がすでに存在する。しかも現今の還浄反対論は「還浄殿」の知識でなく「還」の字義解釈に基づくのであって、尺一の主張も例外ではない。信楽[2000]の主張においても、傍論として「還浄殿」の額字が問題となったにすぎず、それは小武[2000][2001]によって明確に批判されている。
「字義」論争に「極めて困難な作業と大きな労力とを必要とする」と考えるのは自由だが、根拠も示さずに「混乱」の原因を運動側に帰するのは、論法として間違っている。信楽[2000]の「原義」説や、尺一の「還浄する人はかぐや姫と同じ」という説のごとく、反対論者が「字義」に拘泥し、宗教的象徴的表現を捉えそこなったから教学上の混乱に「見える」という可能性を考えていないからである。また深川[1998]の主張、すなわち「(「法性のみやこへかへる」という用例の「かえる」とは)如来さまがつれてかえるという『かえる』です。すなわち如来さまから言えば、もといた所につれて『かえる』なのですが、われわれ凡夫衆生から言えばやはり如来さまにつれられて『往く』あるいは『参る』ことになる」という主張における主語の混同が教学的混乱の例である可能性を考えないようにしているからである。そして、実際に「解体」作業を行っている小山[2000]、霊山[2000] の提起と小武[2000]の運動論を無視しているという点で、その主張はあまりにも偏っていると評さざるを得ない。

U 運動論の誤謬

次に安藤論文の「運動」に関連する問題点を示すことにする。上述のごとく安藤論文の問題点のひとつは、還浄運動の目的などについて考察せず、論争の経緯をまったく無視している点にある。

1、運動推進論者の主張

安藤論文は運動推進論者の主張として二点挙げる。まず、第一点として
ある者の死に関して、「凡夫の立場から〈凡夫(故人)が、凡夫の故郷である浄土に、かえる(=往生)〉ことを表現しよう」とするのが「還浄」の語であり、
とまとめている。しかしこの要約は間違っている。還浄反対論者が「還」の字は還相の菩薩・化身だけに使うことができ、凡夫には使えないと主張するのに反対して、「還」の字は還相の菩薩・化身のみならず凡夫願生者にも使えることを沖[1999-2001a]は論じた。おそらくこの論争のいきさつを理解することができなかったので、このような奇妙な要約が考案されたのであろう。運動推進論者は「凡夫願生者が、凡夫の故郷である浄土にかえる」場合にも、「還相の菩薩あるいは化身が本土である浄土にかえる」場合にも「還浄」の語は使える、と主張している(小武[2001]参照)。
また、「『…を表現しよう』とするのが『還浄』の語であり」という安藤論文の要約は、語義と運動論を混同したものであるから、意味不明の要約となっている。もちろん、「『かえることを表現しよう』とするのが」(主部)「『還浄』の語である」(述部)という、まるでことばが表現意志を持っているかのごとき内容を、還浄推進論者が主張することはあり得ない。「還浄」という表現は、「浄土にかえる」ことを指示する、すなわち、他の象徴表現で「浄土に生まれる」「浄土でさとりをひらく」 などと表現される事態を指示する、宗教的象徴的表現である。それ以外のことがら(「かえる」主体が凡夫か化身か、浄土は凡夫によって凡夫の故郷とイメージされているか否かかなど)は、文脈によって明らかになるに過ぎない。すなわち還浄推進論者が浄土を固定的に「凡夫の故郷」と見ているという理解は誤っている。一方安藤論文のように浄土を実体的に化身の本国とのみ理解するのは、文脈を無視しているからに他ならない。
主張の第二点は、
「還浄」の語は、真宗教学に即したものである
とまとめられている。「真宗教学」という語によって安藤論文が重視する覚如・存覚・廣如などの思想を含意するならば、このまとめは正しくない。「還浄」の表現は、親鸞聖人の用語法、とくに宗教的象徴的表現の使用法に即したものである、とわれわれは主張している。したがって「凡夫の立場から」という修飾句が「親鸞聖人と同じく聞法者・御同朋の立場から」という意味であるならば、この修飾句にかんしてはまったく理解が正しいと言える。

2、非支持者の意識

安藤論文は非支持者の意識を次の三点に要約している。

(1)「還浄」という語を「凡夫の立場から〈如来の化身であったもの(故人)が、如来の故郷である浄土に、かえる(≠往生)〉ことを表現されたもの」と受けとめている。

(2)「還浄」の語に不快感を示す。

(3)「還浄」の思想は真宗の根本的立場である凡夫の浄土往生をないがしろにする。

   まず、(1)について。還浄反対論者は大抵の場合、次のような論理展開を行っている。

(a)「還」の字は「もといたところにかえる」という意味しか持たない(筆者註:比喩表現の可能性を無視する点に実体的浄土観が窺われる)。

(b)それゆえ、もし凡夫が浄土に「還る」というのであれば、浄土は凡夫が「もといたところ」であり、凡夫はかつて「浄土の住人」であったことになる(筆者註:「浄土の住人」という見方に実体的化身観が窺われる)。

(c)しかし、「機の深信」から明らかなとおり、凡夫は穢土を離れたことがない(筆者註:穢土と浄土を別々の土地のようにイメージしている点に穢土と浄土の実体視が認められる)。

(d)それゆえ、浄土は凡夫が「もといたところ」ではなく、凡夫がかつて「浄土の住人」であった可能性はない。

(e)したがって、「還」の字を凡夫に使うのは不適切である。

この論理展開に反論して、沖[1999-2001a]は「還」の字を凡夫に使うのも親鸞聖人の表現に根拠を持つと主張しているのである。
また、「かえる」は「往生」ではないという還浄反対論者の主張は寡聞にして知らない。もしそのような主張があるとすれば、安藤論文はそれを問題にすべきであろう。なぜなら「往生みたびになりぬるに」(註釈版:597b)という親鸞聖人の和讃と矛盾するからである。還浄反対論者の問題点を不問に付すのも安藤論文の特徴である。「教学的整理」と言いながら立場が偏っていると評する所以である。
 
 (2)では「不快感」という理解の仕方が問題である。彼らが不快感を持っているか否かは推測の域を出ないことがらである。また、不快感を持つことが反対論者の特徴であるならば、彼らの感情的反応が教学的視点から問題にされてもよいはずである。
一方、彼らには字義に拘泥して実体的浄土観を語り、比喩的・象徴的に使われている用例を軽視する傾向があるということは明らかであるが、この点についてもなぜか安藤論文は黙して語らない。

   (3)については、字義に拘泥するあまり親鸞聖人の宗教的象徴的表現を正当に評価しようとしない点が見えるのであり、むしろ「異義」「異安心」という非難が目立つ。「凡夫の浄土往生をないがしろにする」という考えは、「浄土に往生する」という表現もまた宗教的象徴的表現であり、それを「浄土にかえる」と言っても問題はない、という運動推進論者の主張と対応していない。この考えはごく一部の論者の思い込みであろう。安藤論文はこのような対応のアンバランスも気にしていない。
以上、まず運動推進論・反対論のまとめ方からすでに問題であることが明らかである。この原因は対話精神の欠如によるものであろう。残念ながら、検討会議においては当事者の意見を聴取するという手続きがとられなかった。もしも現場を重視する態度があれば、このような不適切な要約はなされなかったことであろう。

3、「還浄」運動の評価の問題……効果性からの適否の基準

次に、還浄運動の評価を効果性、とくに「不快感」という観点からのみ論ずる問題がある。安藤論文の主張は次の二点にまとめられる。

(1)運動を受けとめる側の反応(たとえば不快感)が問題であって、教学や儀礼論の問題ではない。

(2)運動の根拠を親鸞聖人に求めるのは妥当するが、用例の存在の有無は運動にその語を使う適否を決めるすべての理由にはならない。

第一に、運動の効果という観点に立てば、何をもって運動の効果とするのかという点こそが問題とされるべきである。そのためには、 

(a)運動を始める原因となる現実は何か、またその現場はどこか?
(b)運動の目的は何か?
(c)運動の方法はどんなものか?
(d)運動と信仰の関連はどのようなものか?

などの論点が運動の効果を考える上で必須の項目となる。

(a) (b)では変革されるべき現実、つまり運動を始める原因となる現実がどの程度改まれば効果があったと認められるのか、という形で効果が測られることになる。還浄運動は忌中札が貼られている現実から出発した。その運動の目的は、

@物忌みの風習を廃止する運動の一環としての、忌中札を貼らない習慣の確立

A残された者が死者をどのように認識し、どう偲ぶかという宗教的心情の真宗的解決

B真宗の死生観の確立とその共有

C死者の序列化の廃止と、その根本にある教団内身分差別・序列意識の克服

などがあり、運動を担う主体によってその目的の範囲はさまざまである。このような目的の多様性は自発的運動の特徴である。もしも還浄運動の効果を論ずるのであれば、まず運動の現場をリサーチすべきであろう。
   教学上は、還浄反対論者の主張から明らかなとおり、「還浄」ということばの適用妥当性の問題が主であるから、筆者は教学論争では「浄土にかえる」・「還浄」という表現の妥当性を論じた。その目的は、反対論者の一方的見解を論破することにより、運動に対する邪魔を除去することにあった。運動論そのものは小武[2001]が詳しく論じている。
(c)に関しては、還浄札の使用が適切かどうかという問題、および「還浄」という表現が適切なものかという問題がすでに論じられている。還浄運動は忌中札に代えて還浄札を貼るというかたちで始まった。忌中札廃止という目的に対する効果という点では、還浄札の効果は著しい。門信徒のほとんどはこの還浄運動を支持している。
この運動に対する批判は僧侶からのものに限られ、(ア)あらゆる葬儀の場で還浄札を貼ると、信心の有無に関わりなく浄土往生するという誤解が広がる、という危惧からの批判と、(イ)忌中札を貼る習慣がないところでは還浄札を貼る運動は迷惑であるという反応と、(ウ)そもそも葬儀のとき何も貼る必要はないという反発に大別される。

(ア)の危惧は、死者を認識する仕方と真宗の死生観の課題に関わる。残された者の立場からは、「(信心を得てみれば)あらゆる人が還相の菩薩である」という観点(沖[1999a]、小山[2000]、霊山[2000]、小武[2000][2001]、梯[2001:82-83])が有効だろう。また、「私もいつかは同じ浄土にかえる」という信仰態度からは、「真実の故郷を御同朋とともにする」という認識(沖[1999a])で死者を弔うことができる。このような考え方が論議されるべきであろう。

(イ)の反応は一応理解することができる。たとえば、位牌を使用しないところから見れば、「葬儀の時に使用した位牌は寺に持ち返っていただき処分してもらったらよい」という勧めは納得しがたく、むしろ位牌の意味(反仏教性)を明らかにすべきであると考えるだろう。この勧めを見た人が、葬儀のときには位牌を使うのが当然だと考える可能性があるからである。「札」を貼る行為もよく似ているが、位牌との違いは、還浄札が真宗信仰の表明としての意味を持っている点にある。しかも還浄札を貼る運動は忌中札を貼っていないところにも還浄札を拡げようという運動ではない。現場の違いにより、運動は別のかたちになって当然である。むしろ、忌中札のない現場においては、「法性のみやこへかへる」という親鸞聖人の象徴的表現から何を学ぶのか、という課題で取り組むのが妥当だと考えることもできる(小武[2001:55-58]参照)。

「還浄」という表現を使うことに関する適否は、教学的課題となりうる。この表現は親鸞聖人の表現に根拠を持っているか否かという課題であり、沖[1999-2001a]の主張は親鸞聖人の多彩な宗教的象徴的表現を大いに活かそうという立場から行われている。安藤論文にはこの点に関する評価が抜け落ちている。

(ウ)の「そもそも葬儀のとき何も貼る必要はない」という主張に関しては、その地方がこれまで忌中札を貼っていたかどうかが、まず現場の問題となるだろう。忌中札を貼る習慣があるところでは、その廃止のために還浄札は効果を発揮する。忌中札の習慣がない場合、信仰表明を積極的に行おうとしなければ還浄札を貼る必要性はない。ただし、貼らない現場における真宗の死生観や身分意識が課題となるだろう。

(d)の「運動と信仰の関連」について。例えば、「来世往生の実体化」という現場の問題がある場合、「親鸞聖人の来迎論解体をどう受けとめ、運動として現代にどのようによみがえらせるのか」という問題意識を持てば、その問題意識に応じた運動と教学的裏付けが必要となる。教学的裏付けがなければ真宗信心に基づく運動とは言えず、現場の問題がなければ、教学論議はただの学問的遊戯となるのである(ここから上述の安藤論文の(2)「運動の根拠を親鸞聖人に求めるのは妥当するが、用例の存在の有無は運動にその語を使う適否を決めるすべての理由にはならない」という命題が考察されるべきであろう)。

  還浄運動の場合、忌中札とそれを貼る宗教意識が浄土真宗の信心に違背する行為と意識である、という問題意識がまず存在する。つまり、ケガレ意識の克服という課題がまず存在する。ケガレ意識は排除の論理と結びつく意識であるから、反差別運動の課題と重なる。
そして実際の運動が始まる。ここでは「忌中」の問題は、「清め塩」「友引」「位牌」「喪中」「服喪」などと同様、習俗の問題に含まれる。それゆえ、真宗教義に基づいて死にまつわる習俗を見直す、という形で運動が行われることになる。この過程で真宗の死生観が問われることになる。「死のケガレ」観に対置されるのが、「御同朋」の観念であり、死を境として急にケガレとして怖れる心情のあさましさを語り合い、限りなく大切な存在として生死を超えゆく人を見出す作業が行われる。この作業のなかで、聖教に問うことが重要な作業の一つであることは言うまでもない。この作業の成果として、死者を如来のはたらきが顕れた人として、つまり「浄土をふるさととする、如来と等しい人」あるいは「還相の菩薩」として敬うことの大切さが共通意識となり、還浄札の採用があったのである。そして、「倶会一処」などの「御同朋とのさとりの共有」の観念との関わりから、凡夫である自己の「還浄」が課題となった。
還浄運動の過程では、この作業が第一段階であった。この運動が広まるにつれ、「還」の字義を根拠とする批判が見られるようになった。そのもっとも極端な例が、「浄土にかえる」という表現を異義とする深川[1998][1999]である。したがってそれに対する反論が急務となり、沖[1999][2001a]が用意された。この過程で信楽[2000]の異安心論があったが、それに反論するかたちで「還」の排他的使用の問題が小武[2000][2001]により示され、新たな反差別還浄運動が明確に提起される。すなわち、「還」の字をフィルターとして直接に教団内外の身分制を問う視点が獲得されたである。この問題意識から、現代における「還相の菩薩」「化身」とは誰なのか、という教学的課題も浮上し、親鸞聖人の「還相の菩薩」「化身」観と、覚如以降の排他的化身観があらたに探られることになった。(最近では霊山[2000]、梯[2001:82-83]が身の回りの「還相の菩薩」の可能性、すなわち、排他的化身観に対峙する開放的化身観を教学課題として取り上げている。)
   このように、現場と教学とは絶えず往復運動をしている。このような運動の「効果」を何とするのか、まだその基準は示されていない。

以上、運動の「効果」という観点から、安藤論文の安易さを指摘した。「不快感」を基準とする運動の効果への疑問は、運動現場を見ないことにより主張される観念論に過ぎない。また、一部の僧侶が不快感を示すとしても、門信徒には圧倒的に支持されている。この点の観察も安藤論文では抜け落ちている。そして、教学的にはもっとも重大なことだが、「不快感」を示す者における教学的根拠を不問に付している。したがって、安藤論文が「教学」的成果として是認される教団の体質こそ問題である。
以上、安藤論文は主観的で一方的な効果基準で運動を語っていることが分かる。このような安易で観念的な運動批判が見られることも、還浄運動の実践によって明らかになった教団の実態であると言うことができる。それゆえこの実態を変革する運動もまた構築する必要がある。安藤論文の同調者達には「不快」であろうが、不快であれば運動は不適切であるという主観的判断こそ、運動のターゲットの一つになるべきであろう。

4、「混乱」の要因

安藤論文は、「混乱の要因の一つには、それぞれ別の側面をもつさまざまな事柄が一律に論じられてしまっているところにある」と判断している。しかし運動の歴史をたどってみれば、なぜさまざまな事柄が論じられているのか、その統一的意味が分かるはずである。安藤論文は「さまざまなことがら」を次の3点で示している。

(1)「還浄」の語を用いようとすること。

(2)葬礼などの場で「浄土にかえる」という表現が用いられていること。

(3)親鸞聖人の用例の上に「浄土にかえる」に類する表現が存在すること。

歴史的には、(2)が葬儀の場でも布教の場でもよく使われてきた表現である。例えば、「病院で生まれた子が親の家に帰るように、凡夫もまだ一度も行ったことのない親様の浄土に帰る」という表現が挙げられる(白川[1997]、深川[1999]参照)。この「かえる」という表現は宗学上可能であるというのが一致した見解であるから、かえる先は凡夫にとっては「まだ見ぬ浄土」であることになる。ではこの場合に「かえる」と言うことができる理由を「教学」的に解明したのかと言えば、それは無視されている。この問題を親鸞聖人の表現にさかのぼって考えるのが沖[1999][2001a] の課題であった。

 このような慣用表現を漢字で表記したのが(1)の「還浄」である。「還帰」「還来」などの熟語に見られるとおり、親鸞聖人は「(命終時に浄土に)かえる」という日本語を示す漢字を「還」「帰」「来」で表現しておられるから、その中の一つ「還」が選ばれたのである。もちろん信楽[2000]のごとく「帰浄」としても語義上の問題はない。宗教的象徴的表現としては同じことである。問題はこれらの漢字のうち「還」は使用すべきではないという還浄反対論者の論難である。それに対して反論したのが沖[1999-2001a]である。要は、親鸞聖人の豊富な宗教的象徴的表現を、現代のわれわれが自由に使うことを制限する根拠はない、ということである。
   したがって、(3)は運動に使う用語の典拠を示すための努力であり、還浄反対論がなければ不要であった。還浄反対論を視野に入れた上で、まだ一度も行ったことがないのだが懐かしいところにかえることを「還」で表現することを肯定する意見もある(小山[2000])。また、「まだ見ぬ故郷(としての浄土)」という観念は「本籍地(としての浄土)」と表現される場合も多い。とどまるべきでない穢土(他郷・魔郷)を方向性を持って生き抜く拠り所として「故郷」「本籍地」という象徴表現が使われるのである。
   以上の流れを見れば、安藤論文が挙げる「さまざまなことがら」が「混乱」の要因であるという判断は主観的・観念的なものであることが分かる。還浄を論議する者は誰も「一律」に論じてはいないのだが、安藤論文がこの流れを押さえていないので、自ら「混乱」しているのである。また、「混乱」の原因を運動推進論者側に帰するのも主観的である。むしろ運動の歴史を顧慮せずに非難する運動反対論者たちの断片的主張こそ問題にされるべきである。ここにも安藤論文の偏りが見られる。

まとめにかえて

以上、運動論抜きの運動批判の問題点を、安藤論文を例にあげて指摘した。しかし安藤論文が陥っている観念論は、教団内では例外的なものではないであろう。それゆえ、運動批判の問題点のみならず、その教学的解釈の問題点もくわしく指摘されなければならない。この点は別の機会に論ずることにしたい。
安藤論文は、「浄土にかえる」「還浄」という表現に反対する論者達の問題点を捨象した、一方的なものである。また、字義解釈を基盤とする還浄反対論の問題点を無視して運動を論難するのは、方法論の点検を行う力量が不足しているからであろう。
全体として目立つのは、運動および論争経過に対する無知と、宗教的象徴的表現の扱いの乱暴さである。また、解釈の非論理性も目立つ。その結果、浅薄な観察による揚げ足取りも見出すことができる。
この安藤論文は、「教学課題検討会議」という浄土真宗教学研究所に設置された公式機関における検討をもとに成立しており、安藤は執筆当時同研究所聖典編纂委員会副主監という肩書きを持っていたのであるから、他の同研究所の成果(註釈版、現代語版)との矛盾は避けられるべきであるが、基本的な用例解釈において、少なくとも四点矛盾をきたしている。しかも、同研究所にはその矛盾の意識がないようである。現代の課題に積極的に取り組むべき同研究所が、運動論のみならず、全体的な視野を失いつつあるように見えるのは残念である。

 
略号
註釈版  『浄土真宗聖典(註釈版)』本願寺出版部、一九八八年
現代語版 『顕浄土真実教行証文類(現代語版)』本願寺出版社、二〇〇〇年

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