「部落解放ひろしま・1999年8月」日本文化の因習を考える(1)

今、国家権力と「六曜」「ケガレ論」等
日本文化の因習との関係を
部落解放運動の上に見る

広島部落解放研究所・宗教部会事務局長
小武正教
◇はじめに

  最近、人権学習会という場面で「六曜」や「ケガレ意識」の問題を取り上げることが全国的に急増しているように思う。「六曜」や「ケガレ意識」を解放運動の課題として取り組むということは勿論以前からあったことである。しかし、以前の取り上げ方と今の取り上げ方は位置づけが大きく異なっている。
  「日本文化の因習」である「六曜」「ケガレ意識」「イエ意識」等が、今までどのように権力に利用されてきたのか、今また利用されようとしているのか、まず基本的視点を最初に明確にする必要があると思う。
  そこでまず、具体的な一つ一つの問題に入る前に、今政府の側がどのように「因習」を利用しようとしているのか、部落解放運動との関係で整理しておきたい。

◇今、部落解放運動を巡って展開されている「六曜」「ケガレ論」等の因習を、部落解放運動にどう位置づけているのか。

  部落解放同盟中央本部の綱領は、一九四六年に策定した綱領を、一九六〇年に新たに作り、そして一九八四年に改正した絹領を、一九九七年の第五四回大会で大幅に変更するという経過がある。この度の綱領の基本目標の三にはまず次にようにあり、「イエ意識」や「ケガレ意識」が前面におし出されている。

三、われわれは、部落差別を支える非民主的な諸制度や不合理な迷信・慣習、またイエ意識や貴賎・ケガレ意識など差別文化を克服し、身分意識の強化につながる天皇制、戸籍制度に反対する。(「綱領」)
  今回の「絹領」とそれまでの「綱領」とでは、何が違うのか。一言で言えば、これまでの「綱領」が、「身分と階級の統一的把握」であったのに、新たな綱領の中では、「階級史観」の視点が全く捨て去られたものになっているという点である。階級史観の視点を捨て去った中央本部は、自らの綱領に対して「人類史観」であると命名しているが、それが何をさすのか全く明確ではない。「階級史観」を否定せんがために、苦しまぎれに名づけたといわれてもしかたがなかろう。
  「綱領」を反映した運動方針、九八年のものを見ると「基調方針」の前文、「一、部落解放運動をめぐる情勢の特徴」というところにはこうある。
  この天皇を頂点とする同族主義的な「イエ」社会は、身分意識や「ケガレ」意識と結びついて、「身内一統に部落の血を入れるな」となり、部落解放のみならず、女性解放を妨げ、障害者や外国人への差別も生んできました。
  また、部落解放運動の基本方向と課題の項目の七番目には次のように書いてある。
七、「イエ意識」「ケガレ意識」、「貴賎・浄穢」の観念や  戸籍制度などへの問題提起を通じて、社会意識の変革と制度改革の実現をめざそう。
@部落問題が社会問題であり、その意識での現象が社会意識として存在している以上、部落にたいする予断や偏見といった「心理的差別」は、今日の社会実態総体の反映です。
  部落問題にかかわる正しい知識の普及と、部落の実態の改善が、市民の意識変革に正比例しないもどかしさは、必ずしも啓発活動のあり方だけの問題だけではなく、「イエ意識」や「ケガレ意識」、そして「貴賎・浄穢」の観念など慣習・伝統にもとづく社会意識やそれを支える社会構造に大きく起因しています。

A東西両本願寺などは、葬儀などで「塩」を「キョメ」と称して使用することや、「死」あるいは「死者」を「ケガレ」とみることは誤りであり、「キヨメ」の「塩」の使用を行わない運動を教団として展開しています。こうしたとりくみを宗教界に広めていくことが重要です。(中略)また、冠婚葬祭の儀式や「六曜」問題などを解説する出版物にも、多くの問題点が存在します。出版各社へ問題提起もしています。
  「貴賎・浄穢」の観念は部落差別のみならず、女性差別や障害者差別などを生む土壌でもあります。
  反差別共闘を強め、この意識を支える社会システムに強力にメスを入れていきます。

  この文章はどう解釈されて今、具体的な運動に結びつけられているであろうか。端的に言うなら、「被差別部落の環境改善はもう済んだ。しかし差別意識がなお残るのは、『イエ意識』『ケガレ意識』による。したがって東西本願寺が『キヨメ』の塩を廃止する運動をしたり、『六曜』迷信を廃止したりする運動を通して、差別の根本原因である『ケガレ意識』をなくしていこう」と、読まれているのではないか。
  本願寺に籍を置く私から見てこの運動方針は、解放運動を「対策主義ですませようとする圧倒的多数の東西本願寺の保守勢力」からすれば大変に都合のいいものであるといえよう。なぜなら、キョメ塩や六曜の「因習」に取り組めば、部落解放に取り組んでいるというお墨付きをもらったように受け止めるからである。「キヨメ塩」を止めて部落差別が無くなるのか、「六曜」を止めて部落解放が達成できるのか、そんな馬鹿なことはないのである。

◇政府の部落解放運動への攻撃

  一九六五年、今日の部落解放運動の基本となる『同和対策審議会答申』(以下、同対審答申)が出された。そこにおいて、部落差別の社会的存在意義は「経済の二重構造」の矛盾をおおいかくすために「沈め石」として位置づけられていた。そして、「経済構造の特質は、そっくりそのまま社会構造に反映している」と押さえるのである。その上に封建的因習を次のように位置づけている。

  このような経済構造の特質は、そっくりそのまま社会構造に反映している。すなわちわが国の社会は、一面では近代的な市民社会の性格をもっているが、他面では、前近代的な身分社会の性格をもっている。今日なお古い伝統的な共同体関係が生き残っており、人々は個人として完全に独立しておらず、伝統や慣習に束縛されて、自由な意志で行動することを妨げられている。また封建的な身分階層秩序が残存しており、家父長制的な家族関係、家柄や格式が尊重される村落の風習、各種団体の派閥における親分子分の結合など、社会のいたるところに身分の上下と支配と服従の関係がみられる。
  さらにまた、精神・文化の分野でも昔ながらの迷信・非合理な偏見、前時代的な意識などが根強く生き残っており、特異の精神風土と民族的性格を形成している。
  つまり、新たに策定された解放同盟の綱領でいうところの、「イエ意識」は、「古い伝統的な共同体関係」「封建的な身分階層秩序」「家父長的な家族関係、家柄と格式」という部分であり、また綱領の「ケガレ意識」とは「昔ながらの迷信・非合理的な偏見、前時代的な意識」ということにあたろう。しかし、それは「経済構造」「社会構造」の反映であって、けっしてその逆でないことはまず銘記すべきである。
  さらに「心理的差別」と「実体的差別」とは相互に因果関係を保ち相互に作用しあっており、すなわち、心理的差別が原因となって実体的差別をつくり、反面では実体的差別が原因となって心理的差別を助長するというのである。
そして、この相関関係が差別を再生産する悪循環をくりかえすとするのである。
  ここには、「実体的差別」と「心理的差別」の関係が、「相互に因果関係を保ち相互に作用しあっている」と位置づけられている。けっして心理的差別が実体的差別を生み出すというような関係にはなっていない。
  部落解放同盟は、解放運動をすすめていく上で部落差別を規定する「三つの命題」を生み出した。

  一、部落差別の本質二、部落差別の社会的存在意義三、社会意識としての差別観念−である。そして、運動方針として、「社会的立場の自覚的認識」という言葉でそれらは提示されてきた。自らの社会的立場における差別・被差別の関係を自覚的に知るところがら、解放への歩みも連帯もはじまると。
  しかし、部落差別の原因が何か(部落差別の社会的存在意義)ということが、経済構造とはまったく違って、「ケガレ意識」「イエ意識」ということになれば、他の命題も当然変わらざるをえない。新しい綱領のように、同和対策事業等により環境整備はととのったが、しかし差別観念が残って差別事件がおこるということになれば、差別の本質は当然変わってくる。
  政府の側は一九八五年に「地域改善対策協議会  基本問題部会報告」をしかけてきたが、それが退けられると、さらに巧妙な形で一九九五年再び同じものを仕掛けてきた。
さらには同年、人種差別撤廃条約で部落解放運動潰しの下準備をし、一九九七年、「人権擁護施策推進法」を制定し審議会を発足させることで今その総仕上げを目論んだ。
  そこでは、「一般対策への円滑な移行」が計られ、新たな融和主義の象徴的言葉とも言うべき、「国民相互の理解」という言葉がうたわれているのである。
  新たな融和主義は、「差別の原因」を「心理的差別」に求め、教育・啓発の活動が強調される。そして「実体的差別」、差別構造としての社会構造、そしてそれを生み出す社会の生産関係ということは全く置き去りにするのである。
  「イエ意識」、「ケガレ意識」等の社会の「因習」の強調は、差別の問題が再び「心の問題」「思いやり」「感性」の問題に倭小化された証しであるといえよう。

◇現在、権力の側は「六曜」「ケガレ意識」という因習をどのように利用しようとしているか

  解放同盟中央本部で提起されてきた差別の原因としての「イエ意識」「ケガレ意識」という視点では、差別の原因を「心の問題」に帰結していくものであり、権力者の支配のイデオロギーの一つとしての「ケガレ意識」の利用という意図はとても問えないという危倶を持つ。
  一面では、支配イデオロギーとしての天皇制に「神聖性」を保とうという権力側の策謀は戦後ずっと続いており、神道を習俗としてみていく世論を作りあげたり、また、国家による国民管理、さらには、天皇の神聖性への布石として、今日の「日の丸・君が代」強制がある。
  権力側が強制してくる「日本文化の麗しき伝統」などという美名にくるまれた天皇制からくる「浄微観」にこそ「NO」と言えるか、そこに「ケガレ意識」等の因習を社会構造のどのレベルまで問題にしているかの証しとなるであろう。
  「日の丸」「君が代」も「天皇制」も視野に入らない「因習」論は百害あって一利なしである。
  それは「六曜」についても同様である。「六曜」は問題にしても、同じ暦としての「元号」は問題にならないようなら、どこかに、権力側と衝突することのない「内にとどめる境界線」をすでに引いてしまっているわけだろう。
  そして、権力側の功名さは、こうした因習を社会意識を操作するためとことん利用しつくすところにある。
  封建的「因習」を権力の側がどのように利用してきたか、部落問題ということからみるなら、三つの段階で見ることが出来るのではないか。
  第一には、江戸幕藩体制下における被差別部落への差別意識を助長する有効な手段として積極的に利用したといえよう。
  第二には、明治以降の国家権力は、天皇の神聖性の対極に被差別部落を置いたため、因習を温存・助長することはあっても部落差別と結びつけ正面切って問題であると、とりあげていくということはなかったというもの。
  第三段階の今、権力の側は解放運動を潰す手段として、「ケガレ意識」などの因習をとりあげ、心の問題へ差別の原因をすりかえるのに利用しているわけである。
  解放運動を潰してしまえば、「ケガレ意識」等の役目はおわり、次の日からいわなくなるということであろう。

◇おわりに

  一月のおわり、京都の小さな研究会で「今、『ケガレ論』と融和主義」というテーマで以上のような発表をしたら、大阪の部落解放研究所に籍を置く方がこう言われた。
  「私は今日の発表の全くそのとおりだと思う。解放運動の中央本部が突然に『差別の原因はケガレ意識やイエ意識だ』と言いだしたが、組織の中で議論が煮詰められたわけでは全くない」と。そして、井元麟之さんの最後の逸話、「うかつの責任」という話を紹介してくださった。水平社の設立以来、政府や権力との闘いの中で解放を勝ち取ってきた井元さんが、「自分の身の回りの日常の生活レベルでのこと(六曜やケガレ意識)を見落としてきたのは、『うかつの責任』であった」と。
  家に喩えるなら、部落差別を作り出している中心の柱とそれを補助している補助柱を間違えたのでは部落差別はなくならないということである。しかし「ケガレ意識」等という補助柱も部落差別を再生産する働きはしているのだから放っていいわけではないことはいうまでもない。しかしそれはあくまで、補助であって、補助柱を切ることだけで、部落差別を生み出す大黒柱がのこっている以上、部落差別はなくならないのである。
  では次回から、権力の意図という点に視点を据えて、「因習」を問うていきたいと思う。

(おだけしょうきょう)

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