「部落解放ひろしま・1999年12月」
日本文化の因習を考える(3)
「穢れ意識」を問う射程〈1〉
近年の「部落問題と穢れ意識」を
取り巻く状況から見えてくるもの

広島部落解放研究所・宗教部会事務局長
小武正教
◇はじめに

  「差別の本質はケガレ意識である」とする辻本正教著「ケガレ意識と部落差別」を読んだ。一言で言って、この本の狙いはズバリ「政治起源説の否定」にあるといってよかろう。
  なぜこういう論が生まれてきたのか。
ただ学問の積み重ねの結果であるとは私は思わない。辻本氏の本は論文ではなく一般読者に読まれることを主眼に書かれたもので、読み易さをことさらに意識して書かれたことがわかる。イラストなどその工夫は相当なものである。しかし、だからこそ、逆に論旨の分かりにくさを補おうとする努力に見えるといえば言い過ぎであろうか。
  辻本氏は、今までの政治起源説、実態的差別と観念的差別の係わりで、十分説明できないこと(と辻本氏が考えているもの)を、「差別の本質を観念としてこなかったからだ」と強引に位置づけようとしていると私には読める。その説明のために、別の視点からの問題点、「政治起源説では、部落起源論から提起された中世との連続性が説明できない」、「近世、被差別部落は一様に貧しかったわけではなどなど」の説を引用し、だから「差別の本質は穢れ意識・観念である」と結論づけていくのである。私にはなぜ、「だから」と結論づけられるのかさっぱり必然性が理解できない。
  パターン化された近世政治起源説そのものを補わなくてはならないという点はあるにしても、だから「政治起源説はダメ」とはならない。それにとって替わる論旨の基が語源論で、「穢」という漢字がどうして出来たかという解説がはじまる。
この漢字の成り立ちの解説で、目の前にある差別実態を十分説明しきるとはとても言えない。
  部落起源論争をたたかわせる学者においても、結論は全部が同じではないが、「被差別部落は、中世以来の社会的差別を前提として、近世権力の政治的影響力によって固定された」という考えがほぼ定着してきたと語られるところでもある。
(中尾健次『京都解放教育研究』九九年)
  むしろ辻本氏の本が出てきた動機をこう読めばよく分かる。「差別実態はなくなって(と考えている人がいる)も、差別が残っているのは、差別の本質が観念にあるからだ」〔()内は筆者〕という単純な発想から結論がまず前提とされ、後での立証が全くできないまま活字になっていると。そして解放運動の側面から言えば、行政闘争を考えて、「差別実態はなくなった」とは政府の側から押し込まれた結果言っているという本当の理屈を前面に押し出すことは出来ないので、理由づけに部落起源論争の世界を引用するということになっていると推測できる。
  では、辻本氏の差別克服のプロセスはと読みすすめると、「多文化主義」と「死生観の克服」という大命題があげられる。そして、氏が差別を読み解く「語源論」と、解放のプロセスの「多文化主義・死生観の克服」を重ね合わせたとき「煩悩が差別の原因である」と語ってきた僧侶の語り口調と見事に重なって見えるのである。部落差別の原因を煩悩という人間の本質にのみ求めていけばいくほど、実際の差別解放への歩みと遠いところにあぐらをかいている教団・僧侶の陥ってきた無残な姿がそこにあった。僧侶の場合はこう続ける、「だから差別は永遠の課題である」さらに「だから差別はなくならない」と。
  漢字というものは人間の文化をきわめて適格に表現した優れたものだということは言うまでもない。だから時代を超えても使用されるということであろう。
  しかし、日本人が「穢れ」という意識をもってきたことと、その意識を利用する権力構造・社会構造があり、そこから作り出される差別イデオロギーを民衆が受け入れていくということを混同してはならない。このことを考える視点を一つ提起すると、何が直ちに「変えられること」であり、何が「変えられないこと」であるのかということである。「穢れ意識が無くならない限り、部落差別は無くならない」という論法に陥ってしまっては、差別解放の展望は見えなくなってしまう。「民衆の中にたとえ穢れ意識があっても、それを支配に利用させない、利用できない状態を作る」その中に差別解放の展望は見いだせるのではないか。

  ◇行政が「清め塩廃止」を啓発活動として行うのは「憲法違反」か
インターネットの「神社オンラインネットワーク連盟」のホームページに、「『清め塩』問題を考える」というコーナーがある。
  論旨を要約すればこうである。
    福岡県の人権啓発情報センターが出した『啓発冊子』には、「清め塩」を「古い迷信」や習慣にしばられたものであるとし、偏見や差別につながっているからと、廃止する運動を繰り広げているとある。仏教の教えの上で「穢れ」を言わないから、仏式の葬儀に「清め塩」を使わないというのならまだしも、行政が「清め塩廃止」の旗を振るのは「憲法違反」である。
  なぜなら、神道というのは、「清めて清めて」ゆくのが基本であり、その行為を真っ向から否定されたのだから大問題である。謝罪広告を出すか、県の広報紙に反論文を載せさせるべきである。今日の憲法を取り上げるまでもなく、基本的人権として、何人も差別されるものでないことは言うまでもないが、そのことと日本人古来からの「清浄観」にもとずく「きよめ」や「塩」とは全く別間題です。
  そして神道でいう「穢れ」については、次のように書かれている。

  穣れとは、「気枯れ」であり、「もののけ」のけ、「元気」のき、これがなくなってしまった状態である。さらにそれが、自らに与えられた命の本来の輝き、使命を果たせないことを「罪」とし、その「罪」を払っていくのに、ちょうど山から流れる川の流によって海まで運ばれた「罪・穢れ]が海の潮に  飲み込まれなくなっていくところがら、塩が清めとして用いられるようになった

  この文章に反論することが本文の目的ではない。神社本庁からの正式抗議でもないので、「清め塩」廃止を進める側が、この文章を無視することも今は出来よう。少し良心的に、「神道が(ここでは穢れ意識)が果たしてきた、差別を作り出し、温存・助長してきた事実」をあげて反論することもそう難しくはない。何を受け止めるべきなのか。問題は「清め塩廃止」を言う論法にある。明確に言えば、部落差別の原因(最近では解放運動の中では「源流」という曖昧な言い方が使われる)が「穢れ意識」であり、その克服のための運動に「清め塩廃止」が前面に押し出されてくる中で、部落問題における穢れ意識の位置づけを、結果的には矢面に立った形の神道の側から厳しく問われたと受け止めるべきであろう。もしそう受け止めなければ、「清め塩廃止」を言っている側はますます蟻地獄に落ちていくことになってしまうだろう。
  先にも言ったように今の段階でなら無視もできる。しかし、はっきり言って、権力の側に押し込まれる中で、階級史観を放棄し、言わばちょうど「悪玉探し」のようにして「清め塩」を槍玉に上げているという実状の中では、権力側の意図が変化すれば、「清め塩廃止」運動は一度に吹き飛んでしまうのである。戦後五四年、権力側が神道を民衆にいかに位置づけようとしてきたかを振り返ると、今日の「日の丸・君が代」法制化は、もうすぐその最終段階が近いことを予測させる。
神道がさらに巧妙に再び前面に押し出されてくるのは確かであろう。広島県議会の文教委員長が、「これからの日本人の指針を神道にしなければならない」というのは時代錯誤で言っているのではなく、時流を読んでのことであると考えるべきだろう。はたしてその時、「清め塩廃止」は雲散霧消してしまわないか、このまま「穢れ意識は差別の根源である」と言い続けることが出来るか、はなはだ疑問である。
  またこの神道ネットワーク連盟の文章に反論して、「穢れ意識こそが差別の根源」と歴史事実をあげて反論したとする。
それは「穢れを清めることを神道の根本とする」とした神道の否定ということであったと指摘されたことと向き合うこととなる。「清め塩の廃止」は「神道の否定である」と言われたとき、今「清め塩」廃止を言っている多くの人たちは立ちどまってしまうであろう。どれほど神道にたいして搦めとられているか、「町内会と神社」の関係を問おうと一度でも発言した人ならよくわかるはずである。
  現象としてまだ大きな問題になっているわけではないが、本質の問題として「清め塩」の問題はまさに「清め塩」の所だけにとどまるものではなくなったというべきであろう。

  ◇  「部落差別の本質は穫れ意識である」とすることに対しての摺り戻し
  『部落解放』十二月号に、「部落史における権力と穢れ(上)」という上杉聰氏の論文が掲載された。「部落差別の根源は穢れ意識・家意識」という論調を述べてきた中央本部への摺り戻しであると思われ、今後どう反映されていくのか注目される文章である。
  論旨はこうである。
  「部落差別は、権力のイニシアチブが働きながらも、差別の実態には、権力によって作られた面と、民衆が下から分業により生み出した両側面がある。それを忘れるなら、歴史における主要な要因と副次的な要因を区別出来ない構造的な欠陥を生む」

  ただしこの論旨も、「民衆の下からの分業により生み出した差別」というものが、いかなる状況で形成されたとするのか、そこに権力がどうかかわったのか、かかわらなかったとするのか未定の部分を残している。

  ◇人権テキスト『部落問題と積れ意識』の中より
  今年十月、広島部落解放研究所の宗教部会より『部落問題と穢れ意識』という冊子を編集し発刊した。小森龍邦部会長と門馬幸夫駿河台大学助教授との対談という形である。その中で論じられた内容は、「部落意識の本質は穢れ意識である」とする中央本部の方針への反論としては、現在最も当を得たものではないかと思う。
  門馬氏は「穢れ意識」をこう対談の中で規定する。
  「穢れ意識というのは、『誰かが誰かを、穢れとしていく事』
  という、『関係性の中にある事』としてとらえる。別の言い方をすれば、『社会の秩序からはみださせられた(排除された)、それが穢れとして位置づけられていく」
  「そして差別とは、差別する側が、差別される側にレッテルを貼る作業で、しかも貼られた側は容易に貼りかえせない。
  穢れの場合もそうで、いったん穢れと名指しされた側は自ら剥がすことはなかなか出来ない。」
  小森部会長もほぼ同じ考えとして「穢れ意識」をこう語っている。
  「権力とか支配のシステムからはみ出そうとする対象となる物を、誰にとって都合がよいか、誰にとって都合が悪いかという事ではみ出させようと、『穢れている』とあれこれ理屈をつけて穢れなる思想を展開したのである」
  「人間はそういう己の有利か不利かという事で支配階級が特に自分の都合によって、相手に穢れのレッテルを色々な理屈をつけて貼りつけている。しかもそれは貼りつけること自体に目的があるのではなく、それを貼りつけることによって己が天下を支配するのを容易にしていくことにある」
  あるべき秩序の設定と、そこからの排除、それを「穢れ」として設定していくのは当然民衆ではなく、権力側であることはいうまでもない。さらには「穢れ」として排除したものをもう一度秩序の中に「穢れを払う役割」として取り込んでゆく、社会の中でいわゆる「キヨメ」の役割に位置づけていく、これも民衆ではなく権力側のなしてきたことである。
  門馬氏の言うように、天皇制を利用しながら、権力者が「政治(まつりごと)」を「祭りごと」としてきたことが、権力側から支配秩序をもとに「何を積れとするか」をきめてきた何よりの証拠である。
  過去の話ではない、広島でのアジア大会(九四年)、植樹祭、国体(九六年)という天皇来広の時、それに反対するものへの厳しいチェックが行われた。まさに天皇を利用して、「政治(まつりごと)」は行われ、民衆に意識は徹底されていく。一九九五年、本郷町で行われた植樹祭への反対集会に参加していた私の元に、チラシが回ってきた。曰く「今日は天皇陛下がお越しになるので、葬儀はご遠慮しましょう」と書いてあった。差し出し人は、自治会とある。しかしこの文章が自治会の自主的な判断でないことはいうまでもない。権力側の意向を庶民の側がおもんばかっての、「穢れを避ける」行動である。権力の巧みさは、直接の強制のみにあるのではなく、民衆自らに「自主的」と患わせながら、秩序維持の働きをさせることである。そのために最大限利用されてきたのが、まさに「穢れ意識」である。

  ◇個人の心情を、権力がすくいとっていく
  神道でいくら「神道は穢れを払うことを基本とする」といっても、「穢れ」なる実態が存在するわけではない。また同じように仏教でいくら「人間は煩悩の存在である」と言っても、「煩悩なるもの」が人間にあるわけではない。すべて人間のこころの状態を説明したものに外ならない。したがって問題は、「穢れ意識」を持つ(持たされている)自己がどうやってそれを気づき、権力の意図を見抜き、そのカラクリを暴いていくかというとになる。
  「死への恐怖」というような人間の根本に根付く心情といってもいい心の状態は、簡単に克服できるはずのものでない。
「死」を遠ざけたいという感情は、いろいろ納得するための説明をつけて了解したかのように意味づけすることはできても、根本的にはまず克服しえないといってもいいものである。
人間の心情において死への恐怖が原初的な穢れ意識と深く結びついていることは容易に想像される。そして「死への恐怖」という心情の克服を実際の差別解放へのプロセスとした場合、必然的に「永遠の課題」になってしまう。辻本氏が「死生観の克服」を持ち出すゆえんである。もちろん生涯かかって、死を、直接的には「死への恐怖」をどう自覚していくのかということは、個人個人にとっては極めて大きな問題であることはいうまでもない。その自覚が、権力者のカラクリを見抜く視点をもたらし、一人ひとりの心情が権力に搦めとられないということもある。すでに社会意識として搦めとられていたら、その糸を断ち切る視点もないことはない。
  しかし、「清め塩廃止」は社会的な側面を当然もつのだが、とりわけ死生観にかかわる問題でもある。「死とどう向きあうか」、日本人にとってそのことは当然、自覚するとしないとにかかわらず、神道でいう「罪」「穢れ意識」「払え」の考えと対峙することでもある。しかし、「清め塩廃止」そのものは、「穢れ意識」を支配イデオロギーとして利用してきた差別の事実に直接対侍することにはならないのである。「清め塩廃止」から自己や社会の「死生観」を問い、それが支配イデオロギーのカラクリを見抜くということはあっても、それが差別解放のプロセスの本流ではない。あくまでも、「穢れ意識」を支配のイデオロギーに使っている構造を問題とすることが第一義である。

  ◇おわりに
  譬えてみれば部落差別という人間の生命を奪う厳しい差別の現実を山の頂上とすると、「清め塩」というのはせいぜい山の麓のようなものだとも言えよう。山の頂上の原因を、一足飛びに麓にありとしたのでは、あらゆるものが混乱する。
麓で対侍しなくてはならないことと、山の頂上の問題として対持しなくてはならないことを混同してはならない。
  行政が向き合わなければならないものは「清めの塩」としての神道のレベルではなく、「穢れとキョメ」を支配秩序に利用していく実態、権力維持として機能している「穢れ意識」、神道で言えば政教分離の問題として問われるものでなくてはならない。

(参考文献)
「部落問題と穫れ意識」
−穢れ意識の位置づけを誤らないために−
−広島部落解放研究所・宗教部会編−

(おだけしょうきょう)

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