以下の一連の文章は、『季刊せいてん』の『還浄」をめぐる小武・深川両師の往復書簡です。
小武氏から提供して頂きました。公開質問状として、公開を目的として質問されたものです。

公開質問状

浄土真宗教学研究所様
質問箱回答者  深川宣暢様

備後教区  西善寺住職    小武正教
〔季刊せいてんno44せいてん質問箱について〕

  前略  1998秋の号として発刊されました季刊せいてんno44号の「せいてん質問箱」を読み、疑問に思いましたので質問状という形でお問いあわせさせて頂きます。

@「『お浄土へ参る』とはよく聞きましたが、『かえる』とはあまり使われていなかったように思います。」とご質問をされた方はいざしらず、その質問へのお答えの部分において、「ではなぜこういう言い方がされるようになったのかと考えてみますと、そこに『往生』という言葉が世俗化してしまったという原因が考えられます。つまり『往生する』という言葉が世間の手垢のついたものになってしまったからではないかということです」とされていることに大きな認識の誤りがあるように思います。

  なぜなら「浄土へかえる」という表現は、聖典の中にあるかないかという論議の前に、布教の場面で最もポピュラーに使われていた常套句であるということです。「親の待つ所(浄土)にかえるんだよ」という言い方です。むしろ近年になってこうした表現で布教することがなくなったというのがほんとうでしょう。

  ではなぜ近年まで「浄土を親のくに」と語ってきたのでしょうか。それは単なる布教の場面だからというものですませられない、私たちの感情に根差したものがあると私は思います。金子大栄さんの『永遠と死』の中で次のように述べておられます。

    「眼に見るべき浄土は永遠に達することの出来ない彼岸のものであっても、胸に感ぜられる浄土は懐かしい魂の郷里である。郷里とは親達の国にほかにはない。」  (『金子大栄随想集第7巻  頁181)
それは観経が、「衆生の意に添いながら、如来の意を示す」ことによって初めて韋提希に救いがあきらかとなったことを思い起こせば、亡き親を思う心から導かれていくということは自然の姿でありましょう。
  そして浄土の親の下に私が再び生まれる身となることは、「親のくにに行く」とは言わずに、「親のくににかえる」と言ってきたのです。
「浄土へかえる」という感性が枯渇してしまったところにこそ現代の病んだ姿があるのではないでしょうか。
昨年の秋彼岸のご門主のご法話にも、そうした伝統を踏まえて次のように述べておられます。
  「毎年このご法要をおっとめいたしておりますが、主としてこの一年間に亡くなられたご門徒の方々、お浄土に還られたご門徒の方々を偲び、仏法を聴聞するご法要でございます。」(1997年10月20号  本願寺新報)

私は「せいてん質問箱」のお答えの文章は、教団の中で伝えられて来た浄土観の歴史の伝統を切ってすてるものになってしまっていることに大きな危倶を感じざるをえません。

Aお答えの中の文章についての疑問を出させていただきます。

    法然上人、源信和尚の和讃にふれ、「いずれにしても、もともとお浄土から出て来られた方が、もとの浄土に『還られた』という意味です」と書かれ、「今の問いにある『浄土にかえる』は、この『浄土に還る』という意味で使われているようですが、やはり凡夫の往生を『浄土に還る』と言うのはふさわしくありません」と否定されている文章には大きな問題があると思います。

  一つには、この書き方をされますと、法然・源信というお二人は浄土から現れた人で、凡夫ではなかったということになり、人間の中に特別の人を立てることになりかねません。親鸞聖人がこうした御和讃を作られたのは、言うまでもなく信心の上からであります。親鸞さまの信心が明らかになるのに大きな機縁となって下さったことから語られているわけです。そうならば、私たち一人ひとりの信心をおお育て下さる機縁となった方には、自らの信心から「浄土へ還られた」といっても言いように私は思います。親鸞聖人が『教行証文類』の序文で『観経』に登場する提婆達多までも「是れ乃ち権仮の仁」とお示し下さっていますが、それは「権仮の仁」はどこにでもいるということでしょう。
  もし教団に「浄土に還る」ということを特定の人に対してしか使ってはならないということがあったとするなら、そこから特定の入間の神格化(=生き仏信仰)が生み出されてきたといえましょう。

  1995年5月号の大乗に「父母に導びかれて」という題で次のような文章が乗っていました。

  「私は八十歳に手の届く年になっています。ちょっとここで振り返ってみますと、この世は苦で、唯一、お念仏さまに出遇わせていただいたことが何よりの幸せです。子供の頃から父母は『一番大切なことは仏法を聞くことだよ』と何時も口癖のように申しておりました。いい聞かせてくれたおかげと、父母に感謝いたしております。  中略
何時死すともみ仏のお浄土に帰らせて頂き父母に会うことができる。どんなにうれしいことでしょう。またみ仏さまが私の親となりこの世に出て下さったような気がしてなりません」
  質問箱からのお答えからすると、こうした受け止め方も否定することになってしまいます。いやそれは「お味わいだから」と軽く扱われることがあってはならないとも思います。そこにこそ信仰の素朴な姿があるのですから。
  この点についてどのようにお考えでしょうか、ご意見をお聞かせ願いたいと思います。

B最後に、このご回答には、「浄土へ還る(=還浄)」という言葉への懸念が強く意識されて書かれているように読ませていただきました。私自身は今葬儀の時に、「忌中」を止めて「還浄」へということを十年前からおこなっています。いうまでもなく「忌中」という言葉は死を「穢れ」として受け止める思想であります。その思想や制度は平安時代以前にまで逆上ることができますが、葬儀に「忌中」の紙を張るようになったのは近年のことです。「忌中」を張ることは段々と浸透してきたというのが本当でしょう。

  ところで私たち真宗の歴史の中に、「忌中」ではなく「還浄」の牌を建てる伝統がありました。島根県岩見地方の東部には、葬儀の時には高札を小さくしたような「門牌(もんぱい)」を建てる伝統があり、ここには「還浄」と書いてきたのです。  (『浄蓮寺通信96  23号』)
  私はここにも形にまでなった真宗門徒の伝統があると思いました。
  ご回答下さった先生は、「『お浄土へ往く』とか『参る』『往西方の本俵を遂げる』あるいは『往生成仏の素壊を遂げる」などという表現でおもしろくないなら、もっとおしゃれで味わい深く、ご法義に適うような表現を探して下さい」と最後に書いておられます。では先生は、「忌中」をどう変えておられるのか是非ともお教えください。
 

p  s,「忌中」と穢れ意識との繋がりは、1994年『大乗』11月号に掲載されました私の文章、「『忌中』−「穢れ意識」を問い直す」を送らせていただきます。


『季刊せいてん』no.44「せいてん質問箱」
の回答に対するご質問へのお答え

浄土真宗教学研究所気付
    小武正教様

平成10年9月23日

「せいてん質問箱」執筆担当
深川  宣暢

拝復  標記の小生の回答に対して、ご質問をいただきましたのでここにお答えいたします。

1、「せいてん質問」の質問の趣旨(要点)

  まず確証しておきたいことは、今回の質問箱の責問の趣旨(要点〉は、最近において、葬儀儀など「人の命終(臨終)の際」に、「浄土にかえる」とか「還浄」という言葉が使われるが、それが「人の命終時」に使われる言葉としてふさわしいものであるかどうかということにあります。

2、「質問箱」の質問に対する小生の回答の要旨

  そこで小生は、宗祖が「かえる」と使われる場合で、平生(現生)において使われるものでなく、とりあえず「命終(臨終)に使われる場合に通ずる」と思われるものを、「帰」と「還」と「来」の字に集約して考察するという方法で、回答を執筆したわけです。(現生、平生において使われる「浄土にかえる」に頬する用例はかなり多くあります.)

■@まず「帰」の字に関係する表現について「浄土」と関係づけて使われる例をあげました。一般に「かえる」と聞いて最初に連想する字であろうと思われるからです。

  その例として、読者にも多く知られているであろう正信偶の「帰楽邦」をあげ、ついで「帰去来」の語をあげてこれらは直接には平生(現生)の「帰」であって、臨終の時にあらためて「帰する」(かえる)という意味ではないことを示しました。
「浄土門に帰し」「安養に帰し」「功徳の大宝海に帰する」等といわれる場合と同様の意味であるということです。

■Aついで「還」の宇に関係する表現について、宗祖が和讃において、法然上人の命終に「還帰」および「浄土にかえる」と使われている例、および源信和尚の例をあげました.「還浄」という言葉をきいてまず連想されるのはこの使い方であるからです。

  そして、宗祖において、もともと浄土に居た人(もと仏であった人)とされる人が、その命終によってもとの「浄土(本土)にかえられた」という意味で使われていることを示しました。またこの場合の「還」の字は基本的に「往」に対する字であり、「もといた所へふたたび行くこと、もどること」という意味であることを示しておきました。
  そしてひるがえって、@の「帰去来」の引用文でいえば「曠劫」よりこのかた六道に流転して」きた凡夫、あるいは「機の深信」として示される「自信は現にこれ罪悪生死の凡夫、曠劫よりこのかたつねに没し、つねに流転して、出離の縁あることなし」(註釈版217頁以下など)と表現される凡夫の命終の場合、その凡夫はもともと浄土に居たわけではありませんから、同じ使い方で「還る」と使うのはふさわしくない旨を示しました。

■Bさらに「来」の字に関連するものとして、『唯信鈔文意』に「法性のみやこへかえる」と使われる例をあげました。

  『唯信鈔文意』には「来」の宇を「かえる」と釈される部分が二箇所あり、一つは法照禅師の『五会法事讃』の「観音勢至自来迎」の「来」(註釈版702頁)、もう一つは慈愍三蔵の「聞名念我総迎来」の「来」の釈(註釈版705頁以下)です。
  前者の「来」の部分についてはやや研究の余地があり、「われわれ衆生は、もと真如法性から迷い出たものであるから、このたび浄土に往生して真如法性をさとるのは故郷にかえることである。よっていま法性のみやこにかえるという。」という解釈もあるにはありますが、学界においてコンセンサスを得ているとは思えませんし、宗祖がご自身を「愚禿親鸞」といわれ、また著作のいたるところに「煩悩具足の凡夫」とか愚鈍の衆生」とか「極重の悪人」と表現される全体的な傾向ともなじまないと思います。
  そこでここでは前者をふまえて述べられているであろう後者の例を引いて、「法性のみやこへかえる」と使われるが、それは仏の側から言われた言葉で、仏が「むかえ率てかえらしむ」、つまり「つれてかえる」のであって、やはり臨終に際して衆生の側から「かえる」というのはふさわしくない旨を示しました。
  それを傍証するために『法事讃』の「仏の帰家に従いて還る」という文をあげ、さらに『愚禿鈔』の「報土に還来せしめん」の文をあげました。

■C以上をふまえた上に、『季刊せいてん」の読者一般を意識して、現代語としても、今まで行ったことのない所へ初めてゆくことを「かえる」とは通常使わないわけですから、人の命終(臨終)の際に「かえる」と使うとするなら、かえって誤解を生ずるのではないかとの思いもありまして、「(人の臨終に際して)凡夫衆生の往生(命終)」を「浄土にかえる」というのは「ふさわしくないと思う」とし、積極的に広め一般化するほどの言葉ではないという結論を示しました。
  しかも、宗義の上で、具体的な人の臨終(命終)に際して、それほど永い歴史をもって使われてきた言葉ではないという意味をもって、『御文章』の語を依用して「宗義になきおもしろき名目」と表現したわけです。
  また、それなら永い間使われてきた「往生」という言葉ではなぜいけなかったのかという問題も考えて、それが世間の手垢がついたものになったからではないかという推定を示したわけです。

3、小武氏の「公開質問状」へのお答え

  上記の小生の回答についてのご質問を下さいました。ご質問の意図や意味内容が読みとりにくいところもありましたが、小生なりにご質問を理解し、ご質問に沿ってお答えいたします。

質問@について

  ▼質問(見解?)@には、まず「浄土にかえる」という表現が、「聖典にあるかないかという論識の前に」として「布教の場面で最もポピュラーに使われていた常套句」であったが、近年になって使われなくなったと述べられています。
  質問箱での小生の回答は、むしろそのように「常套句」として使われている「お浄土にかえる」という言葉を、お聖教の上で(いわゆる聖教量において)確認してみようというところから始めております。つまり「聖典にあるかないか」を差し置いて答えたものではありませんから、その意味ではご質問とはもともと噛み合わないのかもしれません。

  しかし、『季刊せいてん』はサブタイトルにも「浄土真宗聖典の学習誌」とあるように、聖典を学ぶ書です。そして「聖典を(あるいは聖典に)学ぶ」という場合の基本的な手続きは、やはりその聖典を読むことにあると小生は考えます。したがって「聖典の上で確認する」という方法をとりました。        小生は「浄土にかえる」という表現が「布教の場面」で、いつごろからどの地域で使われていて、いつごろから使われなくなったか確認をしておりませんが、考えてみれば、それがむしろ「常套句」となって内実をともなわない言葉となり、また小生が上記要旨Cで述べましたように、現代語として「かえる」という言葉がかえって誤解を招くと考えられるようになって、淘汰され、使われなくなったのではないかとも思えます.

  ▼また小生の回答が、「浄土」を「親のくに」(質問文では弥陀=親ではなく、肉親、先祖=親という意味)として語るような感情に根差したもの(感性)…文脈からすればこれを「教団の中で伝えられてきた浄土観の歴史の伝統」と言われているようですが…を「切ってすてる」ものになっていると言われます。

  小生の回答が、スペースの関係もあって宗祖の言葉の使い方を中心とした文献学的な方法でのお答えになりましたので、少し冷たく感じられたのかも知れませんが、小生はそのような信仰上の表現を否定するものではありません。

  古来「凡情を遮せず」などと言われ、また妙好人と呼ばれる人々がその信仰を自由に表現したように、それは法悦の上の自由な表現として許される範囲にあるとは思います。つまりある個人がある人(あるいは人々)の往生(命終、臨終)を「親(今の場合は肉親、先祖)が先に往って待っておられるくにへかえられた」と思い、何らかの表現をされるということを、小生は切ってすてるつもりはありません。
むしろほのぼのとしたものを感じる場合もあります。

  ただ、ここに金子大栄氏の文を引用されて、「胸に感ぜられる浄土」とは「懐かしい魂の郷里」と示されますが、この場合の郷里(ふるさと)とは「親(肉親、先祖)の待つ所、親の居るところ」という意味において「浄土」を郷里(ふるさと)と言われたのであろうと思います。
  しかしこの郷里(ふるさと)を、現代語として普通に使う「自ら生まれ育ったところ、住んだ土地」という意味でとらえるならば、上記要旨Aに述べました「機の深信」として示される「自身は現にこれ罪悪生死の凡夫、噴劫よりこのかたつねに没し、つねに流転して、出離の縁あることなし」(註釈版217頁以下など)という表現とは矛盾することになります。つまり私は浄土で生まれ育ったのではなく「曠劫よりこのかた常没、常流転してきた」わけです。その意味で「浄土」を郷里(ふるさと)というわけにはいきません。
  ましてそこで「かえる」という表現とともに用いますと、より誤解されやすいことになるのではないでしょうか。
  法悦の表現は自由ではありましょうが、上記の懸念もふまえて、やはり今問題にしている「人の臨終(命終)」を「お浄土にかえる」という言葉で表現すること、またそれを広め、一般化し、普遍化するのはどうも適当ではないと思います。
  その意味で質問箱の回答にも「広めるほどのことはないと思います」と申し上げました。

  ▼また質問@の文章では、最初に小生の「往生という言葉が世間の手垢のついたものになった」という推定をとりあげられていますが、この部分を述べましたのは、たとえば恵信尼において観音菩薩の化身とうけとめられていた親鸞聖人の臨終でさえ「殿の御往生」(註釈版811頁)と「往生」と言われているのに、人の臨終(命終)について、永い歴史において使われてきた「往生」という言葉ではなぜいけなかったのか、それを「浄土にかえる」とか「還浄」と言い替える必要はどこにあったのかということを探ってみようと思ったからです。

  そしてその答えとして、「処置に困ること、どうにもしようのない状態になること」という意味で使われる「往生」という語の用法に代表されるような、世間的用法が広まったからではないかという推定を示したわけです。

質問Aについて

  ▼小生の記述における宗祖の「浄土に還る」という用例を問題にされ、「法然・源信というお二人は浄土から現れた人で、凡夫ではなかったということになり、人間の中に特別の人を立てることになりかねません」と言われます。

  しかし、引用しました源信和尚の和讃は、『源信僧都行実』に出る三井寺の慶祐の伝説を根拠にして「本土にかへる」と和讃にされたようですし、また法然上人については、引用しました『高僧和讃』だけでなく、『浄土和讃』の末尾にも、源空聖人御本地なり(註釈版577頁〉
とあるところ、また『恵信尼消息』の恵信尼の夢について、
    これぞ実夢にてある。上人をぱ所々に勢至菩薩の化身と夢にもみまゐらすることあまたありと申すうへ、…(註釈版813頁)
等と言われるところからしても、宗祖において法然上人は確かに「お浄土から現れた人」と受けとめられているようですから、やはり宗祖において法然上人は特別の人であったとされていると思います。
  そして、「浄土に還る」とはその人が命終によって(生涯を終えて)もとの浄土に「還られた」という意味で使われています。
  逆に言えば、宗祖において全ての人が、法然上人と同様に扱われているわけではありません。それは例えば『正信偶』だけを見ても、「一切の群生」、『一切善悪の凡夫人」、「感染の凡夫」、「極重の悪人」、などと表現されているところからも明らかです。
  ご質問では「権仮の仁」という語を用いて、「それはどこにでもいる」と言われますが、宗祖は全ての人を「権仮の仁」と見たわけではないでしょう。「権仮の仁と見られる可能性のある人はどこにでも居る」ということと、「全てが権仮の仁である」ということとは、その意味に差があります。ご質問の文は、個人の真の上で語られていることを、単純に一般化、客観して理解されているように思われます。

  ▼ご責問Aには最後に「父母に導かれて」という『大乗』掲載の記事をあげられて、小生の回答がこうした受けとめ方も否定することになってしまうと言われます。

  上記の質問@にもお答えしましたが、小生は、個人的な信仰上の表現として「お浄土に帰る」と使われることを否定はいたしません。言われるように「信仰の素朴な姿」として許される表現でありましょう。小生は「浄土にかえる」という表現を、誰であろうと、どういう場合であろうと使ってはならないなどと言いたいのではありません。
  ただ、今問題にしている質問箱の質問は、葬儀など人の臨終の一般的表現の問題です.平生業成を宗義とする当流において、永い歴史において「往生」あるいはその類語を使ってきたのに、最近一般に「お浄土にかえる」とか「還浄する」と使われていることが、ふさわしい表現であるかどうかということが問題にされているわけです。この問題点をご確認下さい。

質問Bについて

  石見地方東部に「還浄」と書いた「門牌」を立てる伝統があることを、小生は知りませんでした。文章を拝見する限りではいつごろから、またどなたが始められた伝統かはわかりませんが、「忌中」という表現を避けようとされる意図は理解できます。また言われるように「忌中」の張り札をするようになったのは葬儀社の仕事が増えてきた近年のことだと思います。

  ▼質問Bは小生の「忌中」の表現についてのご質問です。「忌中」の問題は、質問箱の質問とはテーマが別だと思いますが、「忌中」というのは遺族についての表現、「還浄」というのは故人についての表現というところを区別してお答えするなら、小生は葬儀の場合、故人については「往生浄土の本懐を遂げました」としましたし、遺族としての表現としては「服喪」、「喪中」という語を使いました。

  以上とりあえずご質問にお答えいたしました。小生の質問箱の回答について、全ての「浄土にかえる」という表現を遮するように受けとられていますのは、小生の表現の貧しさかも知れません。
  ただ質問箱の本文をよく読んでいただいて、スペースが限られている上での表現であることもご理解願いたいと存じます。

称名

公開質問状(2)

1998年9月30日
浄土真宗教学研究所様
深川宣揚様
備後教区  小武正教
  
前略  深川先生の私どもの質問に対する御回等、確かにに受け取り読ませて頂きました。
しかし、このご返事では私どもの質問への回答になっていない点、、御回答への疑問が残った点について再度御質問させて頂きます。

@まず今回の深川さんの回答にありますように、「浄土にかえる」という表現が、その価値判断は別にして、最近使われるようになったというのではなく深川さんも「常套句」となってと御返事でいわれるように使われていたという事実はお互いに確認出来たと思います。
  しかしなぜ使われなくなったかという点については、深川さんのおっしゃる「誤解をまねくと考えられ淘汰され」というものではなく「浄土を語らなくなった」ことが原因でありましょう。
  問題はその言葉の意味を復活させるにしろ、改めるにしろ使ってきた事実から出発することだと思います。

A「お浄土にかえる」という表現を「ご法義にかなうような表現を探してみてください」
(季刊せいてん)とスパットどう見ても切って捨てられる表現をされるかと思えばで、今回のご返事では、深川さんは、「浄土を親の国」として語ることは「法悦上の自由な表現として許される範囲」とされ、切って捨てるものではないといわれ、「浄土にかえる」という言葉を認めておられます。
このことについて理解することができません。

ご返事には、「浄土にかえる」ということについて「法悦上」で語ることと、「人の命終」について語ることをキチンと分けなくてはならない、との旨の言葉がありますが、どこで、どのように、どういう理由で線を引かれるのでしょうか。法悦上とそうでない信仰上の表現との線引きの定義をお教え下さい。
そして、それはまた深川さんのおっしゃる「個人的な信仰上の表現だから許される」という考え方ともつながっているのではないかと思いますが、それは個人的信仰とそれ以外の表現とは何かお教え下さい。

B私が最初に送りました質問の中に、昨年の御門主の秋彼岸のご法話を引用してご質聞した部分については何も回答がありませんでした。これも深川さんのおっしゃる、「法悦上」の「個人的な表現」だから許される範囲とされるのかどうかお答え下さい。

Cお答え頂いた中でやはり納得がいかないのは、「法然上人は宗祖がご和讃で述べておられるので、浄土からお生まれになった方、私たちは浄土から生まれたわけではないので、浄土にかえるはふさわしくない」、とおっしゃる論法からいけば、人間に浄土から生まれる人間と、流転してきた二通りの人間がいると深川さんが考えておられるようにしか読めません。そう深川さんはお考えになっていると受け止めてよろしいのでしょうか。
そのことを私が理解するために、「流転してきた」「浄土からうまれた」ということをどのような内容としてかたっておられるのかお示し下さい。

D私の質問への理解が違っている点がありますので指摘させて頂きます。「権仮の仁」の理解において、あたかも私が単純に「全ての人が権化の仁」であるかのように書いていると受け取っておられますがそれは間違いです。その前段を読んで頂けば、「私たち一人ひとりの信心をお育て下さる機縁となった方には、自らの信心から浄土へ還られたといってもいいように私は思います」と述べているように、自らの信心の表現での受け止めとしての言葉であることはいうまでもありません。

  その事を踏まえた上で質問ですが、「権化の仁と見られる可能性のある人はどこにでもいる」という深川さんのお言葉がチョット気にかかります。これは「権化の仁と見られない人も人間にはいる」とも読めます。もしそうならば、「権化の人」と見られるさ人とそうでない人はどこで誰が何を基準に分けるのでしょうか。お教え下さい。

E今回の季刊聖典の文章で、「浄土にかえる」という表現は使うべきでないと受け止める御門徒の方も多くあろうと思います。そのことについてはどうされるのか、「法悦上なら許される」と深川さんがおっしゃることは私には納得がいかず、今回再質問させて頂いたところですが、「浄土にかえる」という言葉を使うことが間違いではないというところまではいったと思います。特に季刊せいてんを編集されている教学研究所ではどのようにフォローされるのか研究所へお尋ね致します。

*最後に、深川さんが葬儀の際に、「服喪」「喪中」と私は使いますとご返事下さったことについて一言。「喪」という言葉も私たちの中では、「喪中につき年賀状を遠慮します」という言葉に代表的に見られるように、「穢れ意識」と深く結びついてきたものですから、働きとしては「忌中」と同じ働きをしていることをお伝えします。

*早くのご返事をお待ちしております。


小武氏の再質問に対するお答え

浄土真宗教学研究所気付
小武  正教  様

平成10年12月7日
「せいてん質問箱」
執筆担当  深川宣暢
1。小武氏の再質問に対するお答え

質問?(所論)@について

  これは質問の形になっておりませんが、質問なのでしょうか。とりあえず書かれていることに対する小生の見解を述べておきます。

  あなたは、小生が「浄土にかえる」という表現が「常套句となっている」ことを言い出したように書いていますが、小生はそれが最近よく聞くところの耳慣れない表現だと言っているのです。(「せいてん質問箱」本文冒頭参照)
  あなたが「布教の場面で最もポピュラーに使われていた常套句」とおっしゃったのに即して、それが使われなくなったというのなら「誤解を招くと考えられ淘汰されて」使われなくなったのではないかという推論を示したのが前回の小生の回答です。
  そして質問箱の質問が問題にしているのは、それが最近、葬儀など人の具体的な命終(臨終、死)に際して使われているが、一般にふさわしいものであるかどうかということです。この質問者の意図をもう一度きちんと把握していただきたいと思います。

質問Aについて

  「法悦上の自由な表現として許される」場合と、広め、一般化し、普及する場合とをどういう理由で線を引いているかというご質問です。
  小生は、個人の信の上で語られている言葉を、単純に一般化し客観化して理解し使用するすることの不適切さを問題にしているのです。
  たとえば、妙好人・浅原才市に、風邪をひけば咳が出る  才市がご法義の風邪をひいた  念仏の咳が出る出る
という表現があります。
  ここでは、才市が「ご法義を聞いて念仏申す」ことを「ご法義の風邪をひいて、念仏の咳をする」と表現したわけですが、才市の表現そのものは「法悦上の自由な表現として許され」
ても、それをわれわれが、一般化し普及させて、「お称名いたしましょう」という場面で、「念仏の咳をしましよう」と言うことにするとしたら、それは適切な表現とは言いがたいでしょう。そういう問題です。
 

質問Bについて

  あなたの前回の質問に、御門主の法話についての質問があったように書かれていますが、前回のあなたの文章をもう一度読んでみて下さい。御門主の法話に対するコメントを求めた文章にもなっていませんし、前回の質問@全体があなたの見解を述べてあるだけで、何も質問の形にはなっておりません。したがって御門主の法話についても回答の仕方がありませんでした。

  いずれにしても、小生は御門主の御法話を批評する立場にも、御門主の表現を許すとか許されない等と申し上げる立場にもありません。御法話の内容は、記事が正確なものであるとすれば、御門主において「浄土に還られた」とされるご門徒方がおいでになったのであろうと思われるだけです。

質問Cについて

  小生の表現を正確に用い、理解してご質問していただきたいと存じます。小生は「浄土から生まれた人間」とは言っておりません。
  今回のご質問は小生が「人間に浄土から生まれる人間と、流転してきた二通りの人間がいる」と考えているように書いておられますが、前回の回答をどう読めばそう受けとられるのでしょうか。もう一度よく読んでいただきたいと思います。
  小生が人間をどう考えているかということなど、どこにも書いておりません。宗祖の法然上人に対する表現と、「一切の群生」などと言われる表現をあげて、宗祖の法然上人観を述べたわけです。
  あなたが宗祖のこれらの表現がおかしいとおっしゃるのなら、その正しい意味を教えていただきたいと思います。

質問Dについて

  「権化の仁」についてご質問ですが、「権化の仁」とはあなたが最初のご質問で使われた言葉です。小生は「せいてん質問箱」にも「権化の仁」の語は用いておりません。
  そしてあなたは前回の質問状で「宗祖は、提婆達多をも『権化の仁』と示されるのだから、「権化の仁』とはどこにでもいるということでしょう」と述べられています。小生はこのあなたの表現をふまえて、「宗祖は全ての人を『権化の仁』と見たわけではないでしょう」と指摘したわけです。また今回のご質問に関連してお答えすれば、宗祖において「権化の仁(通常「人」ではありません)」と見られる人と、そう見られない人とは明らかに存在しております。

  しかし、いまの問題は、具体的な人の命終(臨終、死)についての表現の問題なのですが、そのことと「権化の仁」の表現の問題がどう関わるのか、あなたがどこで問題にしょうとされているのかが小生に理解できません。小生の文章に質問なさったのはあなたですから、もう少し小生の文章に即して、わかりすくご質問して下さるようお願いいたします。

質問Eについて

  今回の『季刊せいてん質問箱』の文章を読まれて、具体的な入の命終(臨終、死)について、それを「浄土にかえる」とか「還浄」というのはふさわしくないと考えられ、その結果、この表現を止める人が多くなったとしても、何も問題はないと考えます。むしろコンセンサスを得ていないそのような表現が再検討され、適切に使われるようになる方が望ましいと思います。
  それはやはり、質問Aのところでお答えした法悦上の表現(あなたの言葉で言えば「自らの信心の表現」)と、一般化し、普及すべき表現との差の問題でしょう。そのことをふまえた上で、以下にその要旨を解説しておきますので、もう一度小生の「せいてん質問箱」の本文とあわせてお読み下さい。

  尚、「浄土真宗教学研究所のフォロー」まで言われておりますが、しかし前回、今回の小武氏の質問内容が「研究所のフォロー」まで求められるようなレベルの問題とは思いませんし、逆に小生は「研究所」から自らの言論を抑圧されたくもありません。
  「研究」というのは基本的に自由な立場で行なわれてこそ意味があります。またその成果が誤りであれば変更もいたしますし、必要ならお詫びもするでしょう。
  いずれにせよ自らの言論は、自らの責任において対処する所存でおります。この際、小武氏におかれてもそのように対処されることを望みます。

2。「せいてん質問箱」の要旨解説

(1)質問の要点

  最初にもう一度きちんと把握していただきたいのは、質問者の意図です。質問に的確に答えようとするなら、まず質問の意図を明確に認識しなければなりません。
  今回の質問箱のご質問の要点は、最近において、葬儀など具体的な人の命終(臨終、死)を、「浄土にかえった」とか「還浄した」という言葉が使われが、あまり聞かない表現であるように思う。それは(浄土真宗において)人の命終(臨終、死)を表すのにふさわしい言葉であるかどうかということです。つまり質問は、浄土真宗における具体的な「人の命終(臨終、死)」の表現についての問いです。

(2)小生の回答の要旨解説

  小生の回答を結論から申しますと、宗祖親鸞聖人が現に生存していた具体的な人の命終を「浄土にかえる」とか「還浄」と使われた例は、師・法然上人の命終に限られています。そして小生は、それはやはり宗祖と法然上人という特別な関係における師・法然についての表現であって、われわれがそれを一般的に用いるのにふさわしい表現ではないと考えます。宗祖親鸞聖人の命終でさえも「との(殿)のご往生」(恵信尼消息)と表され、「浄土にかえる」とか「還浄」とは言われなかったのです。

  したがって「質問箱」の本文には、われわれ凡夫の、現実の命終(臨終、死)を表現する場合に、この表現を広めたり一般化するほどの言葉ではないだろうという結論を示したわけです。
  そこでこのことを確認するために、「宗祖が『かえる』と使われる言葉」で、いちおうは「人の命終(臨終、死)の際に使われる場合に通ずるか」と思われるものを「帰」と「還」と「来」の字に集約して考察してみたわけです。
  この場合「人の命終、臨終、死」についての表現であることに注意しなければなりません。

それがご質問の意図です。宗祖において平生、現生において「浄土にかえる」という意味で使われる表現例ならかなり多くあります。また平生と臨終(命終)、現生と来生、現益と当益は、因果関係の中にありますから、両者が法義として通じていくのは当然ですけれども、今は「具体的な人の命終」についての問題ですから、区別して考えなければなりません。つまり今問題にしているのは、平生業成を宗義とする当流において、葬儀など人の命終(臨終)の際に使われる言葉遣いの問題なのです。

  以上をふまえて小生の回答をもう一度お読み下さい。見開き2ページの限られたコーナースペースの中で、しかも一般の読者を意識してお答えをしょうとすれば、引用の量も限られますから、回答の主旨に即した引用文だけを掲げるという結果になってしまうことは止むを得ないことでした。しかし全体からして引用が偏っていたとは思いません`限られたスペースの制約の中では、むしろ適切な引用でしょう。

■要旨1  まず最初に「帰」の字に関係する表現について「浄土」と関係づけて使われている例をあげました。一般に「かえる」と聞いて最初に連想する字でもあろうと思われたからです。

  その例としてまず読者にも多く知られているであろう『正信偶』の「焚焼仙経帰楽邦」をあげて、その「帰」が平生(現生)の「帰る」であることを示しました。
  ついで善導大師の「帰去来」の例をあげて、意を得て命終に通じていえば、一応は言えなくもないとは思うが、後に「この生平を畢えてのち、かの涅槃の城に入らん」と命終とは別して「帰去来」と使われているのであるから、これは直接にはやはり平生(現生)の「帰」であって、命終(臨終)の際にあらためて「帰する(かえる)」という意味ではない旨を示しました。これらの「帰」は、「浄士門に帰す」とか「安養に帰す」、「功徳の大宝海に帰す」、「本願に帰す」などと言われる場合と同様の意味であるということです。
  しかもこの「帰去来」とは善導大師が、陶淵明が役人生活を辞めて故郷へ帰国したときの「帰去来の辞」に寄せて、穢土を厭い浄土を願うことを譬喩的に表現されたものであって、それは「帰去来」を「かえりなんいざ」とも訓じるように、迷いを捨てて浄土に生まれようという強い意志を表す言葉として用いられたと言うべきです。善導大師もここでは「涅槃の城に入らん」とされていて、「浄土」を「ふるさと」とは言われておりません。
  ですからここで「故郷(ふるさと)に帰る」ということを連想し、比倫的に「浄土に生まれる」ことと重ねて理解したとしても、その「ふるさと」とはわれわれが通常に使う「生まれ育った土地」という意味ではありません。
  本文に引用した「定善義」の文にもあるように、われわれは「曠劫よりこのかた六道に流転して」きたわけですから、浄土で生まれ育ったわけではありません。その意味で浄土を「ふるさと」とは言えません。善導大師もここで浄土を「ふるさと」とは言われてはいません。
  われわれ凡夫の「ふるさと」とは、むしろ『歎異抄』に「久遠劫よりいままで流転せる苦悩の旧里(ふるさと)」とある表現の方がふさわしいでしょうから、本文にはそれを引用したわけです。

■要旨2  次に「還」の字に関する表現について、宗祖が和讃において、法然上人の命終について「還帰」および「「浄土にかえる」と使われている例と、源信和尚の和讃の例をあげました。「還浄」という言葉を聞いて、まず連想されるのはこの使い方であるからです。
  この場合も、源信和尚の場合は『源信僧都行実』に出る三井寺の慶祐の伝説によって和讃にされたようですから、前述したように、宗祖において現実の具体的な人の命終についてみずから「浄土にかえる」という表現をされたのは、この法然上人の例だけです。
  そして、その意味はもともと浄土に居た人(もと仏であった人)とされる人が、その命終によってもとの「浄土(本土)にかえられた」という意味であることを示しました。
  またこの場合の「還」の字は基本的に「往」に対する字であり、「もと居たところへふたたび行くこと、もどること」という意味であることを示し、われわれ凡夫はもと浄土に居たのではなく迷いの世界を曠劫流転してきたわけですから、法然上人の例と同様に「浄土に還る」と言うのはふさわしくないと言いました。
  さらにわたしどもの浄土真宗の他力信心(真実信心)は、開いて二種深信とあらわされますが、その「機の深信」とは、
    自身は現にこれ罪悪生死の凡夫、曠劫よりこのかた常に没し、常に流転して、出離の縁あることなし…(註釈版217頁以下等)
と表現される内容ですから、われわれは「曠劫よりこのかた常没、常流転」してきたわけで、決してもともと浄土に居たのではありません。
  その信心の内容からしても、われわれ凡夫の命終を「浄土にかえった」とか「還浄した」というのはふさわしくないということを示しました。私がもと浄土に居たとするなら、機法二種一具のわが信心において、迷いの現実を信知する「機の深信」も間違いない救いを信知する「法の深信」も無いのかしらんと疑われかねませんので、本文にはそう表現しました。

■要旨3  さらに「来」の字に関する表現について、『唯信鈔文意』に「法性のみやこへかえる」と使われる例をあげました。
  『唯信鈔文意』には「来」の字を「かえる」と釈される部分が二箇所あり、一つは法照禅師の『五会法事讃』の「観音勢至自来迎」の「来」(註釈版702頁)、もう一つは慈愍三蔵の「聞名念我総迎来」の「来」の釈(註釈版705頁以下)です。
  『唯信鈔文意』の文は、法性法身と方便法身の関係をふまえて述べられているとも思えますので、その解釈は簡単ではありません。この前者の「来」の部分についてもやや研究の余地があり、「われわれ衆生は、もと真如法性から迷い出たものであるから、このたび浄土に往生して真如法性をさとるのは故郷にかえることである。よっていま法性のみやこにかえるという。」
という解釈もあるにはありますが、学界においてコンセンサスを得ているとは思えませんし、宗祖がご自身を「愚禿親鸞」といわれ、また著作のいたるところに「煩悩具足の凡夫」とか「愚鈍の衆生」とか「極重の悪人」と表現される宗祖の全体的な傾向ともなじまないと思います。
  そこで本文では、前者をふまえて述べられているであろう後者の例を引いて、「法性のみやこへかえる」と使われるが、それは仏の側から言われた言葉で、仏が「かえらしむ」のであり、「むかえ率てかえらしむ」、つまり「つれてかえる」のであって、やはり人の具体的な命終(臨終、死)の事態について、衆生の側から「かえる」というのはふさわしくないという旨を示しました。
  それを傍証するために『法事讃』の「仏の帰家に従いて還る」という文をあげ、さらに『愚禿鈔』の「報土に還来せしめん」の文をあげました。「仏に従う」から「(仏の)本国に還る」と言われ、仏が「還来せしめ」るのであるということを示したわけです。

■要旨4  以上をふまえた上で、『季刊せいてん』の読者一般を意識すれば、現代語としても、今まで行ったことのない所へ初めてゆくことを「かえる」とは通常使わないわけですから、人の命終(臨終、死)の際に「かえる」と使うとするなら、その人を「もともと浄土の住人であった人、浄土から来た人」と決めてしまう誤解を生ずるとも思われますので、人の命終(臨終、死)に際して、その往生を「浄土にかえる」とか「還浄する」というのは「ふさわしくないと思う」とし、積極的に一般化して「広めるほどのことはないと思う」という結論を示しました。
  しかも、宗義の上で、具体的な人の命終(臨終、死)に際して、それほど永い歴史をもって使われてきた言葉ではないという意味で、『御文章』の語を依用して「宗義になきおもしろき名目」と表現したわけです。
  また小生には以前から、なぜ「往生」ではいけないのか、どうして永い間使われてきた「往生」という言葉を言い換えなければならないのか、宗祖の命終でさえ「還浄」とも「浄土にかえる」とも言い伝えてこなかったのに、なぜそう言いたいのかという疑問が有りました。その原因を探り、「往生」という言葉が、世間の手垢がついたものになってしまったからではないかという推定を示したわけです。
  さらに、そう考えれば結局は「言葉のお酒落、ファッション」の要素が強いように思えましたので、どうせお洒落をするなら誤解を生じやすいようなものは避けて、他の表現を探してみてはどうでしょうかと締めくくったわけです。

以上


公開質問状(3)
1998年12月18日
備後教区  小武正教
深川宣暢様
  

前略  12月17日、公開質問状(2)への返信、確かに拝受いたしました。

  小生の質問への御返答、誠にありがとうございました。しかし御返答いただきました@からEまで、小生の納得出来るものではありませんでした。それを一々またあらためて御質問するより、意見の違いは違いとしてハッキリと知りたいと思いますので焦点を一つに絞って再度お尋ねしたいと思います。何とぞよろしくお願いいたします。
  今回の返信をいただきまして、その是非は別にして、深川さんがどのような意味で、「法悦上の自由な表現としてゆるされる」と言っておられるのかだけは解りました。

  そこで第一回の公開質問状に引用し、第二回の質問状でもお尋ねしました、1997年10月20日号本願寺新報掲載の以下の御門主の法話についてであります。
    「毎年このご法要をおつとめいたしておりますが、主としてこの一年間に亡くなられたご門徒の方々、お浄土に還られたご門徒の方々を偲び、仏法を聴聞する法要でございます」
  ここでご門主は、「主としてこの一年間に亡くなられたご門徒の方々」という言葉を、もう一度、「お浄土に還られたご門徒の方々を偲び」という言葉に言い換えて述べておられます。つまり御門徒が「亡くなられた」という一般的に使った言葉を、さらに浄土真宗的に深めて「お浄土に還られた」とおっしゃっているわけです。それがこの文章の素直な読み方です。それ以外の読み方が日本語としてできるとは言えません。

  深川さんは、この度の返信に、「御門主において『浄土に還られた』とされるご門徒方がおいでになったのであろうと思われるだけです」と書かれていますが、「御門主において『浄土に還られた』とされるご門徒」は、「主としてこの一年間に亡くなられたご門徒の方々」の中からある特定の人を限定して述べておられるとするのはあまりに文章の曲解であります。意図的に自分の都合のよいようにご門主の文章を曲げてはならないことは言うまでもありません。
  私は「お浄土に還られたご門徒の方々を偲び」というこの表現は、御門主のこの一年間に亡くなった御門徒のすべての方々への素直な宗教感情が溢れた文章だと思って有り難く受け止めています。
  また深川さんはこの度の返信で、御門主のこの文章に対して、「いずれにしても、小生は御門主の御法話を批評する立場にも、御門主の表現を許すとか許されない等と申しあげる立場にもありません。」とお書きになっておられますが、み教えの上からするならばたとえ御門主の御法話であっても、味わい深いものは味わい深い、不適切なものは不適切であると率直に言われるのが御教えに順じているということになるではないでしょうか。
  私がこの度引用した御門主の言葉は、深川さんの「法悦上の自由な表現として許され」という一貫した考えよりするなら、「個人の信の上で語られている言葉を、単純に一般化し客観化して理解し使用することの不適切さを問題にしているのです」ということにまさにあたるものでしょう。御門主は、「亡くなられた」ご門徒全員のことをそのまま、「お浄土に還られた」と表現されているのですから。
  もしそうでないとおっしゃるならば、深川さんのそのご見解をお聞かせください。
*早くのご返事お待ちしております。



公開質問状(3)
1998年12月18日
教学研究所様
備後教区小武正教
前略    12月17日、公開質問状(2)への返信、確かに拝受しました。
  しかしその文面の中においてはEとして教学研究所へお尋ねした件について、研究所としては何もご返事をいただいておりません。再度質問の内容を述べさせて頂きますので御返答下さいますようお願い申しあげます。
(9月30日付で出しました公開質問状2と全く同じ文面です)

今回の季刊聖典の文章で、「浄土にかえる」という表現は使うべきでないと受け止める御門徒の方も多くあろうと思います。そのことについてはどうされるのか、「法悦上なら許される」と深川さんがおっしゃることは私には納得がいかず、今回再質問させて頂いたところですが、「浄土にかえる」という言葉を使うことが間違いではないというところまではいったと思います。
特に季刊せいてんを編集されている教学研究所ではどのようにフォローされるのか研究所へお尋ね致します。
*早くのご返事をお待ちしております。

追伸
  三回の質問状を「公開質問状」とさせていただいておりますのは、葬儀の時に、「忌中」に変えて「還浄(浄土に還る)」という紙にする運動を多くの仲間たちとやっております。
  『季刊せいてん』ももちろん「公」のものですが、私の質問も個人と個人の意見の交換ということにとどまらない面を持つわけです。私としても、仲間の者たちへ顛末の報告をする責任をおっております。その意味で顛末をまとめ、文章化する時、最初から公開ということを前提にすれば、その経過がどこに出ても問題にならないという意味です。


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