日本文化の因習を考える(8)

「神道  文化・習俗論」を問う射程〈3〉
―公教育の中で行われる、神楽の神道性を問う


広島部落解放研究所・宗教部会事務局長
小武正教

◇「神の国発言」 その後

  今年五月十五日の森喜郎首相の「神の国」発言は、政府や自民党・保守層が密かに押し進めてきた、「神道を文化というオブラートで包んで浸透させ、再び国家が国民統制をするのに利用しようとしてきた」その一端を見せてしまったものであった。そして、私たち民衆の側にとっては、その企みに気づく絶好のチャンスであったにもかかわらず、その発言が生かせてないままで来ている。
  さらに、事態は次々と進行しつつある。 今年の八月十五日は、首相の「神の国発言」だけではなく、七月十九日に首相の靖国神社公式参拝に道を開くために、自民党の議員等で「靖国問題懇談会」(座長・野中広務幹事長)が作られるということがあり、一挙に首相の公式参拝となるのではないかと警戒された。
  しかし、靖国推進側はそう単純ではなかった。首相が、アジア諸国の反発を畏れて参拝しない隙間をぬって、石原東京都都知事が、「公人として参拝して何が悪い」といって都知事として初めて公式参拝を行ったのである。石原都知事に対し、アジアなどの近隣諸国や市民団体から怒り声があげられたことは言うまでもないが、問題はマスコミはそれほど批判の報道をしなかった。もちろん、石原都知事の公式参拝は、首相と都知事の連繋プレーというよりも、大向こう受けを狙った石原のスタンドプレーというところであろうが。  そしてマスコミだけでなく、国民も、「核開発は必要」「不法入国した“三国人”による騒乱事件」などの挑発的暴言を繰り返す石原都知事に対しての批判は、他の政治家に比べて大変甘いことに気づく。いや、「南京大虐殺」や「従軍慰安婦問題」についての発言で、歴代の大臣が、辞任していったことと比べてみると雲泥の差がある。もちろん、自由主義史観の教科書が学校現場に入り込もうという、今の日本の右傾化があることはいうまでもないが、それだけではない。
  森首相の「神の国」発言で、「心地よさ」を感じる国民はまずいないが、石原都知事の「三国人発言」の暴言には、どこまで操作されていないデーターか疑わしいところがあるが、それにしても六割が賛同したということはよくよく考えて見る必要があろう。なぜ石原発言に多くの者が賛意をよせたのか。ズバリ言うなら、単なる政治家石原に賛意を寄せたのではない、「文化人」(とマスコミが取り上げる)石原が発言した言葉だからである。石原のスタンスの取り方は実にうまい。「自分はいつでも政治家を辞めて、作家に戻る 」と公言して、他の「金まみれの政治家」とは違うというイメージをうまく作り出しているのである。また、金まみれの他と同じ政治家になってしまった前大阪府知事の横山ノックや、パフォーマンスを演じられなかった前東京都知事青島幸夫とも異なり、保守化し排他的になっている民衆心理をうまく掴み煽ることに長けたデマゴーグ石原に、見事にマスコミは乗せられている。
  また、この夏政府が打ち出した、「18歳になっての1年間ボランティア構想」は、「徴兵制」につながるとすぐにマスコミも批判したように、ボランティアを利用しようという意図が見え見えで、現在の段階では、まだ少し時期尚早という判断か、一端引っ込んだ形ではあるが、いずれ「ボランティア」も政府のコマの一つとして確実に登場してくることは間違いない。
  自民党が来年の参議院選挙で、全国区においても、政党だけではなく個人に投票出来ることを認める「非拘束式名簿」の法案が検討されている。もし法案が通過すれば、石原慎太郎ほどではなくても、政府や自民党など、権力の意図をオブラートに包む役割りをする「文化人」がゾロゾロと出てくるであろう。
  なぜ、日本国民は、コテコテの政治家には騙されなくても、「文化人」「有名人」には騙されるのか。一言で言えば私たち民衆の側に、「文化」そのものの排他性、普遍性を問う訓練が全く出来ていないということである。私たちが「文化」と呼ぶものが、異文化との摩擦の中で、磨かれ問われていないというツケは今も変わっていない。

  では、「鎮守の杜やお宮さんを中心とした教育改革を進める」「神社を中心にした地域社会を栄えさせる」という面についてはどうなったか。森首相は今年の末の通常国会を、「教育改革国会」として開会すると言ったということをマスコミは報じている。いよいよ教育基本法の改悪に直接手をつけようというのである。手法は首相の諮問機関である教育改革審議会答申の内容を国民に問うという形で、前面には、必ず「教育の荒廃」と「日本人の伝統・文化の喪失」を打ち出してくるはずである。教育における国民の管理の総仕上げはこの二つの露払いで確実に進められていく。
  七月十六日の「神社新報」には神社本庁の中に、国の動きに呼応するように、「国会の『憲法調査会』の内容の分析や憲法改正の世論を喚起するための『憲法問題対策室』を発足する」という内容と同時に、「まつりを通して地域社会の連帯を深める教化策を強化するための活動を推進することが決議」とされている。
  また同じ『神社新報』では、自由主義史観の高橋史郎明星大学教授の「荒廃の一途を辿っている青少年の心を癒すには、地域の教育力の拠点としての「いやしろ」・鎮守の杜を癒しの場として現代に蘇らせる必要がある」とし、「祭りをし踊りや相撲があって心がいやされる」という講演を掲載している。高橋教授は、「社(やしろ)」は「いやしろ」で「癒す」という意味があり、その行事が「祭り」「踊り」「相撲」などの行事であると。
使えるものは何でも使えということか、現代の流行「癒し」も国家の側にキッチリ取り込もうということである。

◇内舘牧子さん横綱審議委員に
  九月十三日の中国新聞は、一面に、「内舘牧子さん、ひらり!!横綱審議委員に」という記事を大きく掲載していた。女性で初めての横綱審議委員就任ということが、大きく取り上げられた理由である。内舘さんは何年か前、NHKの朝の連続テレビ小説「ひらり」で相撲好きの少女を主人公にした脚本家であり、その貢献が認められたということでもあろう。
  しかし、内舘さんのコメントを読んでおどろいた。「(女性が土俵に上がることについては)大反対。お話しにならないですね」と。さらに、女性の土俵への立ち入りについては、「伝統文化に男女平等を持ち込む必要はない」と。そして自らが横綱審議委員になったことについては、「横綱審議委員会は昭和二十五年にできた制度だから、ここまではギリギリ女性も入れる。まつりごと、神事に端を発する相撲の土俵に女性が上がれないことは差別ではない」と。
  ここまでハッキリと言われると、相撲協会が内舘さんを横綱審議委員にした意図が明白になってくる。「女性が土俵に上がれないことは男女差別ではなくて伝統文化だ」と有名人であり、文化人と思われている女性の側から、PRするということである。言うまでもなく、土俵に女性が上がれないということは男女差別の一つの象徴でもある。しかし、相撲協会は「相撲の伝統文化」という言葉で、問答無用の姿勢で批判を突っぱねてきた。しかし相撲協会もいつまでもこのままではいかないという空気を感じとったのであろう。森山真弓官房長官、大田房江大阪府知事と、役目としては表彰式に土俵にあがるはずでも、保守層の支持の中から出てきた女性の場合は辞退してもらえたが、いつもそうとばかりはいかないかもしれないと。
  「伝統文化」を「聖域(タブー)」として位置づける役割りは、差別されている側に、「そんなことはない」と言わせるのがもっとも効果的というのが支配者の常套手段である。内舘さんも、そんな相撲協会の意図をもちろん知って審議委員になったに違いない。
「そこのけそこのけ、伝統文化のお通りだ!!」とでも言う声が聞こえてくる。

◇「神楽」を「伝統文化」として公教育へ取り入れてきた問題
  中国山地のある村の副住職をする備後・靖国問題を考える念仏者(以下  靖念会)の会員の一人が、1998年に「神楽と公教育」を巡って問題を提起し現在に至っている。副住職夫妻の取り組みを『中外日報』は次のように紹介している。

“神楽熱”の波紋

この村は何度か過疎率日本一になったこともある村であるが、石見「神楽」が盛んに演じられ、教育現場にも神楽熱は及んでいる。公立保育所では毎年発表会で年長組全員が神楽を演じ、中学校では文化祭で男子全員が神楽を演じることになっている。
  行政は「地域文化の継承」との名目で補助金を出し、地域の人々は郷土芸能による村起こしと受け止めている。
この村の寺院で暮らす副住職夫妻の長男が二年前公立の保育所に通い始めた。寺から三百メートルほどで近く、当初何も問題がないように思われた。だが発表会の神楽のことを知り夫妻は困惑した。
保育所で多く演じられているのは、酒呑童子が退治される「大江山」など、いわゆる勧善懲悪(正義が悪としたものを退治する)のものばかりである。先生によれば、園&児たちは一生懸命に練習を積み、発表会で一体感と達成感を満喫して卒園していく&いう。副住職夫妻は、長男がいずれ神楽の輪に加わらない訳にはいかなくなると思うと、二月の発表会が苦痛に思えてきた。
&そこで夫妻は申し出た。「神楽を通して、子どもたちが勧善懲悪の考えを身につける&のは危険であること。氏神信仰に根ざす宗教を、教育現場に持ち込むのは問題があること。せめて、選択演技にしてほしい― 」。
先生は困惑した顔で応えた。「地域の皆さんは、お孫さんやお子さんの活躍を楽しみにしておられます」「お寺さんも地域から浮き上がらない方がいいのではないでしょうか」。いずれも善意の思いだった。それならばと保護者会で提案したが、到底思いが通じそうにない雰囲気が伝わってきた。反対に声を上げた副住職夫妻に対して、地域の圧力は大きかった。夫妻は三ヶ月悩んだ末、長男の保育所を変えることにした。&今は寺から二十四キロ離れた別の幼稚園に通わせている。こんなことになろうとは、思ってもみなかったという。
当初夫妻は、長男を神楽に参加させるのも止むを得ないか、と思ったこともあった。が、声を挙げて話が進むほどに、問題の大きさに直面した。行政と住民が手を携えないとやっていけない過疎地では、地域活動に参加しないと怠けものはわがまま扱いされ、著しい批判を受ける。では皆が皆、神楽が心底好きかと言えば、必ずしもそうではない。また神楽が本当に村おこしになっているのか、と多くの人は疑問を持っている。要するに、村の政治的な力関係の中で皆が動いているにすぎない。その中で誰もが支配感や責任感を自覚しないまま、お互いがお互いを“公益”に貢献させていく。その上、肝心の子どもたちが演じている神楽の内容に、教育的な配慮は全くない状態だ。夫妻はまず地道に時間をかけて、 この問題に取り組むことにした。
最近になって「よう分からんけど、むつかしい時代になったなあ」 という声も聞こえるようになってきた。今は皆が一概に、副住職夫妻の主張に反対しているわけでもない。中には「村の人権啓発になった」と、協力者も出てきた。せめて中学校の神楽は、選択可能なクラブ活動にしてもらいたい。夫妻は、今後も人権の問題として、この件を提起していきたいという。
毎日幼稚園の送迎は往復で延べ百キロ近く、負担も大きい。それに長男から「僕も皆と同じ保育所に行きたい」と言われるのが辛い。だが長男の感じる寂しさや戸惑いを常に家族で受け止めて、この問題を乗り切っていきたいという。
夫妻は、「国や地域を自慢する子より、優れた人間性を持つ子を育てたいんです。文&化の異なる人とも、人間的な素直な気持ちで接することができるような、おおらかな&優しさを持つ子になってほしいと思います」と語っている。
  副住職夫妻の問題提起の後、保育所の神楽発表会が「神楽遊び」に切り替わり、全員参加はなくなった。しかしまだ中学校では、授業で神楽が教えられている。村の教育長は「教育の場で神楽を強制しているわけではない。しかし、現実には一学年が二十人を切るような状況で、全員が参加しないと神楽は成り立たない」(2000年6月30日  朝日新聞  「神のいる国」中)と述べる状況への副住職夫妻の取り組みは続く。

◇神楽と公教育の問題
  神楽を公立保育所や小・中学校で行う問題点は整理すると三つある。

一つには、神楽は神道という宗教に根ざす、宗教儀式であるということ。あえて伝統文化というなら、神道に根ざした神道的伝統文化といわなければならないこと。

二つには、神楽を文化として扱っても、個人の思想・信条の自由は侵してはならないものであること。

三つには、神楽の持っている勧善懲悪という思想という点。

  特に、近年の神楽熱は、神楽を神道行事ではなく、地域の伝統文化として切り離して位置づけ、公共性を持たせようとする傾向が顕著である。靖念会では、「神楽」とはいったいどのようなものなのか、講師を呼んで学習会を重ねた。
*神楽の起源
  神楽の起源、起こりは『古事記』、その中でも「神代の巻」、「天岩戸(アマノイワト)」、「八岐大蛇(ヤマタノオロチ)」。さらには『日本書紀』に出てくる「天尊降臨(テンソンコウリン)」や「出雲の国譲り」、「八幡(ハチマン)」という応仁天皇を讃えたものや「塵輪(ジンリン)」という外国からの悪魔を払うものなど。さらに『古語拾彙』というようなものの中にある神話から起こってきたいうのが常識となっている。
  「庭火炊く天の岩戸の夜神楽はこれぞ神楽のはじめなりけり」という歌は、神楽の初めを見事に伝えている。
*神楽の語源
  なぜ「カグラ」というのかということで最も有力とされているのは、「カミクラ(神の座)」ということから来たんだというもので、「カミクラ」が鼻につまって「カンクラ」になり、さらに「カングラ」から「カグラ」になったというものである。
  神座(カミの座)というのは、「ここに神さまがおられる」という意味で、「神楽がある所には、神さまがおられる」ということで、そこにおられる神さまを、お祭りしたり、慰めたりする行事が、また神楽になっていった。
  神楽にも、一番古い形の宮中で舞う、御神楽(ミカグラ) 、それが里へ出てきて、大八車に御神輿を積んで、それで辻々で舞う里神楽になり、お金をもらって歩くという庶民化した神楽で出てくる。そして、劇化され大衆受けするような神楽になって、娯楽の要素が強くなっいくわけである。そこから、「神さまを喜ばす神楽」から「神さまもみんなも喜ぶ神楽」に、そして「みんなが喜べは神さまも喜ぶ神楽」へと、意識は変わっている。

*神楽は神道である証し
  しかしいくら、「みんなが喜べは―」となっても、神楽から神さまが切り離せないことは現在の神楽でも明らかである。舞の演目が様々あっても、すべてが「神迎え」「神降ろし」という舞から始まっていることである。そのために「穢れ」を払い清める舞をするわけで、その後、様々に劇化された舞が舞われるのである。
*神楽の広まり
  神楽が広まっていったのは、地方地方の氏神信仰と結びついたということが大きい。地域共同体を括る神道という氏神信仰の中で、神楽が位置づけられ、神社の儀礼・行事となっていったわけである。

  第二の問題は、例え神楽を文化的に取り扱ったとしても、それが強制されてはならないものであるという点である。「伝統文化」であるから、「嫌だ」と思う者にも強制されていいわけはない。意識的に強制していなくても、もし拒否しずらい状況が作られているなら、それは拒否する者を許さない、排他性・独善性・全体主義に他ならない。「日の丸・君が代」を「国旗・国歌」の名の下に強制していくものと同じことである。その違いは、一方の強制する主体が国家であり、一方が地域社会というだけである。ただし、その地域社会の強制力を国家が再び巧く利用しようとしていることは今まで述べてきたとおりである。

  ここまで述べてくると、神楽がその内容として勧善懲悪の思想を表現しているというのは、たまたまではなく、必然的に供えている思想だということがいえよう。それは、一言でいうなら、文化は文化でも、支配者の文化、強者の文化、差別の文化に他ならない。

◇人権とは、国家からの自由とともに、結社(中間集団)からの自由である。
  人権思想は、国家権力といえども個人の内面に立ち入ってはならないという、「国家からの自由」を保障したものであることは言をまたない。それが自由権のはじまりである。国家から丸裸の個人が侵されないためのバリアーとして憲法は存在する。
  しかし、現実には国家と個人が直接向き合うというのではなく、家、地域社会、自治体、企業という国家と個人との中間に位置する中間集団がある。フランスなどでは「結社からの自由」ということが人権として大きな問題とされているが、今まで日本の人権思想ではこの中間団体の権力性はほとんど問題にされてこなかった。しかし日常的には非常に大きな権力として中間集団は個々に対して存在している。
  この場合中間集団が、国家の権力性の防御になるときは、人権を守る上において大きな盾となるが、国家の権力性を直接個人に加えるという働きをすると、個人にとっては何重もの圧力と闘わなければならなくなる。日本の地域社会の機能がまさにそうであり、国家が手を出す前に、地域社会という中間権力が個々人を押さえこんでしまうようになっている。
  その時、錦の御旗として掲げられるのが「伝統文化」を守るということであり、目的は「地域の活性化」、そして手段は「神楽」であり「祭り」である。すべてが、個々の人権を奪い、主体性をうばつていく構造になっている。

◇おわりに
  「伝統文化」を掲げる一番の背景には、個人の人権を踏みにじり、個人を国家に奪っていく凶暴な「靖国思想」が隠されている。しかし、前面と背景の距離はだんだんと接近してきており、両者が一緒になる時はそう遠くない。
  かつて「国体護持」という名の下に、すべてが押しつぶされていった時を日本はもつている。いま、「地域社会の活性化」「伝統文化」という名で、すべてを押し込めようとしている。
  この伝統文化という風にのってきたファシズムに飲み込まれていかないために、その背景を見抜く眼を養う反差別の文化を育てることができるか、そこに反戦・反差別の運動の正否がかかっている。




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