真宗フリートークをめぐる、殿平・小武往復書簡

ここに掲載しましたのは、『真宗フリートーク』をめぐる殿平さんと小武さんの往復書簡です。
赤字の部分は私(棚原の註)です。

掲載を快く承諾して下さいました、両氏に感謝いたします。なお誤字脱字等はひとえに私の構成ミスです。
見つけられた方は御連絡下されば幸いです。
 

全国の真宗寺院(本願寺派)に送られた『真宗フリートーク』の趣意書です。

『真宗フリートーク』誌の送付にあたりまして


春暖の候、御同朋におかれましてはご法義相続に日夜ご研鑽のことと存じ上げます。

  このたび、私ども「真宗フリートークネットワーク」が編集しました冊子「真宗フリートーク」を全国の本願寺派ご寺院の皆さまに郵送させて頂くことと致しました。

  この冊子は、一九九八年五月に、本山・門徒会舘にて私どもが開催しました「第三回真宗フリートークの集い」の様子を紹介するために作成したものです。  「集い」で情報提供を頂きました神戸大学名誉教授の杉之原寿一先生と元龍谷大学教授の加藤西郷先生の「同和問題」に関する講演と、参加者によるフリートークの内容を収めました。また、特別寄稿として、昨年、世間を騒がせた「岐阜龍谷会事件」の新資料の紹介も併せて掲載致しております。

  おりしも、世間では、広島の世羅高校校長の自殺事件を機に、改めて、教育現場における同和問題の歪みの実態が明かされております。例えば、『週刊朝日』九九年三月二六日号は、「宮沢蔵相も噴いた!ゆがんだ広島の公教育の実態」と題する記事を掲載し、宮沢元首相の国会答弁を次のように紹介しております。
    部落解放同盟広島県連合会による「教育介入」証言に対して、「(この問題に関して)私がまさに選ばれてきた(広島県東部)地域で、四〇年間たくさんの人が戦ってきた。今回、命を落とされた方があったが(これまでも)たくさんの人が、いわばリンチにあい、職を失い、あるいは失望して公職を辞めるということがあった。なぜその戦いに勝てなかったのかというと、基本的には、部落の問題に関係があるために、これについて報道することが、『差別発言』になるということを報道機関は常に恐れていて、このことを口にすることができなかった。…」(国会に於ける宮沢蔵相・元首相の答弁)
  実は、浄土真宗本願寺派教団に於きましても同じような実態が長らく続いております。
  私どもは、この事実をしっかりと見つめ、「部落解放同盟」や「全解連」などの垣根をとりはらい、是非を判断できる多様な情報を得て、勇気を持って発言していくことこそが、同朋教団としてふさわしい道であり、そのことを全宗門で考えるべき時だと考え、今回の冊子の送付に至った次第です。
  御同朋におかれましては、この趣旨をご勘案頂き、どうか、冊子をご一読頂きますようお願い致します。そして、ご意見・ご感想を、同封しましたハガキにてご返送頂ければ幸甚に存じます。
  なお、今回の冊子作成と発送作業には莫大な費用が必要でした。どうかこの点にっきましてもお心を裂いて頂き、浄財へのご協力を心よりお願い致します。
  また、冊子の要望がありましたら、必要部数をお送り致します。

上記の文に対する小武氏の書簡。

抗議並びに質問文


「真宗フリーネットワーク」
座長殿平善彦様

1999年6月3日
備後教区  西善寺住職
小武  正教


  『真宗フリートーク』なるパンフレット、四月末に郵便にて送られてまいりました。書かれた内容に、すぐにでも抗議並びに質問をしょうと思いながら、仕事の都合により文章の発送が遅くなりました。
  まず、「『真宗フリートーク』誌の送付にあたりまして」と書かれた内容に目を通し、いかなる裏付け・根拠をとって書かれたのかと目を疑いました。このまま放置しておくにはあまりにも問題が大きいと思いますので、とりあえず今回は「送付にあたりまして」の文章について質問をさせていただきます。郵送された責任をとるためにも必ず回答ください

@「世間では、広島の世羅高校校長の自殺事件を機に、改めて、教育現場における同和教育の歪みの実体が明かされております」と送付にあたって」に書かれております。では世羅高校の校長先生の自殺の実体を、真宗フリートークの方がどのように調査された上での文章なのでしょうか。そして同和問題の歪みを何を根拠におさえられたのですか。

A国会における宮沢発言を引用されています。この発言の根拠を真宗フリートークの方たちは自分で押さえた上で書かれているのでしょうか。その根拠をお示しください。

B「実は、浄土真宗本願寺派教団に於きましても、同じような実態が長らく続いております」と書かれていますが、宮沢発言をも引用し、それと同じような実態とは一体何をさしておられるのでしょうか。こう書かれた以上は、それを具体的事実として語られる責任があると思います。
  私自身・今回校長先生が「県教委」によって死におい込まれた、「同じ広島県にすみ、学校に生徒を持つ保護者として今回の広島への「日の丸・君が代」攻撃に闘ってきた一人でもあります。
  世羅高校の校長先生の自殺を「同和教育の歪み」とすることも、宮沢発言も、私は決して許すことのできないものであります。一言だけいうなら、「日の丸・君が代」をやるまいと、自らの良心と教育を守ろうとして文部省・県教委という権力におしつぶされた死を、さらに自らの利益に利用しようというもので、これほどの死者への冒涜はありません。
私は自分の地元でもありますので、仲間のものたちと会合しながら、世羅高校の校長先生の自殺の事実についての考えをもっておりますので、まず「抗議」としました。
  解放運動・同朋運動のあり方・進め方を私個人としては大いに議論したいと思いますが、それは事実をキチンと押さえてなされなければならないはずで、このたびの事件、発言に対しても同じことであります。

早くのご返事をお待ちしています。

小武氏の「抗議並びに質問文」に対する殿平氏の返信

  あなたからの文章拝受致しました。

  「真宗フリートーク」へのご参加ありがとうございます。多様なご意見が結集されることこそ宗門発展の大きな力だと喜んでおります。
  さて、いただきました文章につきまして、当方の考えや要望をお伝え致します。

@まず、あなたの文章のなかに「責任をとるためにも必ず回答ください。」
として回答を求めておられます。
実は、そのような手法(論法)から「宗門内での基幹運動や同和問題への論議を解放したい」ということで「真宗フリートーク」が始まった訳であります。自由に語り合い、何が間違いで何が正しいかを共に自覚し合う場なのですから、その態度を改めたうえで「抗議並びに質問文」を再度お送りくださいませ。

Aいただきました文章を含めて、全国からたくさんの意見や感想が届いております。貴師からの文章を「真宗フリートーク」誌に掲載させていただきまして多彩な意見を交わしたく存じます。具体的にご意見を記述した文章をお送りください。ご了承くださればさいわいでございます。
  その際に、匿名を希望されるかどうか、お知らせくださいませ。

Bまた、各方面にて「真宗フリートーク」の交流会・研修会などが開催されています。是非ご参加くださいまして、活発なご意見や発題(ママ)をお願いしたい訳でありますがいかがなものでしょうか。
  返信用のはがきを同封させていただきました。どうぞよろしくお願い申し上げます。北海道にも初夏の花々が咲きつつあります。ご自愛専一にお過ごしくださいませ。

小武正教様

真宗フリートークネットワーク座長
殿平善彦
小武氏の「再度抗議並びに質問文」

再度抗議並びに質問文


「真宗フリーネットワーク」
  座長  殿平  善彦様

1999年6月14日
備後教区  西善寺住職
小武  正教


  ご返事6月12日に頂きました。私の質問にお答えいただいたと思い開封いたしましたが、一読して正直ガッカリ致しました。そのご返事は一言でいえば、「その質問と抗議も含めて」、フリートークの紙上質問としてうけつけるから、あなたの意見を寄せろというもので、「真宗フリートーク」は何か勘違いなさっているのではないかと思います。
  「真宗フリートーク」なるパンフは、私が求めたわけでもないし、どこかでたまたま手にしたわけでもありません。「西善寺住職  小武正教」宛に一方的におくられてきたわけです。その「送付にあたって」に書いてあることに、私が「抗議並びに質問文」を送ったところ、「いただきました文章を含めて、全国からたくさんの意見や感想が届いております。貴師からの文章を『真宗フリートーク』誌に掲載させていただきまして、多彩な意見を交わしたく存じます。具体的に意見を記述した文章をお送り下さい」との返事がきたわけです。
  一方的に文章を送り、文句があるなら意見を紙上に載せて、「自分たちの作っ(ママ)土俵(「真宗フリートーク」)に乗ったら議論しましょう、答えましょう」
という前に、「送った側の責任」として送付文に書かれた内容の根拠を客観的に示し、その内容に疑問を持った質問に対して答えることが当然ではないですかと、ごく当たり前の社会常識を私は申しているわけです。
  「真宗フリートーク」が仮にも「自由な論議」をもし掲げるなら、ご自分の発言の根拠を提示して、本来なら私の「抗議並びに質問」の前にそれを示して、議論しましょうと呼びかけるのが順序でありましょう。
  再度、最初に送った「抗議並びに質問文」を再度申します。
@「世間では、広島県の世羅高校校長の自殺事件を機に、改めて、教育現場に  おける同和教育の歪みの実体が明かされております」と「送付にあたって」に書かれております。では世羅高校の校長先生の自殺の実体を、真宗フリートークの方がどのように調査された上での文章なのでしょうか。そして同和問題の歪みを何を根拠におさえられたのですか。

A国会における宮沢発言を引用されています。この発言の根拠を真宗フリートークの方たちは自分で押さえた上で書かれているのでしょうか。その根拠をお示しください。

B「実は、浄土真宗本願寺派教団に於きましても、同じような実態が長らく続いております」と書かれていますが、宮沢発言をも引用し、それと同じような実態とは一体何をさしておられるのでしょうか。こう書かれた以上は、それを具体的事実として語られる責任があると思います。
  今回の返事の中には、「自由に語り合い、何が間違いで何が正しいかを共に自覚し合う場なのですから、その態度を改めたうえで『抗議並びに質問文』をお送りくださいませ」とありますが、いったいどういうことでしょうか。私は撤回と謝罪をもとめます。
  最初に申しましたように、一方的に文書をおくってきて、その内容に抗議と質問をすれば、「その態度をあらため」て質問せよとは何たる高圧的な姿勢でしょうか。情報提供者が情報について説明をする責任を放棄する方法は、これまで市民運動などに対して世の権力者が用いてきた差別的常とう手段です。「真宗フリートーク」もその轍を踏まれるのでしょうか。
  私の「抗議並びに質問」に対して、逃げることなく正面からお答え戴くことを期待しております。
  もし質問への、ご回答なきときは、送付状の内容について根拠を提示するととが出来ないものと受け止めます。
  早くのご返事をお待ちしています。

「再度抗議並びに質問文」への返信

小武正教様

あなたからの再度の文章を受け取りました。
差し上げた返事の真意をくみ取っていただけないのが極めて残念です。
「フリートーク」誌を読んで貰えるなら分かっていただかねばならない基本的なことですが、従来の教団における同和問題を問題化する方法が、かならず、狭く閉じられた関係の中で問題化されて来たことを考えてください。「差別を糾弾する」権威を振りかざした集団が、一方的に「差別者又は加害者」と認定された人に、自己批判を迫り、「差別者または加害者」であると本人が自己認定するまで無限定に「差別者としての自覚」を迫り続けた結果が今日の教団の現実をつくってしまったではありませんか。
  これらの事態の進行中、両者の論議は、公開されることはありませんでした。例えば、北海道においても差別者と認定された側は、新聞等への投稿も止めるように言われ、実際上表現の自由を剥奪されました。この実態こそ、教団において長らくつづいた実態であり、あなたが無限定に「差別者」を追求する側にいたことを私は知っています。
「その態度を改めて」と申し上げたのは、「差別する側」と「差別される側」、「糾弾する側」「糾弾される側」が閉じられた空間で論議する方法を改めることを求めたことに外なりません。「フリートーク」誌上での論議は、表現の自由が保障された場所です。
そして公開された場所です。私が係わって出来た場所ですが、私は、この場所を私するつもりはありません。公開された場所で論議をしよう。さもなければ、従来の教団における同和問題への取り組みの轍を踏むことになる。
  これは私たちの始めた「フリートークネットワーク」運動の基本的な枠組みであり、改めてあなたの理解を求めるものです。
  改めてあなたに求めます。「フリートーク」誌にあなたの具体的な意見を寄せてください。そこから始めましょう。
  殿平善彦

小武氏の再々度の質問状です。

質問文

「真宗フリートーク」
座長  殿平  善彦様
1999年8月31日
備後教区西善寺住職
小武正教


  二度目の回答頂きました。
  再度の質問にもまったく回答いただけないのはまことに残念です。二度目の「抗議並びに質問状」に書きましたように、「送状の内容について根拠が提示出来ないものと受け止めます」と判断いたします。
  ただ、再度の回答にありました文章の、「あなたか無限定に『差別者』を追及する側にいたことを私はしっています」と書かれていますか、この点は具体的にお示し下さい。ここまではっきりと私個人を批判されるわけですから、当然、いつ、どこで、どうした私の行為がそうであったのか提示されるのが当然だと思います。それを示さないまま、「私は知っている」というのでは、単なる根拠のない誹謗にすぎませんから、そう書かれた以上、具体的に提示するのは当然でしょう。
  もう一点、あなたは、「あらためてあなたに求めます。『フリートーク』誌にあなたの具体的な意見を寄せて下さい。そこからはじめましょう。」とおっしゃいますが、私の三度の質問状が、今の具体的な意見です。そこを飛ばして次に進むことはできません、それほど部落問題の本質と直結する問題だと私は思っています。
  もう一度よく考えてみて下さい。「真宗フリートーク』なるパンフレットが一方的に送られてきて、その『送付状』に書いてあることが、私と関係あることなので「根拠を示してほしい」と質問すると、それには全く答えず、「具体的な意見を寄せてくれ」というようなムチャクチャなやり方がなされているわけです。はっきり言って失礼千万です。
私の方こそ、改めてご自分のなさっていることを、よくよくお考え頂きたいと思います。
  ご返事をお待ちしています。

殿平氏より上記質問状への返信

小武正教様

  あなたからの文書にたいして、私からの文書を差し上げる時期が遅れました。
理由は、相変わらずの多忙が一つですが、どうも応答の内容が瑣末なところに入り込みそうで少々気分が乗らなかったことも否めなせん(ママ)。そうこうしているうちに11月には沖縄でお会いすることにもなりました。顔を合わせると別の話になってしまうのが面白いと感じましたが、やはり、文言でお応えするのが礼儀と思い差し上げることにしました。
  あなたが私の文書に納得行かない点について、1点申し上げて見ます。かつて、私が北海道教区仏婦連盟の機関紙に「心を開いて語り合おう」とのテーマで小輪を書きましたが、それを熊本教区の藤岡崇信師が師の機関紙「こだま」に掲載したとき、わたしの小輪を掲載したことを問題にすると電話されたと聞いています。藤岡師はあなたの電話にとても驚いて私に連絡をくれました。このようなやり方が同和問題の論議を困難にしていると申し上げたいのです。
  とまれ基幹運動を巡っての本質的な論論が求められています。1月18日に広島別院で「真宗フリートークの集い」があります。是非お出掛け下さいませんか。案内状が届いているかも知れませんが、改めて同封しました。お互いの議論が教団の将来にとって意味のあるものになることを願っています。

2000年1月3日
殿平善彦
※『真宗フリートーク2号の一文の抜粋です、ここに登場する「抗議文」小武氏の文を指します。

ここに掲載しましたご意見は、一九九九年三月に「真宗フリートークネットワーク」が編集・発行しました『真宗フリートーク』誌、第一号を全国の浄土真宗本願寺派寺院に郵送にてお届けしました後に、「真宗フリーネットワーク」室事務局に届きました葉書と手紙、それに、浄財の振替用紙に記載されておりました内容です。
  事務的な記載を除き、内容をそのまま記載するようにしましたが、全ての実名記載の了解をとることが困難なため、掲載者名は記載せず、送先都道府県名のみの記載と致しました。また、届いたご意見の中には、実名入りで詳細な「内部告発がございましたが、これは掲載を差し控えました。なお、お一人の方からは、冊子発送時に添付した添書に書かれていた広島・世羅高校校長に自殺事件の事実認識に対する「抗議文」が届きましたが、ご本人のご承諾に至らず、掲載しませんでした。(ご意見掲載順は順不同)(フリートーク2号より)

(小武談)抗議文を出すことをOKしたのにもかかわらず、承諾しないという言い方で掲載されなかった。

※『真宗フリートーク』誌の内容は、 全解連のホームページに載っています。
 
 


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